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オバサンは国王陛下と謁見する   4

 前国王陛下の弟君であるイアン・ゴールディング魔道省長官は、ファミリーネームが陛下と違うことからもわかるとおり、すでに臣籍降下しているうえに爵位を持っていないという微妙な立場にいるの。


 この人はある意味すごい人なのよ。

 前国王夫妻が亡くなった時、まだ十代だった現陛下を国王にするのは早すぎるのではないか。暫定的にでもイアン様を国王にするべきではという声が一部の貴族の間で起こり、一瞬で消えたんだって。


「魔法の研究が私の天職なんだ。それ以外のことは、私は何をすればいいのかわからない。ファーディナンドはしっかりしているから大丈夫だよ。それより兄上の葬儀で私は何をすればいいんだろう。誰かファーディナンドに聞いてきてくれないかい?」


 大臣たちを前にこんな台詞を吐くやつを国王になんて出来ないでしょう。

 そしてこの人は、その時と全く変わらずに今も、知らない、聞いていないを平気で連発しているの。


「アレクシアは私の娘です。たんなる親子喧嘩をあの娘が大袈裟に言っているだけですよ!」


 マガリッジ子爵が魔道省の人間に依頼して、アレクシアにパワハラやセクハラをさせたことで罪に問われていたことすら、長官が知らない?

 こいつのせいで女性に嫌がらせをしてもいいと勘違いする馬鹿が増えて、他にも嫌な思いをさせられた人が大勢いるって聞いたわよ。

 王弟殿下の報告書と法務省からの書類はどうしたのよ。


「それよりも法を破っているのはこの親子です。王宮内で使用される魔道具の開発は、魔道省に依頼するという決まりがあるというのに、そこの娘が父親の商会で開発した魔道具を王宮に持ち込み、宣伝したんですぞ」

「……そろばんは魔道具じゃないですよ?」


 鉛筆も魔道具じゃないわ。

 私が宣伝しているのはそのふたつだけよ。


「そんなことはわかっておるわ! 馬鹿なのかこの娘は! なにが天才だ!」


 そんな大きな声で怒鳴ったら、どんどん人が集まってきちゃうよ?


「会議に持ち込んだ魔道具があっただろうが!」


 子供に攻撃するのが有効だと思っているんだろうけど、やめてよ。やり込めたくなっちゃうじゃない。

 でもここは困った顔をしたほうがいいわよね。

 得意げに言い負かしては、見物人の方への心証がよくないわ。


「映写機ですか? あれは夜寝る時に妹に童話を読むことがあるので、絵本の絵を大きく壁に写したいなと思って、フェネリーの大伯父様に作っていただいたんです」

「……絵本?」

「あら、それはいいわね。うちにもほしいわ」

「なるほど。やはり彼女は面白いことを考えつくな」

「天才ですな」


 マガリッジ子爵の態度が悪いせいか、私を褒める声がはっきりと聞こえてくる。

 彼らの反応と私がこわがらないのが気に入らなくて、マガリッジ子爵の顔が怒りで真っ赤になっている。


「うるさい。関係ないやつらは黙っていろ。この子供は法を破ったんだ!」


 唾を飛ばして喚いている様子はヒステリックで、もうまともに考えて話していないんじゃないかな。


「あの魔道具はうちの商会の商品ではありませんよ」


 よかった。お父様が反論してくれるのね。

じゃあ私は子供らしくお父様の陰に隠れて、顔だけ出して様子を窺いましょう。


「映写本という魔道具を元に、映像を映し出す場所と映像の保存方法を変えて、フェネリー伯爵が娘のために作ってくださった魔道具です。元の映写本を扱っている商会はいくつもありますので、うちもしっかりと権利問題はクリアしていますよ」

「そんなことを聞いているんじゃない!」

「妹もそうだったんですけど、寝させようとしているのに絵本の絵が見たくて起き上がっちゃう子がいるじゃないですか。でも壁に写せば横になっていてくれるので、寝付くのが早いんですよ」


 どうせ文句を言われているんだから、この際しっかり宣伝しちゃおう……と思ったら、父に軽く睨まれた。

 あまり怒らせるなってことですね。わかってます。


「それにこの魔道具を扱っているのはうちの商会ではありません」


 私は黙ってお父様の説明に頷いておこう。


「フェネリー伯爵が絵本作家や出版社の方々の権利を損ねないように協議して、映写機で使える魔結晶と絵本をセットで発売しているんです。うちは娘が贈り物としてもらった一台を使っているだけですよ」


 そうよ! それを商会の会議で使っているだけよ。

 カルキュールにもフェネリー伯爵家は共同投資してくれているのに、王宮との取引関係はブラッド様に任せているせいかギルモア侯爵家とクロウリー男爵家の商会と思われてしまっているの。   

だからその分魔道具に関しては、しっかりフェネリー伯爵家の功績と稼ぎになるように、本に関わる人たちの組合と組んで販売してもらっているのよ。


「フェネリー伯爵は親戚だろう! 彼の収入になるのなら同じことだ! 彼らは一族で金儲けのために王宮を利用しているんだ!」


 そんなの、貴族なら誰もがしているじゃない。

 王宮で開かれる舞踏会や公式行事に、自分の家が出資している店のドレスやアクセサリーを使用する人がどれだけいると思っているの?


 それに映写機は売り込んでいないから。

 データを魔結晶に保存するのがちょっと面倒だし、やり方を覚える人がいないでしょ。

 私の余計な仕事が増えそうで嫌よ。


「これは聞き捨てならないな。マガリッジ子爵、自分が何を言っているのかわかっているのか?」


 えええ!? もうフェネリーの大伯父様が出てきちゃった。早いわよ。

 マガリッジ子爵が大声でわめきたてるから、見張っていた人がすぐに呼びに行っちゃったのかしら。


「わかってはおらんだろう。彼は今、ギルモア侯爵家も侮辱したのだからな」


 ギルモアの大伯父様もいた―。


「一族で金儲けのために王宮を利用していると言っていたな? もちろん証拠はあるのだろうな」

「い……いえ……それは……」


 さっきまでの勢いが嘘のように青くなっているけど、ちょっと考えれば、こんなところで騒ぎを起こしたら大伯父様コンビが黙っていないってわかるでしょう。

 こう見えて私は、五十代以上にはモテモテなんだからね。


「ゴールディング魔道省長官、あなたも彼に注意もせずに黙って聞いていたのですから同罪ですぞ」

「ええ!? 私は彼が何を言っているのか理解できなかっただけだよ」

「ほお? 理解できないことを喚いている男と同行して、国王陛下との謁見を妨害しているのですか? 実の叔父であるあなたが?」


 私の大伯父様コンビ、とても怖いです。

 大きな体格と強い眼力で押すギルモア侯爵と、すらっと細身で姿勢よく冷ややかな顔で淡々と話すフェネリー伯爵が並ぶと迫力満点。


「しかし、実際にこの娘が法律を……」

「はい! 言いたいことがあります!」

「なんだ? 話してみろ?」


 ギルモアの大伯父様はマガリッジ子爵に話していた時とは急に態度を変えて、身を屈めて優しい声で聞いてくれた。

 その隣でフェネリーの大伯父様も優しい目で頷いて、お父様なんて私の肩を抱いて力付けてくれている。

 気持ちはありがたいけど、みんなで私の周りに密集しないでほしい。


「マガリッジ子爵は、私が勝手に会議に魔道具を持ち込んだみたいに言われていますけど、私はちゃんと財務大臣に、こういう魔道具を使用しても大丈夫ですかと確認しました」


 はっと目を見開くマガリッジ子爵を呆れた顔で見上げてしまった。

 王弟殿下が捜査を継続させていたから実はかなり追い詰められていて、私が法を破ったことにして、私を王宮に連れてきた王弟殿下の責任問題にしようとしたとか?

 無理でしょう。でもそれしかこの騒ぎの説明がつかないのよ。


「おお、やっと出番が来たか。向こうの廊下まで響く声で馬鹿なことを喚いていたのはこの男か? シェリルが法律を破っているだと? それはおかしいな。法務大臣、会議の前に法務省に確認して、問題がないという返答をもらったよな」


 え? 財務大臣もいたの!?


「その通り。そもそも王宮内で使用される魔道具の開発は、魔道省に依頼しなければいけないなどという法律はない」


 法務大臣もいる!? 続々と柱の陰から大物が湧いて出てくる。

 なにをしているんですか、この人たちは。


「そんな馬鹿な」

「確かに王宮の建物に付随する照明器具や温度調整のための魔道具開発、点検等は魔道省が行うことに決まっている。それは王宮防御結界に関係する魔道具だからだ。今回は前もって検査を行い危険がないことを確認の上、会議の席に許可を受けて持ち込んだ魔道具の話だろう? 法律的にまったく問題はない」


 そりゃそうよ。

 私はね、前世は小心者のごく平凡なオバサンだったのよ?

 根回しや調和を重んじる日本で生活してきた記憶があるの。

 国王陛下もいらっしゃる王宮の会議で、勝手なことをするわけがないでしょう?

 マガリッジ子爵は勝手に墓穴を掘って、全速力で助走をつけて、三段ジャンプで飛び込んだようなものよ。


「法務大臣、今回のことはもっと大きな問題だ」


 ようやくこれで謁見の間に行けるとホッとしていたのに、ギルモアの大伯父様が重々しい口調で話し始めた。


「その会議の席には国王陛下もいらっしゃり、魔道具を使用しているところをご覧になられ、そのうえでシェリルにお褒めの言葉をくださっている。つまり陛下は魔道具の使用を問題ないと判断なさっているのだ」


 みるみるうちにマガリッジ子爵の顔色が青くなり、額に冷や汗が浮かび始めた。

 それだけじゃない。

 ゴールディング長官も、ここにきてようやく慌てた様子を見せている。


「だというのにこのような騒ぎを起こしたということは、そちらのおふたりは国王陛下の判断に不満があるということだ。いやまさか、ここにきてゴールディング魔道省長官が王宮の謁見室の前で、陛下の判断に異議を唱えるとは思いませんでした。もしや王冠に興味がわきましたか?」


 ざわっと今までとは比較にならないくらいのざわめきが起こった。

 ギルモア侯爵! 大伯父様! そこまで問題を大きくしなくてもいいんじゃないですか?

 それって、このふたりに不敬罪を、いえちょっと無理すれば反逆罪も適用できちゃうぞってことでしょう?


 ゴールディング長官は、陛下に魔道省長官という肩書だけしかもらえなかったことに、不満があったって解釈されても仕方ない状態だわ。

 マガリッジ子爵は王弟殿下を中心に、まだ捜査が続けられている容疑者よ。

 王族兄弟対ゴールディング魔道省長官という構図を、ギルモアの大伯父様が作ってしまった。


「この騒ぎをどう治める気なんでしょうかね。我がギルモアは公の場で家族を侮辱した者を決して許さない」

「フェネリーもですよ」


 おまえら潰すぞという台詞を吐きながら、大伯父様コンビの視線はゴールディング長官ではなく、その背後に向けられていた。

 また今回も身長の関係で、私には見えない位置に誰かいるらしい。


「わかったわかった。俺もその気でいるからそう怒るな」


 王弟殿下の声だ。

 謁見室の扉が開いていたの? いつから?


「この先は謁見の間で話をする。クロウリー男爵とシェリルは巻き込まれて気の毒だが、一緒に話を聞いてもらう。ギルモアとフェネリーも中にはいれ。法務大臣も……ああ、財務大臣も関わりはあるんだな。ちゃんと同席させるから睨むな、仕事は大丈夫なんだろうな」


 ゴールディング長官と王弟殿下のこの差よ。

 やっと謁見室にはいれるわ。


「ゴールディング長官とマガリッジ子爵を捕縛して連行しろ。それ以外の者は仕事に戻れ。勤務中だぞ!」


 王弟殿下の叱責の声のおかげで、見物していた人たちが急いで職場に戻り始めた。

 

「レオン、私は何も……」

「知らないで許される立場ではないんだ。いや、知らないというのは長官の役目をはたしていなかったということだ。大問題なんだよ」


 叔父とはいえ王族と臣下だ。

 でもそれ以上に、殿下が長官を見る目は冷ややかだった。




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― 新着の感想 ―
>知らないで許される立場ではないんだ ほんこれ 臣籍降下してるとはいえ王家の血族 責任の大半を面倒だからと放棄してるとはいえ 立場による義務がまったくない訳ではないからね 一応長官職なんだから好きな研…
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