これでもオバサンは遠慮しているつもりだった 4
昼間は仕事や予定があるため、我が家ではひとりで食事をするときのための専用の食事室をみんなが持っているので、そこに夕食の用意をしてもらうことにした。
自分専用だから内装も好みに合わせられるので、私の部屋は南欧風よ。
この世界に南欧なんてないけど。
床はテラコッタ風のレンガを敷いて、白い壁には絵皿を飾って、カーテンとクッションは原色を使った幾何学模様がはいっている。
あれ? これってエスニック風かも?
アレクシアに一緒に食事がしたいと連絡して、手早く正装から部屋着に着替えさせてもらう間に、侍女たちがテーブルに料理を並べてくれた。
食欲をそそる香りがして、口の中に唾が溢れてくるわ。
一口で食べられてしまうようなサンドイッチやカナッペじゃ、まったくお腹の足しにならないわよ。
「アレクシア様がいらっしゃいました」
部屋にはいってきたアレクシアも部屋着に着替えて、化粧も落としていた。
化粧をした大人びたアレクシアも魅力的だけど、素顔の可愛い感じも素敵なのよね。
「アレクシア、そこに座って。あとはふたりでやるから平気よ」
ふたりだけで話をしたかったので、侍女にはさがってもらって席に着く。
ちょっとお行儀が悪いけど、アレクシアがまだ席についていない時から、フォークを手に持ってしまっていたわ。
「ああ、お腹すいた」
アレクシアはまず、会話を聞かれないようにする魔法を使ってから席に着いて、フォークを構えている私に呆れた顔を向けた。
「そんなにお腹がすいているの?」
「そうよ。緊張して頭を使って気も遣ったから、お腹がぺこぺこなのよ」
「今日の事件は計画されていたことなんでしょ? 何も教えてもらってなかったの?」
「うん」
一番近くに置かれていた煮込み料理に手を伸ばす。
根野菜と煮込んだお肉をフォークで刺すとほろほろと崩れてしまうので、スプーンで掬ってスープと一緒に口に入れた。
湯気がまだ立っている暖かい肉の塊が、口の中で溶けて消えた。
うちの料理人ってば最高だわ。
「怒らないの? 謁見が決まってからも殿下には何度も会っていたんでしょ? 話す機会はいくらでもあったはずよ」
せっかくの料理なのに、アレクシアは食事に手を付けないまま拳を握りしめている。
「敵を欺くにはまず味方からっていうじゃない」
「言うわね。でも話してもらえなかったってことは、信用されていなかった、頼りにされていなかったってことよね。それで傷ついた気持ちは、そんな言葉では消えないわ」
「そこで傷つくのは、あなたが転生者仲間を信用しすぎだからよ」
肉を食べる前にまず野菜から食べなくちゃいけなかったことを思い出して、サラダの皿を手元に移動させながら言った。
こうしてふたりで話す時間って意外とないのよ。
だから今日は、ちゃんと意見交換したいわ。
「私にとっての殿下は、出身地が同じで、地元の話をして盛り上がれる会社の上司のようなものなの。王族の彼が男爵令嬢の私に何もかも話すなんてありえないわよ」
「……それは、殿下が聞いたら落ち込むでしょうね」
「そんなことはないわよ。あちらも同じようなスタンスだと思うわ。レイフ様やクリスタルは殿下側の人達だし、ローズマリー様にはコーニリアス様やジョシュア様がいる。だからアレクシアがうちで働きたいって言ってくれて、ちゃんとクロウリー男爵側の人間として行動してくれているのは、とても嬉しいのよ」
アレクシアが私の警護につくことになった時、殿下の警護をしていた人間がクロウリー男爵家に住むと聞いて、大伯父様たちも、先代のギルモア侯爵夫妻でさえも、アレクシアの動向に注意を払っていたんですって。
うちの情報を王族に流されては困るでしょ?
うちの両親はアレクシアの事情や彼女の人となりを知っていたから心配していなかったんだけど、ギルモアの保護者達はそんな説明では納得しないのよ。
でも彼女はいつも、なによりも私の身の安全を優先して動いてくれた。
時には姉のように怒ってくれたり、友人として過ごしてくれた。
出来ればずっとこの関係を続けていけたらなって思えるような大事な存在よ。
今では私の周りのみんなが彼女を身内だと考えている。
「レイフは国を動かすような地位にいる人のサポートが出来るのが、楽しくてしょうがないのよ。前世では果たせなかった夢だしね。クリスタルは、今の自分が大好きなの。世界一の情報屋を養父に持つ王弟殿下の執事って、アニメに出てきそうな設定でしょ?」
世界一の情報屋ねえ。
王太子殿下や陛下の前にも神様が現れて話をしたんでしょう?
神様の諍いに巻き込まれた五人はみんな、神様に会って便宜を図ってもらっているみたいだから、情報屋を設立出来たのは神様のおかげなんじゃない?
「パーシヴァル・クロフだっけ? 確かまだ三十代前半よね? それでいくつもの国の情報を集められる組織を作り上げるって、常識的に考えたら無理よね」
「今でも神様に会って、いろいろ教えてもらっていたりして」
だったら今日のことも、すでに知られているってことね。
「だからね、転生者だからって信用しすぎては駄目よ。王族は国のことを第一に考えていて、臣下が協力するのは当然なのよ。話してくれなかったなんて、子供の我儘だとしか思ってくれないわよ」
「でもあなたは、私がぼろぼろになっていた時に殿下のことを怒ってくれたじゃない。自分のことだと我慢しちゃうの?」
「自分のことじゃないの。ヒロインの私を傍において見張っておきたいって、国王陛下は考えているのよ。私が王弟殿下の部下として活躍している間は、いろいろと気にかけてくれるだろうけど、あまりに勝手なことをして怒らせたら……家族もただじゃすまないと思う」
「そんなの王弟殿下が許さないでしょ?」
アレクシアの言葉に、野菜を突き刺していたフォークを止めた。
「殿下は、陛下より身分が下なのよ。私を守るために、殿下が危険に晒されることになるわ」
「そんな深刻な話になってしまうの?」
たぶんね。
大伯父様コンビが動くことは陛下も予想していただろうけど、財務大臣や法務大臣が謁見室の前まで来ていたのは、陛下にとっても意外なことだったみたいだもの。
私のために、たくさんの人が動いてくれてしまうのは嬉しいけど、それは陛下にとってはあまりありがたくない状況なんじゃない?
「でも、現状は陛下にとっても満足のいく状況みたいなのよ」
「けっこう好き勝手やっているわよね」
「え? 真面目に仕事をしているでしょ? 礼儀正しく我儘を言わず、頑張って働いているのよ?」
フォークにたくさん野菜を突き刺して、ひと口で頬張った。
「うん。まあ……そうね」
「私ね、権力を欲しがる貴族の気持ちがわかった気がするわ」
「え?」
「だって、男爵とその子供だから陛下も気軽に囮に使ったんでしょう? これが公爵家の誰かだったら、同じことは出来ないわよ」
今でも保護者の方々が警戒するくらいに、危険な目に遭う可能性があるんでしょ?
さらおうなんて考える人間はごく一部だろうけど、親しくなって、自分たちも稼げるようにしてもらおうって考える人はいるんじゃないかしら。
「でも私は本当は天才じゃなくて、前世の知識を使っているだけだもの。商売が成功しているのは、クロウリー商会のおかげなのよ。たぶん賢い人は、私よりクロウリー商会を狙うんじゃないかしら」
「あなたと結婚して、クロウリー商会を乗っ取ろうと考えるかもね」
ギルバートがいるのに、私と結婚しても無駄でしょう。
……あ。ギルバートを排除しようとする危険があるわ。
「そんなの駄目よ」
守ってもらってばかりじゃ駄目だわ。
攻撃魔法は出来ないんですなんて、何を甘えたことを言っているのよ私ってば。
「そうね。私は遠慮のし過ぎね」
「遠慮?」
ようやく料理に手をつけようとしていたのに、なぜかアレクシアは動きを止めてしまった。
「あの無能な魔道省長官だって、人気があるせいで手を出しにくかったみたいなのよ。親戚だって言うのもあるんだろうけど」
「急になんの話?」
男爵から子爵になれるように、功績をあげれば身分があがる。
身分はなくても、みんなに注目されて好かれていて活躍している人物に手を出したら、周りの反感を招くだろうから、下手なことは出来ないはず。
今日だって私の機嫌を気にしていたから、陛下は私とだけ話す時間を設けたのかもしれない。
殿下もそれで謝ったのかも。
「貴族社会では力は重要よ。クロウリーに手を出して、私を怒らせたらまずいって思わせたほうがいいかもしれないわ」
「さっきの話だと、それはまずいんじゃなかった?」
「じゃあ、高位貴族全員を味方にして、私を傷つけたら周りが黙っていないようにするのはどう?」
「今もそうじゃない?」
あれ?
「うーーん。王族には勝てないわよね」
「何を考えているのよ。どうしてそんな話になっているの?」
「だから、今までは遠慮して言いたい言葉も呑み込んでばかりで、おとなしくしていたから利用されるんでしょ?」
「……違うような……というか、言いたいことを言ってなかったんだ」
「え?」
「なんでもないから話を続けて」
「あ、いいことを思いついたわ!」
「嫌な予感がするけど聞くだけ聞くわ」
「王弟殿下の弱みを握る」
「やめてあげて」
アレクシアは転生仲間には甘いのよね。
「でも、今日のことで貸しを作れたから、ひとまずはいいかしら」
「遠慮はどこに……」
小さな声でもにょもにょ言ってもわからないわよ。
「レイフ様にだってノアのことで恩を感じてもらえているみたいだし。私って立場強くない?」
「今更?」
「いいからちゃんと食べなさい。食べないと動けないし頭も働かないわよ。これからが大変なんだから」
「たいへんって?」
「領地問題があるでしょ? あなた、断ったのよね」
私の警護をしたいと言ってくれるのは嬉しいけど、大人になったら王宮に警護を連れて働きに行くなんて出来ないんだから。
「枝豆作ってもらうわよ」