オバサンはマスコットじゃないわよ 6
「結婚しないで働く? 周りからいろいろ言われるんじゃないか?」
「王宮で働いている人の中にはずっと独身の人もいるのは知っていたけど、相手が見つからなかったんだって聞いたよ」
デイルが驚くのはわかるんだけど、エディもそんなふうに考えているの?
ゲームの影響を受けていて女性も爵位がもらえる世界だから、独身でバリバリ働く人もそれなりにいると思っていたのに、こんなに女性の社会進出が遅れているなんてショックだわ。
でも負けないけど。
私は二度と男に頼った生き方はしないの。
「シェリル、こんな話を真面目に聞く必要なんてないわよ。彼らは商会がどういうところか覗いてみたかっただけよ。ここに来るための理由を作りたくて婚約話なんてでっちあげたのよ」
彼らに苛立ったアレクシアが、すくっと立ちあがった。
「ちが……」
「それに、あなたたちにそんなことを言う大人がおかしいわよ。ギルモアのイメージがどんどん悪くなってきたわ。身内だけの価値観にどっぷり浸かって、世間の変化についていけてないんじゃない?」
アレクシアの意見はもっともなんだけどね、こわいよ? デイルがたじたじになっているよ?
少し前までは言いたいことも言えない子だったのに、最近は吹っ切れたのかどんどん強くなっているなあ。
私を守るためだとしたら、嬉しいような申し訳ないような……。
「アレクシア、私は大丈夫だから落ち着いて。あのね、私とエディは七歳も年が違うのよ。相手に困っているわけでもないのに、どうしてそんな年上の人と婚約する必要があるの?」
「え」
デイルを睨んでいたアレクシアが呆れた顔で振り返り、男ふたりは気まずげに視線をそらした。
あれ? この反応は何?
「この子は頭がいいとはいえ九歳なの。恋愛は全くわかっていないのよ。なにも、あなたたちがそういう対象にならないって言っているんじゃないのよ。でもほら、年齢は気になるじゃない?」
「そうか。子供だったな」
違うわよ、アレクシア。この子たちは対象にならないわよ。
中身も子供の彼らと付き合うなんて、私からしたら犯罪よ。
彼らにしたって、七歳も年下の子供を相手に結婚話なんて出ても困るでしょ?
「これはどういう状況ですか?」
不意にすぐ近くから声がした。
「みんなで少女を脅している図? それとも少女がみんなを跪かせている図?」
しゃがみ込んでいるデイルたちの背後に、いつの間にかレイフ様が立っていた。
こうやって見ると、やっぱりレイフ様って老けてるわ。
彼らと同じ年齢なんて思えない。
うさんくさい二十代の腹黒お兄さんって感じよ。
「レイフ? あ、もう集合時間を過ぎてるわ」
「首が痛いから、背が高い人は座ってもらったの」
私とアレクシアの声が被ってしまった。
「なるほど。おや、エディじゃないですか。ひさしぶりですね」
「ああ、ひさしぶり……ですね?」
「なぜ疑問形?」
「子爵になったと聞いていたので、学園にいた時とは立場が違うかなと思って」
「そんな細かいことは気にしませんよ。今度、ひさしぶりに学園時代の友人を誘って会いましょう。でも今日は友人たちが待っているので、シェリルとアレクシアを連れて行かせてもらいますね」
エディが立ち上がり、デイルの腕を掴んで横に退こうとして振り払われてよろめいた。
「こいつは誰だ」
「レイフ・イーガン子爵。王弟殿下の上級補佐官だよ」
「爵位持ち? ……失礼しました」
いちおう礼儀正しく挨拶をしたが、デイルはその場を動かず目を細めてレイフと私を見比べた。
「シェリル、なんでこの人と一緒に出掛けるんだ? 王弟殿下から命じられているのか?」
なんなの、この子は。
エディ、止めなさいよ。
なんであなたまで不満気な顔をしているのよ。
「なんであなたにそんなことを聞かれるのかわからないわ」
そう言えばいつの間にか敬語じゃなくなっていたわ。
子供相手に敬語を使う必要はないわね。
「なんでって心配しているんだろう。彼と出かけるのを親は承知しているのか?」
「心配してくれるのはありがたいけど、私たち、まだ二回しか会っていないしそれほど親しくないでしょ? 私の交友関係に口出ししないで」
傷ついた顔をしないでほしい。
親戚だとしても私の交友関係や行動に口出しされたくないし、あなたたちとはこれからも親しくする気はないの。
婚約なんて単語をまだ九歳で聞くことになるなんて、冗談じゃないわ。
「めずらしくきつい言い方をしますね」
「みなさんを待たせてしまっているでしょう」
思わずレイフ様も苦笑い。
私ね、デイルみたいな自分を中心に世界が回っている系男子って駄目なのよ。
別れた旦那に、結婚中にさんざんこういう態度を取られたの。
「そもそも約束もないのに押し掛けてきたあなたたちがいけないんでしょ? シェリルは私が守るから大丈夫。じゃあね。シェリル、手を繋いでいきましょう」
「うん」
外に行く時は必ずアレクシアと手を繋いで、傍を離れないように行動しなくてはいけないって両親に言われているの。
平民もいる商業区域は通りによって治安が変化するから、間違って裏通りにはいったら危険なんですって。
でもうちの商会と王弟殿下の怪しい宝飾店はすぐ近くなのにね。
「待て。まだ話は……」
さっと私たちとデイルの間に、屈強な男性が三人も立ち塞がった。
街を歩く人々と同じような目立たない服装をしていても、只者じゃないなと雰囲気でわかる。
「待てよ!」
まだ騒いでいるデイルは無視して、私たちはさっさと歩き出した。
「彼らはレイフ様の部下?」
「店の場所を知られたら、彼が押し掛けてきそうなので」
「……ありそう」
今日の私は相手が苦手なタイプなのもあって、結構きつい言い方をしたはずよ。
それで怒って、おまえなんて知るか! ってなると思ったのにしつこいなあ。
「デイルって十七歳だったわよね。婚約者はいるの?」
「いますよ。伯爵令嬢です」
「うわー、気の毒」
「シェリルはデイルが嫌い?」
アレクシアに聞かれて首を横に振った。
「デイルが嫌いなんじゃなくて、ああいう男が嫌い。結婚したらきっとうるさいわよー。自分の思い通りに動かそうとしてくるタイプよ」
「確かにね。でも政略結婚だからしかたないんじゃない?」
政略結婚かあ。
親に決められた結婚って、自分がする立場になったら最悪よ。
すっごく嫌いなタイプの不潔な男だったら耐えられないわ。
「それは確かにそうね。でも上流階級では政略結婚は普通よ。それか、お見合い形式で結婚するわね。シェリルのところにもいっぱいきていたじゃない? ああいう中から条件にあった人を選ぶのよ」
「恋愛結婚は?」
「あるわよ。私だって恋愛したいし」
おお、アレクシアは恋愛する気があったのね。
「まさか、夜遊びの相手は男の子?」
「夜遊びしているんですか?」
「ちが……」
アレクシアはレイフに驚かれて慌てて否定しようとして、私の視線に気づいて言葉を飲んだ。
ちょっと赤くなって、困っている様子が可愛い。
「やっぱり遊んでいないんじゃない。だからちゃんと休日には休んで、交友関係を広げなさいよ」
「シェリルやローズマリーと交友しているでしょ」
「僕もいますよ」
「そうよ、レイフもいるでしょ」
「ふたりは遊びに行く仲なの!?」
「ふたりだけで出かけたことなんてないわよ」
きっぱり否定したわね。
「いったいなんの話ですか」
レイフ様もわからないのに話に自然に混じらないで。
あの宝飾店は、王弟殿下がお忍びで街を歩くときの拠点にしたり、転生者の仲間とコンタクトを取る時に使っている場所だった。
ちゃんと宝飾店として営業しているんだけど完全予約制で、たいていはお客の屋敷に出向いて販売をしているんですって。
今日は一階奥の広い応接室を使っていて、すでに王弟殿下とローズマリー様、そして初めて会う人が待っていた。
この人も転生者なのよね?
アッシュブロンドの髪に目がいくのは、顔に特徴がないからかもしれない。
よく見ると整った顔をしているのに、印象に残らない顔なのよ。
「本当に迎えに行っていたのね」
ローズマリー様が呆れて言うのも頷けるわ。
遅刻って言ってもほんの五分くらいよ。
あのタイミングでレイフ様が商会に来るということは、待ち合わせ時間通りに出発していても途中で会っていたはずだもの。
前回の変態親父事件をまだ気にしてくれちゃっているのかもしれないわ。
「行ってよかったですよ。ギルモアの子供たちに絡まれていました」
王弟殿下に報告している内容からして、どうやらレイフ様は最初のほうから話を聞いていたみたいだ。
アレクシアがストーカーみたいだと文句を言っている。
「ベネディクトがいる間はギルモアの地位は揺るがないが、その先はいろいろ出てきそうだな」
デイルやエディより、彼らを操ろうとする周りの大人たちをどうにかしないと、ギルモアは面倒なことになるんじゃない?
「ゴダード伯爵夫人が要注意ですよ」
初対面の男性が答えた。
この人は誰か聞きたいのだけど、聞いていいのかなと迷っていたら、彼はくるっと私のほうを見て急に人懐っこい笑みを浮かべた。
その途端、印象に残らないと思っていた顔が、表情豊かな魅力的な顔に激変した。
「やーっと会えたね。俺はヴァージル・クリスタル。王弟殿下の執事でありながら裏では情報屋という厨二病全開の仕事をしている男だよ。ちなみに年は王弟殿下よりひとつ下」
「わか」
「いやいや九歳に若いと言われてもね」
「執事をしている時は、あの目立たない顔をしているんですか?」
「敬語!? いちおう貴族の末席には加わっているけど、ほとんど平民の俺に敬語はいらないでしょう」
「でも年上の方なので」
「やめてー。敬語はやめてー。あくまで執事ですから」
お調子者のようでいて、しっかり私を観察している感じがする。
転生者はみんな、癖が強い人ばかりね。
「最初に会った時に情報組織を作り上げた男がいると話したのを覚えているか?」
すでにテーブルにはお茶と軽食が用意されていて、王弟殿下は優雅にカップを手にしている。
「覚えています。向こうの世界で存在が消された人のうちのひとりですよね」
「そいつの下で情報屋の仕事もしているんだ」
「その人の養子になったんで、俺もいちおう貴族なの」
「養子!? その人はいくつなんですか?」
「うーん。たぶん三十一か二」
えええ!? 転生者の中でひとりだけそんなに年上なの?
それでゲームに関係する国の情報を集められるように組織を作ったんでしょ? ひとりで。
すごい人がいるもんね。
その人こそがヒーローになるべきじゃない?
「ただの変態親父だよ?」
息子に変態と言われる情報屋か。
本当に濃い人ばっかりね。
「あの、ヴァージル様」
「ちっちっ」
ヴァージル様は人差し指を立てて横に振った。
「クリスタルって呼んで。こっちのほうが格好いいでしょ」
ああ……本当に厨二病なのね。
でもさすが王族の執事。
私とアレクシアが椅子に腰を下ろすとすぐ、慣れた様子でお茶や取り皿の用意をしてくれる動きが、無駄がなくてスマートなのよ。
今はどこにでもいる貴族の子息という服装だけど、黒い執事の服を着た姿が目に浮かぶようよ。
「で? ゴダード夫人がどうしたって?」
王弟殿下の問いにクリスタルはチェシャ猫のような笑みを浮かべた。
「政略結婚で旦那とは不仲で、性格がきついそうでギルモアでも浮いている存在のようですよ」
ちょっと待ってよ。
デイルが私の話し方が、母親に似ているって言っていなかった?
あの男、失礼しちゃうわ。




