見た目は幼女、中身はオバサン 8
「王弟殿下は既に王位継承権を放棄なさって、国王陛下の仕事を手伝っているんだ」
ジョシュア様が話を軌道修正しつつ、どんな表情も見逃さないとでも言うように私を見つめてきた。
こちらも十二歳とは思えない圧を感じるわ。
「だからもちろん反逆なんてありえない。国が平和で国民が安心して暮らせるようにしたいだけなんだ。僕だってきみがローズマリーを傷つけない限り、きみの味方でいるつもりなんだよ」
「こんなに可愛らしくて素敵なお嬢さんを、傷つけるなんてありえませんわ」
ほっと場の緊張が緩んだ気がした。
ヒロインの影響力って大きいのでしょうね。
「では、早めに王弟殿下に会う機会を設けよう」
「あの、ジョシュア様。このまま転生者には関わらず、静かに暮らしていくということは出来ないのでしょうか」
「無理だね。きみは誰が転生者かわからないけど、ゲームの内容を知っている者は全員、きみが転生者だと知っているんだ。いつどこで誰が接触してくるかわからないんだよ? 王弟殿下を味方につけたほうが安心じゃないかい?」
そうだった。
悪意のある転生者がいた時に、家族が危険に晒されるのは避けたい。
商会や領地の人達にも迷惑をかけるわけにはいかないわ。
「きみにもロージーにも、ずっと前から王家の護衛がついている。守ってくださっているんだよ」
「それなのに変態親父を止めてはくださらないのですね」
「八歳。令嬢」
叱るように言いながらも、ジョシュア様は笑いそうになっている。
「問題なのはバークリー侯爵が協力しているというポロック伯爵の言葉だ。バークリー侯爵は非常に優秀で陛下にも信頼されている方だ。それがまさかこの話に賛成するなんて思えない」
微妙な問題なので、証拠もなしに疑いの目を向けるわけにもいかず、様子見の状態が続いているのだそうだ。
ただし変態が動いた場合は、対処してくれるだろうという話だった。
そもそも私はただの男爵令嬢で、相手は王族と公爵家の人間だ。
ヒロインという存在が国を脅かしかねないというのなら、こんなふうに私を説得するなんて面倒なことはしないで、排除する方法はいくらでもあるのよ。
でも彼らは事情を説明して、私の話も聞いてくれた。
「わかりました。このような機会を設けていただきありがとうございます」
「うん。どうせきみは明日からうちの屋敷に来るんだ。聞きたいことが出来たらその都度聞いてくれればいい」
「よろしくお願いします」
居住まいを正し、頭を下げた。
彼らが味方であるということは、今後私の強みになってくれるはずだ。
そうでなくても、三人とも優秀で魅力的な子供たちだから、私に手助けできることがあるのならしてあげたい。
コーニリアス様も言っていたじゃない?
子供の自分には経験が足りないって。
「では、正式に誓約書を取り交わそう。転生に関しては王弟殿下のグループでの誓約がある。僕たちもしている誓約なんだ。だから今回は僕たち四人に関係する誓約だけにする。これは子供用のものではないからね。順番に内容を確認してサインをしてくれ」
コピペの魔法があるみたいで、ジョシュア様は二枚の誓約書を用意した。
もう一枚は控えかしら。
「全員サインしたね。じゃあ魔法をかけるよ」
魔法をかけると用紙が光に包まれ、その光が誓約書にサインした者に飛び、体に誓約をしているという印を浮かび上がらせるのは変わらない。
「どこに出た?」
「今、探している」
誓約が結ばれたら最初にやるのが、体のどこに印が現れたのかの確認だ。
先程の仮誓約は破棄したので、その印はもう消えている。
「あった」
今回は肘の内側に桜の花をアレンジしたような印が出ていた。
意識したことはなかったのだけど、日本人にとって桜の花ってやっぱり特別なのかしら。
「えええ、お兄様、こんな場所は駄目です。着られるドレスが限られてしまいます」
「そんなに目立たないんじゃないかい?」
「申し訳ありませんが、他人には見えない場所にしていただけませんか。男爵令嬢風情がみなさんとお揃いの印をつけているのを万が一知られた場合、あらぬ誤解を受ける可能性があります」
私ひとりだけが不釣り合いなうえに、ローズマリー様とコーニリアス様が婚約者なのがまずい。
私とジョシュア様が特別な関係だと誤解する人がひとりでもいたら、面倒なことになってしまうわ。
「確かにそうだな。よし、やり直そう」
印の形と浮かぶ場所は誰にもわからない。
それで形が気に入らなかったり、印の場所が悪かったりした時は何度もやり直すのが普通なんですって。
うちの両親は左手の指に印が出るまで、何枚の用紙を無駄にしたのかしら。
「これも嫌です」
「わかった。まだ用紙があるから大丈夫だ」
「これも」
「次!」
四回目は、女性と男性に分かれて印を探してみたけど見つからなかったので、服に隠れる場所なら問題ないだろうということになった。
でも服で見えない場所に誓約の印がついてるってエロくない?
政治的や商売的な誓約を交わす時はどうなるの?
隣国との和平の誓約の印は股間にありますって報告したくないわよね?
それからしばらく雑談を交わし、そろそろパーティーの席に戻るようにと公爵家の執事さんが伝えに来たので、会場に戻ることになった。
両方の両親は談笑しながら並んで歩く私とローズマリー様を見てほっとしたみたい。
ローズマリー様はここ何日か塞ぎ込んでいて食欲がなかったし、私のほうは変態親父の脅威があるしね。
「お母様、他の子とは違ってシェリルとお話をするのは楽しいのよ。シェリルはお兄様のお話も理解できるの」
「ジョシュアの話を? それはすごいわね」
「商会のお仕事のお手伝いもしているんですって」
「シェリル、あなたを歓迎するわ。娘がこんなに嬉しそうなのはいつ以来かしら。明日からよろしくね」
ここで小賢しい返事はしないほうがいい。
照れ笑いをしながら、よろしくお願いしますと頭を下げた。
私だって一安心よ。
変態親父が腹いせに家族に嫌がらせをしないか見張ってくれるように、ジョシュア様が王弟殿下にたのんでくれると約束してくれたんですもの。
「娘の支度もありますし、私どもはこれで失礼します」
「そうだな。ローズマリーがこんなに明るい表情を見せたのは久方ぶりだ。シェリル嬢、いたいだけうちにいてくれてかまわないよ」
「娘がいないと寂しくなるじゃないですか。困りますよ」
子供たちが明るい表情をしているおかげで、両家の親の表情も明るくなった。
ともかくこれで第一関門突破よ。
「明日、お嬢さんを送ってきみも来るんだよね」
「はい。伺います」
「そうか。ではその時にまた話そう」
お父様の肩を叩いてから、ワディンガム公爵が私のほうをちらっと見たのが視界の端に映った。
ここは気付かない振り。
目を合わせちゃ駄目よ。
他のお客様を今まで放置していたローズマリー様は、ジョシュア様と一緒に同年代の子供たちのいる場所に行かなくてはいけないのでこの場で別れ、私たちは自宅に帰るために馬車に乗った。
私の前に並んで座った両親は、子供たちだけでどんな話をしたのが聞きたくて、目をきらきらさせている。
ローズマリー様だけじゃなく、ジョシュア様やコーニリアス様まで好意的だったので、どうしてそんなに気に入られたのか聞きたいんだろう。
大丈夫。ジョシュア様に説明の仕方はレクチャーされている。
両親を守るためにも、本当のことは話せないわ、
「これを見てください。ジョシュア様たちと交わした誓約書です」
「誓約書!?」
あまりに意外な言葉に両親は驚いて、慌てた様子で誓約書に目を落とした。
特にお父様は大きな商会の会長なので、契約や誓約の重要性や危険性もよくわかっているから、もしかして娘が騙されているのではと心配になったんだろう。
文章を見る表情が普段とは別人のように険しい。
その誓約書の写しは、正真正銘の本物だ。
ジョシュア様だって両親や王弟殿下に誓約を交わしたことは報告する必要があるので、そのへんはしっかりと問題が起こらない文章にして、転生についてはいっさい触れていない。
それは王弟殿下と面会した時に、新たに誓約を交わすのだそうだ。
だから今回の誓約は実に簡潔な内容よ。
ジョシュア様、ローズマリー様、コーニリアス様、そして私の四人はそれぞれがそれぞれの友人として、今後この中の誰かに悪意を向けたり、陥れたりしてはいけない。友人として互いの幸せのために協力し、困っている時には助け合う。
それは将来立場が変わっても変わらない。
誓約を守らなかった場合は、社交界と王都から追放されるというものよ。
「……シェリル、これはどういう」
ワディンガム公爵家とノースモア侯爵家なら、誓約を守らなかった相手を敵認定して罰則を科すことが出来ても、うちには無理だから一方的に見えるようね。
でも大丈夫なのよ。
私は今度は一枚のカードを父親に手渡した。
二枚折りの上質な紙の中央に描かれているのは、バルナモアの王族の紋章だ。
「…………え?」
「これって…………」
呆気にとられた顔のまま、馬車に揺られている両親の様子は、申し訳ないけどちょっとおもしろかった。
「王弟殿下が会ってみたいとおっしゃって招待状をくださったんです」
「え? ええーーー!!」
カードと私の顔を何度も交互に見た後で、父親が叫んだ。
母は気が遠くなってしまったのか、ハンカチで額を押さえて壁と仲良くなっている。
ジョシュア様、この説明なら安心させられるって言っていませんでした?
両親の心労が心配なんですけど。
カードの中身は簡単に言うと、互いの予定が合う時に王宮に招待するよ、という王弟殿下からの招待状だ。
日時を指定して来なさいと命令するんじゃなくて、私側の都合も考慮してくれているという友好的な文章よ。
でもそれは裏を返せば、予定が合わなかったら招待はまた今度ねってことにも出来るわけよ。
知らんけど。
ジョシュア様の話では、貴族というのはそういう裏の意味まで察しなくてはいけないんだそうだ。
そんなの八歳の幼女にも、普通の平凡なおばさんにも無理よ。
「いったいどんな噂が殿下の耳にまで届いたのか、何か聞いているかい?」
「私の魔力についてです」
「魔力!?」
驚きの連続のせいか、カードを持つお父様の手が震えてしまっている。
あああ、罪悪感が半端ないわ。
嘘は言っていないのよ?
全部を話せないのが申し訳ないんだけど、話してしまったらそれはそれで悩ませてしまうのがわかっているので、どうしようもないのよ。
「私は全属性の魔法を使えるじゃないですか、それはとても珍しい……」
「聞いてないぞ!」
「全属性ですって!?」
シェリル、少しは両親に相談しておきなさいよ。
一度に話したせいで、ふたりの衝撃がとんでもないことになっているわよ。