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見た目は幼女、中身はオバサン  5

 でも、私の前でここまではっきりと言ってしまうあたり、まだまだ経験不足の坊やって感じもするわね。

 それとも、いざとなったら男爵令嬢なんて潰してしまえるから気にしていないのかしら。

 

「確かに私は転生者です。でも、ここに来る少し前に記憶が戻ったばかりなので、まだ混乱しているんです。ゆっくり話を進めてもらってもいいですか?」

「記憶が戻ったのが今日!?」


 驚いて目をまん丸くしたローズマリー様がかわいい。

 今は人形みたいには見えないわ。

 瞳の色も幾分青い色の深みが増して、頬がほんのり赤く染まって元気な女の子って感じよ。


「それは……すまない。知らなかったもので、話を急いてしまっていた」


 へえ、ちゃんと謝ってくれるんだ。

 男爵の子供なんて、自分の命令を聞くのが当たり前って態度はとらないのね。

 お兄ちゃんとして妹を守ろうとするし、間違った時にはちゃんと謝れる。

 公爵家嫡男として蝶よ花よと育てられ……それ女の子に言う言葉か。こんなにしっかりした性格に育っているというのは、本人ももちろんご両親も素晴らしいわ。


「いえいえ。用心するのは当然ですので気になさらないでください。みなさんも転生者なんですか?」

「転生者なのはロージーだけだ」


 ジョシュア様が答えると、ローズマリー様がうんうんと何度も頷いた。可愛い。

 これはお兄ちゃんとしては、守りたくなっちゃうわね。


 そして婚約者のほうは、カップを倒さないようにそっとテーブルの奥に移動してから、お菓子を取り分けたお皿をローズマリー様の前に置いてあげている。

 ここはどういう世界線なんだろう。

 子供の年齢がバグってない?


「私から質問してもかまわないでしょうか」

「もちろんよ。なんでも聞いて」

「どうしてみなさんは私が転生者だと御存じなんですか?」

「ヒロインは転生者だからよ。最初からそういう設定でしょ?」


 ローズマリー様に当然だという口振りで言われてしまった。

 なるほど。小説の中でもヒロインは転生者だったのか。


「ねえロージー」


 今まで黙って話を聞いていたコーニリアス様が口を開いた。


「この子、自分がヒロインだって知らないんじゃないかな。もし知っていたら、僕たちの名前を聞いてこれだけ反応がないってすごいことだよ」

「え? 知らない?」


 ありがとう、コーニリアス様。

 あなたがいてくれてよかった。 


「そうなのか?」


 ジョシュア様はローズマリー様を守ることが第一で、私のことは最初から疑ってかかっていたから気付かなかったのね。

 コーニリアス様もローズマリー様は大事なんだろうけど、少し引いた目線でこの状況を見ている気がするわ。


「はい。ですから先程から話がよくわからなかったんです。たぶん小説の中の世界に転生したという話ですよね? ネットでそういう話は読んだことがあります」

「ゲームの世界よ。キャラが魅力的だし、スキルの選択の幅が広くて恋愛要素もあって人気のゲームよ。女性同士の友情関係も育てられるので男の子でも主人公の性別を女性にして、女性キャラだけのパーティーで攻略するのが流行っていたわ。女の子は恋愛ゲームの感覚で遊んでいる人が多かったの」


 ああ、それでいろんなことに説明がついたわ。

 服装がアニメキャラみたいなのも、魔法の馬のデザインをどこかで見たことがあるような気がしたのも、ゲームの世界だからだったのね。


「じゃあ知っているわけがないです」


 言い切ってからカップを手に取り、紅茶を一口いただく。

 緊張で喉がカラカラなのよ。


「仕事と家事で忙しかったので、時間がかかるゲームはしたことがありません。スマホで出来るパズルゲームを少しだけやったことがあるだけなんです」

「……家事」


 私の答えにローズマリー様は口をポカンと開けて沈黙した。


「見た目は八歳の女の子が、そういう台詞を言うのを聞くのは衝撃的だね」


 ジョシュア様は引き気味だ。


「ジョシュア様もコーニリアス様も子供らしくはないですよね? コーニリアス様はおいくつですか?」

「十歳」

「じゅ……嘘でしょう?」


 やっぱりバグっているわよ。

 本当に転生者じゃないの?


「じゃ、じゃあ、ゲームのストーリーを知らない? 私のことも?」


 さっきカップを退けてもらってよかった。

 ローズマリー様がテーブルに手をついて勢い良く立ち上がったから、前の位置に置いたままだったら倒していたわ。


「なんていうゲームですか?」

「…………わからないの」


 それじゃ知っているゲームかどうか答えようがないじゃない。


「きみは自分の前世の名前を思い出せるのかい?」

「え?」


 ジョシュア様に聞かれてはっとした。

 そういえば私の名前ってなんだった?

 住んでいた県の名前は言えるけど、街の名前が出てこない。

 うそでしょ。

 娘の名前は? 孫の名前は!?

 …………何も、思い出せなかった。


 顔は覚えている。

 誕生日やお正月に一緒に出掛けた場面も会話も思い出せる。

 でも固有名詞が出てこない。


 どうして?

 子供や孫の名前を忘れるなんておかしいわ。


「シェリル嬢、落ち着いて」


 気付いたら、ジョシュア様が立ち上がってすぐ横に来ていた。


「今日、転生したことを思い出したばかりなら衝撃も大きいだろう。ゆっくり呼吸して。顔色が悪くなってしまっているよ」


 心配してくれているんだ。

 視線を感じて顔を向けたら、ローズマリー様もコーニリアス様も、今にも駆け寄りそうな姿で私を見ていた。


 やだ。手が震えている。

 落ち着こう。落ち着かなくちゃ。

 ここが私の生きている現実だ。夢ではなくて現実。

 私はあの暑い夏の日に死んだんだ。


 前世の娘の名前を忘れたくはなかったけど、じゃあ覚えていたらどうだというの?

 もうあの子たちには会えないんだから、名前を呼ぶことも出来ない。

 それに名前を思い出せなくても、娘たちを愛した気持ちは今でも心に残っているわ。


「大丈夫です。たぶん前世に引っ張られすぎないようになっているんじゃないでしょうか。今の私はシェリルです。前世のことを覚えているほうがおかしいんです」


 甘いものを食べよう。

 こういう時は糖分が必要よ。

 泣くのは、自分の部屋でひとりになってからだ。


「家族の名前を思い出せないなんて最初は驚くわよね。でも私は何か月かで慣れたわ。今の私の人生をしっかり生きていかなくちゃいけないって思ったの。両親もお兄様も私を愛してくれているし素敵な婚約者もいるんですもの」

「そうですね。動揺してしまってすみません。もう少し確認させてください。私たちが来たのは同じ日本なんでしょうか。それと同じ時代なんでしょうか」

「ええ!?」


 その発想はなかったようでローズマリー様は驚いていたけど、思い出せる範囲で記憶を照らし合わせてみた結果、同じ日本から来たことは間違いないみたいだった。


「ゲームだと聞いて少し納得したんです。この世界の人たちの服装が、どこか二次元っぽいなって思っていたので」

「私もそれは思ったわ。ゴスロリっぽくて可愛いわよね」


 たぶんローズマリー様は中身も若いんだろうな。

 おばさんにこのファッションはちょっとなあ。

 今の私には似合っていると思うのよ。

 慣れれば大丈夫になると思うんだけど、ひらひらふわふわで恥ずかしいというか……。


「生きていた時代も同じみたいですね。私は令和六年八月の十二日に死んだんです」

「私も! 私も八月の十二日に階段から落ちたの」

「私は入院していた病院の廊下で急に倒れたんです。脳溢血か心不全か。癌だったのでそのせいだったのか。今となってはもうわかりませんね」


 命日が同じだという共通点が出てきた。

 それに同じ日本で同じ時代を生きた人だってわかって、ちょっと親近感が湧いたわ。


「ゲームの内容の話をしてもいい?」


 ローズマリー様がジョシュア様に確認すると、しばらく私をじっと見てからようやく頷いた。

 彼は慎重派ね。まだ私を信用していないみたい。


「簡単に言うと、異世界に転生したヒロインが、学園に通って勉強や魔法を学習してレベルを上げて、攻略対象者と協力して反逆者と戦うって話なの」

「反逆者……戦闘があるんですか」

「そうなのよ。訓練や戦闘でパーティーの仲間にする回数が多いほど、イベントが発生して好感度が上がっていくのよ。イベントの時に恋愛要素のない返事を続けると、友人ルートになるの」


 訓練や戦闘!?


「ノーマルは恋愛重視でハードが戦闘重視で、ヒロインはお友達もたくさんいて、女の子だけのパーティーも組めたから男の子にも人気があったのよ。キャラデザインが可愛かったしね、その場合は友情イベントがあるのよ」

「あ、あの、戦闘があるんですか? まさかこの世界には魔獣がいたり?」

「いるよ」


 コーニリアス様があっさりと言った。


「でもバルナモアにはたいした魔獣はいないんだ」


 バルナモア……あ、私の生まれたこの国の名前ね。

 

「……もしかして国の名前を知らなかった?」

「知っています。大丈夫です」


 ジョシュア様の(さげす)みのまなざしが露骨すぎる。

 そんな顔を大人相手にしては駄目よ。敵を作るわよ……なんて言いませんけどね。


「シェリル嬢は天才といわれるほど頭がいいと聞いていたんだけど、この世界の知識があまりないのかな? 家庭教師はつけていないのかい?」

「お兄様! そんな言い方をしなくても」

「ローズマリー様、大丈夫です。気になったことはひとつひとつ確認し合うほうが、私としてもありがたいんです」


 頭がお花畑のお馬鹿なヒロインで、恋愛に夢中になるようならローズマリー様の傍には置いておきたくはないんでしょう。

 ここに呼ばれた時に、就職試験の面接並みにしんどいことになる覚悟はしていたわ。


「今日、記憶を思い出したばかりだということはお話しました。その影響なのか、今の私はほとんど前世の人格になっていて、シェリルとして生きてきた記憶や知識はかなり曖昧なんです。記憶は思い出していなくても、前世の知識は知っていたので、他の子供と違うことに悩んでいたのは覚えています」

「私もそうだったわよ」


 私の説明を聞いて居心地悪そうに視線をそらしたジョシュア様とは対照的に、ローズマリー様は嬉しそうな声をあげた。


「生きてきた時間の量が違うからかしら。最初は前世の記憶に吞まれてしまって、ここがどこで自分が誰かもわからなくなったわ。特に私は記憶を取り戻したのが三歳だったから、パニックだったわよ」

「まあ」

「でも大丈夫。そのうちこの世界の記憶や知識も思い出すし、今の私と前世の私が融合して、新しい私になるから。でもゲームのキャラとはまったく違う性格になっちゃうけどね」

「ロージー、話し方」

「お兄様、今は説明が先ですわ」

「そういう話は、彼女がうちに来てからでもいいだろう」

「あ、そうですわね。隣の部屋を用意してもらって、たくさんお話しましょう」


 満面の笑みで言われて、私も笑顔で頷いた。

 私よりよっぽど、ローズマリー様のほうがヒロインに向いているわ。


「じゃあ説明に戻るわね。バルナモア王国は温暖な気候で、凶暴な魔獣の少ない平和な国だから、あまり強いコアハンターはいないのよ。あ、コアっていうのは魔力を作り出す臓器で、使う魔力の属性によって色の違う宝石のような形をしているの」

「モンスターを倒すと宝石を落とすみたいな感じでしょうか」

「そうそう。ただ、体を切り裂いて取り出さないと駄目よ」


 その辺はゲームのようにはいかないのね。

 コアハンターなんて私には無理な職業だわ。

 

「ダンジョンはないわよ」

「よかったです」

「隣のアードモア王国は強い魔獣がいるので、コアハンターもたくさんいるの。男主人公は隣国の生まれで、コアハンターで有名になるのよ」


 男主人公!?


「話すのを忘れていたわね。このゲームは最初に男の主人公を選ぶか女の主人公を選ぶかでストーリーが違うのよ。男の主人公も転生者よ」

「ロージー、ゲームの説明は、今はそこまでだ。まずはきみの話をしなくてはいけないだろう?」

「はい、お兄様」


 そうね。

 ローズマリー様が、あんなに動揺していた理由を知りたいわ。


「実はね、私とコーニリアスはラスボスチームなのよ」

「へえ……って、ええ!?」


 さらっと重要なことを言ったわね。

 ああ、ジョシュア様がずっと慎重だったのはこのせいか。

 私とローズマリー様は敵になる関係だったんだ。



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[一言] 新作お待ちしてました 風間さんの今までの自立というかしっかりとしたヒロインの中でも 輪をかけてしっかりというか枯れてる方ですなw 中身が苦労した中高年なら致し方ないのかな? 仕事に生きたそう…
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