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オバサンはマスコットじゃないわよ  3

「だから我々の参考になることがあれば、ぜひ聞かせてくれ」


 この国の人達はすごいと思う。

 どんなに天才だと言われようが、子供の意見をこんなに真剣に聞こうとする人が国の中心にいるのよ。


 王弟殿下が贔屓にしている子供だからというのもあるでしょう。

 ギルモア侯爵家という強力な一族の一員だということもあるでしょう。

 そしてそろばんが目の前にあるおかげでもあるんだけど、財務大臣で公爵家当主としての立場もあるじゃない。

 私の知っているもうひとりの公爵は、絶対無視すると思うもん。

 

「計算の早さを確認するために、私は何度か伝票を目にする機会がありました。その時に計算間違いがあったので、伝票を確認させてもらったんです。これが王宮で使用されている伝票ですよね」


 王宮で働く人たちが使用する伝票や書類にはいくつも種類がある。

 一般の人が使用するのは、交通費や出張費、雑費の申請書類よね。

 それと取引相手との伝票が大量に発生する。


「こちらがうちの商会で使用している伝票と書類です。一部消している部分は外部に出せない情報ですのでご理解ください。違いはここの小さな項目の欄です。今は王宮のみなさんはこちらの伝票のように、南庭園用ブロック、100個、○○省管轄と全ての情報を手書きで記入しています。この人の字は読みにくいですね」


 本当の伝票の写しをテーブルの上に置いてみせた。


「こういう伝票を事務官の方々が、部門や用途などに仕分けして書類を作成しているんですよね。これ、全部読むのは面倒じゃないですか」


 うんうんとキリンガム公爵の周りの人たちが頷いているので話しやすい。

 ちゃんと書いてくれない人がいるから、いちいち読んで仕分けするのは大変なのよ。


「だからうちの商会ではこれを使用しています」


 アレクシアが大きな紙をテーブルに広げた。


「水道光熱費は七百一、旅費交通費七百三、馬車維持費は百四十五。全て数字に置き換えているんです。数字はいいですよ? 覚えやすいし書きやすい。一般の人が使用するのは交通費と接待費? 他にもいくつかあるでしょうけど十種類くらいですよね? すぐに覚えられます。その分記入する文字量が少なくなりますし、伝票を分類する時には、どこに書いてあるか探さなくてもこの欄だけ確認すればいいんです。そして書類や伝票の整理も数字の順番通りにすれば、誰でもすぐに必要な書類が見つけられます」


 パソコンでは数字で項目を分類するのは、たぶんどのアプリでも同じよね?

 ソートするためのものだろうけど、それをアナログの伝票にも使えるんじゃないかしら。

 少なくとも、うちの商会では分類がしやすくなったと喜ばれているわよ。


「これは外に出していい情報なのか?」

「はい。それで王宮の仕事が少しでも効率化できるのであれば、参考にしてくださいとクロウリー男爵が快く提出してくれました」

「ほお」


 項目ってとんでもなくいろんな種類があるから、数字をどうやって当てはめるか考えるのは大変なのよ。

 ところどころ消されている数字の一覧表と項目は、商会のみんなで検討を重ねて、つい最近完成させたものなの。

 本当はこの情報だって高く売れるんだけどね。

 私がお世話になるから、王宮に恩を売っておくのは悪くないって考えて無償で使わせてくれたのよ。


「そろばんといい……これは……」

「はあ。陛下と検討しなくてはいけないな」


 キリンガム公爵と王弟殿下の顔つきが険しくなってる?

 もしかして余計な話をしたかしら。


「これはあの、こんなやり方もあるという提案なので、気にしないでいただいて」


 紙を引っ込めようとしたら、いろんな方向から手が伸びてきて動かせないようにされてしまった。


「参考にする」

「ありがとうございます。助かります」

「参考になりすぎて困っているだけだ」


 なんだ。怒っているんじゃないのね。

 そうよね、ひいお爺様が御機嫌だものね。


「あの、それでひとつ質問がありまして」

「もう何でも聞いてくれ。伝票の話か? 分類についてか? 特許はこちらで全て申請を済ませるぞ?」


 キリンガム公爵がずんずん身を乗り出してくるので、顔がどんどん近くなってしまった。


「中庭や建物の改築の伝票や書類に、どうして一般業務と同じ物を使っているんでしょう」

「……は?」

「それは、これが王宮で決まっている……財務大臣?」


 テーブルに手をついたまま壁を見て固まっていたキリンガム公爵は、急に額に手を当てて呻いた。


「なんでそんなことすら考えなかったんだ。王宮の業務はこの形で行うものだという固定観念にとらわれすぎていた」


 年配の方の発言力が大きくて、若い人は気が付いてもなかなか言い出せない空気があるせいだと思うわよ。

 身分制度の弊害ってやつね。

 あと王宮は年寄りが多すぎる。

 隣にいるひいお爺様も、ようやく来年初めに引退するって宣言したばかりなんだから。

 健康でいてくれるのはいいことだけど、若い人が加わって柔軟な思考やアイデアを取り入れるのって大切よ。


「書き慣れている形式をあまり変えるのもどうかと思いますので、罫線の色を変えるなり、大きく何かマークを入れるといいかもしれませんね。ともかくひと目で違いがわかるというのが重要です。そうすれば一般の予算と混ざってしまうことは減るのではないですか?」


 改装に携わっている部門で、予算が半年でなくなりそうだと大騒ぎになって、実は改装分の経費も部門の経費に混じっていたからだったという前例があるのよ。

 改装関連は全て別の予算を組んでいるんだから、一緒にしては駄目でしょう。


「さっそくそうしよう。なんてことだ。そんなことを言われないと気付けないなんて」

「キリンガム公爵はお忙しすぎるのではありませんか? きっと優秀な事務官の方の中には気付いていた方もいらしたと思いますよ? 提案書が出されていないか確認したほうがいいかもしれません」

「……そうだな。いや、面目ない」

「とんでもありません。外部の人間だから気付けることもあるんです。私は新しいお仕事が始められて嬉しくて、いろいろと気になっちゃっていましたし」


 自分のそろばんをいそいそと片付け、椅子に座り直す。

 注目している人たちのまなざしには、いろんな感情が混ざっていそう。

 たぶんやりすぎたわよね。


「私からは以上です。お話を聞いてくださってありがとうございます」

「いや、実に参考になった。今後もいろいろと意見を聞かせてくれ」

「はい。月末には計算のお手伝いもさせていただきます」

「それは助かる」

「大活躍だの」


 ひいお爺様が御機嫌な様子で話しながら立ち上がった。


「キリンガム公爵なら大丈夫だとは思っておりましたがの、中には怖がる者、妬む者もおるじゃろう。今後もこの娘を気にかけてやってくだされ。自分が子供だという自覚があまりないようじゃ」

「え?」


 まさかバレてる!?

 それはないわよね。転生者なんて発想するほうがおかしいもの。

 王弟殿下の反応を確認したいけど、ここで慌てて振り返っては駄目だ。

 内心どきどきだけど、何を言われているかわからない振りをした。


「王弟殿下もワディンガム公爵家の息子も規格外なんじゃぞ。おまえもじゃ。爪はここぞという時まで研いでしまっておくほうが良い場合もある。それか規格外の先輩を盾としてうまく使うか」

「俺はいちおう王族なんだが」

「だからこそですわい。こんなに頼もしい盾は他にはありませんぞ。それではわしはこれで失礼しますかの」


 楽しげに笑いながら部屋を出て行くひいお爺様の背中を見つつ、冷や汗が背中を流れていた。

 身内が多いと油断しちゃうわ。

 でも、せっかくこういう場を与えてもらったのだから、成果をあげなくちゃって思うじゃない。


「私の前では大丈夫なので、今後もよろしく頼む」


 キリンガム公爵はにっこり笑顔で言い、なんなら家にも遊びに来いとお誘いまでしてくださってから、自分の部署に帰っていった。


「アレクシア、冷たいお茶と糖分がほしいわ」


 いちおう緊張はしていたらしい。

 どっと疲れたわ。


「俺もだ。甘い物はいいから冷たい茶がほしい。胃が痛くなりそうだ」


 自分の仕事部屋に戻ると、王弟殿下はだらしなくソファーに寝そべった。


「おまえは、高位貴族をどんどん保護者に引き込むな。新しいブランドまで作って仲間を増やして何を始めるつもりだ」

「……商売?」

「王宮で働くと言っていただろう」

「あ、やっぱりダブルワークは駄目なんですね」

「駄目なわけあるか。王宮で働いている高位貴族は領地経営も事業もしている。仕事に支障がなければいいんだ」


 なんだ。じゃあカルキュールにも参加しよう!


「ギルモア侯爵邸での顔見せは年末だったな。また仲間が増えるのか」

「その前にフェネリー伯爵家の人たちにも会いますよ。一部の方は私の誕生日会にも招待するんです」

「ああ、あと十五日で九歳だな」

「殿下は歳があけたら成人ですね」

「まあな」


 私の誕生日は九月末なのよ。

 王弟殿下は一月。

 しばらくは五歳差ね。

 うーん、六歳と聞くとずいぶん歳の差がある気がするのに、五歳だとそれほど年齢差がないようにも感じるわ。不思議。


 それからしばらくは平穏な日々が続いた。

 週に二回は王宮に通い、そろばんを手に忙しい部署にお手伝いに行く。

 グレアム伯爵とアレクシアとの三人組は目立つので、すっかり有名になってしまった。


 ヒロインだから人に好かれやすいというのは本当のようで、子供がうろうろしていても嫌な顔をする人は皆無で、むしろ名物扱いになってきている。

 あるいはアイドル扱いかもしれない。

 わざわざ私が来る時間に合わせて出勤してくる人もいるんだそうだ。


「今日はシェリル嬢を見かけたぞ」

「おお、運がいいな」


 私をなんだと思っているんだろう。

 仕事が早く終わって残業しなくてよくなるというのが幸運なら、多少は役に立つけどね。


 九歳になって年末が近づいて、ギルモア侯爵邸でパーティーが行われる日がやってきた。

 今回はごく近しい身内の人達だけを招待したので、それほど大きなパーティーではない。

 でもフェネリー伯爵家の人たちも招待されているし、クロウリー男爵家は祖父母も含めて全員が出席する。


「アレクシア、ギルバートとセリーナから目を離さないでね」

「いいえ、あのふたりにはそれぞれ侍女と護衛が付くから大丈夫。一番問題を起こしそうなのはあなたよ」


 問題なんて起こさないわよ。

 平和が一番だわ。






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