本気になったオバサンは時間と金を惜しまない 2
村の中に入っても門番が使用する建物がぽつんとあるだけで、未舗装の道の両側は林が続いていた。
ここが村? 林の奥に四角い倉庫のような建物が見える以外、何もないわよ?
領主の屋敷がある村は、その領地の中では一番栄えている村になるのが普通でしょ?
クロウリー男爵領も田舎だけど、うちの屋敷がある村は城壁内は石畳の道の左右に、建物がびっしりと建っていて、村の中心には商店街や公共施設、木工加工の作業場が並んでいつでも賑わっているのよ。
王都からの距離は同じくらいなのにこんなに差があるなんて。
それにしても道の両側が林というのはどういうことなのかしら。
ん? この匂いは何?
微かに動物の匂いがして、今何か鳴き声が聞こえた気がするわ。
「養鶏場があるのよ」
「え? 村の入口に!?」
「くさい動物は遠くにやれって屋敷の近くにあった養鶏場を、全て父がこっちに移動させたの。ここは街道に一番近い村の入口だから、昔は賑わっていたんだけど空き家ばかりになっていたしね」
話を聞けば聞くほど救いようのない男ね。
養鶏場って、棚の中に鶏が並んでいるイメージだったんだけど、ここでは放し飼いにしているんですって。
「つまり養鶏がこの村の主産業ってこと?」
「豆と養鶏ね。祖父の代までは、王都でも玉子を販売していたのよ。自然の中でストレスなく自由に育った地鶏の玉子と鶏肉は美味しいとけっこう有名だったのに、父は商売にまったく興味がなくて、転移魔法の出来る魔道士を雇うのをやめちゃったのよ」
それで王都に商品を運べなくなって、鳥の数が減っちゃったんだそうだ。
マガリッジ家の人間は、みんな魔法が使えたんでしょ?
それで玉子を除菌して、王都に冷蔵して運べば商売になるのにもったいない。
「王宮で働くほどの能力のある自分たちが、玉子の除菌なんてしていられるかって……」
「あほね。でもしょうがない。これからのことを考えましょう。そうか。新鮮な玉子を使った料理をマガリッジ風にすればいいんじゃない」
「オムレツもスクランブルエッグももうあるわよ」
玉子料理は他にもたくさんあるでしょう。
そこで諦めちゃ駄目よ。
「和風だしがほしい」
「存在しないわ」
日本製のゲームなのに、だしがないっておかしいでしょう!
オムライスにハンバーガー、パスタにステーキって、ゲームに出てくる料理を考えたのは自炊したことのない人達なのかな。
でもまあ確かにファンタジーが舞台のゲームだもんね。
てんぷらやブリ大根よりは洋食のほうが似合うのは仕方ないわ。
「とんかつはあるわよ」
「じゃあソースは?」
「マガリッジ風のソースはあるわ。でも他の地域のソースとそれほど変わらないと思う」
アレクシアの表情が暗い。
改めて自領の様子を見て、ここを経済的に豊かにするなんて無理だと思ってしまっているのかも。
「しばらく似たような景色が続くから、村の中心まで転移しましょう」
「ほーい」
さすがに村の中心は建物の数も多く、通りを行き来する人も少しはいた。少しは……。
ただ中央広場は、四角い空き地にしか見えなかった。
周りの建物が他より多少は大きいから、ここがこの村の中心なんだなとわかるけど、その建物もかなり年季が入っている。
王都にだって古い建物はあるのよ。
でも部分改修したり色を塗り直したりして綺麗にしているの。
でもここでは建物を改修するための予算がないのと、空き家が増えて管理する人がいないのとで、村全体が寂れた雰囲気になってしまっている。
「あら、あそこの店は荷下ろししているのね」
閉まっている店ばかりの中で一か所だけ、店の前に停めた馬車からふたりの若い男性が荷物をおろしていた。
「彼らがこの村で唯一の店を経営している人たちよ」
ああ、若い兄弟が経営している店だっけ。
ちょっと品物を見せてもらおう。
「こんにちは」
黙って眺めるのは失礼だからと声をかけたら、ぎょっとした顔で動きを止めてまじまじと見られてしまった。
「なんだ、あんた」
「おい」
緑の髪をした男性を赤髪の男性が慌てて止めた。
「やめろ。その子は貴族の令嬢だろ」
「え? まさかってあ! アレクシア様」
私の後ろにアレクシアがいることに気付いて、男たちはすっと姿勢を正した。
ドナとジェフがすっと私と男の間に割って入ったのも、彼らを慌てさせる要因になったんでしょうね。
「すみません、こいつが失礼なことを」
「いいのいいの。気にしないで」
ひらひらと手を振って彼らの横を通り過ぎて、そのまま店の中に入ったら赤髪の男性が慌てて追ってきた。
「仕入れてきた商品を並べなくてはいけないので今日は休みなんです」
「そう。見ているだけだから気にしないで。この商品は王都で仕入れているの?」
棚に置かれていた飾り気のないシャツを手にしながら聞いた。
「まさか。王都まで馬車で五日以上かかるんですよ? 往復で十日ですよ」
「え? 転移も魔法陣も使ってないの!?」
「そんな物が使えるのは大手の商会だけですよ」
驚いてくるっと店の入り口を振り返ったら、アレクシアが申し訳なさそうに俯いていたけど、もしかしてそれが普通なのかしら。
うちの領地が異常だった?
「じゃあ買い付けは隣の領地でしているのね?」
商品棚がぐらつくようで、脚の下に木の板が差し込まれている。
備品を入れておく戸棚の扉も壊れていて、趣味の悪い布がかけられていた。
この村で唯一の店だけあって売り場は広いのに、棚はスカスカで商品の数が少なく、店も売っている商品も働いている人たちまでくたびれて見える。
「あの……あなたはどちらさまですか? アレクシアお嬢様のお友達でしょうか?」
まあ、赤髪くんに聞かれるまで名乗ることを忘れていたわ。
「私はクロウリー男爵家のシェリルよ」
「クロウリー商会の!?」
「そろばんを作った人ですか!?」
え? クロウリー商会もそろばんもそんなに有名?
「うわあ、すごい。そろばんのおかげで値段を誤魔化されなくなって助かっているんですよ。隣の領地のやつら、俺たちがそこで取引するしかないって知っているんで吹っ掛けてくるし、計算も適当だし」
緑髪くんが尊敬のまなざしで話しかけてきた。
若いからと隣町の商人に足元を見られているのね。
他の村の商人も同じなのかしら。
「商品の数が少ないのは、隣町では仕入れられないから?」
「あっちも大きな町から仕入れているんで手間賃を取るんですよ。それでその商品も高くなってしまって、村で売れる値段の商品があまりないんです」
「なんてこと。私は何度もここに来ていたのに、広場を一周してみんなと挨拶するだけで、ちゃんと話を聞いたことがなかったわ」
アレクシアも村に商品が少ない原因に気付いて、額に手を当てて今にもその場にうずくまりそうなほど衝撃を受けている。
「体調を崩すくらい忙しかった人に、そんな余裕はないでしょ」
「シェリルの執事になって休みをとれるようになってもよ」
「休みは休む日なの。領地の視察も仕事だし、今まではあなたにはなんの権限もなかったのよ。あなたが自分を責める必要は全くない。悪いのはマガリッジよ」
「そうだけど」
「この状況を改善するために来たんだから、落ち込むよりまず頭を働かせましょう」
問題点を全部メモして父に知らせる約束になっているので、紙とペンを取り出して主な商品と値段を書き込んだ。
気をつけないといけないのは、この村はマガリッジ男爵領だってことよ。
あくまでもアレクシア主体でやらないといけない。
「あ、その前に」
鉛筆をマイクの代わりにアレクシアの口元に向けた。
「男爵になってこの領地を自分でよくしていくの? それとも国に返して他の人にやってもらう?」
まずはそこを決めてもらわないとね。
「それは……」
「野菜のお金を……あ」
タイミング悪く戸口に顔を出した女性が、私とアレクシアに気付いて顔を引っ込めた。
「待って。払うよ」
赤髪くんが一礼して店の外に出て行ったので、考え込んでいるアレクシアはしばらくそっとしておくことにして、緑髪くんのほうを見たら、
「仕入れに行く時に、農家の人の野菜を預かって売っているんですよ」
まだ聞いていないのに教えてくれた。
すっかり協力的だわ。
「いくらくらいで買ってくれるの?」
「これが今回の値段の一覧です」
「見せていいの?」
「アレクシア様の御友人ですよね? カルキュールの仕事もしているって聞きましたよ」
「くわしいわね」
「そりゃあ、商人仲間では天才少女だって有名ですよ。隣の領地のやつら、シェリル様と話したっていったら羨ましがるだろうな。こんな可愛い……あ、失礼しました」
どうして急に謝ったんだろうって横を向いたら、ドナが腕組みして睨んでいた。
赤髪くんも緑髪くんもいい子たちみたいだけど、貴族相手の礼儀を学ばないと商人として成功できないわね。
「隣の領地では特定の商会と長期契約しているの?」
「いいえ。毎回その場限りのやり取りです」
「じゃあ、次からはうちと取引しましょう」
「え? ま、まじっすか!? おい、おいアニキ!聞いたか?」
緑髪くんてば、まだ話をしている赤髪くんのシャツの後ろ側を掴んで引っ張って怒られてるわ。
「シェリル、ちょっと待って」
アレクシアが私の肩を掴んで揺すってきた。
「やめることにした?」
「やるわよ。やるけど」
おお。やるんだ。
「あまり話を進めちゃ駄目よ。目立ちたくないんでしょう? クロウリー男爵や殿下の意見を聞いてからにしてね」
「まだ何も言っていないじゃない」
「何かぐるぐる考えているでしょ。おとなしくメモをしているのがこわいのよ。見張っていろって殿下に言われているの」
えーー、アレクシアは私の執事なのに、殿下の指示に従っているの?
「男爵も言っていたわよ。ギルバートなんて何かやらかしそうで心配だから自分も行きたいって何回も言っていたわ」
「私が何をしたって言うの?」
何も問題なんて起こしたことないのに。
「アレクシア様、あの、よろしいでしょうか」
声をかけられて振り返ってびっくりした。
店の入り口に人がたくさん集まってきていた。
「あの……子爵様が捕まったと聞きました。我々はどうなるんでしょうか」
「アレクシア様は大丈夫なんですか?」
馬車で五日かかる距離なのに、なんでそういう噂だけもう伝わっているの?
早すぎでしょ。
「アレクシア様、申し訳ありません」
今度は、細くて長身の初老の男性が戸口に現れ、深々と頭を下げた。
店の片づけはすっかりストップしちゃっているわ。
「アーサー、どうしてこんな騒ぎになっているの?」
この人が村長のアーサーさんか。
どうにか村が貧しいながらも平穏な状況でいられるのは彼のおかげなんですって。
「昨晩、子爵に恨みを抱いている魔道士が村にやってきて、マガリッジ子爵家は取り潰しになった。この村は国に見放されると大声でわめいていたんです」
うへ。
子爵に恨みを抱いている人はたくさんいるとは思っていたけど、村人は関係ないじゃない。
彼らを不安にしていったい何の得が……ああ、アレクシアが男爵になって領地まで持てるのが気に入らないのか。
それで邪魔しようとしたんだ。
メモメモ。
ギルモアの大伯父様にも少しは関わってもらわないと、あとで文句を言われちゃうもんね。
ぴったりなお仕事が見つかったわ。