オバサンはマスコットじゃないわよ 5
「よろしければこちらにどうぞ」
ずるずるとお尻をずらしソファーにスペースを開けて勧めたら、フェネリー伯爵は嬉しそうに座ってくれた。
「お飲み物をお持ちしましょうか」
アレクシアってば、すっかり侍女の仕事が板についてきたわ。
本人は楽しいみたいだけど、本当にそれでいいのかしら。
今も行ったり来たりで忙しそうで、私も手伝いたくなってしまう。
「ありがとう。それにシェリルに何か食べ物も」
「はい。あら、みなさまがいらっしゃったようです」
「うん?」
アレクシアの視線の先には、母と手を繋いだセリーナと彼らの少し前を歩くギルバートがいた。
「お姉さま」
三人揃って私たちのいる席を目指していたようで、途中からセリーナが嬉しそうに手を振ってきた。
「ご一緒してもよろしいかしら」
「あ、僕は……」
「エディ様ですよね。僕はギルバートです。隣いいですか?」
立ち上がろうとしたエディ様に平気で話しかけるって、ギルバートってすごいわね。
商人に囲まれていると押しが強くなるのかしら。
「え? あ、もちろんいいけど」
「私はこちらに」
母はひとり掛けの椅子に腰を下ろし、セリーナは私とフェネリー伯爵の間に腰を下ろした。
セリーナも積極的ね。そういえば人見知りしない子だったわ。
フェネリー伯爵が嬉しそうなのでいいんだけど、遠くの席からギルモアのひいお爺様がじっと見ているわよ。
そちらは、揉め事が大きくならないようにデイルの話を聞いてあげてください。
ひいお爺様も大伯父様も傑出した人物で、王族にも一目置かれている有名人だもの。
子供や孫たちは大きすぎるふたりの背中を見ながら、周囲に比べられて生きてきたんだと思うわ。
それもまた貴族の宿命なんだろうけど、求められるものが大きいのはきついものよ。
「あの、突然で厚かましいのですけど、子供たちが魔法に興味を持っていまして」
お母様が遠慮がちに話し始めた。
「シェリルはアレクシアに教わっていますが、彼女は護衛の仕事もしてもらっているので子供たちまでは手が回らなくて」
「ふむ」
「誰かいい魔法の先生を紹介していただけないでしょうか。以前、変な男を紹介されたせいで、シェリルが悲しい思いをしたことがあったので慎重に選びたいんです」
あったわね、そんなこと。
毎日が濃いから、まだ一年経っていない出来事だって思えないわ。
「なるほど。確かに基礎を誰に習うかは重要だ。よし、息子に教えさせよう」
「え?」
「私も時間が合う時には教えよう。うちまでくるか? それとも我々がそちらに行こうか?」
「う、伺います。御足労いただくなんてそんな」
「だが、子供たちの安全を考えると我々が行くほうがいいだろう? おい、テリーを呼んで来てくれ」
従者のひとりが急いでテリー様の元へ行き、話を聞いたテリー様はうきうきした様子で私たちの元にやってきた。
「おお、子供たちが魔法を。いいですね。僕が男爵家に通いますよ。商会の仕事にも興味があったので、そちらにも顔を出してみたいです」
フェネリー伯爵家は、見た目とは違って性格は捌けているし、行動力があるのよね。
テリー様は特に新しいことに触れるのが好きなようで、新しい親戚が出来て、彼らが新しい物を作り出して売っているということに興味津々なの。
魔法より魔道具制作を生き甲斐としているから、いろんな知識を吸収したいのかもしれないわ。
「あの」
フェネリーとクロウリーの中に紛れ込んでしまって小さくなっていたエディ様が、不意に口を開いた。
「僕にも魔法を教えてはもらえませんか」
おお、若人が一歩を踏み出そうとしているわ。
これは応援しなくては。
「いいよ」
応援するまでもなく、拍子抜けするほどあっさりとテリー様が答えた。
「じゃあ、僕がクロウリー男爵家に行く時に、きみも合流できるなら教えてあげるよ」
「はい。よろしくお願いします」
「でも大丈夫かい? 魔法を習うなんてギルモアでは嫌な顔をされるんじゃないのかい?」
「あ……それは」
「ええ!? 大貴族であるギルモア侯爵家の方たちが、そんな細かいことで怒るわけがないじゃないですか。若人の才能を潰すような人たちだなんて、そんなことありませんよ」
どうせ近くにいる人たちは話を聞いていたんでしょう?
だから、出来るだけ純真に見えるように演技しながら大きな声で言った。
「剣も魔法も知略も一流の人たちが揃っている最強の貴族がギルモア侯爵家なんです。それに、もしかしたらエディ様、すっごく強くなっちゃうかも」
そこで気まずそうに顔を背けている人は、魔法や商売を馬鹿にしている人たちってことじゃないわよね?
しょうがないなあ。人数が多くなるとどこにでも頭の硬いうるさい人達がいるんだから。
「うん、そうだね」
またやりすぎたかもしれない。
フェネリー伯爵とテリー様は笑いを堪えているし、母とギルバートは額を手で押さえているから。
でもさ、犯罪や他人に迷惑をかけるようなことをするわけじゃないのに、頭ごなしに反対するのってどうなのよ。
「シェリル、よかったらきみもどうだい?」
「はい?」
「そこのお嬢さんは確かに才能があるようだが、彼女もきみもまだ学べることがあるようだ。時間が合う時だけでも、ふたりも参加しないか?」
あまり魔法は強くしたくはないんだけど、家族を守るためにも防御魔法はたくさん覚えたいところね。
学べる機会は大切にしなくちゃ。
「お願いします」
アレクシアも、もっと魔法を勉強したいって前から言っていたのよ。
フェネリー伯爵家はマガリッジ子爵家よりも魔道士と言えばって聞かれた時に名のあがる家だし、地位も上だし、アレクシアが彼らから学ぶと聞いたら複雑な心境だろう。
妹への嫌がらせで長男が地方に飛ばされて、すっかり評判が落ちて、最近は王宮に顔を出せなくなっているみたいだしね。
そのうちアレクシアに泣きついてくるんじゃないかしら。
「私は、勉強も嬉しいんですけど、お願いしたいことが実はありまして」
「私にお願い? ほお? なんだい?」
嬉しそうね。
とっても期待されている気がする。
「作ってほしい魔道具があるんです」
「おお!」
テリー様の瞳が輝いた。
「場所を変えて詳しく聞かせてもらおうか」
今回のは、そろばんのような誰もが便利に使うものじゃないから大丈夫なはず。
そしてきっと王宮では活躍すると思うわ。
パーティーから三週間、国中が年末年始の賑わいを終えて町が落ち着きを取り戻した頃、王弟殿下に呼ばれて例の宝石商に行くことになったので、アレクシアと一緒に商会を出たところで、ギルモア侯爵家の馬車が門の前に停まっているのに気付いた。
降りてきたのはデイルとエディだ。
パーティーのあの騒ぎの後、どういうことになったのか私は全く知らないけど、馬車から笑いながら降りてくる様子をみると、デイルとエディは和解した……と思っていいのかしら。
「よお、出かけるのか?」
親しげに挨拶するデイルに、私は礼儀正しく頭を下げた。
「え? いや、親戚なんだし、そんな」
「こんにちは、シェリル。アレクシアも」
「こんにちはエディ」
「おい、俺と態度が違うじゃないか」
「当たり前だろ」
文句を言うデイルにエディが詰め寄った。
「あんな失礼な態度を取ったんだ。まずは謝罪が先だよ。そういえばあの時、アレクシアさんの身分を気にしていたみたいだけど、あれはなんだったんだ?」
お、意外と強気に行くのね。
それでもデイルが文句を言わないってことは、このふたりは本当に仲良しだったのね。
「そりゃあシェリルは男爵家の人間といっても、ギルモアの親戚で王宮にまで顔を出しているやつなんだから、それ相応の身分の侍女をつけるべきだろう? この女」
「「「はあ!?」」」
思わず私とアレクシアとエディの声がハモった。
「え?」
「無意識に失礼な言い方をするのは気をつけろって言っているだろう? 男同士、仲間で話している時と女性と話している時とでは違うだろう。それ相応の身分を気にするのなら、おまえもそれ相応の態度をしろよ」
「アレクシアは子爵令嬢で、魔道省で働いていたこともある魔道士なの。警護もしてくれている大事なお友達なのよ。失礼なことを言わないでちょうだい」
アレクシアを気にしていたから、てっきりかわいくて興味を持ったのかと考えていたなんて、私の頭の中にもお花畑が残っていたのね。
それにしたって自分は全く貴族らしさを気にしないくせに、そういうところだけ硬い考え方なのはアンバランスじゃない?
「そ、そうか。それは失礼した。彼女の身のこなしが令嬢たちとは違うので気になったんだ。そうか。警護もしているのなら納得だ」
「魔法で警護をお願いしているのに、身のこなし?」
意外な言葉に驚く私に、アレクシアは胸を張って得意げに笑った。
「いざという時に役立つために、魔法以外も訓練するのは当然よ」
「ちょっと待った。侍女の仕事もマスターして、私の仕事にも同行して、今度は魔法の勉強もするのよね。いつ休みを取っているのよ」
「魔法の勉強は趣味だから」
「駄目よ! またそうやって仕事ばかりしようとする。それは病気か何か?」
おしゃれだって好きなくせに、最近は母の店で勧められるものを買うばかりで出かけていない。
たまには友達と一緒に……。
「もしかして、アレクシアって友達いないの?」
「いるわよ!」
「だって出かけないから」
「子供がお家に帰った後の時間に出かけているの。私はもう成人したのを忘れてない?」
ああ、そうだった。
十一月が誕生日のアレクシアは、もう成人しているんだわ。
なんてこと。夜遊びしていたのね。
うらやましい。
「おい、ちょっといいか。また変なことを言ってくるやつがいたから確認したかったんだ」
「よくありません。これから約束があるの。次からは前もって連絡してよ」
すっかり親しくなったと思われているみたいだけど、まったくそんなことはないからね。
私は忙しいので、子供たちの相手まではしたくないのよ。
「親戚なのに……」
「まあ、ギルモア侯爵家はいつも約束もなしに親戚が押し掛けてくるんですか」
「いや、それは……」
「ごめんね、シェリル。次からは気を付けるよ」
大伯父様の孫だから、ふたりとも好き勝手しても許されてきたんでしょう。
そのくせ仲違いさせようと嘘を吹き込むやつだけはいるなんて、ギルモア侯爵家もいろいろ問題はあるみたいね。
「わかった。次からは気を付ける。だからひとつだけ確認させてくれ」
「デイル、だからそれは誤解だって」
「そうだろうけど、いちおう本人に聞きたい。ひい爺様にも情報はすべて自分で確認しろと言われただろ」
どうでもいいけど店の前で四人で立ち話をすると、営業妨害にならない?
少し脇によけて壁際に集まって、私は壁を背にして話を聞くことにした。
「おまえ……きみとエディの婚約話があるというのは本当か?」
「は?」
あまりに意外な質問に、素っ頓狂な声を返してしまった。
「あ、いいや。今のでわかった。そんな話はないんだな」
「勝手に納得しないで説明して。それに背が高いから首が痛いの。しゃがんで」
「うるさいガキだな」
なんでエディとアレクシアまでしゃがんでいるの。
コンビニ前のヤンキーみたいになっているじゃない。
「だから、エディときみが婚約してギルモア侯爵家を継ぐ気だって言いだすやつがいてさ」
「そんな奴はすぐに一族から追放しなさい。何も事情を知らないくせに憶測で適当なことを子供に吹き込むなんて、質が悪いわ」
「……おまえ、母上みたいな話し方をするな」
あ、いけない。
最近、気が緩みすぎているわね。
「王宮で働くようになって、周りが大人の人達ばかりでしょ? 大人っぽい話し方をしなくちゃいけないのよ」
「そんなことも考えなくちゃいけないのか。大変だな」
この子、素直ね。
だから周りの大人たちの話を真に受けてしまっていたのね。
「ギルモア侯爵家もフェネリー伯爵家も、私たち兄弟の結婚や仕事には協力はしても一切口を出さないという誓約をしているの。祖父母の結婚を許さなかったばかりに、その後何年も後悔したので、同じ失敗を繰り返さないように考えているのよ」
「でもおまえだって婚約はするだろう。エディは相手としては悪くないだろ」
「婚約も結婚もしません」
「はあ? 女は成人するまでに婚約して、十八くらいで結婚するんだぞ」
「あなた、実は八十過ぎのおじいさん?」
しゃがんでいるおかげで顔が近いので、顎をあげてデイルの顔を冷ややかに見降ろした。
「こうするべきだなんて勝手な思い込みで私の人生に口出ししないで。私は王宮で働き始めたばかりなの。ここで婚約なんてしたら、どうせ結婚までの暇つぶしのつもりなんだって誤解されるわ。私はね、結婚しないで働きたいのよ」
九歳の子供の台詞ではないけど、どうやらデイルもエディもそんなことより、結婚する気がないと言い切る女の子がいることのほうが驚きのようだった。