オバサンは運命を変える? 2
あまり興奮すると倒れてしまうかもしれないと心配で、お母様がひいお爺様の体を支えて落ち着くように小声で話しかけたけど、よっぽどご老人たちへの怒りが強いのか掴みかかりそうな勢いはおさまらない。
暴力沙汰にならないようにと、お父様も一緒にひいお爺様を押さえ始めた。
「そう興奮なさっては健康によろしくありませんぞ」
「黙れ、アクトン。おまえたち全員、すぐに屋敷を出ていけ。今後は立ち入り禁止だ!」
「しかしここは侯爵夫妻のお住まいです。隠居なさった先代の命令より侯爵の意見優先ではないですか?」
「なんだと!」
アクトンって確か伯爵よね? 先代とはいえギルモア相手にこの余裕は何?
あ、奥の廊下から足音が聞こえてきた。
最初に到着したのはデイルだ。
会うのは半年ぶりかな? また背が伸びたんじゃない?
そしてだいぶ雰囲気が変わった。
同居しているひいお爺様が心配だったのか、老人たちにはわき目も降らずに駆け寄ってきた。
続いて侯爵とブラッド様、そしてエディが駆け込んできて、廊下の奥から女性陣の足音が聞こえてきている。
いや、その前にゴダード伯爵がやってきた。
彼だけは走らずに早足で来たのね。
「ベネディクト、こいつらを追い出せ。わしの命令は聞かないとぬかしおった」
「なんだと。父上に無礼な態度を取るとは言語道断。今後は屋敷への立ち入りを禁止する」
大伯父様がこんなに早く駆けつけてくるとは思わなかったのかな。
ようやくご老人たちの顔に焦りが見え始めた。
「やはり報告通りでしたか」
「ああ。遅れて来たのは正解じゃったわ。こやつら、わしの大事な孫娘とひ孫を侮辱しおった。彼女たちの瞳の色を見ろ! たとえ嫁いでもアマンダもひ孫たちもギルモアだ!」
そうよ。私たちの瞳の色は、まごうことなきギルモアの色なのよ。
「どういうことなの? あなたたち、何をしているの?」
ようやく女性陣が到着した。
大伯母様はこの場の雰囲気のせいか顔色が悪い。
それとも話し合いが揉めていたのかしら。
彼女と一緒にやってきたのがゴダード伯爵夫人のロゼッタ様と、ブラッド様の奥さんのセアラ様だ。
セアラ様には何度かお会いしているけど、きつい性格で気に入らない相手や使用人に当たり散らすと噂のロゼッタ様とは初対面だ。
金色の髪をきつく結いあげているせいで目が吊り上がって見えるうえに、アイラインくっきりの化粧をしているのでいかにもこわそうな雰囲気ね。
でも黒いシンプルなドレスに真珠のアクセサリーをつけ、ショールを腕にかけている姿はおしゃれでスタイルの良さが際立つわ。
このままハリウッドに行ってベテラン女優ですって言ったら、誰もが信じてしまうわよ。
「こんな騒ぐようなことは何もありません。先代は離れた場所から言葉の一部を聞いて誤解なさっているのですよ」
「そ、そうですわ。私たちはご挨拶しただけですのよ」
「え? いつもあんなにひどいことを言っているのに?」
すかさず突っ込みを入れたお母様に、心の中で拍手した。
「クロウリー男爵夫人、いいがかりはやめていただきたい」
「私だけじゃないですよね? ロゼッタ様やセアラ様にもきつくあたっていらしたでしょ?」
「そのようなことは」
「一族の若い女性を狙って、鬱憤を晴らしていらした」
「いい加減にしてもらおうか!」
アクトン伯爵が怒鳴りながら立ち上がった。
「さっきから失礼じゃ……」
『いくら認められたとはいえ、駆け落ちした娘の家族のくせによく顔を出せるもんだ』
先程のアクトン伯爵の言葉が大音量で聞こえてきた。
『でも嫁いだらもう夫の家の人間。男爵風情が侯爵に馴れ馴れしいのはいかがなものかしら』
これはアクトン伯爵夫人の台詞ね。
「な、なな」
「あ、音が大きすぎた」
後ろのほうで何かやっているなと思ったら、ギルバートってばもっとやって。
ギルバートが魔道具に興味を持って遊びに行くので、フェネリー伯爵が喜んでいろんな魔道具をくれたのが、ここで役に立ってくれたわ。
『十歳で準男爵ですって!? 子供にあんなにいろいろ考えつくはずないじゃない』
『気持ち悪い』
魔道具の音声録音って編集できるの?
効果的な台詞ばかりが再生されていく。
「彼らをすぐにここから追い出して! もう二度と屋敷に来ないでちょうだい」
音声を聞いて大伯母様も怒りに火がついたのか、ひいお爺様が驚いて静かになるくらいの勢いで言い切った。
「侯爵夫人、落ち着いてください」
「そんな、今までの付き合いをこんなことで終わりにするんですか」
「こんなことですって!」
大伯母様の剣幕に圧されて、男性陣全員が逃げ腰になっている。
「子供に対してこんなことを言うなんて許せないわ。あなたたちは私がギルモアに来たばかりの頃、年配の女性たちの嫌味や仲間外れに悩んでいた時に慰めてくれたでしょ? あなたたちや義両親、そしてベネディクトの存在に私は助けられたのよ。それなのに嫌がらせをするほうに回るなんて、どういうことなの?」
「母上も嫌がらせを?」
驚いた声を漏らしたのはゴダード伯爵だ。
デイルよりもさらに背が高くてごつい。ほとんどゴリラよ。
でもイケメンでゴリラって意外と好きな女性がいるのよね。
「政略結婚でたったひとりで嫁いできた女なんて、一族の年長者からしたら絶好のいじめの対象よ。でも家族が私を認めて守ってくれたから誰も手出しをできなくなって、一族の中で自分の居場所を確保できたのよ。子供にはそういう姿は見せてこなかっただけよ」
なんでそこでゴダード伯爵が難しい顔になるの?
母親が若い頃は苦労したというのが意外だったとか?
そりゃあ旦那より強いギルモアの奥方と言われているけど、それは奥さんを大事にしている旦那さんが自ら進んで尻に敷かれているからよ。
それも旦那さんの愛情表現のひとつなのよ。
「その男は自分の母親は完璧な人間で、最初から一族に喜んで迎えられて悩んだことなんてないって思っていたのよ」
後ろのほうに控えていたロゼッタ様が、かつかつとヒールの音を響かせながら前に出てきた。
「この老人たちの嫌がらせはこんなもんじゃない。もっと陰湿よ。うちの使用人や子供たちに私の悪口を吹き込み、その一方で男はおだててつけあがらせる。ギルモアの若い世代の男たちが馬鹿ばかりなのは、彼らに洗脳されているせいよ」
「自分の行動を棚に上げて、私らのせいに」
「黙りなさい。誰があなたの発言を許したの。ギルモア内の会話に割り込まないで」
大伯母様の怒りはかなり強いようで、私も迫力に押されてそっと両親のそばに移動してしまった。
今日は、私はまだ何も言っていないから、隠れたり怖がったりする必要はないんだけど、ロゼッタ様も大伯母様も学校の先生みたいな雰囲気があるのよ。
「彼らのことはいろんなところから苦情が来ていて、最近特にひどいということで調査を始めていたんだ。それでこうして集まって、誰にどういうことを言われたか家族に聞いていたんだよ」
話し合いってこのためだったの?
ブラッド様とセアラ様が私たちのほうに来て、両親に小声で説明するのを聞きながらも、私は大伯母様とロゼッタ様に注目していた。
「なぜ相談してくれなかったの?」
「止められたんですよ。義母上は忙しいのだから、おまえのくだらない悩みで煩わせるな。ギルモアに嫁いできた以上、しっかり使用人をまとめ一族の者ともうまくやり役にたて。嫌がらせくらいなんだ。何も取り柄がないのだから、せめて迷惑をかけるなと言われたんです」
「ドイル! あなた、妻をないがしろにしていたの!?」
よっぽどショックだったのか大伯母様の声はほとんど悲鳴だ。
「大貴族に嫁いだ以上、そのくらいは覚悟の上だと」
「十七歳で、たったひとりで、他人の家で生活を始めるのよ。そんな簡単な話のわけがないでしょう! 私だってわからないことだらけで何度も泣いて、ベネディクトに慰められて助けられたわ。それが夫婦でしょう?」
「落ち着いてください。使用人を叩いたり物を壊したりする妻なんて、優しくする気になりませんよ」
「なぜ叩いたか知っているの?」
ひらりと扇子を揺らしながら、ロゼッタ様は笑みを浮かべた。
「あなたが手を出した侍女が、私にポットの紅茶を浴びせたからよ。ドイルは離婚して私と結婚してくれると言っていたってね。だから叩いて、愛人は他にもいるって教えて追い出したのよ」
は?
……はあ?
この男も若い女に手を出すやつだったの?
家族をないがしろにして、子供も捨てて、若い女と遊ぶなら結婚しないでよ。
政略結婚って結婚してしまえば、あとはどうでもいいってわけじゃないでしょ。
家と家の契約のようなものなんだから、娘が不幸になっているのを知って実家が問題視すれば、契約不履行で賠償問題になるし、その家の評判はがた落ちよ。
「幼い子供が近くにいるというのに、何人もの女に手を出す馬鹿な男のせいで、私は使用人と対立していたのよ。おとなしくしていたら潰されてしまうじゃない」
私のトラウマをえぐるような場面に出くわしてしまうなんて、実はギルモアは鬼門なんじゃないかしら?
つらい過去を……つらい……あれ? むかつく程度でつらくはない?
「嘘を言うな! でたらめだ!」
「証拠なら揃っているわ。あなたとは離婚するって話をするつもりで来たから、全部ここにあるわよ」
ロゼッタ様が大伯父様に大きな封筒を渡そうとしたのを遮ろうとゴダード伯爵が飛び出して、大伯父様がすかさず肘打ちをし、続けて顔を拳で殴りつけた。
「情けない。ここまでクズだったのか」
大伯父様、つよっ! 武道の達人みたい。
無駄のない動きで軽く殴ったように見えたのに、あのゴリラが吹っ飛んだわ。
「当主にはやらなくてはいけない仕事がたくさんあるから、騎士団は他の者に任せて仕事をしろと何度も言ったのに、まだ騎士団長の地位にしがみついて、お山の大将になって喜んで。しかも侍女に手を出しただと? おまえは剣さえ振っていれば領主になれるとでも思っているのか!」
「ギ、ギルモアは強さで有名な一族です。その騎士団は……」
「愚か者! ギルモアの強さは武力ではないわ!」
静かにしていたひいお爺様も愛人と聞いてブチ切れている。
「あまり大きな声を出してはお体にさわります」
「どうぞこちらへお座りください」
執事やひいお婆様が、ソファーに座らせようとしているのに、ひいお爺様は拳を握りしめて仁王立ちで動かない。
ひいお爺様や大伯父様は騎士団に所属していないけど、ふたりの強さを誰も疑ったりはしない。
物理攻撃じゃなくて、経験や知識、人脈に人柄。全てのことに秀でているふたりだからこそ、強いギルモアを作ってこられたのよ。
「侯爵、離婚するので慰謝料をたっぷりいただきたいわ。その馬鹿の代わりに領地経営をしていたのは私だもの」
「ふざけるな。ちゃんと部下を配置している!」
「やあね、部下では決定できないことがたくさんあるのよ。サインがいる書類もたくさんあるわ。あなたはゴダードの税収がどうなっているのかもわかっていないでしょ?」
「きみのサインはよく見ているから、その話が偽りでないことはわかっている。領地経営の才能があるとは意外だった」
「離婚した後にこの男が何も出来なくて慌てる姿を見たくて、そりゃあもう勉強しましたもの」
確かにつらい立場で大変だったんだろうけど、ロゼッタ様もいい性格をしているなあ。
でも私、こういう人は嫌いじゃないわ。