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これでもオバサンは遠慮しているつもりだった  5

「枝豆作ってもらうわよ」

「枝豆? 何よ急に。枝豆ならもう作っているわよ」

「やっぱり? いやー、そうじゃないかと思っていたわよ。よかった、もう枝豆が食べたいって言っちゃったの。それは何? って聞かれたらアレクシアに教わったって言う気だったから」


 魔法の才能があったアレクシアは邪魔者扱いされて、学園に入学するまで領地に追いやられていたって前に聞いていたのよ。

 領地経営にまったく興味のない家族が放置していたので、マガリッジ領にいる間だけは、アレクシアも自由に楽しく生活できていたんだそうだ。

 領地の屋敷で働く人たちにはお世話になっていたから、今でもアレクシアは、休日には転移魔法で領地に行ってすごしている。


 さっきお父様に聞いたところによると、お父様がもらった領地は林業中心、それ以外は農業が産業の中心なんですって。

 豆以外にも町の人が自給自足できるくらいには、いろんな作物を育てているんだそうよ。

 ただ山に囲まれた土地なのであまり他所との交流がなくて、領主が放置していたから経済は停滞したまま。

 町並みも生活も古臭くて、慎ましやかに暮らせば生活に困ることはないけど徐々に寂れていってしまっていて、若者は都市に憧れて出て行きたいと思うような田舎。それがマガリッジ領よ。


「あなたね、遠慮しているって言ったくせに、なんでそんな無鉄砲なことをするの? 枝豆が存在しなかったらどうするのよ」

「作ればいいじゃない」

「は?」

「でも領地を手放す気なのよね?」

「……私にはマガリッジ領をクロウリー男爵領のように豊かにするなんて出来ないもの」


 うちの領地? そんなに豊かだっけ?


「なんでそこで首を傾げるのよ。あなたのところの領地は王都の店と同じくらいの、いえ、それよりも流行の先を行くような商品が店に並んでいるでしょ? 領民だって豊かで、週末にはおしゃれして出かけて、ショッピングやカフェで楽しむ街角だってある」

「そりゃクロウリー商会が作ったからね? マガリッジだって商人がいるでしょ?」

「どの町にもひとつは店があるけど、屋敷のある町の店は若い兄弟が経営していて、あまり商品の仕入れがうまくいっていないのか、あまり品物がないの。でも他の町よりはましなのよ。他の商店はいつも同じような売れ残りの商品を高い値段で店にちょっと並べるだけよ。父に賄賂を渡している分、領民からお金を巻き上げるようなやつらなの」

「その若い兄弟は会ってみないと何とも言えないけど、他はクビにしたほうがいいわね。もうあなたが領主なんだから追い出せばいいのよ」


 もともとクロウリー商会は領地で作った商品を、自分たちで運送して、自分たちで販売するために設立したのよ。

 そして商品を王都に送る時は、一緒に領民たちが売りに出したい物を預かって魔法陣に置けるだけ山盛りにして運んで、王都で商売をした人たちが領地に帰る時も、王都で仕入れた商品を山盛りにして運んで領地で売っている。


 スクロールが高いんだから、数人の人間だけ運ぶなんてもったいないじゃない。

 おかげで王都で人気の商品は、ほぼ同時期に同じ値段でクロウリー領でも販売されているの。


「そ……うなのね。そんなことも私はわからなくて、領主になってもなにをどうしていいかさっぱりよ。ギルモア侯爵は相談役や、領地経営を任せられる有能な人を紹介してくれるって言うんだけど」

「駄目よ。ギルモアにたのんじゃ駄目」

「……クロウリー男爵と同じことを言うのね」


 さすがお父様。


「クロウリー男爵は自分の治める地域と同じように、私が治める場所も豊かになるように協力しようって言ってくれたの。でも、ギルモアはどうして駄目なの? 力もあるし、親戚でしょ?」

「力があるからよ。アレクシア、話ながら食べましょう。さっきから料理が全く減っていないわよ」

「え、あ、ちゃんと食べるわ」


 食べ物を無駄にしない。

 栄養はちゃんと摂る。

 戦うには、まずは腹ごしらえよ。


「今はアレクシアに恩があるかもしれないけど、このままギルモアの世話になり続ければ、いずれはギルモアの貸しのほうが大きくなるでしょう? そのうちギルモアの誰かと結婚させられて、領地ごとギルモアに呑み込まれるわよ」

「……あなた、ギルモアをそんなふうに見ているの?」


 そんな驚くこと?


「ギルモア侯爵にそんな悪意があるなんて思えないわ」

「悪意なんてないわよ。当たり前じゃない。好意しかないわ」

「え?」


 ああ、言い方が悪かったわね。

 結婚させられるって聞いたら警戒するかもしれないけど、政略結婚が当たり前のこの世界でギルモア一族のそれなりの身分の男性と結婚できるのは、むしろラッキーなことでしょ。

 ギルモアに呑み込まれるって言い方も悪かったわね。

 ギルモアの一族に組み込まれるって、将来安泰よ?


「……そうなんだけど、でも」

「ん? 好きな人がいるの?」

「そ、そんなんじゃないわよ」


 そんなにムキにならなくてもいいじゃない。

 友達なら恋バナだってするでしょう?


「まあ、結婚を無理強いしてきたりしたら私が文句を言うけど、ギルモアに便宜を図ってもらっているって話が広まった場合、アレクシアはギルモアの一族で中立派なんだって社交界で思われるわよ」

「なるほど。これからは当主だから、そういうことも気にしないといけないのね」


 ついさっき王宮に呼ばれて、男爵になって領地経営をしろって言われたばかりで実感もまだ湧かないだろうし、領地経営について学んだことがないんだから不安になるのも仕方ないわ。

 私だってわからないもの。


「だけど領民の生活が苦しいのなら、あまりのんびりはしていられないでしょう? だから私の提案を聞いてほしいの」

「提案?」

「あなたに領地経営してほしい理由があるのよ」

「枝豆でしょ?」

「枝豆だけで金儲けが出来るわけがないでしょう。転生者たちはゲームになかったせいでこの世界では食べられない料理が食べたいって言っていたじゃない」

「うん!」


 急に目を輝かせて、アレクシアは身を乗り出した。


「食べたい!」

「でも私が急に誰も知らない料理を作りだしたらおかしいでしょ」

「もういいんじゃない? シェリルなら仕方ないって思ってくれるわよ」


 冗談じゃないわ。そんなことでまで目立ちたくはないの。

 それに領地を活性化させて豊かにしたいんでしょ?

 

「だから、マガリッジ領では普通に食べられている料理だってことにしちゃうのはどう?」

「は?」

「田舎で他所の地域との交流があまりないせいで知られていなかったけど、マガリッジ風料理は美味しいんだって話にするのよ。それを食べたくて観光客が来るかもしれないし、王都にマガリッジ料理専門店をだして、契約したマガリッジの農家の野菜を使えばいいじゃない」

「…………それ、あなたが考えたの?」


 そんなに大きく目を見開いたら、目玉が落ちちゃいそうよ?

 半分はさっき考えて、あとは話しながら思いついた感じかな。


「枝豆と餃子を食べながらビールを飲むのがマガリッジ風。うん、庶民の胃袋を掴めそうじゃない?」

「なんて無茶苦茶な……」

「思い付きで言っているだけだから、本当に出来るかどうかはわからないわよ?」


 最初は両親にも知られないように現地の人に料理を教える必要があるし、料理がこの世界の人達の口に合うかも試してみないとわからない。

 マガリッジ領でどんな野菜を作っているかも調べなくちゃいけないでしょ?


「三年計画かな。あまりのんびりして、うちの両親やギルモアがマガリッジ領に顔を出すようになると、そんな料理はなかったってばれちゃうから急がないと」

「本当に何度でも言わせて。遠慮していた? 目立ちたくない? あなた、自分の非常識さをわかってる?」


 そりゃあ両親まで騙すのは申し訳ない気もするわよ。

 でも領地経営がうまくいって、美味しい料理が増えるのはいいことじゃないかしら。


「しばらくおとなしくしているって言っていなかった?」

「私が前に出なければいいのよ。ホチキスだってもう商品化できるのに待ってもらっているのよ? でも、あれも魔道具になっちゃったからフェネリーの誰かが考えたっていうことにすれば問題ないか」

「問題だらけよ!」


 そんな興奮するほどのことではないのでは?


「私は本当に目立つ気はないのよ? 私ね、お父様の評価が低いことが気になるのよ」

「そういえばそうね。夫人やシェリルばかりが評価されてるわね」

「ワディンガムは、成金男爵が公爵の友人だからって特別扱いされて、派閥にいられるだけでも感謝しろって雰囲気だったから、評価されなくてもわかるのよ。でもギルモアは違うでしょ?」


 カルキュールだってそうよ。

 王宮に顔を出していたブラッド様が目立つのは当たり前だし、彼は優秀だとは思うわよ?

 でも彼は営業なの。

 カルキュールの方針を決めているのも経営をしているのも、全て父なのよ。


「自分の商会だけじゃなくて、他の人の経営の相談に乗って結果を出しているってことは、お父様は優秀な経営コンサルタントでもあるってことよ。それを正当に評価しないっておかしいでしょ?」

「ギルモアの中でも評価されていないとしたら、おかしいわね」

「それで思ったの。もしお父様が優秀だということが広まって、カルキュールの実質的な経営者がお父様だということがわかったら、うちと取引しないかっていろんなところから声がかかるわよね。いろんなところと付き合うようになったら、ギルモアと疎遠になるかもしれない」

「あ、なるほど。あなたや男爵夫人を傍に置いておきたいギルモアとしては、クロウリー男爵があまり力を持ってしまうのを警戒して、情報を制限してるんじゃないかってことね」


 さすがアレクシア!


「特にクロウリー男爵家に価値があるとなれば、私たちの縁談話が増えるでしょ? 私やセリーナが遠くに嫁に行く危険もあるわけよ。でも結婚を反対したら、お婆様の時の二の舞になるかもしれないでしょ?」

「それはこわいのね」


 だから私達との関係が安定するまでは、父にスポットライトが当たるのを避けたかった。

 でも今回、子爵になって領地までもらうことになってしまった。


「アレクシアは私の数少ない友人だから、あなたがギルモアにいれば私もギルモアの近くにいると思ったかも」

「たぶん王弟殿下の存在も心配の種なんじゃない? 殿下が大公になって領地に行くことになった時に、あなたを連れて行くなんてことになったら嫌なんでしょ」

「なんで私が行くの?」


 王宮で働きたいのに、殿下の領地で何をするのよ?


「……まあ、そうね。なんか殿下が可哀想になってきた」

「なんで?」

「もっと信頼されて、殿下の仕事を手伝いますくらいは言ってもらえるんじゃないかと期待しているかもしれないじゃない」

「いや、ないでしょ。王宮で働きたいって何度も言っているんだから」

「このおばさん、本当にこういうところは……」


 さっきから何度も呆れた顔をされるのはなんなのかしら。

 アレクシアってば、時々ギルバートと同じような表情をしているわよ。


「あの……それで領地経営の話なんだけど」

「うん?」


 アレクシアも乗り気になってくれたみたいでしばらくは目を輝かせて聞いていたのに、不意に眉を下げて俯いてしまった。


「どうしたの?」

「やっぱり……殿下とレイフにも協力してもらっちゃ駄目かしら」


 ああ、私がさっき立場がどうって話したから、彼らに相談するのを反対されると思っているのね。

 






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― 新着の感想 ―
シェリルおばちゃん、ここに来て絶好調やなw 腹心のアレクシアさんにツッコミ入れられる程にはww 遠慮どこ?にしか見えんけど、一応おばちゃん的には遠慮してたんだろうな 無意識の10歳の暴走?と時間経過で…
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