オバサンは懐かしい料理をプレゼンする 3
私ってば紙を小さく折りたたんでドナに預けてたわ。
受け取った紙を慌てて開いて、大伯父様とイールの間に立ってテーブルの上に勢いよく置いた。
「見てください。これがこの村の商人が隣の領地の町で野菜を売る時の値段です」
殿下とレイフ様と父も立ち上がり、私の置いた紙を覗き込んだ。
「この一番下に玉子と書いてあります。なんでこんな中途半端な数の野菜を中途半端な値段で買うのかと不思議に思っていたんですよ。相手の狙いは玉子だったんじゃないですか? こんな大量の玉子を毎回仕入れているんですよ」
私の説明を聞いて、全員の顔が険しくなっていった。
「……つまり王宮御用達の玉子は、本当はマガリッジの玉子だった?」
やっぱり殿下もそう思うよね。
高級で数も限定されてるせいで希少価値がついていたけど、本当はマガリッジの人達にばれないように入手できる数が少なかったから、売りたくても売れなかったんじゃない?
「アレクシア、どういう契約になっているか知っているかい?」
父に聞かれて、アレクシアは恥ずかしそうに俯いた。
「契約はしていないそうです。村で唯一商売をしている兄弟が、隣の領地に行くたびに養鶏場を回って仕入れられる分を持って行っていました。村の者達は教育を受けていませんし、村の外のことはほとんど知らないので適正価格もわからないんです」
「いや、むしろ好都合だよ。契約していないのなら、来月から売らなくても相手は文句を言えないからね。その商人の兄弟は広場の店の経営者だね。彼らはうちの商会で教育しよう」
「お父様! 素敵!」
思わず叫んでしまってから、はっとして手で口を押えた。
そんなにみんなで注目しないでよ。
一個一個問題が解決していくのは嬉しいじゃない。
「なるほど。もうマガリッジは隣の領地に玉子を売る必要はなくなったわけか。それでも今まで通りに玉子を出荷出来るかどうかだが……隣はティペット伯爵領だったな」
大伯父様の問いにアレクシアが頷いた。
「ティペット伯爵? 財務省のですか?」
ついこの間も財務省のお手伝いをした時にお話したのよ。
経験豊富で真面目で優しいおじさまよ。
「ティペット伯爵がそんなことをするとは思えません」
「隣の町はオヘア男爵が管理を任されているはずです。でも、彼らが玉子を買ってくれなかったら、うちの養鶏場はほとんどが潰れていたと思うんです。今日までこの村が存続できたのは隣の町の商人たちのおかげでもあるんです」
アレクシアの意見ももっともだし、今後のことを考えたらティペット伯爵領の人達といい関係を築いていけたほうがいいのよね。
でも王宮御用達ってことは最高級のお値段の玉子として販売していたってことでしょ?
騙して安く買い取って、だいぶ儲けていたはずよ。
「ティペット伯爵と話をする必要があるな」
「殿下、ここで王族が出てきてはいけません。私が話をします」
「ギルモアが出てくるのもまずいのではないか?」
「はい! 私が話します!」
手をぴしっとあげ、机に手をついて背伸びして言ったのに、ふたりとも無言でこちらをしばらく見てそっと視線を外した。
「え? 駄目?」
「姉上、アレクシアならわかるけど、姉上が出てくるのはおかしいよ」
ギルバートの呆れた声が刺さるし、確かにそう思われるのもわかるけど、ティペット伯爵と一番頻繁に話をしているのって私だと思うんだけどなあ。
「でも殿下や大伯父様が話があるって言ったらこわいでしょう? 私なら」
「丸め込まれるかもしれない。それか余計なアイデアが浮かんで、また暴走するかも」
「あなたの私のイメージがおかしい」
「いつも商品開発で僕が苦労しているのに?」
「お世話になっております。毎回助かってます」
くそう。弟に勝てない。
「お姉様、落ち込まないで。この白いソースはとっても美味しいわ」
セリーナちゃん、マジ天使。
「じゃあもっと玉子を美味しく味わってもらいましょう。次の料理を持ってきてください!」
難しい話は食事が終わってからでいいのよね。
今は、試食を楽しんでもらいましょう。
「殿下はずいぶんと今回のことに力が入っておられるようですね」
でも空になったお皿を片付けている間も、大伯父様と殿下の会話は止まりそうにない。
「そうだな。アレクシアには部下だった時に無理をさせたし、レイフは頼りになる側近だ。ふたりの共同事業には興味がある。それに俺は旅といえば避暑地や別荘地に行くばかりで、領地以外の田舎町に来るのは今回が初めてだ。自然豊かで静かで、たまにはこういうのもいいものだ」
「確かにそうですな。イーガン子爵は事業にあたって、こちらに事務所や住居を用意するのだろう?」
「その予定です。事務所は製作所の一部でいいと思っています」
「では殿下も、こちらに別邸を持ってもいいのではないですか?」
え? 意外。
大伯父様は、殿下がこの土地に関わることを歓迎しているの?
「いや、そこまでは」
「次の料理は玉子サンドです。町の復興のために王都で商売を始めようと考えていまして、最初はコストがあまりかからない、軽食を販売する店にしようと思うんです」
アレクシアと考えたのは、テイクアウト専門のハンバーガーショップよ。
サンドイッチも一緒に売れば、ランチ用に買ってくれるんじゃない?
「これは美味しいわ。お茶会にも出せるわね」
「卵が濃厚で、マヨでしたっけ? とても良く合うわ」
日本に来る外国の観光客たちを虜にした玉子サンドイッチは、やっぱり評判がいいわね。
最初はこういう手軽な感じが一番よ。
「続いて、こちらもメニューにしようと思っている料理です。こちらがハンバーガー。ハンバーグはご存知ですよね。それと野菜とソースをパンに挟んだものです。そしてこちらが照り焼きチキンバーガーです」
「私の作ったソースをちょっと甘くして作ったんです。食べてみてください」
ひと口大に切ってはあるけど厚みのあるバーガーを大伯母様たちがどう食べるか、そもそも庶民の食べ物ばかりで嫌にならないか心配だったんだけど、ここまでくると開き直ってくれたみたい。ひいお婆様も大伯母様もカットしてあるハンバーガーを、ひと口で口に押し込んだ。
「照り焼き……美味い」
「いや、もう、最高」
殿下とレイフ様はまったく参考にならない。
照り焼きチキンバーガーに夢中で齧り付いている。
他の人達はハンバーガー派と照り焼き派に分かれているみたいだ。
「庶民の料理を食べる機会は今までなかったけど、どれも美味しいわ」
「シェリルが私たちにも食べやすいように、いろいろ工夫してくれたのね」
大伯母様とひいお婆様にそんなふうに言われたら、吐きそうになりながら調味料を舐め続けた苦労が報われるわ。
「美味しいと思ってもらえてよかった。ずっとハラハラドキドキしてました」
「あなたはいつもよくやっているわ。出来ればもう少しお茶会に顔を出してほしいけど、忙しいんですものね」
最近は私よりセリーナのほうが、よっぽどギルモアの御婦人方と話す機会が多いのよね。
仕事人間まっしぐらな私と違って、セリーナは順調に素敵なレディに育っているわ。
「そして最後に、殿下が持ってきてくださった外国の作物のコメを料理してみました」
私が一番力を入れたのは実はこれよ。
元は転生者の日本食が食べたいというリクエストにこたえるために、懐かしい料理をマガリッジ風ということにして普及しつつ商売にしようって話だったんだもの。
鶏肉と玉子の質の良さという嬉しい驚きがあっても、最初の目標はぶれたりしないわ。
チキンピラフを薄い玉子焼きで包んでトマトソースをかけたオムライス風と、バリークレアのきのこと鶏肉で作った炊き込みご飯の二種類を用意したの。
ゴルフボールくらいの量を料理人が綺麗に盛り付けてくれたので、見た目も華やかだ。
こういうセンスが私にはないのよね。
「おお……これが」
「これは美味しい」
もう毎度の如く、黙々と食べている殿下とレイフ様は放置。
コメに関してはバリークレアの新しい産業にする予定だし、大伯父様にとっては三男の息子さんにバルナモア王国でも育てられるように研究してもらっている重要な作物だ。
美味しいと思ってもらえなかったらがっかりさせてしまうわ。
「あら、食べやすいのね」
「ハンバーガーより私はこの炊き込みご飯が好きよ」
「僕は玉子のやつが好きです」
「私も」
年配の女性陣には炊き込みご飯の優しい味付けが好評みたいで、子供たちにはオムライスが好評なのはどこも同じなのね。
「盛りだくさんの内容だったな。マヨソースはアレクシアとイーガン子爵の共同事業で、シェリルの作ったソースはバリークレアでクロウリー商会が手掛けるんだな? 王都の店はシェリルとアレクシアの共同事業か?」
ひととおり試食が終わったので、もう一度食べたい物をリクエストしてもらって食事を続けながら、大伯父様が話の整理を始めてくれた。
「いいえ。それはアレクシアが村の若者を雇用して始める事業です。クロウリー商会で軌道に乗るまではお手伝いします」
父が答えてくれたので、私もようやく腰を落ち着けて食事を始めた。
この世界で初めて作った物ばかりの割に美味しく出来たのは、素材がよかったおかげだ。
飾りつけにおかれている生野菜も美味しい。採れたてシャキシャキよ。
「ほう。ではコメ事業をシェリルがするのか?」
「それはギルモアに全面的にお願いしようと思っていました。栽培の仕方も品種改良もやっていただくのに、我々の名前で売るのはおかしいですよ。イアン様が研究や作物の育成を観察できるように、バリークレアに研究所を建てる予定です」
「いや、それではギルモアの功績になってしまうだろう」
「は? 成功したらギルモアの功績ですよ?」
父に当然のように言われて、大伯父様はぐっと息を呑み込んだ。
母が大伯母様やひいお婆様に言いつけて話はしたはずだから、私たちはギルモアに文句を言う気はないけど、父の功績を広めないようにしていた大伯父様としては複雑な気分よね。
「だが、シェリルがこれだけいろいろしているのに、まったく表に出てこないじゃないか」
「大伯父様、わざとそうしてもらっているんです。だって私、狙われているんでしょう? 殿下が護衛をつける気満々なんですよ?」
口の中の物を水で呑み込んで、ようやくここで私も話に参戦した。