オバサンは国王陛下と謁見する 1
本人は元気なのですが、周りでインフルが流行っているため、仕事が忙しく更新が滞っております。
そして花粉の季節に突入してしまう( ノД`)シクシク…
みなさんも健康には気を付けてくださいね。
せっかく会えたのだからもう少し一緒にいたいというフォースター伯爵夫妻の希望もあり、ノアとレイフ様はそのまま残り、夕食を共にすることになった。
そして明後日にノアだけで家族と一日過ごしてみて、問題がないようなら親元に帰るという流れになるみたい。
ひとまず一件落着ってことにしていいのかしら。
これから家族との生活を始めれば、どうしたっていろんな悩みや不満が出てくるだろうけどそれは家族で乗り越えていくことだもの。
レイフ様が今後も相談相手になってくれるだろうし、さっきのフォースター伯爵夫妻の様子を見る限り大丈夫だと思いたいわ。
「さすがね。男共がぐだぐだやっていた問題を、あっという間にシェリルが解決してしまったわ」
「シェリルって親の立場も子供の気持ちもわかっているでしょ? それで言葉に説得力があるのよ」
ローズマリー様もアレクシアも、まさかこんなに急展開になるとは思っていなかったみたい。
「シェリルってやっぱり詐欺師になれるわよ。いえ、話が上手いって政治家としても優秀なのよね」
「見た目は美少女なのに仕草も話し方も表情も、長い年月を生きて経験を積み重ねてきた雰囲気があるくせに、声はかわいいじゃない? そのギャップにやられるのかもしれないわ」
「アレクシア、長い年月がなんですって?」
「それを人は、合法ロリという」
ローズマリー様が変なことを言いだした。
「ロリばばあとも言うわね」
「アレクシアは夕飯がいらないみたいね」
「すみません! 調子に乗りました!」
公爵邸とうちの家族に知らせを送ってあったので、ローズマリー様の迎えの馬車はうちに来ることになっているから、こうして三人で馬車に乗って帰宅しているんだけど、どうして毎回こんなに賑やかになっちゃうのかしらね。
学生の頃に戻ったみたいだし、記憶が戻るまで友人が出来なかった反動もあってか、お友達と何気ない会話をするのがとても楽しいわ。
今頃レイフ様はどうしているんだろう。
両親とノアが仲良く話しているのを、嬉しい反面、寂しい気持ちで見守っているのかな。
ずっと一緒だったノアがいなくなって、ひとりでの生活が始まったら屋敷が静かで寂しいんじゃない?
「すっかり日が落ちちゃったわね。今日は朝からいろいろあって時間が経つのは早いわ」
アレクシアの言葉につられて窓の外を眺めた。
早退したとはいえ仕事を終えてからレイフ様の家でノアと話をして、その後フォースター伯爵家にお邪魔したので、結構時間がかかっているのよ。
すっかり日が落ちて街灯が灯り、建物の窓からも明かりが漏れ出している。
「ローズマリー様、こんな時間になっちゃってご両親に怒られません?」
「ついつい話し込んでしまったって言えば大丈夫よ」
親に内緒で友達と口裏を合わせて、夜遊びに行く時に似た気分で私はハラハラしているのに、ローズマリー様はぜんぜん平気そう。
もしかしてこうして嘘をついて、コーニリアス様と密会していたりして。
あ、婚約者だから密会する必要はなかったわ。
屋敷に着いて玄関の前に馬車を停めてもらって、何気なく外を見たら、少し離れた馬車の停車位置に今日はいつもよりたくさんの馬車が停まっているのが見えた。
ここからでは樹木が邪魔でよく見えないけど、高級そうな馬車ばかりだわ。
あんなに大勢のお客様が来ているって、何かあったのかしら。
「屋敷が慌ただしいわね」
侍従に出迎えられて玄関ホールに足を踏み入れながらアレクシアが呟いた。
夕食前の時間だっていうのもあるけど、確かに賑やかね。
玄関ホールに積み上げられている大きな荷物を、使用人たちがいそいそと奥に運んでいくんだけど、重そうなのににこにこしているのはなんなの?
「やっとお帰りになられた。よかったですー」
廊下の向こうから専属の侍女が数人、ばたばたと駆け寄って来たので聞いてみた。
「何かあったの?」
「ギルモア侯爵夫妻がおみえになっておいでなんです」
「あ、もしかしてこの荷物って」
「ギルモア侯爵領の特産品だそうです。使用人や商会の人達も持って帰れるように、小分けにしてくださったんですよ」
それでみんな、嬉しそうに荷物を運んでいたのね。
あのたくさんの馬車は、荷物を運ぶためだったんだわ。
「ローズマリー様にも持って帰ってもらえるように、いくつか取り分けてくれる?」
「え? いいわよ。忙しそうじゃない」
「ギルモア産のチーズは美味しいですよ」
「うっ……じゃあ、少しだけ」
ギルモア産のチーズってただでさえ美味しいって有名なのに、侯爵家お勧めの高級なチーズばかりを選りすぐって持って来てくれるから、マジで最高なのよ。
チーズが好きな女子は多いもんね。
私も前世の自宅でパスタを作った時は、吹雪のように粉チーズをかけて食べていたっけ。
しかしマメね。
領地の特産品を送ってくださるのは、今回でもう三回目なのよ?
先日、修羅場に巻き込んだお詫びってことかしら。
「早く早く。お姉様のお出迎えをするの」
「無茶を言う子だなあ」
「断ればいいのに。甘やかしたら駄目だよ」
玄関ホールで立ち話をしていたら、姿が見えるより先に、廊下の曲がり角の向こうから賑やかな声が聞こえてきた。
ギルバートとセリーナと、もうひとりは誰?
聞き覚えのある声よね。
「ああ、今朝の……」
アレクシアが呟いてすぐに、セリーナを抱いたイールと彼らの少し前を歩くギルバートが姿を現した。
ギルモア侯爵の屋敷にいるって話だから、一緒に来ていても不思議ではないんだけど、イールの明るい表情にびっくりよ。今朝とは別人みたい。
「お姉様!」
そっと床におろしてもらったセリーナが、嬉しそうに手を振りながら駆け出すのを見て、ギルバートとイールが慌てて止めようと手を差し出した。
過保護な男がまたひとり増えたわね。
「セリーナ、廊下を走っては駄目よ」
私の注意にピタッと足を止めて、しゃなりしゃなりと妙に気取った歩き方をし始めたのは、ローズマリー様の存在に気付いたからなんだろうな。
おしゃまな女の子としては、素敵なドレスを着た綺麗なお姉さんに、子供だと思われたくないのかも。
「お姉様、おかえりなさい」
「はい、ただいま。お迎えに来てくれてありがとう」
「えへ」
隣に歩み寄って頭を撫でたら、嬉しそうに腕に抱きついてきた。
素敵なレディは、甘えん坊ね。
「ローズマリー様、妹のセリーナです。セリーナ、こちらは私のお友達のワディンガム公爵令嬢のローズマリー様よ」
「は、はじめまして」
スカートを摘まんで両膝をちょこんと曲げて、見よう見真似でカーテシーをするセリーナの可愛いこと。
ローズマリー様も思わず表情を綻ばしている。
「まあ、可愛い。いつもシェリルに妹が可愛いって聞いていたけど、本当に可愛いわ。ローズマリーです。よろしくね」
「うわあ。お姫様みたい」
「公爵令嬢ですもの。お姫様みたいなものよ。あ、そうだ。知ってます?」
イールを指さして聞いたら、ローズマリー様は首を横に振った。
「ギルモア侯爵の孫のイールよ」
「俺の紹介の仕方が雑じゃないか」
文句を言いつつも、イールは明るく笑っている。
「親戚だからだよ」
「お、おお。そうか」
デイルやエディとは距離を置いていたギルバートも、イールのことは嫌じゃないみたいだわ。
いつの間にか親しげな雰囲気になっている。
「ギルバート、おまえすごいな。いつもこんな可愛い女の子に囲まれて生きているのか?」
「ふたりは家族で、ひとりは八歳も年上で、ひとりは婚約者がいるけどね」
「そんなのはどうでもいいだろう。俺の周りなんか、ごつい男ばかりだぞ」
確かに。ギルモアも近衛騎士団もごつい男ばかりではあるわね。
「そういえば、あなたっていくつ?」
「ん? 十五」
「へえ……え?」
あれ? 初めてギルモア侯爵家の方々と顔見せをした時、孫たちはもう全員成人しているって言ってなかった?
二年前だったから、イールはあの時はまだ十三歳よね?
「ああ、俺は学園入学と同時に寮に入って、それから一度も家には帰らないで連絡もしなかったからなあ。もとから存在感もなかったし、忘れられていたんじゃないか? うちは兄貴ばかりが可愛がられていたんだよ」
孫は何人もいるだろうから、全員の年齢を覚えていないのはしょうがないとしても、さすがに存在までは忘れてはいないでしょう?
「私はそろそろお暇するわ。馬車ももう来る頃だし、あなたは気にせずに侯爵夫妻のところに行って。お待たせしているんでしょう?」
ローズマリー様ってば、自分がいては話をしにくいだろうと気を使ってくれているのね。
ここで、あなたをひとりにして行くなんて、そんなこと出来るわけがないでしょう?
「気を遣わないでくれ」
私が口を開くより早く、イールが髪をくしゃっとかきあげながら言った。
「うちの母親の性格の悪さは有名だし、離婚したことだってとっくに知れ渡っている。影の薄い次男は話題にも上らないから、俺は割と気楽なんだ」
「あら、噂ならうちもいろいろとあるわよ。お茶会で話題に困った時には高位貴族の噂話が便利なのよ」
へえ。イールはデイルやエディとは違って、相手の気持ちを考えられるのね。
それでいて姿勢もいいし礼儀正しくも出来て、育ちの良さが窺える。
高位貴族の子供同士、ローズマリー様とも共通点がありそうで話が盛り上がっている。
「だから社交界は嫌なんだよ。だけど、うまく活用できるようにするのも必要なことだからなあ」
「あなたは近衛騎士団に所属しているんでしょう? だったら別に」
「やめたんだ。両親が問題を起こして微妙な立ち位置になったしさ、祖父の元でいろいろ学ぼうと思っているんだ」
「騎士になりたいんじゃないの?」
「家から離れてひとりで生きていくには、騎士になるくらいしか手段がなかっただけさ。それに騎士になれば宿舎で生活出来るからな」
ローズマリー様の問いに躊躇なく答えているわね。
それだけもう迷いがないってことなのかな。
「あの、今朝はすみませんでした。不審者扱いしてしまって……」
「いいよいいよ。あの時間にあんな場所で声をかけた俺が悪い」
アレクシアの謝罪にも笑顔で答えているじゃない。
まともだ。デイルやエディとはまったくタイプが違うわ。
「一緒にいたやつらが失礼なことを言っていたんだってな。俺はシェリルに嫌われたくなくて、あいつらの存在を忘れていたよ」
「え?」
「だってさ、こんな可愛い妹がふたりも出来たんだぞ。そりゃ会いたいじゃないか。ギルバートもいいやつで、クロウリー男爵家は雰囲気がよくて羨ましいよ。俺のことはお兄様と呼んでくれよ」
「…………」
確かに好印象度がアップしていたし、歳の近いはとこと仲良くすればうちの両親も侯爵夫妻も喜ぶってわかっているけど、ちょっと気持ち悪い。
妹に対して夢を見すぎじゃない?
「呼んであげればいいじゃない」
ローズマリー様はおもしろがっているわね。
「イールお兄様って呼んでみてくれ」
期待に満ちた顔で目をキラキラさせて言うな。
歯がきらりと光るエフェクトまで見えた気がしたわよ。




