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オバサンは運命を変える?  3

 ただ、もう少しうまく立ち回れなかったのかなあ……なんて結果論だし、第三者だから言えるんだよね。

 当事者になったら精神的にまいってしまってそんな余裕はないと思う。

 そこで離婚した後のことを考えて、証拠を集めていたなんてすごいことよ。


「プリムローズ伯爵はご存知なのかな?」

「ええ。離婚を決めた時に話しましたわ。なぜもっと早く教えなかったのかと怒られました」


 侯爵の問いにロゼッタ様は肩をすくめてみせた。


「プリムローズ伯爵とは大変いい関係を続けてこられた。それも全てきみのおかげだ」

「侯爵に相談していないと話をしたら、余計に怒られました。あの方なら対処してくれていたはずだと。でもドイルは私が侯爵夫妻に近付くのを警戒していましたから」


 口元に笑みを浮かべて話すロゼッタ様は、芯のしっかりした強い女性に見える。

ギルモアに代々嫁いできた女性たちと同じタイプだ。


「それにまだ問題はあるんです。愛人を作れば子供が出来るでしょ? あの男は若い愛人との間に生まれた子供を後継者にする気なのよ」


 その場にいた人々の視線が、いっせいにドイル様に注がれた。

 殴られた頬が腫れ、切れた唇から流れる血で顎が赤く染まっている。

 髪も乱れた情けない姿で、でもロゼッタ様を睨みつけるまなざしには憎しみが溢れていた。

 彼が立ち上がるのを手助けしていたデイルとエディは話についていけていないのか、茫然と立ち尽くしている。

 特にデイルは、両親のこんな話は聞きたくなかっただろうな。 


「それで新婚のデイルを急に雪かきに連れて行って、昼夜を問わず働かせたのよね? で、愚痴を言うのを待ち構えて大袈裟に叱りつけて騎士団から追放した。まさか先代が教育し直すと言って引き取るとは思っていなかったんでしょ? 今までのように短絡的に暴れて問題を起こしたら、家から追い出す気だったのよね?」

「そんなたわごとは聞きたくない。父上、あの女の話を聞く必要なんてありません。やっと離婚する気になったのだから追い出せばいいんですよ」


 再びロゼッタ様に詰め寄ろうとしたゴダード伯爵を、今度はデイルが腕を掴んで止めた。


「父上! 本当なんですか?」

「どけ!」

「その愛人がまだ二十一歳だから驚きよね。しかも」

「ロゼッタ!」

「アクトン伯爵の孫娘なのよ」


 ドイル様の怒鳴り声を無視して、ロゼッタ様は最後まで言い切った。

 名指しされたアクトン伯爵はどんな顔をしているのかと思ってそちらを見たら、勝ち誇ったように笑みを浮かべていてぞっとしたわ。


 その顔を見ればわかる。

 彼は自分の孫娘にドイル様の相手をさせて、懐妊するように仕向けたんだ。

 最初から自分の孫をギルモア侯爵夫人にするつもりだったんだわ。


「アクトン、それは本当なのか?」

「私も聞いて驚きましたが、ドイル様に求められてはうちの孫娘では断れません」

「俺は無理強いなんてしていない」

「もちろんです。孫娘も今ではドイル様をお慕いしていますよ」


 昼ドラも真っ青なドロドロ展開だわ。

 侯爵夫妻も先代夫妻も衝撃で顔色が真っ青だ。

 ブラッド様は多少は冷静な様子だけど、この場の会話に加わることなく後ろのほうでやり取りを聞いているだけ。

 そして、うちの家族は無関係だからこの場にいないほうがいいとは思うんだけど、ここまで聞いてしまったら最後まで聞かないと気になってしまうわよ。


「ね? 慰謝料をもらえる立場でしょ?」


 ロゼッタ様が一番落ち着いているな。むしろ楽しそう。


「それで孫たちにロゼッタの悪口を吹き込んで、家から出て行くように仕向けたの? この家にも人が寄らないようにして、私たちを孤立させようとでもしていたの?」


 大伯母様は彼らと親しくしていた分衝撃が大きいみたいで、ふらっとよろめいて大伯父様に抱き留められながらアクトン伯爵に矢継ぎ早に尋ねたが、彼は答えずに薄笑いを浮かべているだけだ。

 でも、その余裕の顔は長くは続かなかった。


「アクトン、うちの領地からおまえの一族を追放する。ギルモア関係の仕事をしていた者達もひとり残らず今日限り仕事を辞めさせる。その孫娘も追放だ」

「なんだと! ドイル様の子の母親だぞ! なぜ、そんなに私の家を排除しようとするんだ! ドイル様と私の娘の結婚話を申し出た時も、相手にもしてくれなかっただろう」

「当然だろう。多額の借金を抱えて没落し、領地も失い、うちの援助と仕事をこなすことでどうにか盛り返せたアクトン伯爵家と、大きな五つの伯爵家で協力し一大勢力になり、中立派をまとめているプリムローズ伯爵と、どちらを取るかなど子供でもわかる」


 そりゃそうだわ。

 子供の私でもわかる。


「だがドイルとおまえの孫を結婚させたいなら好きにすればいい。ドイルもおまえたちと一緒に追放してやる」

「え?」

「ち、父上!」

「伯爵の仕事もまともに出来ないやつが侯爵家の当主になどなれるわけがない。おまえはギルモアから除籍する。ロゼッタ、きみにはゴダードの東側、メリフォッドの町とその周辺の土地を慰謝料として譲ろう」

「勝手なことを言わないでください。ゴダードは私の領地です」

「違うわよ?」


 おそらく追放されても自分にはゴダード伯爵という地位と領地があるからと、ドイル様は考えていたと思う。

 でもロゼッタ様はとてもいい笑顔で否定した。


「まだ書類上はお義父様がゴダード伯爵領の当主のままよ? あなた、自分で仕事をしないから気付かないのよ」

「そ、そんなわけ」

「私も手続きを忘れていたんだ。その後は、ちゃんと仕事をしていればおまえから連絡がくるはずなのに、何も言ってこないから様子を見ていた」

「ゴダードがあなたの領地だったら、私がサインした書類をお義父様がどうして持っているのよ。ちゃんと報告していたのよ」


 ドイル様が茫然としている横で、アクトン伯爵もさっきまでの余裕が嘘のようにびっしょり汗をかいて震えている。

 まさか侯爵が、息子ごと自分を追放するなんて決断をするとは思わなかったんだろうな。

 借金を全部返せていないとしたら、親戚まですべて追放されて職を失ったらやばいもんね。


 そんな危うい立場で、なんで欲をかいたかな。

 あとはのんびり余生を楽しめばいいのに、子供たちや孫まで巻き込んで何をやっとるのかね。


「ドイル、アクトンはな、ずっとおまえの母親に懸想して言い寄っていたんだ。結婚した後も、私にばれないように付き合おうと、何度も文を送り付けてきた」


 はっとした顔でドイル様とアクトン伯爵夫人がアクトン伯爵の顔を見た。

 強張った顔をして汗だくで、でもアクトン伯爵は否定しなかった。


 うげ。結婚前からって言うことは二十年以上前の話よね。

 相手にされなかった逆恨み? 碌な男じゃないな。

 没落して困っていたところを助けてもらったというのに、大伯母様に言い寄った挙句、自分の娘を嫡男の嫁にしてくれって言いだすって、どんだけずうずうしいのよ。


「あれ?」


 あ、いけない声に出しちゃった。


「うん?」


 大伯父様、気にしないで。

 さすがにこの空気の中で目立つのは……いやでも気にはなる。


「シェリル、どうした?」


 ここで子供の話を聞こうとするあなたはすごいよ。

 普通は後回しにするよ。


「あの、素朴な疑問が……」

「なんじゃ」


 ひい爺様まで聞く?

 言うけどさ。けっこう重要だと思うし。


「アクトン伯爵は孫娘の子供にギルモアを継がせたかったんですよね? でも大伯父様はまだ二十年以上は引退しないでしょう? その後は今まではドイル様が継ぐことになっていて、彼が更に二十年くらい侯爵をやったら、その間にそちらにいるみなさんはご臨終ですよね?」

「言い方」


 お父様が小さな声で言いながら、軽く頭を小突いた。


「あ、天に召されていますよね?」

「まあ、言いたいことはわかる。うん、それで?」


 大伯父様は笑いを堪えているけど、ソファーに並んでいる後期高齢者の方々は俯いたまま微動だにしない。

 大丈夫かな。もう召されちゃった人がいそうな雰囲気よ。


「自分が召されて何十年も経った後に、本当にその子がギルモアを継げるかどうかなんてわからないじゃないですか。それなのに二十年もしつこく陰湿に動くって……あ。まさか!」


 もっとやばいことを考えていたり?

 例えば侯爵夫妻が不慮の事故にあったりする予定が組まれていたとか?


 なんてことまでは口にはしなかったわよ。

 口を手で覆って、怯えた表情でアクトン伯爵を見上げただけよ。

 でも、たぶんみんなも同じことを考えたわよね。


「なるほど。ありえるな。アクトン夫妻を捕らえよ。そこにいる他の者達は家族全員、関係者も含めてギルモアの領地から追放する。今すぐにだ!」


 大伯父様の指示で待機していた人たちが一斉に動き出した。

 自分の騎士団があるって、こういう時は強いわね。統率の取れた働きをしてくれる人たちがたくさんいるんだから。


「プリムローズ伯爵家とその関係者の領地にも来ないでね。来たらどうなるかわからないわよ?」


 ロゼッタ様はご機嫌な様子だ。

 この前の話では侯爵はロゼッタ様を嫌っているみたいだったのに、今日は親しげに話をしていたわよね?

 あの後、話をしたのかしら。

 それで今日、家族を集めたのかな。


「待ってください。お願いします。息子たちは関係ないんです」

「私たちは何もしてません」


 縋り付こうとする老人たちを、侍従や騎士たちがふたりがかりで捕まえて外に連れ出していく。

 ソファーにしがみついていたご夫人は、荷物のように抱えあげられて連れて行かれた。


「ドイル、おまえも出ていけ」


 大伯父様に冷たい声で言われても、ドイル様は大伯母様が庇ってくれるかもしれないと期待していたかもしれない。

 でも大伯母様は彼に背中を向けて俯き、ひいお婆様も侯爵夫人を抱きしめながら顔を背けている。


 妻と離婚は、まあしょうがないと思ってくれただろうけど、子供を陥れて追い出そうとするのは許されないでしょ。 

 それが自分の息子と年が変わらない若い女にいれこんで、その子供にあとを継がせたいからなんて、そんな馬鹿野郎が女性に助けてもらおうとするな。


 ドイル様は傍にいたデイル様を押しのけて、唐突に入り口に向かって駆け出した。

 そちらにはまだ老人たちが侯爵に許しを請いながら、侍従や騎士に引きずられるようにのろのろ歩いていたのに、邪魔になる彼らを突き飛ばす勢いだ。


「どうせ騎士団に行くつもりだろう。副団長、至急、騎士団本部に飛び事情を説明し体制を整えろ。私もすぐに向かう」

「はっ!」


 警護の騎士や先代夫妻や侯爵夫妻の護衛が、廊下側に目立たないように待機しているのは気付いていた。

 彼らは今のやり取りを全て聞いていたので、説明はいらない。

 ギルモア侯爵騎士団には魔道士も所属しているようで、副団長と四人ほどの騎士がローブを着た人と一緒に屋敷の奥に駆けだした。


 転移魔法の使える場所って決まっているんだろうな。

 それかうちのように転送用の魔法陣がどこかにあるのかも。


「あの子はまさか」

「軍のクーデターでも起こす気なんだろうが、あいにくあいつにそんな人望はない」

 

 ドイル様はたぶん、魔法の馬で騎士団に向かったのよね?

 それでクーデター?

 大伯父様じゃあるまいし、あのアホな男にそんな度量があるのかしら。




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