オバサンはマスコットじゃないわよ 4
王宮に必要な数のそろばんの納品が終わり、王宮に通うことにもすっかり慣れた十二月の寒い日に、一族の集まりに出席するために家族と一緒にギルモア侯爵邸に向かった。
今回はクロウリー男爵一家を正式に親族に紹介するための集まりでもあるので、うちが主役のようなものなのよ。
ギルモア侯爵の屋敷は、太い柱が特徴的な飾り気のない要塞のような建物なの。
住む人の好みが反映されるのだから当たり前かもしれないけど、あの大男たちが住むのにふさわしい屋敷だわ。
でも、門から屋敷までの間に巨大な噴水があって、夜は魔道灯でライトアップしているんですって。これは誰の趣味なのかしら。
ギルモア侯爵家の男性陣は誰もが大きいってわけではないのよ?
カルキュールの共同経営をしてくれている大伯父様の次男であるブラッド様は、眼鏡をかけた細身の男性だしね。
でも、男は強くあるべきだって考える人が多い一族なので、肩身が狭いんだよって苦笑いしていたのがちょっと気になるのよ。
というのもフェネリー伯爵家の人たちは、長身細身の麗しいと表現するほうがいい系統の容姿をしている人ばかりなの。
母の容姿は瞳の色以外、こちらの遺伝子を多く受け継いでいるってひと目でわかるわ。
もしかして祖母が祖父との結婚を反対されたのって身分差だけじゃなくて、騎士なのに細身で優しい雰囲気の祖父が気に入らなかったというのもあるのかもしれない。
フェネリー伯爵家は魔力の強さで有名な由緒正しい家系なので、ギルモア侯爵家とは対極をなしている家だしね。
両家とも騎士として活躍した人を多く輩出しているから、ライバル意識はあるんじゃないかしら。
それでも祖父母の件で反省したひいお爺様や弟や妹を不憫に思った大伯父様、そしてフェネリー伯爵のおかげで、今はこうして仲良くやれているし、私たちも一度に大勢の親戚を持つことが出来た。
今回参加しているのは親しい親戚だけなのに、けっこうな人数なのよ?
広いホールが、大勢の人で埋まっているの。
力のある高位貴族の一族って、やっぱり規模が違うわ。
大伯父様に連れられて、家族全員で主だった人達に挨拶をして回った。
途中で疲れてしまったセリーナを大伯父様が抱っこして、まるで自分の孫のようにして挨拶するものだから、ギルモア側ではクロウリー男爵家に何か言える人なんていないし、フェネリー側は多少不満そうでもここは大伯父様の顔を立てて、穏便にパーティーは進んでいった。
ギルモア侯爵側からすると、私たちがマリーゴールドの瞳をしているのが非常に大きな意味を持つのよ。
珍しいこの瞳の色はギルモア侯爵家の証みたいなもので、しかも希少な女の子でしょ?
周りを見回しても子供の女性率が圧倒的に少なくて、はとこが二十人いる中で女子が三人だけよ。
そこに私とセリーナが現れたら、そりゃあ喜ばれるわ。
フェネリー伯爵家からすると、全属性の魔力を持つ私がフェネリーの血を受け継いでいるということが誇らしいそうで、もろ手を挙げての大歓迎状態。
ギルバートもセリーナも二属性の魔力を使えるので、ギルモアよりフェネリーの血を多く受け継いだ子供たちだと思っているみたい。
「平和ね」
「いいじゃない。このままおとなしくしていてよ」
アレクシアと並んで隅にあるソファーセットを占領して、ジュースを飲みながら周りの様子をぼんやりと眺めた。
親戚が集まる機会はそう多くはないそうで、みんな親しい人との会話を楽しんでいる。
私はいろんな噂が流れているせいか、それとも両家の当主に気に入られているせいか、様子見の人が多くてこちらを気にしているのに話しかけてこない。
何もしないのにね?
「あの、話をしてもいいかな」
おお、勇気を出して声をかけてきてくれた第一ギルモアは、薄茶色の髪を肩のあたりまで伸ばした優しげな青年だわ。
「もちろんです、エディ様」
先程、あいさつ回りをした時にブラッド様に息子だと紹介された子ね。
親子でよく似ていて、微笑ましい印象だったわ。
「座ってくださいな。アレクシア、エディ様にも飲み物を」
「かしこまりました」
「ありがとう」
お礼を言って向かいの席に座って、ちょっと居心地悪そうにしている。
子供と何を話していいか迷っているのかしら。
でもそれなら話しかけてはこないわよね。
「あの……父上は商会ではどう? 最近楽しそうなんだ」
ああ、ブラッド様が心配だったのね。
父親想いのいい子じゃない。
「大活躍ですよ。王宮関係のお仕事を一手に引き受けてくださるので、とてもありがたいんです」
「そうなんだ。あ、僕に敬語は必要ないよ。父上はクロウリー男爵に雇われている身なんだし」
「ええ!? 違いますよ」
びっくりして思わず大きな声を出してしまって、慌てて声を潜めた。
「うちとギルモア侯爵家とフェネリー伯爵家が、それぞれ出資して共同経営しているんですから上下はありません。むしろ父は商会の仕事のほうが忙しくて、ブラッド様頼りの状況なんですよ。王宮とのやり取りはブラッド様がしてくださっているんですから」
「そうなの? なんだ。きみに聞いてよかった。適当なことを言う人間が多くて嫌になるよ」
男爵家に雇われているとか言って、馬鹿にする人がいたのかしら。
ギルモア侯爵家も大きな一族だから、いろいろなしがらみがあるんでしょうね。
その辺には巻き込まれないようにしないと、昼ドラ展開は第三者として見ているだけならよくても、当事者になったら大変よ。
「きみは九歳だっけ? しっかりしているんだね」
「エディ様はおいくつですか?」
「十六だよ」
マジで?
「もしかしてレイフ・イーガン子爵をご存じではありませんか?」
「もちろん知っているよ。学園で同じ教室で勉強したからね。そうか。きみは王弟殿下のところで働いているんだから、彼とは顔を合わせる機会が多いんだね」
「はい」
レイフ様……擦れ過ぎ。
この思春期特有の青春真っただ中の雰囲気こそが、少年と青年の狭間の男の子の魅力でしょう?
これを通り越して、胡散臭い大人の顔になってしまうなんてもったいない。
まあ……王弟殿下に比べればましなんですけど。
「僕も王宮の試験を受けて働こうかなって思っているんだ」
「商会より王宮がいいんですか?」
「うん。父上はあとを継げないから爵位がないだろ? 王宮で正規採用されたら準男爵になれるからね」
たしか大伯父様は年が明けたらギルモア侯爵当主になって、その次は大伯父様の長男が継ぐんじゃないかって言われているのよね。
ギルモア侯爵家には離れた場所にも領地を持っているので、長男はすでにそこを受け継いでゴダード伯爵を名乗っているわ。
ギルモアらしい大きくて豪快で強い男性だって話よ。
「あれ? でもじゃあなんで今まで試験を受けなかったんですか? 学園を卒業するか成人すれば試験を受けられますよね?」
「あー、うん」
エディ様は頭をかきながら視線を泳がせて、言いづらそうに口篭もった。
これは答えにくいことを聞いちゃたかな。
「個人的なことに踏み込んでごめんなさい。話を変えましょうか」
「ああ、そんな気を遣わなくて平気だよ。僕はね、騎士になりたかったんだ。でも細くて力が足りなくて。魔法は少し使えるから、それを活用すればそこそこ戦えるんだけど、ギルモアではそれは騎士らしくない戦い方だって言われるんだよ」
なんてくだらない。
「なんだ。ここにいたのか」
不意にソファーの背もたれに手を置かれた。
「エディと話していても面白くないだろ。そいつと仲良くしても何の得にもならないぞ」
この子は確か、ゴダード伯爵の息子だったわね。
デイルって名前だったはず。
さっき挨拶した時には、こんな態度じゃなかったと思うんだけどどうしたのかしら。
「損得で親戚づきあいを考えているんですか? それよりお座りになったらいかがです?」
「……おまえと一緒にいた侍女は平民か? それとも貴族か?」
背が高くて体格もいい男が、ちょこんと座っている九歳の女の子を見下ろしながら、威圧感たっぷりに低い声で話しかけてくるのって、けっこうこわいわよ。
これが本当の子供だったら、泣いて逃げるところよ。
だけど内容が女の子の話ってところが、思春期の男子ね。
「なぜそんなことを知りたいんですか?」
「ちょっと侯爵に気に入られているからってその態度はなんだ。俺は直系の嫡男なんだぞ」
嫌だ嫌だ。こういう悪ガキが一番たちが悪いわ。
「はい、知っていますけど、あなたには関係のない話なので」
「はあ?」
頬に手を当てて首を傾げたら、彼は身を屈めて顔を近づけてきた。
「どうせおまえたちは叔父上にあとを継がせたくて、エディとつるんでいるんだろう?」
は? なんの話?
「デイル、子供に対してその態度はないだろ。やめろよ」
「おまえは黙ってろ。役立たずのくせに俺に指図するな」
「何をしている」
うわ、もう大伯父様が来た。
はやっ。まだ話し始めたばかりよ。
「シェリルに脅すようなことを言ったんじゃないだろうな」
「そんなことはありませんよ。なあ?」
大伯父様に見えないように私を睨みつけてきたので、にっこり笑顔で答えてあげた。
「脅されました」
「はあ!? 何を言って」
「私の侍女は平民かどうかと確認されましたし、何か勘違いされているようでした」
「きさま」
私に向かってこようとしたデイルを、大伯父様が首根っこを捕まえて止めた。
「デイル、クロウリー男爵家の人たちに失礼なことをしたら、ただでは置かないと何度も伝えたはずだぞ」
「しかしこの子が」
「大伯父様、私の話を聞いてください」
私を庇ってくれるのは嬉しいんだけど、このまま叱りつけるよりも子供の言い分も聞いたほうがいいんじゃない?
勘違いはそのままにしちゃ駄目よ。
「あの、ギルモアで相続争いでもあるんですか?」
ふたりとも背が高いのでしかたない。
ソファーの座面に膝立ちになって、めいっぱい背筋を伸ばして、ついでにエディに手招きして呼んで、傍に来たのを確認してから小さな声で言った。
「……いや。知らんな。私が侯爵になるのに反対している者がいるのか?」
大伯父様の質問に、デイルもエディも慌てて首を横に振っている。
「違います。その後ですよ。えーっと長男のゴダード伯爵とブラッド様の話です」
「そうなのか?」
大伯父様も知らなかったようで、意外そうな顔をデイルに向けた。
こうしていると、デイルって性格が悪そうには見えないのよ。
身体が大きいから大人びているけど、顔はまだあどけなさが残っている。
確かまだ十八よね。
「ありません。ただ、母が……叔父上のほうが跡継ぎにふさわしいって言っています。平和な時代に剣の強さだけでは領主にはなれない。だから俺にも剣より勉強に力を入れろって」
あー、なんか見えてきたわ。
「それが強さに重きを置く頭の固い人達からしたら不満で、デイル様に嘘を吹き込んだのでは?」
「嘘?」
「嘘だよ。父上は伯父上こそ領主にふさわしいって言っているよ。だから自分は商会で勉強させてもらって、経済面で伯父上が領主になった時に手伝いたいって、いつも言っているんだ」
「え……どういうことだ?」
毒気が抜かれたようにきょとんとしていたデイルは、ちゃんと頭を回転させていたようで、徐々に険しい顔になりながら歯ぎしりしていた。
「あいつら、俺に嘘ばかり言っていたのか」
「そのあいつらは誰なのか報告してもらおうか。向こうにいくぞ」
「……はい」
先程までの態度の悪さが嘘のように、デイルはしゅんと俯いて大伯父様に連れられてひいお爺様のいる席に連れて行かれた。
大伯父様ならむやみに怒ったりはしないでしょう。
「どこにもそういう人がいるのね。仲違いさせて何をしようとしているのやら」
一回立ち上がってから座り直して、アレクシアが持って来てくれたお茶に手を伸ばした。
「デイル様が、あなたが平民か貴族か気にしていたわよ」
「デイルって誰ですか?」
うん。まったく相手にしていないっていうことはよくわかったわ。
「ごめんね。嫌な思いをさせちゃって。デイルは普段はあんな奴じゃないんだよ」
「なんとなくそんな気はしていたから大丈夫よ」
ここで庇うということは、デイルとエディは普段は仲良しなのかしら。
それなのにあそこまでデイルの態度を変えさせたんだから、よっぽど執拗に嫌な話を聞かされたんじゃない?
もしかして、ブラッド様が共同経営を始めて、王宮で名を知られるようになってきたのが原因のひとつかもしれないわね。
「騒ぎは収まったのかな?」
すぐ近くから声が聞こえて、はっとして顔を向けた。
「フェネリーの大伯父様」
はい。私の最後の大伯父様登場。
空気を読んで、声をかけるタイミングを待ってくれていたのかも。
第一印象は冷ややかで近寄りがたい雰囲気だったんだけど、話し始めると温和で優しい人なの。
それにまだ五十代初めなのよ。
お爺様のお兄様だから大伯父様だけど、ギルモアにも大伯父様がいるからわかりにくいわね。




