オバサンは国王陛下と謁見する 8
私が扉の前に立つと、左右にいた衛兵が同時に扉を開けてくれた。
いっさいこちらを見ないで正面を見たままの衛兵の横を通り過ぎ、部屋の中に入る。
そこはまだ控えの間で、陛下の側近と近衛騎士、そして侍女が並んで出迎えてくれた。
「奥へどうぞ」
ううう……緊張する。
国王に会うからというのもあるけど、たぶんここにいる侍女も私より身分が高いのよ。
準男爵になれば一般の騎士と同格で、爵位を持っていない御令嬢よりは上になるんだけど、今はまだただの男爵令嬢だもの。
そんな仰々しく出迎えていただかなくて大丈夫ですよって言いたくなってしまうわ。
中の扉は前にも見かけたことのある陛下の側近の人が開けてくれて、笑顔でどうぞと手で示してくれた。
それにどうにか笑顔を返し、へこへこお辞儀をしたくなるのをぐっと堪えて前を向いて、奥の部屋に入ると背後で扉が静かに閉じられた。
ここはどういう部屋なのかしら。
十五畳くらいの日当たりのいい明るい部屋で、家具も調度品も謁見室とは違ってぬくもりのある雰囲気だわ。
王族兄弟がふたりで話をする時に使う部屋なのかも。
「シェリル、こっちだ」
正面の窓の外に目をやって、いい天気だなあなんて現実逃避をしていたら、右側から王弟殿下の声が聞こえた。
はいはい。もちろんそちらにいるのはわかっていますとも。
冬になったら大活躍する石造りの暖炉の前に、豪華なソファーとテーブルが置かれていて、国王陛下と王弟殿下が腰を下ろしている。
マントを脱いで、襟元や袖口のボタンをはずして楽な格好になって、椅子にゆったりと座って寛いでいたんでしょう。
でも私はちっとも寛げないわ。ふたり揃うといろんな意味で圧がすごいのよ。
王族だし、イケメンだし、転生者だって知られているし。
「話が長くて疲れただろう。甘い物を用意したからもう少し付き合ってくれ。きみには聞いておきたいことがあるんだ」
確かにテーブルの上にはスイーツバイキングでもする気かってくらいに、いろんなケーキや焼き菓子が並んでいる。
でも私としては、カナッペとひと口大のサンドイッチがあるのが嬉しいわ。
「子供用の椅子を用意した。それならケーキを食べられるだろう」
子供用って言うから、レストランで用意しているような椅子が置かれていたらどうしようって思ったんだけど、さすが子持ちのパパでもある国王陛下はわかっていらっしゃる。
「失礼します」
ちゃんとゆったりとしたソファーなのに、高すぎず背凭れの位置もばっちりだった。
「座りやすいです」
「王女が使っているのと同じ椅子だ」
ひえええ。おいくら万円なの!?
汚さないようにしなくちゃ。
「落とすといけないから、取ってほしいものがあったら言え」
言いながら、王弟殿下がカップを置いてくれたので焦って立ち上がった。
「す、すみません。殿下にお茶を淹れていただくなんて。私がやります」
「いいから座ってろ。また転がりそうになって怪我をしたらどうする」
転がりはしないでしょ。
べちゃっと前に倒れるだけよ。
「どれを食べるんだ?」
「どうかおかまいなく」
「適当に皿に山盛りにするぞ」
「あああ、チーズのカナッペとハムのサンドイッチがいいです」
なんなのもう。王弟殿下に接待されているみたいで落ち着かないわ。
座っていればいいの? あとで怒らないでよ?
「甘いものは好きじゃないのか? うちの子供たちなら、まず甘い物に手がいくぞ」
「あの……陛下もご存知の通り……中身が、いえ記憶があるもので」
「おばさんだって甘い物が好きだろう」
おばさんって言った。
殿下の野郎がおばさんって言ったわよ。
「レオン、女性に対してその言い方はなんだ。甘い物が好きではないのなら、そう言っておいてくれればもっと違うものを用意したのに」
「いや、前に見た時は食べてましたよ」
このふたりは、やっぱりどことなく似ている。
王弟殿下のほうが少し男臭い顔立ちで、国王陛下のほうが甘さのあるイケメンだけど、それでも全体的にどことなく似ている。
ゴールディング様だけ別系統なのは、王族より母親系に似たのかしら。
「面倒なことに巻き込んでしまったな。ゴールディングは一部に非常に人気が高いせいで、下手に罪に問うと庇おうとする者が出てくるんだ。特に女性に人気が高くてね、自分が養うって言いだす婦人までいたんだよ」
「いますよね。ダメ男が好きな女性って」
はっ! つい余計なことを。
なんで私はいつも、考えるより先に話に乗って喋ってしまうの。
余計なことは言っちゃ駄目なのに。
「なるほど。レオンの言っていたことが理解できた。十歳の少女の口からこの台詞はきついな」
「ああああ。申し訳ありません!」
「いや責めているんじゃないんだ。むしろ今は立場など気にしないで正直な意見を言ってもらいたい。それできみだけを呼んだんだよ」
私みたいな子供にでも話しやすように気を使ってくれるなんて、なんていい国王なんだ。
それに比べて王弟殿下! にやにやするな!
「話を戻そう。そういうわけで、私たちは彼以上に人気のあるきみをぶつけることにしたんだ。王宮で大人たちに混じって働いているきみの頑張りと、いつも笑顔で挨拶してくれる礼儀正しさは、きみが思っている以上に愛されている。それなのにゴールディングは、きみが初めて正装を着て父親と謁見に向かった行く手に立ち塞がったんだ」
「そこで、知らない、わからないを連呼して、全く仕事をしていなかったことを自分でばらしてくれた。すぐに王宮の外にもこの話は広まるだろう」
私の知らないところで、私の話が大きくなっていく。
会ったこともない人が私の名前を知っていて、どんどん膨らんだ噂話から勝手にこんな子だろうと決めつけるんじゃない?
それって、とてもこわいことだわ。
「心配するな。きみが嫌な目にあわないように、こちらでもフォローする。それにゴールディングはすでに王族から外れているために、存在すら忘れている者も多い」
陛下は簡単に言うけど、本当にたかが男爵令嬢の身を案じて、陛下の周りの人たちが真剣に動くかはわからないでしょう?
ワディンガム公爵家の執事みたいな人は、どこにでもいるのよ。
「ではあの」
意見を言っても平気なのかしら。
ここはおとなしく話を聞いて、余計なことを言わないほうが賢明なのでは?
でも家族にまで影響があったら……。
「シェリル、こんなことに巻き込んで申し訳ないと思っている。だから、きみの希望には出来るだけ答えるつもりだ」
「レオンは、きみを巻き込むことに最後まで反対していたんだ」
そうなんだ。ちょっとほっとした。
でもそこで、私を庇ってしまうのが王弟殿下の甘さというか、面倒見の良さというか。
「では、私たちが協力したという話はやめてくださいませんか?」
「ふむ。確かにきみやクロウリー男爵家に反感を持つ者が出るかもしれないな。何も知らずに巻き込まれたほうがいいか。では、彼らに逆恨みされ、謁見を潰された被害者だということにしよう」
話が早い。
私の考えることなんてお見通しなのね。
「それとイメージを崩すのでしたら……ゴールディング様はおいくつなんですか?」
「四十七」
「四十七!?」
四十になってもって陛下が言っていたから、てっきり四十になったばかりかと思っていたのに四十七!?
もうすぐ五十のおっさんじゃない。
「そんなに驚くことか?」
「この件を発表する時に、ゴールディング元魔道省長官は四十七歳と年齢もつけて説明したほうがいいと思います。あの方は若く見えますし、ああいう方をお世話したいと思う女性は、都合のいい部分しか見ていないことも多いので、改めて年齢を広めて現実を突き付けたら、一気に冷める方も多いと思います」
三十後半、ぎり四十くらいの男性と、もうすぐ五十の男性ではイメージがまるで変わるはずよ。
まったく働かない、地位もない、犯罪者の五十の男性が、謁見をぶち壊して十歳の子供を悲しませ、セクハラを放置して何人もの若い女性を苦しめたって話なら、女性としては庇いにくいんじゃない?
「な、なるほど。たしかに孫がいてもおかしくない年齢だからな」
「兄上、さっそく今の話を指示しましょう」
国王陛下が紙に何か走り書きを始めたので、私はサンドイッチに齧り付いた。
パンがふわふわで美味しい。
少しだけバターにマスタードがはいっているのが私好みだわ。
「美味しそうに食べるね」
「兄上、早く書いてください」
「今、書いているだろう」
陛下に渡された紙にさっと視線を走らせ、すぐに二つ折りにして、殿下は部屋を横切り扉の外に出て行った。
なんで陛下とふたりっきりにするかなあ。
どうすればいいの?
「着々と布陣を固めているようだね」
「へ?」
なにを言われたのかわからなくて、間の抜けた声を出してしまった。
「きみと出会うと運命が動き出す人がいるんだろう? それに、きみは味方を作るのが上手い。今日も必要になれば声をかけると大臣たちには言ってあったのに、きみが心配で謁見室の前まで来ていた」
あれ? これってもしかしてまずい?
「でもあの方たちは、私が何か間違ったことをすればしっかり叱ってくださる方たちです」
「え?」
目を少し見開いて私の顔をじっと見た後、陛下は声をあげて笑い出した。
「いや、そうか。余計な気を遣わせたな。もちろん彼らが優れた者達だということはわかっているし、なによりきみもクロウリー男爵も、この国のことを考えてくれる素晴らしい臣下だと思っているよ。味方の多いきみがこの国のことを考えてくれるのならば、それはむしろ私にとっても喜ばしいことだ。今後も国のために動いてくれるんだろう?」
陛下のことを考えろではなく、この国のことを考えていればいいって言い方は好感度アップだわ。
「それはもちろん、私は家族と平和に穏やかにこの国で暮らしたいと思っています」
「うんうん。それでいい。よその国に行こうとは考えないでくれ」
でも、たまにこわいのよね。
ずっと優し気な雰囲気なのに、ぞくっとさせられる時がある。
目だけ笑っていないんじゃないのよ。まなざしも優しげなのに、これは圧をかけてきてるなって感じる時があるのよ。
一国を統べる国王は、こうじゃなくては務まらないのでしょうね。
たぶん陛下は、ヒロインである私の存在をかなり重要視していて、国のために動いている間はいろいろと目をかけてくれる気なんでしょう。
でも他国の人間になったり、敵に回りそうな気配があったら、即座にばっさり切り捨てられるんじゃないかしら。
「もうひとつ重要な問題が残っている。一年で学園を卒業してくれ。次の年にレイモンドが入学するんだ。きみとは出来るだけ会わないようにしたい」
そうそう、その話は私もしたかったのよ。




