オバサンは国王陛下と謁見する 2
みんなでわいわい話しているうちにローズマリー様の迎えの馬車がやってきて、ギルモア産の特産物を詰め込めるだけ詰め込んで彼女は帰っていった。
ワディンガム公爵家の方々はギルモアのお土産に、どんな顔をするのかしら。
アレクシアは家族の食事の席には同席しないので、ここからは別行動だ。
特に今日はお客様もいるから、巻き込まれないようにさっさと逃げていった。
食堂に向かうまでの、イールがセリーナを抱っこして少し前を歩き、私とギルバートが後ろをついていく姿は、周りから見て兄妹のように見えるのかな。
食堂で待っていたギルモア侯爵夫妻は、私たちがイールと仲良くしているのを見て嬉しそうだった。
デイルやエディを私が避けていたことをたぶん気付いていただろうし、こんなふうに一緒に行動することなんてなかったものね。
親戚が増えるのは嫌じゃないのよ。
むしろ話しやすい年の近い人がギルモアにいるのはありがたいと思う。
前世の私が離婚した頃にはもう両親は亡くなっていて、遠くで暮らしている親戚との付き合いも全くなかったから、親戚ってこんな感じなんだなって、ギルモアの人達と付き合うようになって感じられるのは嬉しいわ。
この付き合いがずっと続いてほしい。
「イールとは自己紹介は済んでいるんだろう?」
私たちが挨拶を終えてそれぞれの席に着くのを待って、大伯父様が話し始めた。
「学園に入学するのと同時に家を出て、それ以来一回もギルモアとの接触を断っていたから、ギルモアには関わりたくはないんだろうとこちらからも連絡はしなかったんだ。無理に連れ戻すより、いない者としたほうがいいんだろうと判断した」
それで話題にもあがらなかったのね。
「今回のことがあって、さすがに説明だけはしておこうと連絡をして話を聞いて、彼が家族の中でどんな扱いを受けていたか知ってね」
「え?」
「ドイルは長男だけ鍛えてイールは放置。ロゼッタは家族とは大きな溝が出来ていて、ほとんど顔も合わせない。デイルは、エディにもしていたように暴言ばかり」
「ひどい……」
イールは自分のことを話されている間、どんな顔をしていればいいのか迷っているのか、誰とも視線を合わせないように自分の前の皿を見つめていて、大伯母様がやさしいまなざしで彼の肩にそっと手を添えていた。
「それで、このままでは潰されると思い、自分で手続きと引っ越しを済ませて学園の宿舎に住むことにしたんだそうだ」
「お爺様が書類にサインしてくださったおかげですよ。金は毎月の自分の取り分を貯めていたんで問題なかったけど、未成年の俺ひとりじゃ学園は受け入れてくれませんでしたから」
そうやって説明するイールの表情が、まったく暗くないのがすごい。
そんな家庭で育って、自分の力で勉強して、剣の腕も磨いて、近衛騎士団の入隊試験をクリアしたんでしょ?
「強いんですね」
「いやあ、家から逃げたんだよ?」
イールは照れくさそうに言うけど、そこで逃げるのは賢い判断よ。
恥じるようなことじゃないわ。
「その柔軟性がすごい。十二歳で決断したんでしょ?」
「と、十歳が言っています」
「ギルバート」
いっせいに笑いが起こったからいいけど、こんな話の時に突っ込みを入れないでよ。
言いたくなるのはわかるんだけどね。
今更子供らしくしてもしらじらしいでしょ?
「シェリルの言う通りだ。ドイルもデイルも剣の腕をあげ、騎士団を率いることが強さだと勘違いしている。上に立つ者に必要なのはそんな強さじゃない。柔軟性としたたかさ。そして相手を味方に出来る魅力と情報収集能力。他にもいろいろあるが、イールと話してみてようやく跡継ぎに出来る人材を見つけられたよ」
おお、べた褒めね。
前回の騒動のせいで侯爵家がどうなったのか心配していたけど、イールが帰ったおかげで希望が持てたようでよかったわ。
「だから、イールには近衛をやめてもらって、ギルモアの後継者として私の元で教育をすることになった」
イールが後継者になったという知らせは大歓迎だ。
ギルバートがうちの当主になる時には、イールがギルモア侯爵になっているってことだもんね。
「でもあの……平気なんですか?」
ロゼッタ様が、自分の息子を後継者にするのは許さないって言っていたでしょう?
「うむ。それなんだが」
大伯父様も大伯母様もにこにこしながらイールに視線を向けた。
注目されたイールは、決まり悪そうに頬を掌でこすりながら口を開いた。
「あの人とは大喧嘩をしたんだよ」
大喧嘩?
「すごかったのよ。大きな声で言い争っていたから、別の部屋にいた私たちも話の内容が全部聞こえるくらいだったの」
「あれは侯爵家の語り草になるぞ」
ロゼッタ様と大喧嘩できるってすごいな。
「おまえなんか息子じゃないとか、おまえにあとを継がせないとか言うからさ、俺だってあんたを母親だなんて思っていないし、そもそも母親らしいことをしたことなんて一度もないだろうがって怒鳴り返したんだよ。んで、今までの不満を全部ぶつけ合ってさ。最後は泣きながら謝られた」
「ロゼッタ様が謝ったの!?」
「おうよ。あの人は男三人がグルになって、自分に敵対していると思い込んでいたんだってさ。浮気する父親にばかり懐いているって。俺は兄貴があの人に暴言を吐いていたのは知っていたけど、突き飛ばして怪我をさせていたのは知らなかったんだ」
そしてロゼッタ様も、イールが父親や兄に虐待されていることを知らなかった。
「決めつけないで一度でも話をしてふたりで協力すれば、違う解決の仕方もあったかもしれないって悔やんでたよ。だからって今更親子ですって、急にわだかまりなく暮らすなんて無理だろ? だからまあ、たまに会って話をするくらいはいいんじゃないか? って感じかな」
「そのあと一緒に食事をした時には、しつこいくらいに学園や近衛での話を聞かれていたじゃないか」
「もー、うるさいんですよ、あいつは。俺は成人してるっていうのに」
侯爵夫妻とロゼッタ様って離婚後も一緒に食事をしているんだ。
自分の息子より、離婚した嫁とのほうが仲がいいって珍しくない?
……デイルはどうしているのかな。
デイルの奥さんは? 奥さんの実家は?
きっとまだ問題は山積みなんだろうけど、何も出来ない私が聞いていい話じゃないわね。
「ブラッドには侯爵家を継ぐのは断られていたんだ。ゴダード伯爵として独立して、領地運営と商会の仕事をすると言っている。今回の件も含め、自分はギルモアに対して何も貢献できていない。自分が後継者になるのを納得する人間は少ないだろうとね。弟の息子にも打診してみたが辞退された」
「この人の後に当主になるって、プレッシャーがすごいでしょ? 誰もやりたがらないの」
権力争いで苦労している人たちが聞いたら、何を言ってるんだと怒るような話よ。
ギルモアの豊かな領地と財産と権力が手に入るのに、辞退するってありえないんじゃない?
でも豊かだからこそ、当主じゃなくてもお金に不自由していないんだろうな。
好きな作物の研究をして、気楽に過ごせるほうがいいのか。
「それにイールと話したら気が合って、彼が次期当主になるなら協力すると約束してくれたんだ。父や私とはタイプが違うからこそ、彼なら上手くやれるんじゃないかと言ってな」
「もう協力者を作ったんですか?」
イールのほうも、今朝会ってから濃い一日を過ごしていたようね。
今日は、いろんな人にとって大変化の日だったのね。
「きみたちも彼となら仲良く出来そうだろう?」
「イールお兄様はやさしいの!」
セリーナがフォークを持った手をあげて大きな声で言った。
「そうか。やさしいか」
侯爵夫妻は喜んでいるけど、それより!
セリーナは今の話をちゃんと聞いていたんじゃない?
そうじゃなかったら、このタイミングで答えられないわよね。
うちの妹、賢くない!?
「実は今日はこの話をしに来たわけではないんだ」
急に大伯父様の声のトーンが真剣味を帯びたので、思わず背筋を伸ばしてしまった。
「きみの執事をしているアレクシアのおかげで、我々はドイルが間違いを犯す前に止めることができた。何かお礼がしたいと思っていたところに、イールが気になる情報を持ってきた」
アレクシア関連ですって!?
「きみもアレクシアも王宮内で人気があるんだよ。だからアレクシアの実の父親や兄が、彼女の才能を妬んで嫌がらせしていたのは有名なんだ。近衛でもきみを見かけるといいことがある気がするっていうやつがいてね」
大伯父様に促されてイールが話し始めた。
「私にご利益はないのに」
「近衛にも魔道省所属の魔道士がいるので、アレクシアの知り合いの子もいてね。彼女が気の毒だとずっと思っていたのに何も出来なかったから、今の彼女が幸せそうでほっとしたと喜んでいるんだ」
「アレクシアを呼ぶ? 彼女に直に言ってあげてよ」
「いや……」
イールはちらっと大伯父様を見てから首を横に振った。
「どこまでどうやって説明するかは、きみたちに任せていいか? 関わらないほうがいいと判断するかもしれない」
「……悪い話なの?」
「魔道省のトップは誰か知っているかい?」
話が飛んだわね。
「国王陛下の叔父にあたる方よね。前国王陛下の弟君」
「そうだ。魔法の腕は超一流だけど、魔法の研究ばかりに夢中で王族の仕事は全くしないせいで、魔道省長官の肩書しか持っていない人だ」
「大臣や長官になったら、伯爵位が与えられるんじゃなかった?」
「魔道省は前国王があの人のために作ったようなものなんだ。近衛の仕事をしている魔道士はもともと近衛騎士団の所属だったし、国境警備隊でも同じだ。元は魔道具制作室という、王宮内の魔道具を制作補修する部署を魔道省にしたんだよ」
そんな事情があったなんて、まったく知らなかったわ。
王弟殿下の叔父様ってことよね?
存在はちゃんと知っていたわよ? 全く話題に上らない人だなと思ってはいたのよ。
「優秀な魔道士は、ほとんどが近衛騎士団と国境警備、あるいは王宮警備の仕事をしていて魔道省には顔を出さない。それで魔道省に他に仕事のない貴族の子息を受け入れて、金をもらっていたのがアレクシアの父親のマガリッジ子爵だ」
それでたいした能力もなく、子爵程度の身分なのに、魔道省で大きな顔を出来たのね。
彼に命じられてアレクシアに嫌がらせしていた人たちは、マガリッジ子爵のおかげで準男爵になれた人たちなんだわ。
「でも王弟殿下がアレクシアへの嫌がらせを問題視して、処罰してくださったでしょう? マガリッジ子爵も役職から落とされたはずよ?」
「表向きはな? だが、この二年ですっかり元通りだ。それで今魔道省内部では、研究ばかりしていて役にたたない魔道省長官をやめさせようという派閥と、マガリッジ子爵の派閥の争いが起こっている」
なるほど。アレクシアには聞かせたくない話だわ。
「それにマガリッジ子爵はきみにも恨みを抱いているようでね。準男爵になれないようにしてやるって言っていたそうだ」
あら? 次のターゲットは私なの?
「何か言いがかりをつけてくるかもしれない。……なんで嬉しそうなんだよ」
だっていい機会じゃない?
今度こそはしっかり排除しなくちゃ。
「大伯父様、もしかしたら助けていただかなくてはならなくなるかもしれません」
「もとよりそのつもりだ。謁見の日に何かしてくるという話もある。私も待機しよう」
謁見なんて緊張しちゃうって思っていたのに、俄然やる気になってきたわ。
こういう時にうずうずしちゃうのがヒロインの性格のせいだとしたら、ずいぶん好戦的なヒロインだったのね。
いえ、戦闘のあるゲームのプレイヤーが動かすキャラクターなんだから、こういう性格じゃなかったら話が進まないもの。当たり前だったわ。




