本気になったオバサンは時間と金を惜しまない 4
眉を寄せて近付いてくる父と平然としている殿下に挟まれて、なんで私がおろおろしないといけないの?
言い訳……殿下たちがここにいるもっともな理由は……そうだ!
「お父様、なんでそんな怖い顔をしているんですか」
冷や汗が出そうになっていたけど大丈夫。
女優は顔に汗をかかないって聞いたことがあるもの。ヒロインも同じようなもんよ。
「彼らはアレクシアが心配でいてもたってもいられなかったんです。特にレイフ様は私達よりずっとアレクシアと付き合いが長いんですから、心配するのは当然ですよ」
「レイフ子爵?」
王弟殿下がこの場にいる説明を聞くつもりが、レイフ様の名前が出て驚いているみたいだけど、こっちはそれが狙いよ。
「レイフ様はアレクシアと学園では先輩後輩で、王弟殿下の執務室では同僚としてずっと一緒に仕事をしてきた仲なので、とても親しいんです。ね! レイフ様!」
「そ、そうなんです」
「それでわざわざここまで?」
「今日は仕事が休みでしたので、少しでも役立てることはないかと思いまして」
「ほお? そんなにアレクシアを」
父の表情が明るくなり、嬉しそうな笑顔になった。
アレクシアを心配してくれる人がいるのは、彼女を家族のように思っている私たちにとっては嬉しいよね。
「は? いえあの、魔道省の問題で体調を崩してしまった時に、なんの力にもなれなかったので今度こそはと」
「そうですか。それはアレクシアも心強いでしょう」
「はあ……」
よかった。たぶん父はアレクシアとレイフ様の仲を誤解しているわよね。
アレクシアに想いを寄せている立場にいるレイフ様が、ここにいるのはおかしくないもんね。
本人たちの了解は得なくちゃいけないけど、今後も彼らがここに来る気でいるのなら、これほどもっともらしい言い訳はないでしょ?
殿下がアレクシアに想いを寄せていると誤解されたらやばいことになるけど、レイフ様なら大丈夫だと思うのよ。たぶん。
「しかも領地復興の手助けになる物を持って来てくれているんですって」
「なんと。昨日の今日でアレクシアのためにそこまで」
昨日の今日で……。
そういえばそうね。ずいぶんと用意周到じゃない?
「え? いえあの同僚としてですね」
「わかっていますよ。アレクシアもきみのような人が傍にいてくれるのは心強いでしょう」
「あの、クロウリー男爵?」
レイフ様もアレクシアも慌てているみたいだけど、ここで否定されるとめんどうだわ。
話題を変えなくちゃ。
「それでこちらのクリスタルは料理が得意なんですって。手伝いをしてくださるそうよ」
「ほお」
「で、こちらはレイフ様の友人のイーデン様。子爵家の令息だそうです」
「……子爵」
お忍びなんだなということは理解してくれたようだけど、何か言いたげに父に横眼で見られてしまった。
私は彼らが来るなんて知らなかったからね。
知っていて黙っていたんじゃないから、そこは誤解しないでよ?
「イーデン・ダウニングです。本日はレイフと休日が同じだったので出かける予定だったのに、急に行きたいところがあると言われたのでついて来てしまいました」
「そうですか」
「お父様、ちょっと」
父の腕を引いて少し離れた位置に移動する。
しっかりと父の護衛の魔道士が後ろについて来ようとするのを、睨んで押し留めた。
彼はフェネリー伯爵家の親戚筋のトリスタンという名の優秀な魔道士よ。
魔法が使えるからって、誰もが魔道省や軍隊で働いたり魔道具制作をしたいわけじゃないのよね。
トリスタンは父の警護をしつつ、秘書のような仕事もしているの。
アレクシアと同じような立場ね。
「レイフ様はアレクシアの力になりたいだけじゃなくて、会えなくなるのも心配してるの。領地経営に力を入れるようになったら、王都には来なくなっちゃうかもしれないじゃない」
「それはないだろう。彼女はきみの護衛は続けたいと言っていたよ」
「私が王宮で仕事をしている間はいいわよ? でも学園に通うようになったら一年間は王宮の仕事はお休みよ?」
「……休めるのかな」
は? 一年で卒業しろって命じておいて仕事まではさせないでしょう?
そんなブラックはお断りよ。
「だからね、何を持ってきたかまだわからないけど、領地復興に関わりたいんだと思う。それならここに来る言い訳になるじゃない」
「言い訳がいるのかい?」
「そうよ。アレクシアはレイフ様の気持ちに気付いていないんだから、お父様も余計なことを言わないでね。これは内緒よ」
「おお、そうなのか。わかったよ」
父の顔から訝しげな表情が消えて、すっかり楽しんでいる顔つきになっている。
他人の恋バナは楽しいよね。
「お父様たちはこの後バリークレアへ?」
バリークレアは父がもらった領地にある唯一の村よ。
マガリッジ子爵の屋敷がある村でもこの有様だから、他の村はもっとひどいことになっているかもしれないわ。
「ああ、心配だからさっそく行ってみるよ。たのまれた物資は今調達している。あちらの分も合わせて多めに用意したほうがよさそうだ」
話しながら殿下たちが待っているほうに戻ると、全員揃って不安そうな顔でこちらをずっと見ていたようで、誰も会話をしていなかった。
なんで?
「じゃあ私は行くよ。シェリルはまだここにいるのかい?」
「はい。アレクシアの屋敷に行って料理をします」
日本の料理をマガリッジ風の料理だって紹介する予定だったけど、お父様までもう来てしまったらしょうがない。
「料理?」
「はい。マガリッジ風として売り出せる料理を考えるんです。産業を活性化するために、地域の名物を作って仕掛けるんですよ!」
「それはすごいな」
「お父様も、あとで試食に来てください」
「……ギルモア侯爵夫妻とうちの両親も来るかもしれない」
「それは……試食会をしなければいけませんね。作る量を増やします」
ええ? 何人になるの?
屋敷の人達にも試食してもらいたいのよ?
「うちの家族が全員来たりして。そうしたら何人分あればいいかしら」
「今、試食会って言ってなかったか?」
「え」
俯いてぶつぶつだいたいの人数を考えていたら、殿下が目を輝かせて聞いてきた。
殿下の後ろにいるレイフ様やクリスタルも期待に満ちた顔をしている。
「三人とも参加したいと」
「当然だ。いろんな食材を集めたんだぞ」
「ギルモアもいますよ」
「何か問題が?」
バリークレアで米を栽培しないかという提案は、夕べのうちにお父様にしてあるから、これはいい機会かもしれないわね。
それにレイフ様が何を持ってきたのかも気になるわ。
「ともかく私たちも移動しましょう。アレクシア、屋敷に着いたら料理を作る前に打ち合わせしたいわ」
「わかった。じゃあ屋敷まで転移しましょう」
本当は歩くか馬車で移動して途中の様子も見たいところだけど、試食会が大掛かりになりそうなので時間がない。
転生してからは一度も料理をしていないから、不安要素がてんこ盛りだしね。
私とアレクシアとドナとジェフに殿下とレイフ様とクリスタルが加わって、六人で屋敷の正面玄関前に転移した。
マガリッジ子爵はほとんど王都で生活していて領地には戻っていなかったのに、屋敷には金をかけていた。
村を見下ろせる高台に建てているあたり、マガリッジの虚栄心の強さが伺えるわね。
でも……うちのほうが立派なのが複雑な気分よ。
きらきら具合もうちのほうが上だわ。
父はあらゆることで理想の男性なのに、なんでセンスが悪いんだろう。
「こちらへどうぞ」
なにこれ。
外側は豪華絢爛だったのに、屋敷の中はスッカスカじゃない。
あ……財産没収されたんだった。
金目の物は全て差し押さえられたんだ。
「王宮のやり方って、けっこうえげつないのね」
日焼けの跡で絨毯まで持ち去られていることがわかる。
ここまでやっておきながら、アレクシアに領地は残してあげるから復興しろよってよく言えるものだわ。
「うっ……」
ああ、そういえば王族がいたんだっけ。
「シェリル、差し押さえに来た人たちはとても礼儀正しかったんだそうよ。それに使用人たちが必要な物と私の部屋には手を付けないでくれたの」
「よかった。思い出の物もあるでしょう? 全部取られちゃったのかと思ったわ」
「家族とのいい思い出なんてないわ。でも、ここで働いてくれている人たちがつらい思いをしないですんだのはよかった」
なんていい子なのかしら。
こんな素敵な娘を大事に出来ない親がいるなんて信じられないわ。
「広場で店をしている兄弟に食材を注文したので、大量に届くからよろしくね。それと、あなた方の制服にリネン類、女性の必需品各種もすでに用意は出来ているの。あとでアレクシアが持ってきてくれるわ」
「なにからなにまでお世話になりっぱなしね」
「あらいいのよ。領地復興に投資することで、うちの商会も潤うんですもの。村の人達もこの屋敷で働いている人たちも、みんなが潤うようにしたいわね」
あれ? 私の言っていることはなにかおかしい?
屋敷の人達も殿下たちも、なんの反応もしてくれないんですけど。
「おまえは、十歳だってことを考えて発言しろ」
木製のテーブルと椅子があるだけの殺風景な部屋に案内され、アレクシアが防音の魔法を使った途端に殿下に怒られた。
「ギルバートだってこのくらいの話はしますよ? 天才少女って言われているんですから平気でしょう?」
「女性の必需品って言い方はしないだろう」
「え? じゃあなんて言えばいいんですか?」
「化粧品とか」
「下着とか生理用品とか?」
「……いや、必需品でいい」
せっかくぼやかして話したのに、そこに突っ込むのが悪いんじゃない。
男性が気付きにくい物って多いのよ。
他にも乳幼児や子供がいる可能性も考えて、いろいろと用意しているんだから。
「じゃあ、さっそく私が用意した物を見てもらいましょうか」
全員が椅子に腰かけると、レイフ様が四角いカバンを取り出した。
え? どこから?
もしかしてゲームみたいにインベントリがあるの?
「あれ? 驚いているってことは見るのは初めてですか?」
「はい」
「アレクシア」
「えー、面接のときに殿下が説明したと思っていたわ」
だからさ、報告はちゃんとしようよ。
特に男性陣は、説明やら相談やらをすっ飛ばしすぎるのよ。
自分たちがわかっているから相手もわかっている気になっているでしょ。