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オバサン、引き篭もり少年と会う   3

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。


 王弟殿下とレイフ様の仕事以外はポンコツ疑惑が浮上し、子育て経験のない男はこんなものだという結論になり、そして今、私はえぐえぐ泣いている男の子とふたりで馬車に乗っている。

 一日も早く親元に返すべきだと考える転生者たちと、話がしたいと連絡を入れたら、息子に会えるのなら最優先で時間を空けるというフォースター伯爵と、爵位授与式までスケジュールがいっぱいの私の都合が重なって、なんとその日のうちにフォースター伯爵夫妻と会うことになってしまったのよ。


 ありえなくない?

 ノアとも今日が初対面なのよ。

 うまく話してくれればこちらは合わせると殿下とレイフ様が勝手なことを言いだして、三人でこれからフォースター伯爵夫妻と面会しなくてはいけないの。


 でもノアが家に帰ることになった時に、私の話とずれがあっては困るでしょう?

 本当に私が詐欺師になってしまうじゃない。

 だから伯爵家に向かう馬車の中でノアの話を聞いて、出来るだけ嘘のない言い訳が出来るように考えることになったの。

 まずは私とレイフ様と王弟殿下で話をして、大丈夫そうならノアと会ってもらう予定よ。


 でもさ、こんな行動力があるのなら、もっと早く会えよって思わない?

 毎月フォースター伯爵と会っていたくせに、レイフ様ってば何をしていたのよ。

 本当はノアがいなくなって、ひとりになるのが嫌だったり?

 それかノアが傷つくのが見たくなくて、レイフ様のほうが臆病になっていた可能性もあるわね。


「それで彼女とようやく婚約できたんだ。本当にいい子だったんだよ」


 ふたりだけのほうが話がしやすいだろうと、他の人達は前を走る馬車に乗っている。

 最初はあまり根掘り葉掘り聞くのは悪いと思っていた私も、伯爵夫妻に話をしなくてはいけないのなら遠慮なんてしていられなくて、渋るノアを脅して……いえ、説得して、なにがあったのか聞いたのよ。

 そしたら実は愚痴を聞いてほしかったのか、私が話を合わせていたらどんどん話がさかのぼって、なぜか前世の彼女とのなれそめや婚約した経緯まで話しだした。

 号泣しながら……。


「彼女が、苦しんでいないなら……このほうがよかったんだよな。でも一緒に家庭を作りたかったんだよ」


 七歳の男の子が泣きながら話す内容じゃないわ。

 声が子供だから違和感がひどいったらない。

 そうか。私と会話する大人たちは、いつもこんなふうに感じていたのか。

 それを面白い子だとか、賢すぎるために子供でいるのがつらいのだろうとか考えてくれていたみなさんは度量が広すぎよ。


「はいはい。彼女がいい子だったのはよくわかったわ。あなたが彼女を大事にしていたのもわかった。素敵なカップルだったのね」

「そうなんだ。そうなんだよ」

「でもね、それは前世の話なの。この世界の両親の気持ちを考えたことがあるの? あなたの両親だって結婚して家庭を持つことを望んだのよ。そして子供が出来て喜んでいたのに、その子供に魔法攻撃されたの」

「……うん。嫌われたよね」

「そんなことで親は子供を嫌わないのよ。自分たちが何か間違ったんじゃないかって悩んでいるわよ。子供にそんなに憎まれているのかって泣いているかもしれないわ」

「悪いのは俺なんだよ。突然子供になって、前世の自分より若いカップルが両親だなんて言われて、パニックになったんだ」


 気持ちはよくわかるんだけどそんなことを話すわけにはいかないから、多少は脚色しなくちゃいけないな。


「いいこと。両親とこれから一緒に生活していけば、この話題に触れることも何度も出てくるんだから、これから私と考える言い訳を全部しっかり覚えて、墓まで持っていきなさい」

「……は、はい」

「騙しているなんて思われたら、殿下やレイフ様まで疑われて面倒なことになるのよ」

「う……はい」

「前世ではまともに勉強していたのよね?」

「……たぶん」

「はあ?」

「してました。ちゃんと大学受験して、卒業して、就職したんだよ」

「じゃあ、私と同じ境遇になってもらうわ」

「え?」

「天才だから子供らしく出来ないうえに、大人たちの会話も全て理解できていた」

「天才? いや、それは」


 無理だなんて言わせないわよ。

 私だって普通のおばさんだったのに頑張っているんだからね。

 そのうえ詐欺師になれるくらいに口が上手いとかまで言われているんだから。


「いい? これから私が話すことを一語一句暗記しなさい」

「イエス、マム」


 この短時間で設定を全部覚えるって大変だけど、ほとんど事実だから何とかなるでしょう。

 ノアが後で聞かれた時に齟齬が出ないように、私は軽く説明するだけにしよう。

 でもこれ、レイフ様がやればいいんじゃないのかな。

 あの人もかなり口が達者よね?


 ただ、男の人のほうが親との関係ってデリケートなのかなとも思うのよ。

 それも一度大人になって独立して、親元を離れて生活していた男性に、もう一度子供になって前世の自分より若い男女を両親と思えっていうのは酷よね。


「あ……」

「姉さん、どうしたんですか?」

「姉さんって何よ」

「おばさんは失礼だし、姉上もおかしいし」

「シェリルでいいわよ」

「いえ、とんでもないっす。それでどうしたんですか?」


 なんかとんでもなく怖がられている気がする。

 恥ずかしいから人前で変な呼び方しないでよね。


「今気が付いたんだけど、殿下は早くに両親が亡くなっているし、クリスタルは転生者の養子になっているでしょ? レイフ様はいくら王弟殿下の側近になったとはいえ、かなり早い時期から一人住まいしているわよね」

「俺が問題を起こしたときには、もう一人住まいしてました」

「でしょ? 家族と一緒にいるのはつらかったのかもしれない。距離を取ったほうがうまくいく関係もあるもんよ」

「へえ」

「アレクシアは家族がひどくて絶縁状態で、ローズマリー様は表向きは仲のいい家族を演じてはいるけど、特にワディンガム公爵とは冷戦状態なのよ。家族とうまくいっているのは私だけだわ」

「……みんな、苦労してるのか」


 昔の記憶が邪魔をして子供らしく出来なくて、両親とうまく関係性を築けない。

 十代二十代は親といるより、友人といるほうが楽しい時期だし、もう一度子供をやれって無理があるのよ。


「私の場合は子供を育てたので親の立場もわかっているし、この年になれば格好つける気にもならないから、子供らしくするのだって問題ないのよね」

「子供らしくはないですよ」

「うっさいわ。それより設定は覚えたの? 今日のうちに面会することになるかもしれないわよ」

「え? い、いや、いやいや、そ、そんな急は、心の準備が」


 落ち着きなさいよ。


「ノア、あなたの中に七歳の自分がいることを忘れないであげてね。その子もその体もまだ七歳なの。子供なのよ。親に甘えたいし、自分の居場所がほしいと思っているはずよ」

「七歳の自分?」

「うまく感情が制御できないのも、孤独を感じるのも、もうひとりのあなたの助けてのサインかもしれないわ」

「そうなんですね。……いろいろ考えなくちゃいけないな」


 ノアは両親と仲良くなりたいみたいなのよね。

 フォースター伯爵夫妻だって、ノアのことを心配しているんでしょ?

 互いに遠慮し合っているみたいだから、実際に会って話し合えば何とかなると思うんだけどな。




 

 フォースター伯爵家の屋敷は由緒正しい家柄らしく、バルナモア王国初期の様式の屋敷だった。

 しっかり手入れが行き届いているので、古臭さは全く感じないし、むしろ歴史を感じさせる趣のある屋敷と美しい庭園は、芸術品みたいだわ。


 建物の中も昔ながらの家具と最新の魔道具が同居しているのに違和感がなくて、暖かく居心地のいい雰囲気だ。

 住む人の雰囲気が屋敷に現れるのならば、フォースター伯爵夫妻はきっと素敵な人なんだろうな。


「ようこそおいでくださいました」


 フォースター伯爵はノアによく似た優しそうな男性だった。

 彼も貴族で伯爵家の当主なので優しいだけの人のわけがないんだけど、温和な雰囲気で、夫人をすごく気遣っている。

 夫人のほうは痩せた小柄な女性で、せっかく可愛らしい顔をしているのに顔色の悪さとやつれた雰囲気が台無しにしてしまっていた。


「急にすまないな」

「とんでもありません。わざわざご足労くださるなんて思いもしませんでした」

「ノアのことが解決していないままなのを俺も気にはしていたんだが、少し前まで王宮でいろいろあってな。動けなかった」

「承知しております。気にしていただけただけでもありがたいです」


 架空請求や横領があったせいで、王弟殿下もレイフ様も寝不足だったのよね。

 そこに私の問題が浮上して、ギルモアとの橋渡しをしたりアレクシアに嫌がらせをしていた人たちを左遷したり、ふたりとも仕事を抱え込みすぎなのよ。


「彼女はシェリル・クロウリー男爵令嬢だ」

「はじめまして」


 殿下が突然女の子を連れてきたせいで、フォースター伯爵夫妻はとまどってしまっている様子だ。


「まあ座ってくれ。落ち着いて話をしたほうがいいだろう」


 まるで自分の家にいるように殿下が腰を下ろし、私とレイフ様がそれに続く。

 フォースター伯爵夫妻は顔を見合わせて迷う様子のまま、二人掛けのソファーに並んで腰を下ろした。


「カルキュールを知っているか? そろばんは?」

「ああ、彼女は王宮で働いているという天才少女ですか」

「そうだ。功績により近々準男爵になることが決まっている」

「まあ」


 目を丸くして注目されて、居心地が悪くてドレスを無駄に直しながらもぞもぞしてしまった。

 

「今は王宮でも商会でも大人たちと一緒に仕事をこなしている彼女だが、幼少時代は無口で表情が乏しく、同年代の子供たちと仲よくすることも出来なかったために、変わっているだの気持ち悪い子だのと言われていたこともあるそうなんだよ」


 フォースター伯爵夫妻がはっとして再び私のほうを見たので、今度は微笑んで頷いた。


「ノアも同じように言われていたんですよね。それで私なら、ノアとうまく話が出来るんじゃないかと殿下にたのまれて、さっきまで話をしてきたんです」

「ああ……ノアは……あの子は元気なんでしょうか」


 震える手で口元を押さえ涙をこらえる夫人の肩を、フォースター伯爵がやさしく抱き寄せた。


「ええとっても。元気すぎるくらいに元気です」

「おい」


 殿下に肩をどつかれたけど、だってこの暗い雰囲気に耐え切れなかったんだもの。

 夫人が痛々しくて可愛そうなのよ。

 あなたの息子、けっこうチャラいですよ?

 帰ってきたら、なにやっとんじゃってぶっ飛ばしていいくらいですから。


 



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