本気になったオバサンは時間と金を惜しまない 1
「今回のことはひどいと思ってる。シェリルが彼らを信用できないというのもよくわかるの。でも、家族に阻害されている私をずっと支えてくれたのも彼らで……」
いけない。
彼らのほうがアレクシアとの付き合いは長くて、きっとその間にいろんなことがあって信頼関係も生まれていただろうに、私の考えを押し付ける形になっているわ。
でも、あんなぼろぼろになっていたアレクシアに気付かなかったなんて、まったく頼りにならない男たちだけどね!
本人たちもだいぶ疲れ切っていたから、この国の中枢が問題大ありなんだけども。
経験の少ない若い国王や王弟に、いちゃもんをつける貴族も多いんだろうな。
好き勝手しても、どうせ何も出来ないだろうって考えているやつらがいて、今回のような問題が次々に明るみに出ているんだよね。
そんな中で力を合わせて頑張ってきた彼らには、きっと彼らなりの絆や友情があるんだわ。
「どうも私は説明が下手みたい。ギルバートにもよく言われるの。アレクシアにとって彼らが大切な友人だっていうのはわかるのよ? でもマガリッジ男爵になったらあなたにも領主としての責務が出てくるでしょ? 王弟殿下もレイフ様もそれぞれの立場の責務があるの。だから今回のようにそっちを優先しなくちゃいけないことも多いのよ」
「……そうね」
「それに怒っても仕方ないじゃない。友人だから自分を優先して動いてくれるなんて思っていたら、それは甘い考えよ。でもふたりとも出来るだけアレクシアのために動こうとはするでしょうけどね」
アレクシアって前世で学生だったんだっけ?
実家に住んでいたのなら親に守られていたのよね。
それなのに、異世界転生してつらい境遇になっている間、転生者仲間だけが心の許せる相手だったんだもん。依存しちゃうか。
「この際だから王弟殿下に後ろ盾になってもらえば?」
「そこまでは迷惑かけられないわ」
迷惑なのかなあ?
懐かしい料理が食べられるようになるよって言えば、喜んで動くと思うんだけど。
アレクシアと少しでも話せば、彼女が素直で優しい女性だというのはすぐにわかるはず。
騙しやすい、思い通りに出来ると考える人間が寄ってきそう。
誰かアレクシアを守ってくれる人は必要だわ。
領地復興をお勧めながら、必要な人員を雇ったり、信頼できる取引先も探さなくては。
考えなくてはいけないことが山積みね。
「よし。明日、さっそくマガリッジ領に行きましょう」
「明日!?」
ん? そんな驚くこと?
アレクシアなら転移魔法であっという間に移動できるでしょ?
「それにしたって急じゃない?」
「急だからいいんじゃない。次に大伯父様に会う前に現地の状況を確認しておきたいわ。それと、レイフ様や王弟殿下を巻き込む気なら、私のしようとしていることが問題ないか聞いてきてほしいわ。次に王宮に行く時に話をする時間が作れるかも聞いてほしい」
「それはすぐに」
「ねえ、忍者みたいな人ってクリスタル?」
「そうよ。通信できる魔道具があるの」
はあ? そんな便利なものがあるなんて初めて聞いたわよ。
それもパーシヴァル・クロフが用意したの?
「……なんでクリスタルを通すの? 王弟殿下と直接話せばいいじゃない」
「出来るわけないでしょ! 殿下は忙しいし、いつも傍に誰かしらいるのよ」
「じゃあレイフ様は?」
「レイフ!?」
なんでそこで驚くの?
「彼は仕事が終わったら、殿下とは別行動よ。クリスタルは執事だから殿下の傍にいつもいるの」
「ああ、なるほど。じゃあそっちは問題ないわね。ギルモアはお母様にたのむから、たぶん大丈夫」
「シェリルが話をするんじゃないの?」
「お母様のほうがひいお婆様や大伯母様と会う機会が多くて仲良しなのよ。今もギルモア最強はひいお婆様だから、召喚してもらいましょう」
私だとずばっと直球で話してしまって一度やらかしかけた経験があるから、またやってしまうとさすがに生意気すぎると思うのよ。
十歳の子は領地経営という新しい問題を解くのが楽しくて、アレクシアと一緒に夢中になっているってことにしよう。
あとは、父が悪い噂をたてられていることを知って、ショックを受けているってことも話してもらおう。
自分のせいで父が悪く言われているって、私も落ち込んでいるって。
「王都の外に出たことがないから、すごい楽しみ。わくわくしちゃう」
「本当に何もない土地よ」
「畑があるでしょ。マガリッジの屋敷もあるんでしょ?」
「小さいの」
小さいって言ったって、日本人からしたら豪邸よ。
私の住んでいた部屋なんてねえ……。
「悲しくなるからやめよう」
「今の自分の屋敷と比べてよ」
「これは私が建てた家じゃないもの。まあ、同じような屋敷を建てるお金をすでに持っているって異常事態になっているんだけどね」
「それが世間に知られたら、さらに注目されるわね」
いや、まともに商売や領地経営をしている人たちは、予想済みでしょう。
生まれた年からアホみたいな額の、小遣いという名の年間予算をもらっているんだから。
それにカルキュールの売り上げの一部と、王宮のお仕事のお給金がプラスされて、私の銀行口座にはちゃりんちゃりんとお金が溜まっていくのよ。
「投資しようかしら。それか私がマガリッジ料理の店を経営する?」
「目立つわよ」
「ですよねー」
はあ。何をしても目立ちそうで嫌になるわ。
早く大人になって、意外と普通の子だったわねと言われるようになりたい。
私は夜のうちに両親と話をして、アレクシアは殿下に報告をして、翌日は早朝からマガリッジ領に飛んだ。
転移魔法で移動した先は、畑のど真ん中。
右も左も前も後ろも畑が続き、その先に林があって山に囲まれている。
要は盆地ってやつね。
これが外との交通の障害になっていて、自領内で自給自足生活する原因になっているのか。
……いやいやいや、魔法があるじゃない。
領地経営をしている人の中に、魔法を使える人はいないの?
「シェリル?」
いや、過去のことよりこれからのことを考えよう。
「いい天気ね。緑が綺麗で空気がうまい!」
両手を平行に広げて大きく息を吸い込む。
真っ青な空にぽっかりと浮かぶ白い雲。
鳥の鳴き声がのどかさに彩を添えている。
アレクシアはいつものメイド服風のドレスじゃなくて、シンプルな町娘風のドレス姿だ。
色っぽさは多少減っている代わりに、さわやかさがアップしているわ。
私のほうは、草で切り傷を作ったり虫に刺されたりしないようにって上着は長袖で、スカートが膝丈だからとハイソックスにブーツを履かされた。
いい天気で風が気持ちいいんだけど、装備のせいでちょっと暑い。
足が蒸れてくさくなったらどうしよう。
ヒロインとして、それは駄目なんじゃない?
「アレクシア様、おはようございます」
農作業をしていた人たちが手を止めて声をかけてきた。
少々訝しげな表情なのは、アレクシアの隣に私とドナとジェフがいるからだろう。
警戒されないように若い子だけで来たんだけど、初めて見る顔が多いから心配されているのかも。
「おはようございます。今日はお友達もご一緒なんですか?」
「彼女は……」
「そうなんです。友人のシェリルと言います。はじめまして!」
ドナにも侍女の制服をやめてもらえばよかったかな。
ジェフは剣の修行をするようになって、めきめきと体格がよくなって強そうに見えるから護衛だってわかるよね。
「まあ、べっぴんさんだねえ」
「おいよせ。貴族の御令嬢だぞ」
「えーー、そんな褒めてもらったら嬉しい! 今日も暑くなりそうなので、ちゃんと水分を摂ってくださいね!」
腕を大きく上に伸ばしてぶんぶんと手を振った。
「元気ね」
「うちの領地は山ばかりだから、子供の頃から走り回ってたのよ」
「まだ子供でしょ」
「え? もう十歳よ」
私とアレクシアの会話の何がおかしかったのかはわからないけど、たぶん安心はしてもらったみたいだ。
歩き出した私たちに、みんな笑顔で手を振ってくれた。
「人と付き合うのが苦手だったって嘘でしょ」
「それは子供の頃の話よ」
「だから、十歳もまだ子供なの」
そうだけども、記憶が戻る前の話よって言えないじゃない。
「あなた、匂いは気にならないの?」
馬車がすれ違えそうな幅はあるけど、未舗装でがたがたの道を歩いていく途中で、不意にアレクシアが言った。
もうすぐ先に村の門があって、そこにマガリッジ男爵の、つまりアレクシアの屋敷があるのよ。
まだ領地と爵位を継ぐ手続きは済ませていないから、正確にはこの土地は、今は国の物ってことになるのかな。
「匂い?」
首を傾げ、すんすんと周囲の匂いを嗅ぐ。
「もしかして肥料がうん……うぐっつ」
「シェリル様!」
「あーーー!」
アレクシアが私の口を塞ぎ、ドナが名前を叫び、ジェフは聞こえないようにしようとしたのか大きな声を出した。
そうか。御令嬢は言ってはいけない単語が多いのね。
「そうじゃなくて、鳥とか牛とか飼っている家もあるし、土の匂いもするでしょう?」
「そんなのうちの領地も同じよ。それよりごついブーツで来て正解だったわね。この道は馬車が揺れるでしょう」
「そうね。道の整備は必要よね」
道だけじゃなくて、村の門も新しくしたほうがよさそうよ?
壁もひびが入っている。
「だいぶひどいわね」
「……そうなの」
でも綺麗に掃除しているし、いちおう応急処置の補修はされている。
門番だってちゃんと警備をしているみたいだわ。
「アレクシア様、今日は外に転移なさったんですか?」
「そうなの。彼らに村を案内したかったのよ。彼女はクロウリー男爵家の御令嬢なの」
「おお、アレクシア様を助けてくださった方ですね」
え? 助けた?
「いやあ、二年くらい前のアレクシア様はやつれて倒れそうで、村の者達も心配していたんですよ。でも急に明るく健康そうになって、クロウリー男爵家で御令嬢の警護をするのが楽しいって笑顔でおっしゃられるようになって」
「そうそう。みんなでよかったなあって話していたんだよなあ」
アレクシアってば、そんなふうに言ってくれていたんだ。
「アレクシアは頼りになる執事で友人でお姉様みたいな人なんです」
「はずかしいからやめて」
笑顔で言ったら真っ赤になって止めてきたけど、村人に恩人のように迎えられるのもだいぶ照れる状況よ。
でも、アレクシアが領民に好かれていて安心した。