オバサンはちょっとやりすぎがち 4
「権力や財力を狙う者たちは、必ず弱い相手に狙いを定める。精神的に弱かったり幼かったり」
ん? 幼くて弱い? 私が狙われているってこと?
でも私の場合は保護者が強すぎて狙われないんじゃない? リスクが大きいと思うの。
それとも保護者がどこまで私を守る気があるかわからなくて、狙っても平気だと考える人もいるってことかしら。
「愚かだったり」
「……ギルモアで起こったことって、そういうことなんですか?」
「直接は違う。だが子供たちに近付いて信頼させて、いずれ彼らが力を持った時に影響力を持とうとする者は多い。そういう者たちの多くは、子供に好かれるために甘やかし、彼らが喜ぶようなことばかり言うものだ」
「それで子供は、自分は特別だって思っちゃうんですね」
「そういうことだ。私の孫たちは自分本位だろう?」
「はい。正直、ふたりとはあまり会いたくありません」
なんだ。あのふたりの話ね。
くだらない情報を彼らに信じさせたり、自分の都合のいいように操ろうとする人間がいるって話でしょ?
デイルの相手を見下したような話し方は無意識だとしたらかなりまずいし、エディは一見好青年だけど、いつもデイルの機嫌に振り回されていたのだとしたら、心の底に溜め込んでいる物があるのかもしれない。
この世界では成人して扱われる年齢で、自分の能力を証明しなくてはギルモア内での今後の立場が悪くなる時期なのに、あのままではまずいわよね。
「そうだろうな。デイルは自分の何が悪いかわかっていなかった。思ったことをそのまま口にしても、そのことで文句を言える立場の人間があいつの周りにはいなかったんだ」
「過去形なんですね」
大伯父様はちらっと私の顔を見て微笑んだ。
「今年の冬は雪の量が多くて、何か所も街道が通行不能になったのを知っているかい?」
「はい」
ギルモアの領地の北部はかなり雪深い地域なので、毎年、被害が出ないように秋から準備をしているってひいお爺様が話していたわ。
「屋根の上の雪を落とす仕事や、街道に積もった雪をどかす作業をその地域の人間だけでやるのは無理がある。それで毎年騎士団が派遣されるんだ」
「まあ、騎士団が来てくれるのなら安心ですね」
「今年はデイルが指揮を執り作業をしていたんだが……村人や、北方の貴族のいる前で、平民の家の雪下ろしをなぜ俺たちがやらないといけないんだ。これは騎士の仕事ではない。自分たちでやればいいだろうにと、言ってしまったんだ」
わちゃあ。いずれはそういうへまをすると思っていたわよ。
でも、貴族はそういう考えの人って多いのではない?
騎士たちだって、平民あがりの人は文句を言わなくても、貴族の家の出の騎士は嫌がる仕事でしょう?
指揮官が人前でそんなことを言うなんて言語道断だけどね。
「もっと賢く立ち回れないのかしら」
「ほお? なんてことを言うんだと怒るかと思ったんだが」
「えー、雪の中ですよ。極寒の中で何時間も力仕事をするんですよね? その間は何日もその地域に家族と離れて宿泊して、ずっと雪と格闘するんでしょう? 愚痴くらいは言いたくなりますよ」
何が面白かったのか、大伯父様は声をあげて笑い出した。
「だが、騎士道に反するとは思わないか?」
「私は騎士ではないので、騎士道はよくわかりません。村人は貴族が、しかもギルモア直系のデイルがそういう話をしても文句は言えないですよね? 貴族たちが騒いだんですか?」
「騒ぐ前にドイルがデイルを叱りつけて、指揮官から外した」
ドイルっていうのはゴダード伯爵よね?
つまりデイルの父親よ。
わざと似た名前にしたのかしら。わかりにくいわ。
「いい機会ではあったんだ。デイルはあのままではいずれもっと大きな問題を起こす。それで騎士団を除隊させ、王国騎士団の試験を受けさせた。一兵卒からやり直しだ」
「あら?」
「うん?」
「デイル様って結婚したばかりじゃなかったですか?」
「そうだ」
「新婚で雪かきのために奥さんと離れ離れ!? それは愚痴を言いますよ」
「わっはっは! そうだな! 北部の者達もドイルの話を聞いて、それはしかたない。むしろそれで騎士団を除隊させるのは厳しいのではと言っていたそうだ。その後はドイルの采配で作業がスムーズに進行し、むしろドイルの評判があがった」
へえ。ゴダード伯爵はうまく立ち回る人なのね。
デイルにとってもギルモアの外の世界を知るいい機会になるだろうけど、それ以上にゴダード伯爵にとってプラスの展開だったんでしょ?
「ドイルの嫁が気に入らない人間は怒鳴りつけるせいで、評判が悪くてな。それでも直系の嫁では逆らえずに不満を持っている者が多かったんだ。厳しくしなければデイルの評判はかなり悪くなっていただろう」
日頃の行いって大切よね。
親しい仲なら笑い話になる話でも、嫌っている相手だと確執になることがある。
「それにデイルの嫁さんが、かなりしっかりした御令嬢でな」
お? 大伯父様の表情が明るくなった。
これはお嫁さんを気に入っている感じね。
「試験を受けなくてはいけなくなってふてくされていたデイルに活を入れて、広い世界を知るのも大事だから応援すると言ってくれたそうなんだ。結婚してすぐに夫がへまをして家から追い出されたのに、文句を言わずについて行くというのは……」
「家からも追い出したんですか!?」
「いや、親父の屋敷に引っ越しさせた。あそこなら誰もデイルに近付くことが出来ないからな」
「ゴダード伯爵夫人も?」
「当然だ」
デイルを再教育するために親にも会わせないで、ひいお爺様とひいお婆様と一緒に生活するって……どうなんだろう。
私はゴダード伯爵夫人が子供とどう接してきたか知らないけど、少なくとも暴力をふるったり、無理矢理命令に従わせていたわけじゃないでしょう?
そんなことをしていたら、デイルのような俺様な性格にはならないわよね?
だったら、隔離する必要はないんじゃないかしら。
それより、誰が彼らに余計な話をしているのか突き止めるほうが先じゃないの?
それとも子供と同居させられないほど、夫婦仲が悪いとか?
「デイルのほうは新しい騎士団での生活が意外に楽しいようで、しばらく親には頼らずに自分を鍛え直すと言っているんだ。最初はデイルの態度が原因で殴り合いになったこともあったようだが、あいつは自分が遠慮なく話す分、言われても気にしない。相手が平民でも騎士仲間であればかまわないようで、今では友人が増えたそうだ」
「まあ、それはよかったですね」
そういえば私がきつい言い方で反論しても、怒ったりはしなかったわ。
子供に生意気なことを言われても、話は聞いていたのよね。
「特別扱いしない者達といるのは、意外と呼吸がしやすかったようだ。自分が今までどれだけ周りにプレッシャーをかけられて、どれだけ大人たちが自分に嘘を言ってきたのかわかったのだろう。もちろん、今までだってそんな者たちだけだったわけではないんだが、子供は甘やかしてくれる相手が好きだからな」
「確か次男の方は近衛騎士団に入団なさったんですよね? 兵舎で暮らしていて帰って来ないと聞きました」
「それも母親が原因なんだ。家を継ぐ気もないし、ひとりで気楽に生活すると言って出て行った。母親が実家に帰ったと聞いて、今後はたまに帰るかもしれないと言っていたよ」
ゴダード夫人は、子供が出て行ってしまうほどの何をしたんだろう。
母親だった記憶のある私としては、息子ふたりにそんなふうに言われる辛さを考えたら気の毒になってしまうわ。
「これ以上問題を起こしたら離婚するとドイルも話したようだし、あの女もこれでおとなしくなるだろう」
「……」
ここで余計なことを言うと、私の立ち場が悪くなるかもしれない。
大伯父様は私のことを心配してくださっているから、こういう話をしているんだってわかっている。
でも、ゴダード夫人も高位貴族の御令嬢でしょう?
家族にも嫌われるほど性格の悪い娘を、ギルモア侯爵家に嫁がせたりする?
それにクリスタルは、ゴダード夫人は優秀な女性だって言っていたわよね?
優秀な女性が、自分の立場が悪くなるようなことをするのかしら。
「シェリル? どうした?」
「ゴダード伯爵夫人はなんというお名前ですか?」
「名前? ロゼッタだ」
「名前をご存知だったんですね。大伯父様はずっとだれだれの嫁、だれだれの母親という言い方をして、一度も女性の名前を言わなかったのに気付いていますか?」
「それは……そうだったか?」
「はい。デイルの奥さんのことを気に入っていらっしゃるみたいなのに、その方のことも名前ではお呼びになりませんでした。私はギルモアに大好きな方がたくさんいます。大伯父様のことも大好きです。でも嫁には行きたくないなと思ってしまいました」
「名前を呼ばなかったくらいでか!?」
「帰って大伯母様に話してみてください。大伯母様も気にしないのであれば、ギルモアはそういう考え方の一族なんでしょう」
前世でもそうだった。
○○ちゃんのおかあさんって、あまり付き合いのないママ友とは子供主体の呼び方を互いにしていたわ。
誰かの妻で誰かの母親。
専業主婦をしている間、子供がいるのに私が友人と出かけるのを夫は許してはくれなかったから、友人と呼べる人達との付き合いは自然消滅してしまった。
でも、子供を育てている間はそんなことは気にならないのよ。
愛する我が子の母親であることが誇りだったし、学校関係の人達とは名字で呼び合うよりわかりやすいしね。
でも無事に子供が就職し、家に帰る時間が遅くなり、一緒に食事をしない日が増えてきてからようやく、子供たちが結婚して独立したら、私の周りには友人と呼べる人がいないことに気付いた。
職場に行けば同僚はいるけれど、休みの日に一緒に出掛ける相手がいなかったの。
ママ友も子育ての相談に乗ってもらったり、ちょっとお茶して愚痴を言い合ったり、頼りになる存在だった……けど、子供たちの進学先が変わると距離が出来ちゃうのよね。
私の付き合い方もいけなかったんだと思う。
被害者意識が強くて、夫を恨んで、生活に必死で……誰かに頼ろうという考えさえなかった。
古い友人たちに連絡する勇気もなくて、意固地になっていた。
ゴダード伯爵夫人は? 私と同じようになってしまっていない?
「今はきみにわかりやすく話すためにそうしただけだ。普段はきちんと名を呼んでいる」
「大伯父様を責めているんじゃないんです。ただゴダード伯爵夫人と大伯父様の間には、ずいぶんと距離があるように感じたんです。彼女はどうして孤立するような行動しかとれなかったんだろう、どうして気に入らない相手を怒鳴りつけたりしたのかなと思って」
「権力と金は人を変えるものだ」
「では嫁ぐ前はそういう女性ではなかったんですね」
「当然だ。そうだったら息子の嫁に選んだりはしない」
こんな話になった理由がわからないようで、大伯父様は困惑気味だ。
それでも子供のくせにって言わないで、ちゃんと会話してくれるのよね。
ゴダード伯爵夫人ともこうして話をしたんじゃないのかしら。
ちゃんと話せば相談に乗ってくれて、味方になってくれそうなのに。
「ひいお婆様も大伯母様も素敵な方ですよね。素敵なだけじゃなくて聡明で懐が広くて」
「そうだ。素晴らしい女性たちだ」
「これは私の想像なんですけど、きっとゴダード伯爵夫人は嫁いできてすぐに、うるさい親戚共に比較されたでしょうね。あの方たちはこのくらいは完璧に出来た。それに比べてあなたは駄目だって」
どこの家でもそういうのはあるし、ギルモアでは嫁姑問題はなかったって話は聞いたけど、ロゼッタ様の言い分は聞いていないのよ。
立つ位置によって見えてくる世界は違うでしょ?
「あくまでこれは私の想像の話ですけど、たったひとりで他人の家に嫁いできて、旦那は仕事で留守が多いうえに家のことには興味がない。息子たちは剣の修行に夢中で、母親と一緒にいても楽しくなくてうざがる。使用人も自分より大伯母様の命令を聞いて、若い嫁を軽く見る。強くならなくては、侍女を怒鳴りつけるくらいのことをしなくては駄目だった……とか?」
「……」
「そこで怒鳴りつけちゃ駄目なんですよね。賢く立ち回らないと、社交界でも権力を盾に強い態度に出てばかりいたら嫌われます。嫁いだ先でうまく人間関係を構築していくのは、たいていの女性が経験しなくてはいけない試練ですから」
「きみは本当に十歳かい?」
たぶんもう大人びているという範疇を超えているわよね。
「何歳に見えますか?」
だから誤魔化す言葉は言わないで、胸を張って笑顔で答えた。
「十歳だ。……どこからそういう話を仕入れてくるんだ?」
「周りの人が話しているのを聞いているんです。子供だからわからないと思って、いろいろ話す人がいるんですよ」
これは本当。
おかげでいろんな情報が手に入ったわよ。
「だがそうか。きみにとっては、ギルモアは嫁ぎたくない一族か」
「はい。まず男が多すぎます」
「それは仕方ないだろう。男ばかり生まれてしまうんだから。私だって娘がほしかった」
「大伯父様は私みたいな子供の言葉も、こんなに真剣に聞いてくださるんですね。生意気だって怒られるような話でしたのに」
「いや、考えさせられる話だった。不思議だな」
「はい?」
「きみと話していると、経験豊富な年上のご夫人と茶会で会話している気分になる」
「いくらなんでもひどくないですか?」
大伯父様っていくつよ?
二十歳の孫がいる人よりはさすがに前世の私はずっと若いでしょ。
……あれ? 若いわよね?




