オバサンは運命を変える? 5
「心配して待っているだろうから戻ろうか」
父が歩き出したので、私とギルバートも屋敷に戻ることにした。
ロゼッタ様も私のすぐ後を自分のペースでゆっくりと、まるでお茶会に招待されているかのように悠然と歩いている。
デイルだけは俯いたままその場に立ち尽くしていたけど、私が声をかけるのはおかしいし、なんて声をかければいいかもわからないわ。
侍従や騎士がいるから平気でしょう。
私は、これ以上は関わらないわよ。
「どうしてですか? 僕の何が駄目なんですか?」
「何もしていないからよ。毎日目的もなくふらふらしているだけでしょう? 魔法に興味があったのなら学園でそちらのコースに行けばよかったのに、今更急に学びたいと言い出して、でもそれも中途半端だって聞いているわ」
「……それは」
玄関ホールに戻ったら、大伯母様とエディの会話が聞こえてきた。
こっちはこっちで揉めているみたいだ。
「あ、戻ったのね。どうなったの?」
ひいお婆様がほっとした顔で話しかけてきた。
大伯母様とエディの会話の内容からすると、たぶん跡継ぎの話よね。
こっちにも関わらないようにしなくちゃ。
お母様もその話題には加わりたくなかったのか、ひとりで無言でお茶を飲んでいたみたいだ。
セアラ様だけは息子に味方しているようで、身を乗り出して大伯母様の話を聞いていた。
「アレクシアがブラッドや騎士を連れて転移したので、充分に間に合うと思います」
あら、お父様ってばブラッド様を呼び捨て?
一緒に仕事をするようになって仲良しになったのね。
「転移魔法が使える魔道士がまだいたのね。よかったわ。あらでもアレクシアってシェリルの侍女ではなかった?」
「いえ、秘書兼護衛です」
私が答えると大伯母様は驚いたようだ。
普通は転移魔法が使える魔道士が秘書はしないわよね。
「まあ、そんな優秀な子をどこで見つけたの?」
「アレクシアは王弟殿下の護衛をしていたことがあるんです」
「ああ、王弟殿下の……へえ」
なにかしら。意味深な顔をしているような……。
「ひいお婆様、お身体は大丈夫ですか? ひいお爺様はどちらに?」
でも今はそれよりも、年配の方たちの心労のほうが心配なので聞いたら、ひいお婆様が横にずれて私が座るスペースを開けてくれた。
ひいお婆様と大伯母様の間に。
つまりソファーのど真ん中に。
ひいお婆様とテーブルの間を通らなくちゃいけないのよ?
そんな無茶な……って言いたいんだけど、大伯母様も当然だという顔をしているので手前を開けてくれとは言えない。
「手続きをしに王宮に向かったのよ。問題が起こる前に除籍したほうが、ギルモアの被害が少なくて済むでしょう?」
言いながらひい婆様は、ぽんぽんと座面を叩いた。
そこに座れってことですね。
喜んで座らせていただきます。
「ちょっと失礼しますね。あ、テーブルがちょっと動いちゃいました」
「そんなのはいいのよ。なんなら向こうに押しやっちゃって」
膝丈のスカートなので、ひいお婆様の足をまたいで向こう側に行けるなって一瞬思ったわ。一瞬よ?
令嬢が足をがばっと上にあげて、身分あるご婦人の、ましてや自分のひいお婆様の足をまたぐなんて恐れ多いことは出来ないから、そっとテーブルを膝で押してスペースを確保して移動したわよ。
ずずずって音はしちゃったけども。
「お疲れの御様子で心配です」
「ありがとう。シェリルがそう言ってくれるだけでも、少し元気になれるわ」
娘は駆け落ちをして会えないまま亡くなってしまって、それでも孫であるお母様に会えて少しは救われた気がすると喜んでいたひいお婆様なのに、今度は直系の孫が除籍になってしまった。
大伯母様だって自分の友人たちが、息子と孫を操って家庭を崩壊させていたと知って、気丈に振舞っているけど顔色があまりよくない。
「お母様、来月の授与式が終わったら、うちの領地にみなさんを招待してはどうでしょう。田舎ですけど自然豊かで美味しい食べ物がたくさんありますよ」
「それはいい考えだわ。母と私が過ごした家も残っているんです。思い出の地を案内させてください」
「まあ素敵だわ」
お母様が手を握りしめて言ったので、少しだけどひいお婆様の顔色が明るくなったような気がするわ。
ドイルめえ! あんたが若い女に騙されたせいで、この騒ぎよ!
ロゼッタ様の性格も決していいとは言えないけど、今回のことは、ほぼドイルのせいだわ。
なんで下半身の意志に従っちゃうのよ。脳みそで考えなさいよ。
「せっかくいい知らせを持って来てくれたのに、こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい」
「まだお祝いを言っていなかったわね。おめでとう。十歳で功績を認められて爵位をいただけるなんて素晴らしいわ」
「ありがとうございます」
ひいお婆様と大伯母様にお祝いの言葉をもらえたのは嬉しいけど、後ろに立っているエディの視線が痛いのよ。
セアラ様の顔も強張っている気がするわ。
なんで? ブラッド様がゴダード領を継ぐことになったのよ? 伯爵よ?
「六日後に夫とシェリルが陛下に謁見することになったので、服装などのご相談をしたかったのですが御迷惑になりそうなので、よければ王宮のしきたりに詳しい店を紹介していただけませんか?」
「またそんな他人行儀な。あなたの相談には喜んで乗るわよ。ね、お義母様」
「当然よ。すぐに紹介状を書くわ。謁見なんて……陛下によほど気にいられたのね」
「授与式の後に王宮で祝賀のパーティーも開いていただけるそうなんです」
「まあ」
「シェリルを王宮で囲い込むと宣言するようなものね」
あんな子供が爵位をもらうなんて! って感情的になる人がいるんじゃないかって思っていたんだけど、大伯母様もその考えにいきついてくれるのなら、妬まれなくて済むのかな?
いや、国王陛下にそこまで気にいられるなんて、どんな手を使ったのよって思う人がいるかもしれない。
折れ線グラフを使いましたって言ったらわかってくれるかしら。
……無理だな。
えー、明日は王宮に行く日なのに気が重くなってきた。
「王宮でパーティーをするのなら主催者を決めなくてはいけないでしょう?」
「王弟殿下が主催してくださるそうです」
「まあ」
お伯母様、私の顔をじっと見るのはなんですか?
目がきらきらしてますよ。
「王弟殿下って、まだ婚約していなかったわよね。第一王子が立太子して婚約するまでは自分はしないって言ってるんでしょ? おいくつになったのかしら?」
「十五歳、いえ、もう十六歳かと」
「えええ!? そんなに若いの!?」
「まだ成人したばかり? そうは見えないわ」
そうよね。みんな驚くわよね。二十歳は過ぎているように見えるもの。
きっと年齢を誤解している人がたくさんいるわよ。
「六歳差なら……」
「大伯母様? 今、なんて?」
「ああいえ、老けすぎ、いえいえ、大人びていらっしゃるなと思っただけよ。王宮の仕事は楽しいの?」
「はい。はじめは計算を出来ればいいと思っていたんですけど、財務大臣の仕事を手伝って会議のための資料を作っていたら楽しくて、こういう仕事も出来るといいなと思うようになってきました。これから仕事の幅を増やせるようにしたいです」
「ただ学園を一年で卒業しなくてはいけないというのが、娘の負担になりそうで心配ですよ」
「あらお父様、私の周りでは一年で卒業する人がほとんどですよ? ジョシュア様もコーニリアス様も王弟殿下も……」
あ、男の子ばかりだったわ。
女の子は社交を学ぶ授業を受けるために三年は通う子が多いんだったわね。
でも私は社交界には興味ないし。
「男爵令嬢の周りにいる面々ではないわね」
ロゼッタ様は母の隣に堂々と腰を下ろした。
苦手だと思われているってわかっているのに気にしていないみたい。
「でも……結婚出来なくなるのでは?」
出た。
なんでこうエディは、女性は結婚するべきだっていう考えに凝り固まっているの?
「そんなことをきみに心配してもらう必要はない。シェリルは爵位を持ち、並の男より収入も多いんだ。仕事をしたいと言っているのだから、無理に結婚しなくても大丈夫だ」
さすがお父様、よくわかってくれている。
でも言い方がきついんじゃない?
「シェリルはまだ十歳だ。結婚なんて話題にするのも早すぎる!」
……なんだ。娘を嫁にやりたくないってだけの話だったわ。
「王宮には優秀で身元のしっかりした素敵な人がたくさんいるから大丈夫だよ。姉上なら選び放題だろうし」
「ギルバート、余計なことを言うんじゃない。シェリル、嫁に行かずにずっと家にいてもいいんだぞ!」
「お父様、恥ずかしいからやめて。それよりギルバート、ひいお婆様と大伯母様にお渡しするものがあるでしょう?」
「あ、そうだった。カルキュールの限定商品にする鉛筆なんです。どうぞ」
ギルバートが手渡したのは、細身のペンケースだ。
中には小さな花模様、流れ星、小さな宝石付きの三種類の鉛筆が入っている。
「あら素敵」
「本を転写する魔法があるので、それを使って鉛筆に柄をつけられないかフェネリー伯爵に相談したら、魔道具を作ってくれたんです」
ギルバートが最近ずっとフェネリー伯爵家に通っていたのは、商売のためだった。
ホッチキスもなかなかうまく出来ないので、魔法の力を借りるために相談中なの。
私が考えると前世の記憶に凝り固まってしまって、発想の転換が出来ないから任せっぱなしにしているのよ。
年をとると柔軟性がなくなって駄目ね。
鉛筆に模様がついているのなんて、昔の小学生が使っていた印象しかなくて喜ばれるなんて思ってもいなかったわ。
「絵はローズマリー様が描いてくださったんです。姉上が頼んでくれたんですよ」
「ワディンガムの? ……あなたたち、そつがないわね」
「それじゃあ夫人は大喜びでしょう」
「はい。試作品をお茶会で披露してくださったので、もう予約が入ってます」
私が国王陛下にお声をいただいたのも、準男爵になるのも、たぶんワディンガム公爵は気に入らなくて機嫌が悪くなっているはず。
でも夫人のほうは、ローズマリー様と私が親しいということをうまく使って話題の中心になっていたので、ローズマリー様の鉛筆も話題に出来ると大喜びなの。
そういえば、鉛筆って名前になっちゃったのよ。
王弟殿下もローズマリー様も、今更他の名前では違和感があって無理だっていうんだもの。
命名もローズマリー様だってことにしちゃったわ。
「こんなに優秀な息子がいるのだから、クロウリー子爵家は安泰ね」
「おかげさまで楽をさせてもらっています。ブラッドも王宮とのやり取りに素早く対応してくれて、大変助かっているんですよ」
「あの子はずっと領地経営を手伝いながら勉強していたから、使える子でしょ?」
「とても優秀な方だと思います。王宮でも名を知られていますので、伯爵になると広まれば一気に人脈が広がるのではないでしょうか」
大伯母様と父が話をしている間も、エディは拳を握りしめたままずっと立ったままだった。
私の結婚について意見を言ったら、即座に否定されたので怒っているのかもしれないなと思っていたんだけど、帰りの馬車での会話でその理由が明らかになった。