オバサンは国王陛下と謁見する 3
とうとう来たわよ、謁見の日。
国王陛下の招待状を持っている私たちは、出勤する時とは違って衛兵の案内を受けながら、自分の家の馬車で謁見の間のある建物に向かっている。
馬車の中は父と私だけで、アレクシアはマガリッジ子爵が行動を起こしたときに、その場にいないほうがいいだろうということでお留守番よ。
代わりにうちの保護者の方々の手の者が、王宮内で私たちの様子を陰で見ていてくれていることになっているの。
本当に頼りになります。
ここまで準備をしているのだから、何もなかったなんてことにしないでよ?
平和が一番だとは思うけど、いつ何をされるかわからない状態はしんどいでしょ?
出来れば早く決着をつけたいわ。
でも焦っちゃ駄目。
アレクシアのつらい気持ちを考えたら頭に血が上りそうだけど、私が何もしなくてもマガリッジ子爵が潰されるのはもう決定したようなものなんだから。
私が知らなかっただけで、実は王弟殿下はすでにマガリッジ子爵と対立しているグランヴィル伯爵と、内部調査をしっかり進めていたんですもの。
「きみはそんなことは心配しないで、自分のことをもっと気にしろ。今回は徹底的にやる」
正式に就職しているわけではないので、決められた曜日以外は王宮に勝手に行くわけにいかないし、王弟殿下に面会なんてお願いできないからお手紙を届けてもらったら、こんな返事が返ってきた。
そりゃね、魔道省でセクハラパワハラを受けている人たちのために、睡眠時間を削って最短で報告書を提出してようやく陛下の処罰が下ったのに、たった二年で何もなかったことにされたら怒るわよ。
だから私に嫌がらせしてくるかもしれないと聞いて、殿下も手ぐすね引いて待っている。
私は十歳の可憐な少女だということを忘れずに、余計なことはしない言わない煽らない。
私の言動のせいで、追い詰められなかったなんてことのないようにしなくては。
……追い詰める手助けくらいはいいかしら。
「アレクシアにとっていい結果になるといいね」
父が窓の外を見ながらぽつりと言ったので、はっとして顔をあげた。
「このままシェリルの執事でいるわけにはいかないだろう?」
「え?」
「あと二年で学園に入学するんだよ? アレクシアは学園にはついていけない」
私のほうを見た父の顔は優しくて、子供に言い聞かせるような口調になっている。
「一年で卒業して正式に王宮で働くようになったら、シェリルだけ王宮内で護衛を連れて歩くなんてことも出来なくなる。グレアム伯爵が傍にいてくれるのに、そこまで特別扱いはまずいだろう?」
そうだ。私はまだ子供だからと特別扱いされているだけ。
ずっと今の状況ではいられないわ。
「でも……」
たぶん、王弟殿下の護衛に戻るのが一番いいんだろうけど。
「新しい仕事に就いても、爵位をいただいても、アレクシアが望むならうちに住んでもいいですか? 家族は処罰されるだろうから、アレクシアはひとりぼっちになってしまいます」
「もちろんだよ。いつか素敵な人が現れて、新しい家族が出来るまではうちにいればいい」
「はいっ」
よかった。
いつか嫁ぐ時には、うちからお嫁にいってほしいわ。
その時には、アレクシアはうちの屋敷の侍女と仲良しだから、希望者は彼女について行けるようにしよう。
「到着したようだね」
馬車を降りる準備を始めた父は、いつもにもまして格好いい。
この国の公式の場での正装って、身分や職業でマントの色や付け方、長さまでが決まっているのよ。
ずるずる引きずるような長さは王族だけ。
ファーがついているマントは侯爵以上か大臣、騎士団長クラスだけ……とかね。
お父様は今はまだ男爵だから、脹脛くらいまでの長さの黒いマントしかつけられない。
そして軍人ではないので両肩にマントを留めるためのアクセサリーをつけることになっている。
うちの場合はギルモア侯爵家の親戚ということで、瞳の色に似たトパーズを使った留め具を使うの。
ちなみに軍人は、剣を扱いやすいように左肩にだけマントをかけて、右側はベルトで留めるのよ。
女性はね、マントじゃなくて薄い布でもいいしレースでもよくて、髪留めからレースをたらしたり、肩や腕のアクセサリーで留めたりおしゃれを楽しめるようになっている。
やめてよ。センスが試されるじゃない。
子供はマントをつけなくていいって決まりにしてよ。
母は地味だと文句を言っていたけど、父と同じで黒だと決まっているだけでも私にとってはありがたいわ。
マントが黒ならドレスも黒でいいんじゃない? って、全身黒に統一したら地味すぎるって真珠や光を反射するビーズをたくさんつけられてしまった。
おかげで今日の私は、ゴスロリドレスを着たコスプレイヤーみたいよ。
マントは薄い素材でスカートよりちょっと長いので、ひらひらふわふわで邪魔くさい。
どこかに引っ掛けて破ってしまいそう。
「今日は一段と可愛いから注目の的だね」
「お父様が素敵だからです」
にこにこしながら父と並んで王宮の廊下を進む。
馬車を降りた時にはあまり人がいなかったのに、徐々に見物人が増えている気がするわ。
今日はそろばんを持っていないから、歩いても音はしないんだけどな。
「シェリルちゃん、かわいい」
「陛下に謁見するんですって」
「あの方がお父様なの?」
あー、聞いたことのあるお姉さんたちの声だ。
仕事はどうしたんですか?
見物しに来ちゃ駄目でしょう。
「財務大臣、シェリルちゃんが来ましたよ」
「おお、孫の晴れ姿を見る気分だ」
……大臣も仕事をさぼってるの!?
いやおかしいから。こんなところでヒロイン補正はいらないわよ。
ただの男爵令嬢を特別扱いしすぎだって。
まあ、見物人は別にいいわ。何かあった時に証人になってくれるしね。
それより、マガリッジ子爵はどうしたの? まさか来ない?
えーー、そんながっかりさせないでよ。期待を裏切らないで。
でも廊下を曲がって謁見室正面入り口に続く廊下に出てすぐ、前を歩く衛兵が歩みを止め、父が私の肩に手をやり引き寄せたから、一気に場が緊迫した空気に包まれたわ。
どうやら前に誰かいるみたいだけど、衛兵のふたりが大きいせいで背の低い私にはよく見えない。
背伸びをしてみたり、膝を曲げて横に体を倒してふたりの衛兵の間から覗き込んだりしたりして、ようやく私たちの通行を妨げて廊下中央に立っている五人の男性がいるのが見えた。
ここにも見物人がいるからざわついているわ。
「シェリル、御令嬢らしく」
「は。 つい緊張しちゃって」
「緊張?」
父にまで疑いのまなざしを向けられるなんてショックだわ。
緊張しているのは本当よ?
だって何に対して言いがかりをつけられるのか全く身に覚えがないんですもの。
気付かないうち何かやらかしていて、言いがかりではなく本当に問題になることだった場合、みんなに迷惑をかけてしまうでしょう?
「知っているぞ! おまえの中身はおばさんなんだろう!」
って言われたらどうしよう。
「失礼ね。まだ若いわよ!」
って、自信もって言わなくちゃ。
「ゴールディング長官、国王陛下と謁見する方をお連れしています。道をお開けください」
ゴールディング長官というのが王弟殿下の叔父様の名前なのね。初めて知ったわ。
魔法省長官とか、陛下や殿下の叔父君とかしか聞いてなかった。
「謁見の前に、そこの娘に問いたださなくてはいけないことがある!」
この声は誰の声かしら。
えーっと、ゴールディング長官というのは地味なローブ姿の金髪の男性のことよね?
彼の声じゃないのは確かよ。
その場にぼうっと立っているだけだもの。
似ていると言えば殿下に似ていないこともないような……。
王族兄弟は圧がすごいし、笑顔を浮かべながら一瞬でいろんなことを考えていそうな雰囲気があるんだけど、この方はふわっとした存在感の薄い人なのね。
目の前のことにまったく興味がない感じ。
でもなぜか、私のことをじっと見ている。
「ここで揉め事は起こしたくありませんので、話を聞きます」
父が小声で告げると、ふたりの衛兵は気の毒そうな様子で父を見てから顔を見合わせ、頷いて横に退いた。
おお、これでやっとすっきりと前が見える。
ゴールディング長官は背が高いから顔が見えたけど、他の人は足しか見えてなかったのよ。
真ん中にいる神経質そうな痩せた男がマガリッジ子爵?
アレクシアは母親似なのかしら、まったく似ていないわ。
隣にいる若い男はマガリッジ子爵にそっくりだから、彼がアレクシアの兄なのよね?
他のふたりは誰?
「私共は陛下の招待を受けてこの場に来ております。それを妨げるのですから、陛下との約束よりも重要な要件があるのですよね?」
あれ? 揉め事を起こしたくないと言っていた割には、お父様ってば強気で行くわね。
「うっ……」
「陛下と謁見? マガリッジ子爵、聞いていないよ?」
「謁見より先にはっきりさせなくてはいけないことがあるのです! この娘は魔道具制作を魔道省に依頼せず、クロウリー男爵家の商会の魔道具を王宮会議で宣伝し、子供のくせに準男爵になろうとする不届きものですぞ」
言っていることがよくわからなくて首を傾げた。
頭が悪そうな話し方をするのね。
アレクシアが嫌う理由がよくわかるわ。
「あの……」
「言い訳など聞かんぞ!」
「僕は聞きたいよ。その説明じゃわからないだろう?」
私の言い分を聞かないで、一方的に非難するだけじゃ何も解決しないわ。
ほら、ギャラリーのみなさんから不満が出ているわよ。
私にはっきり周囲の声が聞こえているということは、マガリッジ子爵の耳にも届いているわよね?
「お父様、あの方はどなたですか?」
父にぺとっとくっついて、恐る恐るという感じで聞いてみる。
十歳の子供がどんな感じにどんなことを話すのかなんて、もう忘れちゃってわかんないんだもの。
うちの子供が十歳の時のことなんて覚えてないし、私が十歳の頃なんてもう古の話よ。
「私も初めてお会いするんだ」
「お父様も知らない人なんですか!?」
親子そろって、えー、突然やってきて何を言ってるのこの人たち……って顔を向けたら、マガリッジ子爵は顔を真っ赤にし、その息子はおろおろしていた。
「私は魔道省長官のゴールディング。彼はマガリッジ子爵だ」
王族に自己紹介させるってどうなの?
「マガリッジ子爵!? お父様、アレクシアを虐めた人です!」
父の腕を掴んで必死な顔で叫ぶ。
ざわりとギャラリーがどよめき、ゴールディング長官が目を見開いた。
え? まさか知らない?
王族兄弟まで巻き込んだ魔道省の醜聞よ?
それで目の前にいるマガリッジ子爵は処罰を受けたのよ?
……まさかそれも知らない?
「マガリッジ子爵、なんの話だい?」
ほんわかとした様子のまま尋ねるゴールディング長官を見て思った。
こいつ、駄目だ。