オバサンは食事会を開催する 3
「一日中ずっと勉強なんて集中力が続きません。気分転換ですよ」
「気分転換に香辛料の研究?」
「……そんな嫌そうな顔をされることですか?」
「いや、いいんだ」
ジョシュア様とは会う機会が少ないから、まだ見た目と中身のギャップに慣れていないんだと思いましょう。
「周りを見てください。誰もおかしいと思っていませんよ?」
「思ってるよ」
意外なことにノアに突っ込みを入れられた。
「でも、それがシェリルの個性だよね」
「あら、素敵なことを言ってくれるんですね」
「遠回しな嫌味じゃないのか?」
「俺はそんな貴族的な話し方はしません」
貴族だと今の会話が嫌味になるの?
あなたって変な人よねってこと?
実際、変だとは自分でも思うから、ええ、変なんですって答えてしまいそう。
「誤解しないでくれよ? 僕もきみの能力の高さは認めているんだ。だから、父上がクロウリー男爵家との関係を悪化させたことは残念だし、嫌がらせをする者達がいたことを申し訳なく思っているよ」
「あの馬鹿な男たちは、お兄様がすぐに家族全員派閥から追い出したわよ。二度と同じようなことは起きないから、もう心配いらないわ」
にこやかなローズマリー様も当然だと言いたげに頷いているジョシュア様も、約束通りずっと味方でいてくれて心強いわ。
「でも僕の命じた処罰なんて軽いほうだよ。もっと重い処罰が別の方から与えられたからね」
ジョシュア様は言葉を切って、ちらっと王弟殿下に視線を向け、すぐにまたこちらに視線を戻した。
殿下が厳しく罰したんですね、わかります。
いえ、わかっちゃ駄目よ。
たかが男爵家の問題に王族が出張って平気なの?
「それは……ギルモア侯爵に便宜を図ってということになるんでしょうか?」
「は?」
王弟殿下は露骨に呆れた顔をしますけど、私だって殿下がうちのために動いてくれたのはわかっていますよ。大変ありがたいです。
でも対外的にですね、殿下が男爵家のためにそんなに動いてしまっては、不満が出てくるかもしれないじゃないですか。
「殿下、彼女はどうもまだ自分とクロウリー男爵家の重要性が、理解できていないようですよ?」
今度はレイフ様にまで呆れた顔をされてしまったわ。
「クロウリー男爵とシェリルの陞爵は国王が決定したんだ。しかも王宮で祝賀会まで開催するということは、王族が気にかけている将来有望な家門だと国中に示されたのと同じだ」
「……え」
殿下がエスコートしてくれるのはやばいとは思ったわよ。
でも、実は全部やばい?
いやでも、レイフ様の時も王宮で祝賀会をしたって聞いたわよ?
「そのクロウリー男爵家に嫌がらせしたんだぞ。王家を舐めているとしか思えない」
「なんという暴論」
「まあ……他に方法もありますけど、わかりやすさでは潰してしまうのが一番ですから」
潰すって、いったいどんな処罰になったのか、怖くて聞けなくなってきた。
だったらジョシュア様の対応の早さは、ワディンガム公爵家を救ったんじゃない?
「ワディンガム公爵家には影響はないんですよね? 派閥から追放したんですし」
「ああ、まあ、表向きはね。レイフがきみの家から帰ってすぐに手紙をくれたので、その日のうちに動けたんだよ」
試食会の日の夜には、もう彼らを追放したってこと? ジョシュア様が?
「僕は殿下の指示に従っただけですよ」
いいんだけど、白米にマヨネーズをかけながら言わないで。
レイフ様、本当にマヨネーズが好きなのね。
「お父様がこんなに使えない人だったなんてびっくりよ。今回だってお父様にもちゃんと報告したのに、不機嫌な顔で黙り込むばかりで動かないから、お兄様が動いたんだから。おかげで派閥への影響は最小限に済んで、お兄様への称賛の声が爆上がりよ」
「父上は国王陛下にも、あれだけ優秀なクロウリー男爵をないがしろにするなんて、きみは人を見る目がないんだね。そのうえ嫌がらせをしている者がきみの派閥にいるんだって? 王宮に来る時間があるのなら、その時間で公爵として派閥の者達をしっかり管理したほうがいいんじゃないか? って言われたそうだよ」
「それは知らなかった」
王弟殿下も驚いているようだけど、私もかなり驚いたわ。
そんな問題を起こすやつがいるのに、王宮に顔を出すなって言われたってことよね?
「ジョシュア様は大丈夫ですか? まさか跡継ぎに何かするとは思いませんけど、ワディンガム公爵との関係が悪くなってしまっていそうで……」
「へえ、僕の心配をしてくれるんだ。ありがとう」
今、ちらっとまた殿下のほうに視線を向けたのはなんですかね?
「それがね、父は昨日から機嫌がいいんだよ」
「ああ、王女がアードモア王国に嫁ぐことに決まりそうだって話を聞いたのか」
王弟殿下の話によると、ローズマリー様と仲良しの第一王女様とアードモア王国の王太子の婚約が決まりそうなんですって。
アードモア王国の王女は転生者だから、子供の頃から優秀で聡明だと有名で、普通の子供である王太子より王女を跡継ぎにするべきだという声が上がっていたの。
だから、他国の王女を迎えることによって、王太子の後ろ盾にしようって考えなんでしょうね。
「だからね、陛下は王女の夫として僕はふさわしくないと思われたんだって、にやにやしながら言っていたよ。僕と王女の婚約話なんて、王宮では話題にもなっていなかったのにね」
「え? ワディンガム公爵はジョシュア様と王女様の婚約を望まれていたのでは?」
「ここで僕が王女と婚約なんてしてごらんよ。周りから僕のほうが当主にふさわしいって声が上がるじゃないか」
最初に会った時には理想的な美形家族に見えたのに、まさかこんな関係だったとは。
少し前のギルモアもそうだし、権力とお金が集まる大貴族の跡目争いってすごいわね。
「実際、そうだからしかたない」
王弟殿下、みんな心の中ではそう思っていても黙っていたんですよ。
でも本当にワディンガム公爵の立場は、かなり危うくなっているかもしれないわ。
バルナモアには四つの公爵家があるのよ。
ひとつは財務大臣として王宮で活躍しているキリンガム公爵家でしょ?
それと大きな港が領地にあって海運業で莫大な利益を得ているトールマン公爵家と、歴史に造詣が深く、国立図書館と学園の創設に携わり、今も学園長を務めているラトリッジ公爵家。
他の家は重要な役目を担っているのに、若くして公爵になったワディンガム公爵は、まずは地盤を固めるのを優先出来るようにと役目を与えられないままなのよ。
四天王の中でおまえが最弱ってやつよ。
ジョシュア様は国王陛下の上級補佐官になる修行をしているでしょ?
いずれは宰相になるんじゃないかなんて噂もあるのよ。
そりゃあワディンガム公爵としては、心中穏やかではいられないわよね。
「嫌がらせって、シェリルも何かされたのか?」
黙って会話を聞いていたノアが聞いてきた。
食いっぷりがいいわね。
お皿が空っぽになっているわ。
「私は大丈夫よ。まだ食べたいのなら向こうから取ってきてね」
「そうする。……あのさ、両親が改めてお礼がしたいって言っているんだ。クロウリー男爵家に行っても平気か聞いてくれって言われた」
「お礼なんていいのに。でも来てくださるのなら歓迎するわ。家族にはうまく話してあるから大丈夫よ」
「そうか。わかった」
話しておかないといけないことを言えたので安堵したのか、ノアは笑顔で頷き、いそいそと立ち上がりお皿を手に料理を取りに行った。
王弟殿下も盛り付けに行ったので、いったんこの話はおしまいね。
せっかくの食事会なんだから、楽しい話題はないもんかしらね。
「ああ、そうだ。ローズマリーも学園を一年で卒業する挑戦をするそうだよ」
「お兄様! まだ内緒だったのに!」
「あれ? そうだったっけ?」
おお、ジョシュア様もそんな楽しそうに笑うんだ。
人間らしさが垣間見れて安心したわ。
それに真っ赤になって怒っているローズマリー様と、優しいまなざしで彼女を見つめているコーニリアス様のカップルを見ていると和む。
コーニリアス様はずっと黙っているから、ちょっと心配だったのよ。
「では、勉強会はどうします?」
「当然続けるわよ」
「ローズマリーが天才のきみと一緒に学んでいるというのが、母上の自慢のひとつなんだ」
噓でしょ? そんなことが自慢になるの?
「王宮で、きみがどれだけ話題になると思っているんだよ。少しはおとなしくしていてくれないか?」
「…………」
「その沈黙はなに? 今度は何をやらかす気?」
ジョシュア様、そんな大げさな。
「俺は何も聞いていないぞ。何をする気だ」
「うわあ」
王弟殿下が、突然背後からにゅっと現れたからびっくりしたわ。
そういえば料理を取りに行っていたのね。
「私は何もしませんよ。……ただ、フェネリー伯爵家が簡単に製本できる魔道具を発売するだけです」
「ホッチキスがとうとう完成したんですか!?」
レイフ様はお待ちかねだったものね。
「それがすっかり別物になっていまして、魔法で切り込みを入れて糸で留めてテープで貼るのを一瞬でしてしまう魔道具になりました」
「書類にそこまでしなくても」
「針の素材を考えたり、必要な精度を考えるとこちらのほうが安価で出来るそうです」
「待て」
殿下がテーブルに手をついて呻いた。
「つまり、今は手作業でやっている製本が、魔道具で一瞬で出来てしまうということか」
「はい」
これで本の値段が下がれば、庶民でも読書が出来るようになるよ。
よかったね!
……そう簡単にはいきませんよね。
「いろいろと問題は起きそうですけど、仕事がやりやすくなって助かりますね」
そうなのよ、レイフ様は事務仕事もしているから、ちゃんとわかってくれて助かるわ。
ばらけた書類をまとめるのって面倒なんだから。
「そんなに心配しないでください。厚い本を製作したり大量に本を作るためには、魔道具に高いコアをつけなくては出来ませんから、雑誌のような安い本は普及しても高い本の値段は下がらないと思います」
「コアか……」
そっちはそっちで大問題なのよね。
輸入に頼っている我が国では、質のいい物は手に入りにくいから。
「ノア、もう素材は提出したんだよな」
「一回目はね」
王弟殿下に聞かれて、肉ばかりお皿に盛りつけながらノアは振り返った。
「でも、原石の時と研磨した時では違う結果が出るかもしれないだろ? 砕いて何種類かを混ぜて固めるとか、研磨の方法もいろいろある。あらゆる方法を試して提出するので、まだ全部は提出出来ていないんだ」
「そうか。フォースター伯爵家には鉱山が」
無言で頷いた王弟殿下の様子をじっと見ていたジョシュア様が、小さな声で呟いた。
「お兄様、どういうこと?」
「人工コアの核を探しているんだよ」
「ああ」
本当に話が早いわね。
それに今の説明を聞いて、ジョシュア様はノアに興味を持ったみたいだわ。
「きみは、そういう現場に行くのかい?」
「領地のことは知りたいからね。あ、知りたいですから。そちらの派閥にも鉱山を持つ貴族はいらっしゃいますよね」
「そうだね」
ノアもそんな顔をするんだ。
七歳の男の子の顔つきじゃないのよ。
それを見てジョシュア様は楽しそうで、いろいろと話しかけている。
それにしても、硬い話にばかりなるのはなんなの?
もっとこう楽しい話題で食事したいわ。