オバサンはちょっとやりすぎがち 3
ううう……、国王陛下がこちらを見ている。
今回ばかりは、本当にまずいかもしれない。
「アレクシア、この世界にはグラフはないって教えてよ」
「あると思っていたのよ。王弟殿下やレイフがとっくに使っていると思っていたわ」
そうよね。
今まで使っていなかった彼らが悪いわよね。
なんて、現実逃避をしている場合じゃないわ。
ワディンガム公爵は露骨に不機嫌そうで、王弟殿下はレイフ様と真剣に言葉を交わしている。
他の貴族たちは存在に今気づいたとでもいうかのように、私を注視していた。
でもだったら、キリンガム公爵はなんでそんなに満足そうなの?
打ち合わせで魔道具の話をした時も折れ線グラフを見せた時も、驚いた様子はなかったし、これでいいんじゃないかって平然と言っていたのよ。
ああ……公爵をやっている人が、しかも財務大臣が、驚いた顔なんてするわけがなかったのかもしれない。
私の仕事がやりやすいように気を使ってくれていたので、親しくなった気になって油断していたけど、この国を動かしている人なんだということを忘れてはいけなかった。
「シェリル・クロウリー男爵令嬢だったな」
うへ。国王陛下に名前を呼ばれてしまった。
おおお、落ち着け私。おたおたするな。
立ち上がってお辞儀よ。カーテシーよ。いえ、跪くべき?
「その魔道具は誰が作った物だ?」
優しい表情と声だけど、もう私は油断しないわよ。
ここは礼儀正しく床を見つめたまま、怖がっている子供に徹するのよ。
実際怖くて、膝が震えているしね!
「フェネリー伯爵に以前、欲しいものはないかと聞かれた時におねだりして作っていただきました」
「ああ、フェネリーはきみの祖父の兄だったか」
ちゃんと把握している。
当然よね。ヒロインの行動はしっかりチェックしているし、王弟殿下が報告しているんだもの。
ああああ……、こんなヒロインでごめんなさい。
「ではその魔道具はきみの物なのか」
「はい。普段はクロウリー商会で使っています」
「ほお。ということは、この折れ線グラフだったか? これも商会で使用しているのか?」
お? おおお?
この話の流れは、もしかして私を助けてくれている?
「はい。お客様や取引相手に説明をする際に使用しています」
「きみが作った?」
「商会の人達のいろんな意見を聞きながら、わかりやすくするにはどう見せればいいかを考えて作りました」
ここで私は作っていないって言ったら、キリンガム公爵が嘘つきになってしまう。
じゃあ作った人を連れて来いって言われるのは、もっとまずいわ。
「鉛筆はきみが発明した物ではないんだったね」
「はい。うちの領地の職人たちが廃材や木炭を活用して、普段から使用していた物を見つけて売ることにしたんです」
「きみが見つけたのか」
「……はい」
「目の付け所がいいのだな。それに行動力がある。そろばんはきみが考えたもので間違いないな?」
「…………はい」
うわー、怖くて顔をあげられない。
ワディンガム公爵は特に、私が陛下に直接お言葉をもらっているだけでもむかついているだろうに、褒められているのを見てどう思っているんだろう。
「それで特許を取らず、国に任せることにしたのか」
「それはカルキュール商会で決めたことです。特許を取らないのは最初から決めていましたが、誰かが特許を取得して儲けてしまっては、職人たちに申し訳ありません。それで国で管理していただくことにしました」
「うん。よく考えているね。クロウリー男爵はそろばんの特許料も取らず、伝票や折れ線グラフなどのアイデアも惜しみなく使用してくれるのだな」
国王陛下、ありがとうございます。
そうなんです。父は国が豊かにならなくては、商会も領地も潤わないと考えているので出し惜しみしないんです。
「顔をあげたまえ」
「う……はい」
席が離れていてよかった。
あまりよく顔が見えないから、視線が合っているのがなんとなくはわかるけど、それほどあがらないで済んでいる。
「年はいくつだったかな」
「十歳です」
「そうか。確か成人したら王宮採用試験を受けると聞いている」
「はい」
「これだけ功績をあげれば必要ない。早く正式採用したほうが国のためになる。レオン、そうは思わないか?」
どよめきが起こった。
採用試験なしで正式採用って、そうあることじゃないのよね?
これだけの人数の前で話すということは、正式決定よね?
嬉しい。
けど、同じくらいにやばい感じがして心臓がバクバクしている。
「ですが、学園には通わなくてはなりません」
一瞬、王弟殿下に睨まれた。
怒っているというよりは、やりやがったなって顔だと思うわ。
やってしまいましたよ。
反省してます。
「彼女なら一年で卒業できるだろう」
「へ?」
今なんか、とんでもない言葉を聞いた気がするんですが。
「今後も彼女が早く王宮で正式に働けるように手助けして、最短で合格できるように鍛えるんだ」
「……仰せのままに」
学園は十二歳で入学して三年間は全員が同じ学び舎で学び、その後は騎士科、魔道士科、一般科、教養科に分かれて、最長で十八歳まで通う場所よ。
貴族は子供の頃から家庭に教師を招いて学ぶのが一般的なので、試験を受けて飛び級をして、三年ほどで卒業するのが普通なのに……一年で卒業ですって!?
ジョシュア様が一年で卒業するために、どれだけ忙しくしていたか知っている私としては、まさか自分までそんな話になるなんて思ってもいなかったわ。
これも自分が蒔いた種なのよね。
やりすぎは駄目、絶対。
でもこの世界の人たちが何に反応するか、いまだによくわからないんだもの!
その後いったん会議は休憩になり、私はグレアム伯爵が魔道具を片付け終わり次第、会議場を後にして帰宅することになった。
他の部署の報告は私の仕事とは無関係だし、まだ子供の体ではこのあと何時間も緊張しながらじっと座っているのは負担になるだろうからと、王弟殿下とキリンガム公爵が打ち合わせて決めてくれたのよ。
よかった。
このままここにいて、注目を浴び続けるのはきつい。
「これで王宮中にきみの存在が正式に認知されたね」
ぼんやりとグレアム伯爵の動きを見ていた私に、キリンガム公爵がわざわざ隣に近付いてきて言った。
「国王陛下がはっきりと、採用試験などしなくても王宮に正式採用するとおっしゃってくださった。これできみを取り込もうとする貴族たちは動きにくくなっただろう」
「取り込む?」
「縁組が山ほどきているだろう? クロウリー男爵はいろんな方面から圧力をかけられているのではないかい?」
それで私がやりすぎるのを止めなかったの?
「ギルモアも今回のことは承知している」
「え?」
話しながらキリンガム公爵が私の背後に視線を向けたので振り返ると、大伯父様がこちらに歩いてきていた。
引退したひいお爺様からギルモア侯爵の爵位を継承して、今は大伯父様がギルモア侯爵よ。
今回のような重要な会議には主だった貴族は全員出席しなくてはいけないので、大伯父様がいらしているのは知っていたけど、やらかしてしまったと少し焦っていたんだけど、承知していたってどういうこと?
「素晴らしい発表だった。これで来年度からの予算削減もうまくいくだろう」
「無駄にしている金を減らすだけだ。今後は部署別に無駄金の一番多いところも公にしていくつもりだ」
それは必要ね。
必要だけど、そこにどうして大伯父様が絡んでくるんだろう。
「シェリル、休憩時間だから少し話をしよう」
「はい」
大伯父様の様子はいつもと変わらない……けど、表情に出さない人ばかりなんだということは肝に銘じておかなくては。
私の知らないところで、キリンガム公爵と大伯父様で話し合っていたってことだもんね。
それに文句をいう気はないのよ。
十歳の子供に何もかも話す大人なんていないだろうし、私を守るために、前もって手を打ってくれているんだろうと思う。
だけど中身は子供ではないから、なんというかもやもやしてしまう。
話してくれたからといって、何か出来るとは限らないのにね。
政治の駆け引きも、貴族同士の権力争いも、私には出来そうにないもの。
そのまま帰宅するので関係者に挨拶をしてから私は会場を出て、大伯父様と一緒に中庭に出た。
もちろん大伯父様のほうは側近や従者が、私のほうはアレクシアが一緒よ。
「きみはギルモアで起こっていることを、どのくらい知っているんだ?」
「起こっていること?」
何か起こっているの?
そしてそれは、私に関係あるの?
「クロウリー男爵はきみに何も話さないのだな」
「話の内容によると思います。直接関わりのあること以外は……特に最近はお互い忙しくて会えない日もありますし」
「いや、クロウリー男爵を責めているのではないのだ。彼にとってはきみはまだまだ可愛い子供で、大人たちの権力争いの話などは聞かせたくはないのだろう。だがそうも言ってはいられない」
大伯父様が足を止めてベンチに腰を下ろしたので、私も隣に少し弾みをつけて腰を下ろした。
座面が高いから、そうしないといい感じに座れないのよ。
「背が伸びても、まだ大人の椅子は少し高すぎるんだな」
「大伯父様と私の身長差を考えてください」
会議が休憩になったので、庭に出ている人はけっこう多かった。
青空の下で緑に囲まれるのは、いい気分転換になるんでしょう。
何人かで集まって話をしながら、こちらをチラチラ見ている人も何人もいる。
ギルモアの当主と、ついさっき注目を浴びたばかりの子供が仲良く並んで座っているんだから、そりゃ当然よね。
でも私たちに近付けないように、側近や従者がこちらに背を向けて並んでいるから、話しかけたくても話せない状況なのよ。
私たちふたりだけでこんなにスペースを使っていいの?
ベンチの前の道が通れないから、みなさん遠回りしているわよ。
「誰かがきみに何を言ってきても、きみは気にしなくていい。すぐに私に知らせるんだ」
「それはどういう……」
「父から私への代替わりは問題なく行われた。誰も私が侯爵になったことに文句を言ったりはしない」
そりゃそうでしょう。
大伯父様以外の誰が継ぐって言うのよ。
「だが、私に言えない代わりに他の者が標的になってしまう。代替わりという大きな変化のある今なら、自分も美味しい思いが出来るのではないかと息子やその家族に群がるやつらがいるんだ」
それもそうでしょうね。
「きみのところにもくるやつがいるだろう」
「なんでですか?」
「きみはギルモア侯爵夫婦のお気に入りだからだ。前ギルモア侯爵夫妻も気に入っているからだ。そして今日、特別な子供として注目を浴びたからだよ」
確実に墓穴を掘っているんじゃないかーーい!
「でしたら、折れ線グラフは使っては駄目だと教えてくださればよかったじゃないですか」
「何を言う。あれがあったから国王陛下のお言葉をいただけたんだぞ」
「あ……国王陛下まで私の保護者に加える気で……」
「話が早くていいな。だがこのような場所でそういうことは口にしてはいけない」
「うあっはい」
慌てて両手で口を押えた。
どこで誰が聞いているかわからないもんね。
「それに、少しは出し惜しみするものだ。他にも何かあるのなら、何年か空けて出したほうがいい。子供の頃にばかり新しい物を出していると、大人になったらただの人になったと言われるだろう」
ただの人でいいんだけど、そういうことで嫌味を言ってくる人ってどこにでもいるから、確かに大伯父の言うとおりね。
ホッチキスの完成が遅れたのはラッキーだったわ。三年計画に変更しよう。




