これでもオバサンは遠慮しているつもりだった 1
「あの子は……ゴールディングに似ているんだ。自分にも他人にも甘い。そのせいで、彼の周りから優秀な者ほど離れ、甘さに救われる者と甘さに付け込もうとする者だけが残っていく」
努力しなくてもある程度出来てしまうから努力をしないって話は聞いていたけど、まだ九歳なのに、優秀な人が見切りをつけるって何をしているのよ。
それは周りの大人にも責任があるんじゃない?
「ゲームとかいうものでは、ヒロインを好きになり認められたくて努力をするようになったそうだが、ゲームは敵を倒したらストーリーが終わるのだろう? 日常に戻り、地味な毎日の仕事をこなす生活は出てこないそうじゃないか。それに行動を決定するのはヒロインで、彼は補佐をしてヒロインを守っているだけだったとも聞いた」
「そうなんですか」
「レオンは、きみは王子にまったく興味がないと言っていたが、本当だろうか」
「興味がないのではありません。一切、関わり合いになりたくないんです」
姿勢を正し、まっすぐに陛下を見つめながら言い切った。
「万が一にも第一王子が私を気に入るようなことがあっては困ります。私としても出来るだけ関わり合いにならずに済むように、一年で学園を卒業する覚悟を決めております。第一王子に気に入られた場合、男爵家の娘である私では強く断ることが出来ません。自分に甘い方でしたら、周りの意見どころか私の意思も無視するかもしれませんでしょう?」
第一王子で顔もよくて、周りから持ち上げられてその気になってしまっている子供なら、自分が嫌われるという発想すらないかもしれないわ。
「その通りだな」
「王宮で祝賀会を開いていただけるのは大変ありがたく光栄に思います。……しかし、第一王子がそれをきっかけに興味を持つ危険はありませんか? 今日のことも、あまり噂が大きくなると第一王子の耳にも届くかもしれません」
「いや、それは大丈夫だ」
なぜか陛下が、私の皿にさりげなくチョコレートを置いた。
これは食べろってことよね?
「あの子は、先代と今のギルモア侯爵がこわいのだ。それまで彼の周りには国王派の貴族ばかりが集まり、彼に甘い顔ばかりを見せていたのに、彼らはレイモンドと挨拶をしても、愛想笑いさえ浮かべず、あの強力な目で冷ややかに観察していた。それがこわかったらしい」
「それなら避けていただけそうですね」
大人でも彼らを怖がる人はたくさんいるんだから、あの顔と体格で上から睨むように見降ろされたら、恐怖を感じても仕方がないわ。
「だからギルモア侯爵の孫のような娘で、子供は相手にせずに大人とばかり付き合っていて、頭がよく冷静でジョシュアと仲がいいと説明した」
そういえばジョシュア様のことも嫌いだったわね。
あ、王弟殿下が戻ってきた。
「どうやらギルモアや大臣たちが上手く噂を広めてくれているようです。年齢の話をしたら、さっそく追加で広めてくれるそうですよ」
本当にありがたいわ。
こんなによくしていただいているのだから、私ももっと仕事を頑張らないと。
「きみの場合、有能な人間に好かれるのが素晴らしいな。彼らがこんなに素早く協力して動くことが今まであったか?」
「普段の仕事でも、このくらい頑張ってもらいたいものですね」
第一王子の話も済んだし、そろそろお開きかしら。
じゃあ、せっかくいただいたのだからチョコレートを食べておきましょう。
「話は変わるが、ゴールディングがあそこまで言うんだ。きみはよほど魔道士の才能があるのだろうな」
まだ終わらなかったあ。
オレンジピールがはいっている甘さ控えめチョコが美味しかったのにー。
ちょっと待ってくださいね。口の中のチョコを急いで呑み込みますから。
「ヒロインは、優秀な魔道士にも癒し手にもなれる素質がありますからね。でも本人がやりたくないのならしかたないでしょう」
「それはそうなのだが、せっかく素質があるというのにもったいない気もしないか?」
「あの」
私が話せないうちに、ふたりで話を進めないでいただけませんかね。
ふたりが答えを出してしまったら、私はその通りに行動するしかなくなるじゃないですか。
「私はすでに魔法を勉強しています」
「ほお?」
陛下が興味津々という顔で身を乗り出した。
「家族や友人やお世話になっている人たちを、いざという時に守れるようになりたいと思っていたんです。いつも守ってもらってばかりですので。でも駄目でした」
「駄目?」
「私は魔道の素質があり、魔力量も他の人より異常に多いそうです。しかし」
何か言おうと陛下が口を開けたので、急いで言葉を続けた。
「圧倒的に魔道のセンスがない! と、フェネリー伯爵にぼやかれました」
兄弟そろって口を半開きにして固まるのはやめてくれませんかね。
王族がそんな間の抜けた顔をしては駄目ですよ。
「センスが……ない?」
「はい。ご存知の通り、私は前世で他の方より長く生きておりました。人間は年をとると新しいことを学ぶのが難しくなるものです。それは記憶力がどうこう言う以前に、固定観念が邪魔をして変化を受け入れにくくしているからです」
「きみたちが前世で生きていた世界は、魔法のない世界だったね。だから魔法が受け入れられない? レオンも若くはなかったそうだが、魔法を使いこなしているよ?」
さすがラスボス。
さぞや強い魔法を使えるんでしょうね。
「クロウリー領は林業と、木材加工で成り立っている領地です。山の木を切るたびに苗木を植えて育ててはいますが、何百年もの時を生きた木を伐採したら、その場所に植えた木が同じように育つには、また何百年とかかるんです。自然のありがたさと大切さを幼い頃から教えられて育った私には、自然を破壊するような強力な魔法が必要になる場面など考えられません。特に地震を起こす魔法なんて個人が使っていいはずがありませんわ」
災害大国で暮らしていた日本人だったのに、自分の手で災害を起こすなんて私には出来ないわ。
「万が一ということもある。戦争が起こった時、敵にそういう魔道士がいた場合、対抗手段が必要ではないか?」
たとえ戦争になっても、そんな大量殺りく兵器のような魔法をリアルで使うのは愚か者よ。
国が荒れたり、町が魔法で吹っ飛んだりしたら、復興にどれだけの時間と労力がかかると思っているの?
せっかく魔法が使えるんだから、敵の本拠地に乗り込んで、首脳陣を全員拉致監禁するなり皆殺しにすればいいでしょう……とは言えないわね。
「理屈ではわかっているんです。国のために戦ってくださる方たちには頭の下がる思いです。でも、どうしても拒否反応が出てしまって強力な魔法を扱えないんです。あ、防御魔法は得意です」
本当は銃のように魔力を凝縮して、属性を付与して飛ばすことはけっこう得意よ。
それで十人くらいなら一度に倒せるとは思うし、初級程度の弱い攻撃魔法は全属性分使えるわよ。でも言わないけど。
兵器の代わりに使われるのはお断りよ。
「防御魔法か。……近衛にと言いたいところだが、レイモンドと遭遇する危険が増えるな」
「兄上、シェリルには王宮で事務官の仕事をしてもらうということで話がついていたはずです」
「わかっている。彼女の考えを聞いてみただけだ」
そう言いながら私のほうを見た陛下のまなざしは、ちょっとがっかりしている感じはする。
気のせいかもしれないけど、自国に強力な魔道士がいれば抑止力になるもんね。
「申し訳ありません。私は転移魔法すら怖くて出来ないんです」
「はあ?」
え? そんなに驚くこと?
人間が一瞬で遠く離れた場所に移動するのよ? 物体が瞬間移動するって変でしょ。
「異次元を移動するのに失敗すると、永遠に次元の狭間を彷徨うことになるという話を読んだことがあるんです。それに間違えて岩の中に転移してしまったら? 川の中だったら?」
「やめろ。転移出来なくなるだろう」
「え? 王弟殿下は転移魔法が使えるんですか!?」
いやそうか。ラスボスだもんね。
もしかしてレイフ様も?
「うえええ、こわい」
「なんでそこで泣きそうな顔になるんだよ!」
「文句がある時でも、私の部屋に転移してくるのはやめてくださいね。女性の部屋に押し入るのは犯罪ですからね」
「するか! 俺をなんだと思っているんだ!」
「ふふ……ふははは」
いけない。またやってしまった。
王弟殿下との会話にはすっかり慣れてしまっていて、付き合いの長い気さくな上司と話している気分になるのよ。
冗談も言い合えて、雰囲気よく仕事が出来るいい関係っていうの?
「レオンが女性相手に、そんな気さくな雰囲気で話をしているのを初めて見たよ」
「彼女はまだ子供です」
「彼女が? 子供?」
楽しそうだなあ。
弟大好きお兄さんなのは間違いないみたいなのよね。
だからこそヒロインなんていう怪しい女が、傍にいるのを警戒しているという面もあるのかもしれない。
そのうえ、大事な第一王子をたぶらかす魔性の女だと思われているかもしれないわ。