オバサンは懐かしい料理をプレゼンする 5
試食会が終わり、ギルモアの方々は王弟殿下と一緒に一足先に帰っていった。
大伯父様は殿下をかなり気に入っているみたいなのよね。
「アレクシアと一緒に帰る」
両親にも先に帰ってもらって、後片付けで忙しそうな侍女たちにも声をかけてから、私はアレクシアと一緒に近くの部屋で話をすることにした。
「私の部屋なら座れるわよ」
全て没収されて引っ越しの後のようにがらんとしている部屋は、魔道灯もないせいで薄暗かったんだけど、キャンプの時に使うランタンのような魔道灯を三個持ち込んだ。
私たちの周りだけは暖かな光に包まれて、これはこれで趣があるわ。
「レイフ様も部屋に入ってもらってもいいなら、それでもいいけど」
ランタンが三個ってことは、私とアレクシアの他にもうひとりいるってことよ。
「……べつに……もうクロウリー男爵家に私の部屋はあるから」
「いや、ここでいいですよ」
ふたりが両片想いだと知ってしまうと、この微妙な気の使い方というか互いに遠慮している感じが、歯がゆく感じるんだけどそれが恋ってもんよね。
甘酸っぱい青春の香りってやつよ。
「時間もあれだし、要点だけさっくり話しましょう」
お子様の体はもう疲れてしまっているので、床の上にぺたんと座った。
絨毯だから座り心地は悪くないけど、長いドレスなら胡坐や体育座りが出来るのになあ。
「まずは、ふたりに謝らせて。昼間は余計なことを言ってすみませんでした。それが合理的だなんて考えて勝手なことを言ってしまって反省してます」
「気にしていないわよ。シェリルが私を心配して言ってくれているのはわかっているから」
子供の私が床に座ると更に小さくなるせいで、アレクシアも答えながら自然にしゃがんでしまっている。
「そうですよ。ただアレクシアの未来を考えると、安易にしていい提案ではなかったですね」
レイフ様も床に座ることにしたようで、上着を脱いで胡坐をかいた。
「私よりレイフの迷惑になるわ。父のしたことを考えたら、私との婚約を喜ぶ家なんてないわよ」
「そんなことは……」
「はいはい。ふたりとも相手を大事に思っていて気を使っているのはわかったので、今後は気を付けるってことで、次の話に進めさせてもらいます」
このふたり、無意識にいちゃついてない?
さっきからちらちら互いの顔を見て、たまに視線がかみ合うと慌てて視線を逸らすのよ。
今まで気づいていなかった私はやっぱり鈍感だわ。
あ、もしかして私ってお邪魔虫?
話を早く終わらせて、先に帰らせてもらおう。
「一回お休みをいただくことになったので、次に王宮に行くのは三日後だから、試験勉強はその後から始めることにして、それまでにやれることは全部やることに決めたわ」
「何をやる気ですか。目立つのは駄目ですよ」
「目立つ気なんてないわよ。女性用の商品を売る店はお母様に任せて、醤油はお父様がバリークレアで作る。マヨネーズはレイフ様とアレクシアの共同経営でしょ?」
「そうね」
「はい」
「だからね、商売の話じゃないの。それ以前の話。……アレクシア、三つの町の町長さんって信頼できる人たち?」
「もちろんよ。父がまともに領地経営しなかったのに、町民が毎日平和に生活出来ているのは彼らのおかげよ」
即答したわね。
それなら信用しても大丈夫かしら。
「領主が放置していたのなら、反対に自由に動けたんじゃないですか? この町の様子を見ると、あまり優秀な町長だとは思えませんよ」
「それは……そうかもしれないけど、新しい取り組みをしたなんて父にばれたら、勝手なことをするなと追い出されたと思うわ」
町が豊かになれば税収が増えるのに、それすら許さないって何を考えているのよ。
「父は自分が優秀だと思っていたの。だから、黙って自分の言いなりになっている人間以外は邪魔なのよ。町長さんたちは平民だから余計にね」
「ああ、なるほど」
「それでもこまごまとした仕事はあるでしょう? それをしていたのは執事さん?」
「ええ。執事長よ。子供の頃、執事長と侍女長が父にばれないように、内緒で私を色々助けてくれたおかげで、無事に家を出ることが出来たの」
それを聞いて安心したわ。
「アレクシア、よく聞いてね」
床に手をついて身を乗り出した。
「すぐに村長を集めてほしいの。その時に村長の補佐をしてくれる人も一緒に来てもらったほうが話が早いかもしれない」
「ちょっと待って。メモする」
アレクシアは急いでノートとペンを収納道具から取り出し、床にノートを置いた。
「何を始める気ですか」
私の声が小さいからよく聞こえないのか、レイフ様が胡坐をかいたまま器用に近づいてきたせいで、広い部屋なのに三人で小さな三角形を作って、それぞれの傍にランタンを置いての密談になってしまったわ。
でも、秘密の会議って感じでちょっと素敵じゃない?
「決まっているじゃないですか。現状報告をして、アレクシアと力を合わせて動いてもらうために呼ぶんですよ。アレクシアの身内は村長さんたちであり、執事長や侍女長よ。殿下もギルモアもお父様も他所の人なの。彼らに甘えてばかりではアレクシアの勉強にならないし、お飾りの領主になってしまうでしょう」
「……ごめんなさい。私、何をすればいいかまったくわかってなくて」
「領地経営を学んだことがないんだから、わからなくって当然よ。それに、私も全くわかっていないからね。だから、わかっている人たちに手伝ってもらわなくちゃ。そして、わかる人を育てなくちゃ。商人に関してはクロウリー商会が育てる手伝いをしてくれるって言うんだから、それぞれの町からふたりずつ、商人として町の物資調達を仕事にしようって人を連れてきてもらいましょう」
「わかった」
メモを取るのに必死で、アレクシアは下を向いたままで頷いた。
「町の広場と街道の整備は私がやるわ。お金を出して業者にたのむだけだから目立たないでしょう」
「いや」
「今の街道は封鎖するわよ」
発言しようとしたレイフ様の言葉を遮って話を続けた。
「広場に近い場所に入り口を作らないとね。この町の養鶏業が重要だってわかったんだから、町を発展させる時に、彼らの邪魔になったら大変よ。鳥にストレスを与えるのもよくないでしょう」
「うんうん」
「……」
「ということで、レイフ様、マヨネーズの作業場は他所の村に作ってもらいます。そこに人が集まるようなら、中心になる町を変更してもいいかもしれませんね」
私の話を聞いてレイフ様は大きなため息をつき、両手で自分の顔を挟んでごしごしとこすった。
その仕草はちょっとおじさんっぽいわよ。
「……わかりました」
「その次にやらなくちゃいけないのは、町の若者に戻ってきてもらうことだわ。せっかくいろんな仕事が生まれるのに、働いてくれる人がいないと話にならない。だからその方法も考えないとでしょ。村長に会うのは明後日がいいかな。明日中に企画書を作成するから」
「企画書!? ちょっと待ってください。あなた、前世では中小企業の事務員だったんですよね」
「そうよ?」
「日本食をマガリッジ風の料理として定着させるとか、町おこしのため企画書を作るとか、どこからそんな考えが出てくるんですか」
そんなことを言われてもね、シェリルは頭がいいんじゃない?
いちおう優秀な講師陣にいろいろと教わっているしね。
「私ね、集中して学んだり読んだりしたことは一度で覚えるし、理解度も高いから勉強が楽しいのよ。今の私のほうが前世の私よりずっと頭がいいし、知識も豊富なの。ひとりで子供を育てあげたおばさんとヒロインが合体すると、きっとこうなるのよ」
「……実際、目の前に存在していますからね。たまにひとりで遥か先まで思考が飛んで、ぶつぶつ重要なことを喋ってしまっているのは、頭の回転が一般人より早いからだったんですか」
これって嫌味よね。
「アレクシア、今後執事長にはあなたの補佐を専門にしてもらいましょう」
まだレイフ様は何か考えているけど無視よ。
「出来ればもうひとりくらい補佐をしてくれる人を選んでおいて。そして今後、ギルモアやお父様と話をするときや、外部の業者や商人と話をするときなんかは、いつも必ずどちらかと一緒に行くようにして。ひとりは駄目よ」
おっさんの中には若い女性を馬鹿にする人がいるから。
事務員をしている時に、若い女性が電話に出るとごねるやつがいたもんよ。
女じゃどうせわからないから、男を出せって言い出すやつもいたのよ。
「どこの世界にもそういう人はいるのね」
「そうね。それにあなたは可愛い女性なんだから、父親がいなくなった弱みに付け込もうとする男は出てくるわ」
「大丈夫、やっつけるから」
魔法が使えるのは強いわよね。
でも相談できる人が一緒にいてくれるのは重要よ。
私だって、グレアム伯爵のおかげで助かっているわ。
「ともかく復興には出来るだけ町の人を関わらせたほうがいいわ。町への愛着が沸くし、人を育てるのは大事」
「そうする」
「あとは村長さんたちとの会議の場で話しましょう。あ、今の話は殿下にしても大丈夫よ」
立ち上がって言ったら、レイフ様は不満そうに片目を細めた。
「僕は、なんでも殿下に言いつけると思われているんですか」
「はい」
元気に返事をしてしまった。
だってね、報告はしなくちゃいけないでしょう?
別に内緒で何かしようなんて思っていないしね。
「今回のことは報告しますが、なんでもかんでも話すわけじゃないですよ」
「ふふ」
「なんですか」
「レイフ様はそういうことは気にしない方なのかなと思ってました。そうね。言わないでくれってお願いしたら黙っていてくれますよね」
「……内容によります」
「えーー」
アレクシアのためになることなら黙っていてくれるでしょ?
それで充分よ。