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オバサン、引き篭もり少年と会う   4

「そ、そうですか」


 殿下が小さい女の子に突っ込みを入れるとは思わなかったのか、フォースター伯爵は若干引き気味だ。

 この人は見た目はラスボスですけど、実はこういう人なんですよ。


「もっと早く迎えに行くべきだったとはわかっているんです。でもノアが会いたくないと言っていると聞いて会わないでいるうちに、子供が出来て……妻が精神不安定になるのはよくないと思ったんです」


 それはそうでしょうね。

 妊娠中はただでさえ体調も精神も不安定になりやすいから。


「女の子が生まれて……ノアが戻ってきて……もしまた魔法を使ったらと考えると不安で」

「お話し中にすみません」

「はい?」


 囁いているわけでもないのに、口元に手をやって身を乗り出して口を挟んだ。

 まさかこんな小娘が伯爵が話しているのを遮るとは思っていなかったみたいで、ちょっとむっとした顔をして聞かれたけど、大事なことを聞いていなかったのよ。


「ノアはどのような攻撃をしたんでしょうか」


 それを知らなかったのかという顔でフォースター伯爵は納得の顔になり、でも夫妻で顔を見合わせて口籠るってことは、あいつはけっこうなことをやったんでしょう?

 今、レイフ様も殿下も視線をそらしたよね?


「妻にあてる気はなかったんだと思います。でもすぐ横の壁に穴があくくらいの魔法を……」

「壁に穴?」


 思わず半目で片眉をあげてしまったわ。

 私の子供らしからぬ表情を見て、夫妻が驚いている。


「それは怖かったですよね。トラウマになって当然です。妹さんの身を案じる気持ちもわかりますわ」

「え、ええ。いえ、せめて私だけでもノアと会うべきでした。彼の気持ちを後回しにしてしまった」


 さすが伯爵はそつがないなあって考える私は、だいぶひねくれた性格をしていると思う。

 この若さで伯爵家当主として、領地経営も社交も順風満帆にこなしている彼にとって、ノアが唯一の不安要素なわけよ。

 王弟殿下やわけのわからない子供まで出てきて、何を言われるんだろうと警戒していたのが、私の答えで少しだけ安心したみたいだ。


 いやいや、親だからって完璧に子育てできるなんて思ってないって。

 私なんて離婚して父親のいない子供にしてしまったんだしね。

 忙しい時には娘の存在を重荷に感じた時だってあるわ。


「私のせいなんです。娘があの事故の時のノアと同じ年齢になって、また同じことが起こるんじゃないかとびくびくして……それで、会う勇気が持てなかった」

「私はあなた方を責める気はありませんよ?」


 はっとして顔をあげた夫人に笑いかけた。


「ノアもあなた方を責める言葉など一度も言いませんでした。自分のせいでこうなった。自分が普通の子と違うから。いくら精神不安定だったとしても魔法を使ってしまったから。だから両親も自分をもう息子と思っていないんじゃ……」

「そんなことありません!」


 悲鳴のような声で言う夫人の目から涙がこぼれた。


「息子におまえなんか母親じゃないと言われるのがこわかったんです。ずっと放置してたくせにって。会いたいのに会う勇気がなくて……きっともう大きくなってしまって、私のこともわからないですよね」

「顔はなんとなく覚えているみたいですけど、どうしてあんなことをしてしまったのかは、自分でもわからなくて後悔しているようです」

「ああ……」


 泣き出してしまった夫人と彼女を抱きしめながら途方に暮れているフォースター伯爵。

 レイフ様も殿下もどうすればいいかわからないみたいだ。


「じゃあ、試しに会ってみましょうか」


 私が両手を合わせながら言った途端に全員がぎょっとした顔をした。

 なんで驚くの?

 ノアを両親の元に返すのが目的で来たんでしょう?


「あの……」

「ノアは馬車の中にいるんです」

「ええ!?」

「おい、シェリル」


 止めようとする殿下の手には気づかない振りで、笑顔で夫人に話しかけた。


「会いたいんでしょう?」

「それは……もちろんなんですが」

「勇気が出るのを待っていたら、ノアはどんどん大人になって親離れする年齢になっちゃいますよ。それから家族になるのは、今よりもっと大変です。それに王弟殿下が、わざわざノアのために出向いてくださったんですよ?」


 せっかく最強のコネが出来る機会なのに、無駄になっちゃうかもしれないよ?


「そ、そうでした。せっかく殿下がいらしてくれたのに、このままというわけにはいきません。私だけでも会いたいです」

「私も会うわ。お願いします。会わせてください」

「わかりました。では呼んで……」

「待て待て」


 殿下は、今度は遠慮なく私の腕をがしっと掴んだ。


「会ってみてうまくいくとは限らないだろう。屋敷の中ではなく外で会おう。なんなら馬車で会うんでもいい」


 慎重ねえ。

 うまくいかなかったら帰ればいいだけなのに。


「わかりました。では、馬車を玄関近くまで移動してもらって、そこで会うのはいかがですか?」


 それならとみんなが頷いたので、あまり長い時間ここにいられない私たちは、面会の結果がどうであれそのまま帰ることにして、外で馬車が来るのを待つことにした。

 泣いてしまったので顔を洗いたいという夫人と伯爵は遅れて外に来てもらうことにして、玄関の外に出る。


「ノアに説明してきます」


 レイフ様はすっかり保護者ね。

 侍従が呼んで来るというのを止めて、馬車に向かって走り出してしまったわ。

 私と殿下だけ玄関前に取り残されてしまったじゃない。


「まさか、今日面会までするとは思わなかった」


 レイフ様が去っていく方向を並んで眺めながら、王弟殿下が大きなため息とともに言った。


「そうですか? 会うなら早いほうがいいじゃないですか?」

「心の準備というものがあるだろう」

「何年心の準備をする気なんですか。いつまで待っていたって夫人に一歩を踏み出す勇気が出ない可能性もありますよ。だったら誰かが背中を押しちゃったほうがいいじゃないですか」

「突き飛ばすくらいの勢いだぞ」


 だって、言い訳ばかり言っているんだもん。

 ああやって自分を納得させて、行動を先延ばしにしてきたんだよ。

 

「そういうところ、オジサンっぽいですよ?」

「は?」

「年をとると、自分が傷つくのも相手を傷つけるのもこわくなるんですよね。オジサンの一年なんてたいした時間じゃないかもしれないけど、子供は一年もあったらどんどん成長しちゃうんですよ。殿下は子供に接したことがないんでしょ?」

「まあな。苦手だしな」


 首の後ろに手を当てて揉んでるその仕草もオジサンっぽいですよ。


「まあいいじゃないですか。駅の構内で若い女性にわざとぶつかって歩くようなオジサンより」

「極端な例を出すな」

「こういうのって第三者が冷静な目で動いたほうがいい時もあると思うんですよ。私が夫人の立場だったら、もしかしたら同じように勇気が持てなかったかもしれません。長男に嫌われて魔法で攻撃されたなんて、実は母親に問題があったんじゃないかって陰口を叩く人が、絶対にいたはずですし」

「確かにそうなんだが……おまえの場合は背を押していないで、突き飛ばす勢いなんだって」


 それ、さっきも言いましたよ。


「じゃあ、今日は五分くらい会って、次は改めて面会して、その次は家族だけで会うって段階を踏んだらどうですか?」

「それはいいな。……はあ。俺は立場が特殊だからな。家族内のことまで踏み込むのは躊躇してしまう」


 だったらどうして一緒に来たんですかね。

 レイフ様だけいればよかったんですけど。


「おまえが何かしでかしそうだからだよ」

「ええ!? こんな常識的な人間を捕まえて何を言っているんですか?」

「たまにオバサンの厚かましさが出ているぞ」

「あ、今、世の中のおばさんを敵に回しましたね」

「おまえだっておじさんに対するイメージがひどいだろ。敵に回したぞ」

「うーーん。勝てる気がするんでいいです」

「…………たしかに分が悪い気がするな」


 王族だから上下関係を忘れずに、馴れ馴れしくならないようにと心がけていたけど、さすがに付き合いが長くなって、転生者仲間で話をする場面が増えるうちに、友達のような気分になってきているわ。

 相手は王族なんだから、これは気をつけないといけないわ。


「馬車が来たぞ」


 玄関から距離を置いて馬車が停まり、中からレイフ様が降りてきた。

 続いて降りてきたノアは私たちを見つけて、のろのろとした足取りで歩いてくる。

 その途中で玄関の扉が開いた。


 びくっとして足を止めたノアは、瞬きも忘れて出てくる両親を見た。

 夫妻のほうも、まさか屋敷を出てすぐに息子と対面するとは思っていなかったようで、玄関前で固まってしまっている。

 もしかしたら時間が経ちすぎたせいで、互いに相手を認識できていなかったりして?


 子供特有の力の抜けた立ち方をしたノアは、迷子になった子供のような途方に暮れた顔をしていた。

 一度は母親になった経験のある私としては、子供のそんな顔は見ていられなくて胸が痛くなって、夫人は何も感じないのかと顔を向けて、夫人も泣きそうな顔でノアを凝視しているのに気付いてほっとした。


「……ノア?」


 夫人の声は、消え入るように小さいけど優しい声だった。

 ぼんやりと両親を見ていたノアは母親の声に肩を震わせ、顔を歪めて、


「ご、べん、だざいーー」

 

 ぼろぼろと涙をこぼして泣き出した。

 あの泣き方は七歳の子供の泣き方だ。


「ノア!」


 慌てて駆け寄った夫人が迷いなく抱きしめても、ノアはわんわん泣くばかりだ。


「ぎらいにならないで」

「なるわけないでしょ。ノア、私こそ迎えに行けなくてごめんなさい」

「わーーーーん」


 フォースター伯爵も遅れて駆け寄り、夫人とノアをまとめて抱きしめた。

 そうやっていると、ノアは伯爵によく似ている。


「会わせて正解でしたね。もっと早くこうするべきでした」


 私と殿下の隣にレイフ様も並んだ。


「大変なのはこれからじゃないですか? 伯爵家の嫡男が戻ってくるって、余計なことをしようとする人間が出てくるのでは?」

「いいえ、ノアの待遇を心配する必要はありませんよ。王族のコネがあって、ギルモア侯爵に実の孫のように可愛がられている天才少女とも親しいノアより、伯爵家の跡継ぎとしてふさわしい子供がいるはずがありません」


 そうだった。それが貴族社会だ。


「でもこれからは子供らしくしないといけないですよ?」

「は?」

「まったく子供らしくしていない人が何か言っていますね」


 私は見た目だけは可愛い十歳の女の子ですから。

 二十代に見えるレイフ様や殿下よりは、ちゃんと子供らしくしています。




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