オバサンは祝賀会でおばさんのアイドルになる 1
授与式当日、時計を見るともう午後一時を過ぎていて 私は王宮の控室でひとりぼんやりとソファーに座っていた。
正直なところ、王宮の公式行事と社交を舐めていたわ。
子供だから笑顔で可愛く挨拶していれば何とでもなると思っていたし、実際そういう場面は多かったんだけど、高位貴族の人達に囲まれる緊張感と、失言をしないようにとずっと神経を張り詰めていたので、体力と気力がごっそり減らされた。
今朝、私が起こされたのは朝の六時半なの。
王宮まで馬車で三十分くらい。
王宮の中が広いので、用意された控室に行くのに案内を待つ時間も考えて一時間くらい……って、うちから王宮に行くより、王宮内の移動の時間が長いってびっくりじゃない?
王宮にはいるのにチェックを受けなくちゃいけないし、建物に入る時も招待状の確認がされるし、案内される人を待つ時間もいるだろうしと、かなり余裕を持って家を出ないといけないの。
特に大人数が招待される時は、馬車の列が出来てしまって会場までなかなか辿り着けないんですって。
でも、さすがは今日の主賓。
王宮の門に王弟殿下の補佐官が待っていて、チェックなしで簡単に控室まで案内されて、三十分以上も時間が余ってしまったわ。
ともかく、私はまだ子供なので身支度も簡単なのよ。
お風呂に入って朝シャンして、髪を乾かしてもらっている間に朝ご飯を食べて、お化粧なんて身だしなみ程度だからね。
でも成人女性はそうはいかないらしくて、お母様は五時には起きていたそうなの。
家を出るのが九時半なのによ?
お母様がそうだったってことは、授与式に招待されていた公爵家や侯爵家の奥様方も全員早朝から準備をして、正式な装いで出席してくださっているわけよ。
たかだか成金男爵が子爵になるという授与式のために。
お仕事のお付き合いもあるから、招待状を出すのは礼儀なので出したわよ?
でもまさか四大公爵家の当主が全員出席するなんて思わないじゃない?
王弟殿下はもちろんいらっしゃるし、侯爵家も全員出席。
伯爵家以下は身内以外招待状を送らなかったので、招待客が高位貴族と大臣ばかりという異常事態よ。
私はお仕事でお話をしたことのある方ばかりなので、顔見知りの方々だからいいんだけど、お母様なんて挨拶する時に繋いだ手が震えていたわよ。
いえ、私も震えていたかもしれない。ドレスが重くて。
今回もマント着用の正装だったので、マントの色に合わせて黒でドレスを用意してくれってお願いしたの。
謁見の時のドレスでいいって私は言ったんだけど、家計が厳しい家だと思われたくなかったら、同じドレスを着る時には半年以上は間をあけないと駄目なんですって。
更に着る時にはその時の流行を取り入れて、アレンジしてから着なくちゃいけないらしいのよ。
もったいない。
わかるのよ? 金のある貴族が消費することで経済が回っているんだってことは。
でも、クローゼットを開けて着ていない服が並んでいるのを見るたびに、胃がキリキリするわ。
それで、あまりお金をかけたくなかったし、招待客の方々のほうが身分が上なんだから、おとなしいくらいの服がいいってお願いしたのよ。
「じゃあ、黒一色のドレスにすればいいじゃない」
なぜか私がドレスを決める時に顔を出していたロゼッタ様が言ってくれて、黒いドレスに決まった時にはやったって思ったわよ。
だってまさか、光らせると思わなかったんだもの。
確かに黒一色だったけど、魔道灯を反射してきらきら輝く細かい石やビーズがドレスにつけられたドレスだったの。
スカートと胸周りでは輝き方が違うというこだわりようよ。
小さな石だってたくさんつければ重いんだからね? ビーズもよ?
いつもよりほんのちょっと重いだけでも、緊張している時には気になるもんでしょ。
「慣れなさい。貴族令嬢はドレスの裾捌きや扇の使い方にも気を使いながら、ダンスをしたり、挨拶をして回ったりするのよ。ほら、背筋を伸ばす」
ロゼッタ様は行儀作法の先生より厳しかったわ。
「こんな光らせちゃって大丈夫ですか? 下品なのでは?」
「誰もが注文したがる一流デザイナーを馬鹿にする気? 黒に深みが出る程度の輝きだから問題ないわよ。あなたは小さいんだから、そのくらい目立たないと派手な御婦人たちの中で埋もれちゃうわよ」
私の姿を見た人全員が、かわいいかわいいとべた褒めだったから、たぶんロゼッタ様は正しかったんでしょう。
でもね、授与式でかかった時間って、会場に全員が整列するのに十五分、授与式十分、招待客への挨拶とお礼の時間が一時間なのよ。
主賓でも身分が低いから先に会場に入って、みなさんが入場するたびに会釈をして、授与式が終わった後も、全員に挨拶したので会場を出たのは一番最後。
終わりのほうは身内への挨拶だったから気楽だったけど、ギルモア侯爵家にフェネリー伯爵家にクロウリーの祖父母でしょ?
それになぜかロゼッタ様の御実家のプリムローズ伯爵家も残っていたわ。
これでもう私は、クロウリー男爵令嬢からアッシュフィールド準男爵になってしまった。
十歳にして、爵位をもらって独立したってことよ。
実際は家を出るわけじゃないし、今までと生活は何も変わらないんだけど、でも少し寂しい。
アッシュフィールドって、準男爵につけるには勿体ない名前じゃない?
説明によると、建国当時からの忠臣であるアッシュフィールド伯爵家という家が昔はあったそうなんだけど、娘が隣国に嫁いだ後にダンジョンから魔獣が溢れるスタンピードが領地で起こり、当主と息子が相次いで亡くなり、跡継ぎがいなくなって潰れてしまったんだそうよ。
その時のスタンピードの被害は甚大で、それが国内のダンジョンを全てなくすきっかけになったんですって。
今でも昔のアッシュフィールド領は荒れ地のままで誰も住んでいないの。
アッシュフィールドの名をこのまま失うよりは、私が継いで、新たな歴史を作ってほしいとかなんとか言っていたけど、それは婿養子を取れってこと?
やめて。面倒な役目まで押し付けないで。
「はあ」
そして今、私はドレスを着替えて髪を結い直して、しばしの休憩のために控室でのんびりさせてもらっている。
もうすぐ王弟殿下が迎えに来て、今度は祝賀会が始まるのよ。
「招待客全員が今頃、服を着替えて準備をしているんでしょ?」
いいじゃない、同じ服で。
それか上着を脱げばオッケーにして、無駄な時間は減らそうよ。
公式行事ってこんなに面倒なの?
社交界って、いつもこんなことをしているの?
無理! やっていられない。
何度目かのため息をついていると、ドアを軽くノックする音が聞こえた。
アレクシアが来てくれたのかも。
「はい」
「準備は出来たか? 入って大丈夫か?」
少しだけ扉をあけて声をかけてきたのは、王弟殿下だった。
「大丈夫ですけど、侍女はどうしたんですか?」
「ここにいるが?」
扉を大きくあけてはいってきた王弟殿下は、二次元かよと思うくらいにスタイルがよくて素敵だった。
上着の色はディープロイヤルパープルってやつね。
我が国では王族に連なる人しか使えない色よ。
上着に合わせてシャツも青味がかっていて、リボンタイの結び目に大きなサファイアのついたブローチをつけて、武人風に片方の肩でマントを留めている。
綺麗に髪をセットしたのに、うっとおしいのか手でかきあげてしまってちょっと乱れているのがまた素敵だ。
私のほうはタイトなサファイアブルーのスカートに、前より後ろが長いスカートを上から着ているので、ちょっと動くだけでもひらひらふわふわってスカートが揺れるの。
フリルがスカートの裾にいくほど明るいブルーラベンダー色になっているのがとても綺麗。
フリルの色と殿下のシャツの色が近いのがお揃いみたいで気になるけど、誰もそこまでは見ないでしょ。
すごいよね。ブルーにもいろんな名前があるのよ。
デザイナーが細かく説明してくれるもんだから覚えてしまったわ。
記憶力が良すぎると、必要なさそうなことまで覚えちゃう。
「これは驚いた。妖精のように可愛いな。……なんだ、その顔は」
「実際にそんな褒め言葉を言う人がいるとは思いませんでした」
「……正直な感想だったんだが」
たぶん他の御令嬢だったら、顔を赤らめて喜ぶ場面なんでしょう。
王弟殿下はそういう台詞を吐いても、格好よく見えるくらいの美形だしね。
「可愛く生まれると、周りの態度がこんなに違うんですね」
「ああ……それはよくわかる」
殿下も前世は、仕事一筋な独身三十代だったんだもんな。
私の気持ちをわかってくれるか。
「同じかわいいでも、相手の顔つきや声に込められた本気度が違うんですよ。前世の私が若い時に言われていたのは、社交辞令だったんですね。わかっていましたけどね……ははは」
「今は本当に可愛いんだからラッキー……でもないか。この後は成人したばかりの子供も参加する。きっとうるさい男がすり寄ってくるぞ」
「冷たくしても平気ですか?」
「ああ、俺がエスコートしているのに口説いてくるのは、俺を馬鹿にする行為だ」
「なるほど。でも殿下目当ての御令嬢も来ているのでは?」
祝賀会の招待状は家族で参加可能と書いてあったはずよ。
それほど大掛かりなパーティーではないから、高位貴族か親類縁者しかいないはずだけど、親戚の子供を連れてくる人もいそう。
「ほとんどギルモアの関係者だろう? 男ばかりだろ」
「授与式に高位貴族の方がたくさんいたじゃないですか」
「ああ……めんどうだな。自分のことは考えていなかった」
第一王子が学園に入学して婚約者が決まるまでは、殿下は婚約しないんだっけ?
先は長いわね。
「クロウリー男爵夫妻にくっついて、一緒に挨拶に回ればいいんだろう?」
私に聞かないでくださいよ。
祝賀会なんて初めてで、会場がどうなっているのかもわからないのよ。
「ダンスフロアがあって、壁際に料理が並んでいて、奥には座って会話できるスペースもある」
「料理が出るんですか?」
「挨拶しなくちゃいけないのに、食べている時間なんてないだろう。俺が離れなくちゃいけない時にはアレクシアを呼ぶ。御婦人方が集まって座っている席に紛れればいい。ロゼッタの傍に行けばいいんじゃないか?」
たしかに。
ロゼッタ様、こういう時はたのもしいわ。