本気になったオバサンは時間と金を惜しまない 3
村人が不安になっているというので、アレクシアには村長たちへの説明を優先してもらって、私は料理をするための準備に取り掛かることにした。
「あそこにあるのが食堂?」
「はい。この村唯一の店です」
緑髪くんが案内人のようについてきたので聞いてみたら、この村には食堂もひとつしかなくて、広場の建物は皆、住居部分に住人がいるけど閉まっている店か空き家しかないという話だった。
「役場と銀行はあの建物の中です」
「食堂は繁盛しているの?」
「まあまあですかね。夜は飲み屋になってます」
色褪せた看板も建物も日本でも見かける古い食堂の雰囲気で、女性がはいるにはだいぶ勇気が必要だし、常連以外は素通りしてしまうタイプの店構えなのよ。
でもこういうところって意外と美味しいんだよね。
ちょっと中を見てみようかな。
私も女の子なので中に入るには勇気がいるけど、開いたままの引き戸の端に身を隠し、上体だけ横に倒して中を覗いてみた。
体が柔らかくないと出来ない姿勢よね。
中は外よりずっと小綺麗で、木のテーブルと椅子が並んでいる普通の食堂だ。
壁に大きな黒板がかかっていて、そこにメニューが書かれている。
「普通の料理ばかりか」
そりゃあそうだよね。
同じバルナモア王国内なのに、この村だけ異質な料理が並んでいたらおかしいわ。
鶏肉を使った料理が多くて、牛や豚の料理は割高なのは流通の問題なんだろうな。
「ねえ、そこの緑の人」
「え? 俺?」
緑髪くんが自分の顔を指さしながら聞いてきたので頷いて手招きした。
「野菜を買いたいの。農家から集めてこられる?」
「そりゃできますけど」
「じゃあ、このメモにある野菜をこの値段でこの数だけ買うわ」
夕べのうちに王都の野菜の値段や領地で農家が野菜をおろしている値段を調べて、うちの商会がこの村で野菜を扱うならこの値段にしようって金額を決めてきたの。
「こ、こんな高く買ってくれるんですか?」
「今まで買いたたかれていただけよ。これが適正の値段……に、ちょっと色を付けてるかな。でも、物が悪かったら買わないわよ。ある程度の品質の商品をちゃんと提供できるかもチェックするから。今後取引するかどうかに影響があると思ってね」
「……あなたが決めるんですか?」
「ううん。お父様よ」
「あ、そうですよね」
十歳の子供がそんなこと出来るわけがないじゃない。やだわあ。
「でも私の意見を、父はとても重視してくれるのよ」
「あの……」
横から兄貴の赤髪の人が話しかけてきた。
「この村に店を出すんですよね?」
「そうね。あなたの店の隣からこの食堂までの一角を借りようと思っているわ」
「それでは……僕たちの店は潰れてしまうのでは……」
「なんで?」
この村を栄えさせようとしているのに、村の人から仕事を奪うわけがないでしょう。
「そこは業務提携を結びましょうよ。うちの商品を魔法陣で運ぶときに、あなたたちの商品も一緒に運ぶとか、うちは傷みの早い食品専門の店にして他はあなたたちが扱うとか、いくらだって方法はあるじゃない。この広場に来れば欲しい物が揃うってことがたいせ……」
あれ? 赤髪くんの体が邪魔でよく見えないんだけど、向こうから小走りで近付いてくる小柄な男性に見覚えがあるんだけど。
「クリスタル?」
「え?」
私の視線を追って、赤髪くんも周りの人達も同じ方向を見て、全員が目を丸くした。
赤髪くんたちからしたら、どう見ても貴族のイケメンが三人も村にやってきたのだから、何事かと驚くわよね。
そう、クリスタルだけじゃないのよ。
「お嬢様……あの方って」
ドナとジェフにとっては、クリスタルよりその後ろからのんびりと歩いてくる人物たちのほうが大問題だ。
昨日の今日よ。
最速で動いたのに、なんで彼らがここに来ているの?
「やあ、シェリル。大丈夫? 何か揉めてたりするの?」
笑顔だけど声音がちょっとこわいよ、クリスタル。
あなたは執事兼情報屋だよね? 殺し屋じゃないよね?
「揉めてないわよ。むしろ彼らは協力してくれているの」
「ああ、そうなんだ」
クリスタルって細身で小柄で、アッシュブロンドの髪にくりっと大きな目の可愛いタイプの顔なのよ。
気配を消して目立たなくも出来るくせに、今は全身から只者ではないぞってオーラを漂わせている。
やばいぞって感じを赤髪くんブラザーも感じ取っているようで、顔が強張ってしまっている。
「で、野菜の話の続きなんだけど」
「あ、はい」
「野菜を集めてマガリッジの屋敷に届けてくれる?」
「わかりました」
「じゃあさっそくお願い」
「行こう、兄貴」
「ああ、では失礼します」
ふたりが村人たちのほうに駆けていくと何人かが彼らに目を向けて、そのせいで私たちが目に入ったんだろうね。
私の横にいるイケメンと近付いてくるイケメンふたりに驚いて、町長が話している途中なのにざわついてしまっている。
特に女性たちの反応が大きい。
王都でも滅多に見られない三人の素敵な男性たちから目が離せないようだ。
クリスタルがかわいい系だとしたら、レイフ様は貴族の子息です。仕事出来ますって雰囲気の華やかなクール系なのよ。
出会った頃から髪が長めだったのが、切るのが面倒なのか今では背中まで伸ばしていて、紐でひとつに結わいているのも目立つ原因ね。
農村部の男性に長髪はいないもん。
王宮では眼鏡をかけていることが多くて、それが素敵って女性も多いみたいだけど、今日はレイフ様じゃなくて殿下が眼鏡をかけている。
ノアの家に行った時もそうだったけど、殿下は眼鏡をかければ変装しているって勘違いしていない? 眼鏡くらいじゃその異様に整った顔は隠せないから!
髪もいつものようにセットしないで、前髪をおろして手櫛で整えましたって感じの自然な髪形だ。
そのせいか眼鏡のせいかはわからないけど、普段より若く見えるわ。
十八くらいには見えているんじゃない?
「ええ!? どうして?」
慌ててアレクシアが駆け寄ってくるより一足早く、レイフ様が私のすぐそばまでやってきた。
「シェリル、突然来てしまってすみません」
「せめて来る前に連絡くらいは寄越してくださいよ」
「急に決まったんですよ。あなたとアレクシアが領地に向かうって夕べ聞いて、じゃあ早く渡したほうがいいって殿下が言い出したんです。でも復興にきっと役立ちますよ」
ふたりとも今日は仕事が休みだからって、急にこんな場所に王族が来ちゃ駄目でしょう。
仕事はしっかりできる人達なのに、どうしてこういう時だけ無茶な行動をするのよ。
「昨日から殿下が落ち込み気味なんですよ。きみに悪いことをしたって反省しているんです」
身を屈めてレイフ様が小声で言うけど、それ、言い訳になっていませんから。
「今はもっと怒っているんですけど」
「そう言わないで話を聞いてあげてください」
「なにをしてるんですか!」
ほら、アレクシアも私と同じくらい怒っているじゃない。
「今日は料理を作るんでしょう? それで使えそうな物を持ってきたんですよ。それにクリスタルは料理が出来るから手伝いになりますよ」
詰め寄ってくるアレクシアに圧され気味のレイフ様は、両手をあげてまあまあと宥めながらクリスタルと殿下に助けを求める視線を送っている。
「そうそう。僕にもやらせて」
料理が出来るのはいいわね。
かなり大人数分の料理を作る予定だし、あっちの世界の料理を知っていて料理が出来る人がいるというのはありがたいわ。
「クリスタル、ありがとう。助かるわ」
「でしょう。僕は役に立つよ。一番役に立たないのがあの人」
殿下を指さすんじゃありません。
いちおうあなたの主でしょ。
「あの人はレイフの友人で、イーデンっていう名前ね。子爵家の五男だから自由気ままなんだよ」
へえ、そういう設定があるんだ。
王弟殿下ですとは言えないもんね。
「こんにちは」
「イーデン様? 初めまして? アレクシアと申します?」
アレクシアは気が動転してしまっているのか、棒読みになってしまっている。
まさか自分の領地に、殿下が来るとは思わないよなあ。
「敬語なんていいよ。イーデンって呼んでくれ」
「いえ、こちらのほうが話しやすくてですね……どうすんの?」
私に聞かないでよ。
「来ちゃったものはしょうがないじゃない。そっちの話はもう済んだの?」
「ええ。魔道士が言っていたことは嘘だって知って安心したと思うわ」
「何があったんですか?」
レイフ様たちが私の傍に近寄る分、ドナとジェフが遠ざかっていく。
きみたち、護衛も兼ねているんだから逃げちゃ駄目って言ったらかわいそうよね。
「説明は私がしますから、ちょっと待ってください。アレクシア、商会に行ってこのメモを父に渡してきてほしいの。あと、村の女性に欲しいのに買えない物がないか聞いて、必要そうならそれも父にたのんできて」
「わかった。急いで行ってくるわ」
今は殿下たちの相手をしている場合ではないのよ。
だからアレクシアも彼らに一礼して、まだ広場の中央に集まっていた村人たちのほうに駆け出した。
「さて、ではざっと説明しますね」
王族相手に文句ばかり言っているわけにもいかないから、食堂の横が空き地だったので移動して、マガリッジ子爵に恨みのある魔道士が騒いだ話や、この村の現状をざっと説明した。
「あの野郎……」
並べる商品がなくてスカスカな店舗や、放置された建物があちらこちらにある村の様子を見て、三人ともマガリッジに対する怒りが再燃したようだ。
「魔導士はこちらで対処しよう」
「いえ、ギルモアで……」
「アレクシアの立場が弱くなっては困るだろう」
それはまあそうなんだけど、王族が出てくるほうがまずいんじゃないの?
「想像していたより悪い状況のようだな」
「手を出さないでくださいね」
これははっきりしておかなくちゃ。
「駄目ですよ。ここで殿下が手伝ったら、アレクシアが妬まれます。そうじゃなくても領地が没収されないと聞いて不服に思う人間がもうしでかしているんですから」
「しかし……」
「ここに顔を出すのもやめていただきたいです。もうね、三人とも目立ちまくっているんですよ」
冷たい言い方をして申し訳ないけど、王弟がアレクシアに個人的に目をかけている、領地経営も手伝っているなんて噂になったらどうすんの?
「あ、いけない。今のうちに食堂のメニューをチェックしようと思っていたんだ」
「……シェリル。俺たちも友人としてアレクシアのことを心配しているんだ」
それはわかっていますとも。
なにも意地悪でこんなことを言っているんじゃないのよ。
「殿下は今まで、友人のためだからと誰かの領地にまで行って手を貸したことがあるんですか?」
「それは……ないが」
転生者仲間だと知らない人たちからしたら、なんでアレクシアだけ特別扱いするんだって思うでしょう。
「この村まで来なくても出来ることはありますよね? それか独身の御令嬢の手伝いに若い男性が領地にまで通っても、おかしく思われない理由を考えてください」
「それはそうなんだが、この状況を少しでも早くよくするためには金がいるぞ」
「私が先行投資するので大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろう」
ここで言い合いをしている時間がもったいないでしょう。
早く料理を作って……。
「シェリル? なんで彼らがここにいるんだ?」
え? この声は……。
「お父様?」
ついさっきアレクシアが転移していったばかりなのに、父と商会の人が五人くらい、アレクシアと一緒に広場の隅に立っていた。
まずい。
村の様子を聞いて、自分の目で見たくなったのかしら。
まさか、このタイミングで来ちゃうなんて。
「……これは、どういうことですか?」
眉を寄せて近付いてくる父と平然としている殿下に挟まれて、なんで私がおろおろしないといけないの?
言い訳……殿下たちがここにいるもっともな理由は……そうだ!