オバサンは運命を変える? 6
私の結婚について意見を言ったら、即座に否定されたので怒っているのかもしれないなと思っていたんだけど、帰りの馬車での会話でその理由が明らかになった。
「侯爵夫人がブラッド様を跡取りにするのは決定だとしても、その後のことは保留にするっておっしゃったの」
いつの間にか肩に力が入っていたみたいで、家族だけになってようやく力を抜いて背凭れに寄りかかったのに、お母様の話を聞いて急いで身を起こした。
「侯爵は三人兄弟で、次男の方は婿養子になってギルモアを出ていて、三男の方は亡くなっているけど、息子さんがギルモアの領地で作物について研究しているそうなのよ。その方のお孫さんも後継者候補にするそうなの」
ま、まあギルモアの血族ではあるもんね。
確か私たちが顔見せをした時に、挨拶をしたっけ。
三男の息子さんはベネディクト様やドイルとは系統が違って、研究者肌の男性だった記憶があるわ。
孫はちょっと釣り目の明るい男の子だった。
「うちの母も婿養子をもらったという形になってはいるけど、子供が娘の私だけで嫁いでいるから後継者にはまずいでしょ?」
「エディでは後継者にはふさわしくないってことですか?」
「デイルは騎士団で頑張っているし、彼の弟のイールは近衛騎士団の訓練生になっているだろう? 騎士団にいればいいという考え方も問題だが、将来を考えずにふらふらしている子ではギルモアの後継者にふさわしいとは言えないよ」
父もエディのことは、あまり気に入っていないみたい。
でも、お金のある貴族の子供ってそんなもんじゃない?
働いたことなんてなくて、舞踏会だ、サロンでの宴会だって遊び歩いている人も少なくないわ。
「あの子はデイルに対する恨みを蓄積させているのに、表面上は仲良く付き合っていたじゃない? 何を考えているかわからないわ」
「そうなんだよ。カルキュールの事務所に頻繁に顔を出すくせに仕事に興味を示すわけでもなく、カフェにいるみたいにお茶を飲んで帰るもんだから、商会での評判も悪いんだ」
「父上も母上も、そんな遠回しに言っても姉上にはわからないですよ。はっきりとあいつはやめておけって言わないと」
やめておけ? 何を?
「エディは姉上に会えるかもしれないと期待してカルキュールに顔を出していたんだと思うよ。フェネリー伯爵に魔法を習いたいって言いだしたのも、そこでなら姉上に会えるかもしれないからだよ」
「はあ? アレクシアに教わったおかげで基本の出来ている私が、なんでエディと一緒に魔法を習う必要があるのよ」
「気にするのはそこじゃないだろう」
ギルバートに呆れられた意味がわからずに両親のほうを見たら、ふたりとも残念そうな顔で私を見ていた。
「エディをなんとも思っていないようで安心したけどね、シェリルは男の子から見て魅力的な女の子なんだっていう自覚を持ったほうがいい」
「ええ!? だってエディが商会に顔を出していたのは、私が八歳の時ですよ? それに七歳も年上だし」
七歳って大きいでしょ?
私が小一の時に相手は中学生よ。
「貴族間の結婚で、その程度の年齢差は珍しくないよ」
「でもそれは政略結婚の場合でしょ? 十五歳の子が八歳にって……あ! 私がギルモアの人に気に入られているようだから、結婚したら跡継ぎになれるかもしれないって考えたのね。意外と野心家なんだわ!」
「父上、姉上はまったくエディに興味がないようですよ」
「エディに興味がないんじゃなくて、恋愛に興味がないの」
貴族社会って、特に高位貴族って人数も少ないし狭い社会だから、いつも注目されているってことをギルモアの男共は忘れているんじゃない?
一族の中でぬくぬく育てられるとこうなるのね。図体ばかり大きくなって、中身が大人になっていない。
十七歳で生き方を決めろというのは酷だけど、せめて努力している姿勢だけでも見せればいいのに。
……ってこれは、姑息な大人の考え方だわ。
まだ十代の初々しい若人に、こんなずるいオバチャンの考えを当てはめては駄目よ。
「ワディンガムといいギルモアといい、大貴族にはいろんな人間がいるから大変そうだな」
「そうね。表からではわからないことがたくさんあるのね」
両親の言葉を聞いているうちに、胸の奥から罪悪感が湧き上がってきた。
私のせいだったりはしないよね?
私が関わる前から問題は始まっていたんだもんね。
帰宅してしばらくして、玄関ホールで帰ってきたアレクシアに聞いたところ、ドイルが愛人の部屋に踏み込むより早く現地に到着出来たので、部屋の前で待ち構えて、本当にアレクシアが凍らせて捕獲したらしい。
すぐに連絡を受けて大伯父様が駆けつけたので、凍らせたまま引き渡したんですって。
一連の様子を見ていた愛人は、アクトン伯爵が捕まったと聞いて観念し全てを告白した。
ロゼッタ様の話していた通り、子供はドイルの子供ではなかったそうよ。
高位貴族の家を乗っ取ろうなんて許されるわけがないわ。
おそらく彼女も子供の父親も死罪。
子供だけは国外追放で隣国の施設に送られることになるだろうって大伯父様が話していたわ。
地道に生きるのが一番なのよ。
楽して稼げる方法なんてないんだって。
……って、今の私が言っても説得力がない気がするわね。
翌日はお仕事があったので、いつもどおりジェフに馬車を出してもらって、アレクシアと一緒に王宮に向かった。
ドナも普段外出する時は、侍女兼護衛として同行することもあるのよ。
私は休日をしっかりとらせたい上司なので、アレクシアにも週休二日を連休で取らせているから、その時にはドナに頑張ってもらっているの。
ジェフは私の送迎以外の時間は、侍従として働いたり護衛のための訓練をしたり、忙しい日々を送っている。
彼も私と出会って生活が変化した人のひとりだわ。
「お迎えはいつもの時間でいいっすか?」
「うん、よろしく」
「せめて執務室の前まで一緒に行けるといいんすけどね。最近お嬢様はますます可愛くなっているから心配っすよ」
「そうなのよ。でも私がいるから大丈夫」
アレクシアが胸を張って答えると、ジェフは素直に頷いた。
「ですね。そんじゃ俺はこれでー」
可愛くなったとか女の子相手に言うようになったのか、少年。
ドナといい雰囲気なのは知ってるぞ。
こうしてみんな大人になっていくのね。
「子供の成長って早いのよね」
「子供が何を言ってるのよ」
門を入ってすぐの広場で馬車を降りて、そこからはそれぞれの部署に向かう王宮の馬車に乗り換えないといけないの。王宮内は広いから徒歩で移動なんてしていられないのよ。
でも広いおかげで朝の時間帯でも混雑をあまり感じないのはありがたいわ。
門はたくさんあるし、社交的な催しのされる建物と政治の場と王族の住まいが、広い敷地に点在しているおかげね。
特に王族の執務室に向かう人間なんて限られているから、とっても楽をさせてもらっているわ。
「なんだ。やっぱりこの時間でよかったんじゃないか」
アレクシアと馬車に乗る所定の場所に向かったら、ジョシュア様が立っていた。
陛下の執務室に行く馬車もこのあたりに停まるからね。この時間に会うことがけっこうあるのよ。
あいかわらずの美貌で、朝日を浴びて髪がきらきらしちゃっている。
「おはようございます」
「おはよう。ロージーがきみに会うからって早めに出かけたから、もう王弟殿下の執務室にいるんじゃないかな?」
「え? ローズマリー様がなんで?」
「鉛筆を王女に献上しに行くから、その前にきみと話をするんだって言っていたよ」
いけない。また王族に献上するのを忘れていた。
王室御用達にしてもらったのに、うちの家族全員が忘れているんじゃない?
ローズマリー様、ありがとう!
「なるほど。確かにあの鉛筆は王女様に……王妃様はどうしましょう」
「僕に聞くなよ」
だ、大丈夫。予備を持って来ているから、ついでにローズマリー様にお願いしよう。
あああ、王妃様をついで扱いなんて恐れ多いわ。
おまけに何かつけようかしら?
「おや、ギルモアのイールじゃないか?」
ジョシュア様が呟いたので、はっとして視線を追って振り返ってみた。
なるほど長身でマリーゴールドの瞳が印象的な、近衛騎士団訓練生の制服を着た男の子がいるわね。
しかもこっちに向かってくる。
ゴリラよりロゼッタ様に似ているおかげで、すっきりしたイケメンだわ。
「きみが……シェリル?」
顔を凝視するのはやめなさいよ。
それとあなたの後ろにお仲間がふたりついてきていて、私やアレクシアを見てこそこそ話しているのは感じ悪いわよ。
「はじめまして」
「あ、ああ。顔合わせの時は予定が合わなくて出られなくて済まなかった」
ギルモアから出て行って何年も帰っていなかったんだから、出席するとは思っていなかったわよ。
「追い払おうか?」
ジョシュア様、素敵な笑顔で何を言っているんですか。
「大丈夫です」
「そう? じゃあ、馬車が来たんで僕は行くよ。またね」
「はい。お仕事頑張ってください」
イールがちらちらとジョシュア様のほうを気にしていたので、たぶん気を使ってくれたのよね。
馬車は到着してもすぐには出発しないのに、ジョシュア様はさっさと馬車に乗り込んだ。
それにしても、なんでこんな時間にこんな場所で声をかけてくるのよ。
この場所は王族の執務室に向かう人たちが馬車に乗る時に必ず通る道だから、立ち話をしていると目立ってしまうし邪魔になるでしょうが。
「端に寄りましょう。それで、どういった用事でしょう?」
道の端に寄っても、通りすぎる人達が心配そうに見ていくので落ち着かない。
決まった時間に馬車に乗る顔ぶれってだいたい同じだから、いつもと違うことがあるとなんだろうって思うよね。
「夕べ、侯爵に呼ばれて家に帰って、なにがあったのか聞いたんだ」
「はあ」
「父が除籍になって、あのくそ女が領地の一部を」
「待って!」
びしっと掌を彼に向けて手を伸ばした。
「私、ロゼッタ様とは意外と仲良しなの」
「え?」
「彼女は、今回のことでは被害者よ。あなたたち男共はアクトン伯爵の嘘にいいように惑わされていたのに、いまだに母親をそんなふうに言うなんてありえないわ」
「おまえはあの女がどんなやつか知らないんだ」
「いいえ。性格がかなりよろしいのは知っているわ。でもあなたの態度はないわ。こんな誰に聞かれているかわからないような場所で、ギルモアの品位を下げるような方とお話ししたくありません。もう職場に行かなくてはいけない時間なので失礼します」
「待ってくれ」
追いかけようとしたイールをアレクシアが遮った。
「気安く話しかけないで。準男爵に変な噂が立っては困ります。近衛騎士団に苦情を入れますよ」
いやいや、話しかけたくらいで文句をいう気はないわよ。
いちおう親戚だし。
「近衛にいられなくなりそうで心配だとしても、相談する相手が違うのでは?」
「それは大丈夫でしょ? あなたとデイルは一族のままのはずよ」
貴族しか入隊できない近衛にいられるか心配だったの?
でもなんで私に聞くの? 夕べのうちに侯爵に聞いておけばいいじゃない。
「そんなことで話しかけたんじゃない」
「じゃあなんなんですか」
「大丈夫かい? 何か問題でも?」
「近衛を呼ぼうか?」
揉めていると思ったのか、王弟殿下の執務室の方々が話しかけてきてくれた。
なぜか向こうから見知った顔の近衛騎士団の人も駆け寄ってくる。
「親戚と会ったんでちょっとお話しただけで、もう馬車に乗りますよ。心配してくださってありがとうございます」
「それならいいんだ。さあ行こう」
「向こうのやつらが、可愛いから仕事が終わったら出かけようって誘おうとか、どっちが可愛いかとか話していたからさ」
イールについてきた子も訓練生でしょ?
そんなことしていると正式採用されなくなるわよ。
「ありがとうございます。シェリルは警戒心が足りないんで助かります」
「護衛としては心配だね」
え? アレクシアが警戒しすぎなんじゃないの?
「ねえ、あの子たち、騎士に捕まっているわ」
「そりゃそうよ。王弟殿下の保護下にある女の子につき纏ったんですもの」
話しかけてきただけよ?
イールは親戚よ?
「みなさん、ありがたいけど過保護すぎですよ。私はしっかり者ですから大丈夫です!」
馬車の中ではっきり言ったけど、ほんわかした顔で微笑まれただけだった。