オバサンは懐かしい料理をプレゼンする 2
クロウリー男爵家から運んだ巨大なテーブルと椅子を並べただけの部屋に、ギルモア侯爵夫妻と曾祖父夫妻、そしてイールが右側に座り、左側に殿下とレイフ様とうちの家族が座って試食会が始まった。
まさかイールまで顔を出すとは思わなかったわ。
ギルモアのメンバーは、父に王弟殿下がいることを前もって聞いていたようで、殿下の顔を見ても平静を保っていたけど、偽名を名乗られてちょっと引いていた。
しかもこの場にいる理由を大伯父様に聞かれて、
「レイフがアレクシアと共同事業をするので、そのソースとマガリッジの料理を食べてみたかったんだ。それに俺が持ち込んだコメも料理するんだぞ。それは食べにくるだろう」
って答えたもんだから、この人はこういう人だったのかと驚かれてしまっている。
「まだ十六歳なんですから、食欲旺盛なんですよ」
ってレイフ様がフォローして、
「十六? イールとひとつしか変わらないだと!」
ひいお爺様が本気で驚いていて笑っちゃったわ。
殿下のほうが五歳くらい年上に見えるわよね。
前世の料理を食べたいという殿下の熱意は本当なので、それがみんなに伝わったようで、いちおうこの場に殿下がいることは全員に受け入れられた。受け入れるしかないしね。
殿下は周りの戸惑いなんて気づかずに、早く料理が食べたいとアレクシアを急かしているけど、実はすでに餃子と唐揚げを一口だけ、殿下とレイフ様とクリスタルの転生三人衆には味見させたのよ。
ギルモアの人達のいる前で、懐かしさで涙ぐんだりしたら困るじゃない?
大袈裟に言っているんじゃないわよ?
実際、醤油もどき味の鶏のから揚げを食べた三人は、しばらく無言で感激に震えていたんだから。
私の記憶の醤油とはちょっと味が違うのにあれだけ感激してくれるってことは、それだけ前世の料理が食べたかったんだろうな。
「では始めます」
私とアレクシアはプレゼンする立場なので椅子には座らずに、厨房に続く扉側に立っている。
この場を仕切るのはアレクシアの仕事で、私は補佐をしながら厨房の様子を見に行けるように、開いた扉の前に立って廊下を覗いたり室内の会話を聞いたり忙しいのよ。
「今日はわざわざおいでくださりありがとうございます。我が領地の料理とイーガン子爵が用意してくださったソース。そしてシェリルがバリークレアで使われている調味料を調合して作ったソースを紹介させていただきます」
タイミングを見計らって廊下にいる侍従に合図を送ると、すぐにワゴンに乗った皿が運び込まれ、侍女たちが機敏な動作でテーブルに並び始めた。
「マガリッジ領は小さな村がいくつかあるだけの田舎なので、料理は全て庶民的なものばかりです。また、山に囲まれた地形で馬車が通行できる街道は限られており、丸一日かかる隣の領地まで行かなくては、仕入れの出来る大きな町がありません。うちは養鶏が主産業なので鶏肉は手に入るのですが、牛肉や豚肉は値段が高くなってしまうため、薄い肉を重ねたり丸めて厚みを出したり、ひき肉にししたりと工夫して料理することが多いんです」
最初にテーブルに運ばれたのは枝豆と餃子よ。
女性用にはさやから豆を取り出してお皿に盛りつけて提供し、男性には前世の日本で食べていた時と同じようにさやつきで出してみた。
しっかり冷やしたエールもおしゃれなグラスで用意したわ。
「さや付きの物は、こうして中身を押し出して食べてください」
アレクシアが実演するのを見るまでもなく殿下とレイフ様は枝豆を食べ、エールを飲んで、
「ぷはあ。美味い」
「最高ですね」
居酒屋に呑みに来た親父みたいになっている。
美味しそうだなあ。
私は年齢的にまだお酒は飲めないのが、こういう時は悲しいわ。
「これが枝豆? 綺麗な色なのね」
「シェリルが食べたいと言っていたから、どんな豆なのか気になっていたんだよ」
うちの両親は見た目に反して庶民派なので、まったく躊躇せずに枝豆を食べてエールを飲んでいる。
セリーナなんてギルバートのお皿からさや付きの枝豆をとって、さやから枝豆をピュッと口の中に押し出すのが楽しいみたいで、自分の枝豆に手を付けていない。
ギルモアの女性陣も貴族の御婦人にしては政治や文化に関心が高く、あまり気取らない方々だけど、さすがに庶民が街の酒場で食べるような料理には戸惑いがあるみたいだ。
「こっちの料理はラビオリみたいね」
「このソースをシェリルが作ったの?」
「はい。バリークレアで採れるキノコを中心にシェリルが作ったソースです」
それでも、アレクシアに私が作ったソースだと聞いては、食べないという選択肢はないみたい。
私ってば愛されてるわ。
本当にありがたい。
「あ」
いけない。注意するのを忘れていた。
ギルモアの人達が笑顔で醤油もどきをつけて餃子を食べようとするのを、慌てて止めた。
「特に女性は注意してください。ニンニクがはいってます。匂いが気になる方は、無理に食べないでくださいね。でもエールに合うと聞いてますので、よければ試してみてください」
「へえ」
私のために試食はしなくてはと思っても、口が臭くなると聞いて悩むのは女性として気持ちはわかる。
でもこういう時も、うちの母はまったく躊躇しない。
さっそくフォークで刺して醤油もどきをつけてひと口で餃子を食べて、エールを豪快に飲み干した。
美形の母がやると、格好よく見えるからすごいわ。
「まあ、本当にニンニクの味ががつんっとくるわね」
「それが美味しいね」
「ええ。とっても」
庶民と同じ服を着て、夫婦で屋台巡りなんてこともやっている彼らにとって、にんにくの匂いなんてなんていうこともないのよね。
「みんなで食べて、みんなで臭くなれば問題なしですわ。これは若い男性は好きな味ですわね」
お母様、さすがですわ。
「ここで食べておかないと、次はいつ食べられるかわかりませんよ。多少の匂いは私は気にしないことにします」
「美味い……これは美味い」
母が言うまでもなく、殿下とレイフ様は餃子を頬張ってエールを飲み干している。
殿下なんて周りのやり取りなんて聞いていないでしょ。もうグラスが空になっているわ。
たぶん厨房では、クリスタルも料理を頬張っているはずよ。
使用人たちや料理を手伝った村の人達の分も作って、彼らの意見も聞きたいからと味見をしてもらっているの。
「おかわりを持ってきて」
アレクシアが呆れた声で侍女に指示した。
「うまっ。もうないのか?」
イールもあっという間に皿を空にしていた。
こうなると大伯母様とひいお婆様も食べてみようという気になってきて、醤油をつけてちょっとだけ齧って、味がよくわからなかったのかもう少しだけ齧ってを繰り返して、結局一個は食べていた。
「ニンニクが美味しいのは知っているのよ」
「私もです。明日は予定がないので大丈夫ですわ」
茶会の前の日には食べられない料理よね。
「次の料理をお願い」
いったん部屋を出て侍女に声をかけていたら、アレクシアが気落ちした顔で廊下に出てきた。
「どうしたの? 何かあった?」
「いえ……醤油が全く話題になっていなかったわ」
ああ、これは美味しいって喜ばれると思っていたのね。
「やあね、よく考えてよ」
他の人に聞こえないようにアレクシアに近付いて声を潜める。
「私だって醤油だけ舐めて美味しいとは思わないわ。醤油は他の調味料や食材と合わせて本領発揮するのよ」
それにアレクシアが共同事業を行うのはマヨのほうなんだから、そっちが人気になったほうがいいの。醤油はおまけみたいなものよ。
といいつつ、この後も醤油を使った料理は出すんだけどね。
「次はマガリッジ領の鶏肉と玉子の美味しさを味わっていただきたいと思います。こちらのお料理は網焼きにして塩を振っただけの鶏肉と、シェリル作のソースを使った唐揚げです。まずはそのまま食べていただいて、その後でお皿の前に置かれた蓋つきの容器に入ったソースをのせて食べてください」
豆しかないとマガリッジ子爵は言っていたけど、実際は、鶏肉と玉子の質の良さが驚くほどだった。
それが売れなかったら村を捨てるしかなくなる人達が、広い敷地で鳥を自由に運動させ、草原に植える草にもこだわった結果、ブランドにして高く売り出せるくらいの品質になっているの。
枝豆と鶏肉と玉子で、この土地は充分に復興できるはずよ。
「……ほお。こんな美味い鶏肉がマガリッジ領にあるとは思わなかった」
「これは王宮に持ち込んでも問題ない品質だな」
「殿下、このソース、このソースが素晴らしいです!」
大伯父様と殿下は真面目に話をしているのに、レイフ様はタルタルソースでそんなに騒がないでよ。
その玉子をゆでて細かくして、刻んだ玉ねぎとお酢とマヨと混ぜた簡易タルタルソースなんて、誰でも簡単に作れるんだから。
違いは玉子の美味しさよ。
ここが日本だったら、玉子かけご飯にして味わいたい濃厚な味のする玉子なの。
「この玉子もマガリッジの?」
「はい」
アレクシアが頷くと、大伯父様とひいお爺様が顔を見合わせて呻いた。
「確か隣の領地はティペット伯爵領で、王室御用達の玉子の生産地ではなかったか?」
「そうです。うちでも玉子を仕入れています。この玉子はそれと同じくらいに味がいいですね」
王室御用達!
ちょっと待って。私、商人兄弟にもらった紙をどうしたっけ?
「ちょっと見てください。あ、待って。今紙を広げますから」
私ってば紙を小さく折りたたんでドナに預けてたわ。
受け取って紙を慌てて開いて、大伯父様とイールの間に立ってテーブルの上に勢いよく置いた。