オバサンは懐かしい料理をプレゼンする 1
私たちだけでも先に作業を進めたほうがいいだろうから、案内をしてもらおうときょろきょろしていたら、廊下の先で待機していたドナとマガリッジ邸の侍女たちが、ほっとした様子で駆けつけてくれた。
部屋の外に連れ出されてからのやり取りを、彼女たちに見られちゃったわ。
どんな風に思われているのかしら。
突然私がしゃがみこんだから、何かやらかしたとは思われているかも。
正解よ。無神経な押しの強いおばさんになっていたわ。
最近反省をするようなことばかりやらかしているんだから少しは成長しないといけないのに、私ったらいい年をして何をしているのかしら。
……十歳はいい年ではなかいけども。
あれえ? もうちゃんと前世の記憶と現在のシェリルの記憶が融合したのに、おばさんの意識がますます強くなっていない?
確かに頭がいいのはヒロインシェリルの要素よ。
行動力があるのも積極的なのも、今のシェリルの性格よね。
それなのになぜおばさん思考が強いままなのよ。
あどけない十歳らしさが前面に出てもいいのよ!
「シェリル、みんなが心配してるよ」
隣にしゃがんだ殿下に小声で言われてはっと顔をあげた。
「また思いついたことがあったので、思考第一にしてみました」
「動けなくなるほど考えなくてもいいんじゃないか?」
「もう大丈夫です。さっそく厨房に行きましょう」
いやでも、そもそもあどけないってどんなんだっけ。
…………それより慎重さを覚えるほうが先ね。
「いろいろ試したいことがあるぞー。あれも作るでしょ? あっちは調味料次第ね」
やる気になっている私を見て、なぜか殿下たちが不安そうな顔をしているけど、まかせなさい。
料理はいやってほどやってきたんだから大丈夫よ。
「お嬢様、危ないので包丁は持たないでください」
「竈の傍も危険ですよ。指示を出してくだされば、私共が調理します」
えええ。何もやらせてもらえないの?
確かに作業台も竈も大人の身長に合わせて作られているから私には少し高すぎるし、御令嬢が包丁を持ったことがあると思う人はいないだろうけど、せっかく主婦の手際の良さを披露しようと思ったのに?
「お嬢様は料理の仕方をどうしてご存じなんですか?」
料理人に当然の質問をされてしまった。
「いろんな国の本を調べて、この地域の素材で作れるものを考えたの。もちろん、みなさんが普段食べている料理も参考にしたわ」
しょうがない。私は指示役に徹しよう。
そして一番大事な味付けを決める係になろう。
そうして十分くらい? 料理人の人達に説明をして下ごしらえを頼んでいたら、アレクシアとレイフ様が合流した。
早くない?
詳しいことは別日に話すことにしたのかもしれないけど、ちゃんと話し合ったのかしら。
「じゃあ、みなさんも出来る仕事を手伝ってくださいね」
クリスタルは料理が出来るって言っていたから戦力として考えていたけど、殿下とレイフ様は見物しているだけだろうと思っていたのに……転生者って料理のスペックまで高いの?
働いている主婦は自分で餃子の皮なんて作ったりはしないでしょ?
料理が好きな人はそのあたりもこだわりがあるかもしれないけど、餃子って材料を用意して手作りするより冷凍餃子を買っちゃったほうが安いのよ。
私も一度だけやってみてめんどくさいし上手に出来なくて、二度とやらないって思ったことがあったんだったわ。
「そうそう。そうやって回しながら薄くしてってね」
でもクリスタルは器用に餃子の皮を作って、指導までしている。
その向こうでは殿下とレイフがタネを仕込んで、これから包んでいくところよ。
料理人たちから感心されるほど三人とも働いているわ。
「包むときは二つ折りにして……あれ、くっつかない。あ、水で濡らすんだった」
むしろ私のほうが〇十年も主婦をしていたのに、作り方がこんなに曖昧になっていたなんてびっくりよ。
いえ、緊張しているのが原因だと思いましょう。
マガリッジ家の使用人だけじゃなくて、広場の食堂の娘さんや村で唯一の宿屋のおかみさんまで来て、私が作る料理を興味津々で見ているんですもの。
「なるほど。やってみましょう」
「おう。それなら俺たちも出来そうだな」
「手が空いている人はゆであがった卵の殻を剥く人と、剥いた卵を細かく切る人に分かれてね。あとそっちのキノコ類も小さく切ってほしいの。鶏肉のみじん切りも欲しいわ」
「かしこまりました!」
「あなたはそっちをお願い」
料理人も侍女たちも、初めてやってきた子供が指示を出しても嫌な顔をしないで手早く作業してくれている。
ようやくこの土地を復興しようと考える人たちが集まってくれて、屋敷の中が賑やかになって、こんなにたくさんの料理を作るのはひさしぶりだと嬉しそうだった。
「シェリル、たのまれていた物は揃えたわよ」
厨房の奥のテーブルにアレクシアが用意してくれたのは、この地域で使われているソースとその原料の香辛料だ。
ずらりと壺が並び、その横に砕いたり絞ったりする前の素材が置かれている。
「ありがとう」
大きなカップに水を用意して、まずはソースを舐めてみた。
「香辛料が効いていておいしい。……それに確かに微妙に和風っぽい香りがするわ」
醤油の実があるなんて本気で信じてはいないけど、いろんな素材を組み合わせれば似た味を再現できるかもしれない。
「よし、全部味見してみる」
ちょっとだけ舐めて、自分の知っているどの味に近いか、甘いのか辛いのか、感じたことをメモっていく。
次の味見をする前に、水を口に含んでうがいをして吐き出してを繰り返していたら、調理人がちらちらとこちらを気にしだした。
「うげ。苦い」
「お嬢様、大丈夫ですか。お水を」
よくわからない物を次々に私が舐めるものだから、ドナが隣でハラハラしているけど、今日一番大事なのはこの作業なのよ。
「これはいらないわ。これとこれも」
やっぱり醤油味の木の実はなかった。
でも、どことなく懐かしかったり和風テイストだったりする物が三種類あったので、次はそれを組み合わせてみるわ。
「組み合わせの数を考えたら少ないほうがいいんだけど、二種類の組み合わせで出来る気がしない……」
着々と料理の下準備が整ってきているのに、肝心の調味料が間に合わなかったら今日の試食会は失敗になってしまう。
「まずは同量の組み合わせを」
うーん。方向性はあっているんだけど、どれも違うわ。
次は配合を変えてやってみたけど、欲しい味の周りをぐるぐる回っている感じだ。
「わからなくなってきた」
私の主観で選ぶしかないので、今の配合で記憶の中の醤油の味に近そうなふたつを選んで、さっき退けておいた調味料を少しずつ足してみることにしよう。
「こっちは多めに作ったほうがいいわね。メモを取って配合を記しておかないと。えーっと、これを五倍にして……」
「大変そうね」
アレクシアが声をかけてきたけど、今は計算中だから待ってて。
「そんな計算して分量を量るの?」
「いずれは商品化しようと思っているんだから当然でしょう。あ、これを少し多くしたほうがよさそう。この容器の重さは……」
「ポーションを作ってるみたいね」
「料理は錬金術なのよ」
「はいはい」
アレクシアは私の言葉を適当に聞き流しながら、紙に書かれた計算式を見て眉を寄せた。
そんな顔をしなくても素材ごとの割合を一定量ごと変えていくのに、ちょっと計算しただけよ。
「向こうの下準備は終わったよ」
手を拭きながら近付いてきたクリスタルに言われて、慌てて時計を見たら思っていたより時間が過ぎていた。
どうやら料理の下準備はほとんど終わっているみたい。
「失礼します。シェリル様」
厨房に顔を出したのは、父が連れていた魔道士だ。
「旦那様からの指示で、バリークレアで使われている調味料と香辛料を持ってきました。こちらと共通の物は省いたので三種類だけですが」
「ありがとう!」
バリークレアで醤油の製作はしようと思っていたから、そこの調味料を使うのは理にかなっているわ。
これは、うまくいく気がしてきた。
すぐに転移で帰っていった魔道士を見送り、彼が持ってきた中で一番大きな壺のふたを開けた。
中には淡い茶色がかった水が入っていた。
ちょっとだけスプーンで掬い、おそるおそる舐めてみる。
「うまみだ」
口の中に広がる味に顔が綻ぶと同時に、あまりに出来過ぎていてこわくなってきた。
だってそれだけゲームの影響が強いのかもしれないじゃない。
それか、神様が過保護なのか。
「これはなんなんでしょう?」
傍にいたふっくらした中年の女性に聞いてみた。
この人は、今は閉鎖している宿屋のおかみさんだ。
彼女は顔を近づけて匂いを嗅いだだけで、中身が何かわかったみたいだ。
「これはキノコの煮出し汁ですよ。バリークレアで採れるキノコなんです」
「この辺では採れないの?」
「ここは平地ですし、気候も違いますから」
バリークレアで採れるキノコ。
よし、これでうまみが加われば、そのままではなくても近い味の醤油もどきが作れるはずだわ。