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オバサンはマスコットじゃないわよ  1

 王弟殿下の執務室は、建物の三階の奥まった位置にある。

 王宮で働いていても、ここに足を踏み入れられる人はほんの一握りの場所よ。

 そこに八歳で足を踏み入れてしまった私ってば大丈夫なのかしら。


 幅の広い廊下は濃灰色の床に腰壁が濃茶色の木製で、その上の壁は薄い灰色という暗くて地味な色合いよ。これは王弟殿下の好みで選ばれたのかしら。

王族の使用する空間とは思えないほど飾り気がまったくないわ。


 執務室というと部屋の名前のようだけど、実際は王弟殿下の直属の部下たちの職場も含めたエリア全てをさしているの。

 だから身分証のチェックを受けて扉を開けてもらってもその先も廊下が続いていて、両側にいくつも部屋が並んでいるのよ。


 そこをグレアム伯爵に案内されて、私とアレクシアが並んで歩いていくんだから、そりゃ目立つわよね。

 制服を着た人たちに混じって浮きまくっているわ。


「あ、おはよう」

「おはようございます」


 最初に私に声をかけてくれたのはマクレイ第一級事務官よ。

 そろばん推進仲間だと私が勝手に思っている人だから笑顔で挨拶を返すと、次から次へと声をかけられた。

 職場で歓迎されなかったらどうしようって少しだけ心配だったから、安心するとともに一気にやる気が出てきた。


「本日からこちらで働くことになりました。よろしくお願いします」

「いやあ、礼儀正しいなあ」

「朝から癒される」


 うーん、同僚とは思っていない雰囲気ね。

 でもまあそれはしょうがないわ。八歳の子供がこの場にいるのが異常なのよ。


「おはようございます」


 いろんな部屋の前を通り、一番奥の大きな扉を開ける。

 ここが王弟殿下の仕事部屋だ。


 扉の先には衝立があってその両側に騎士が控えているので、ここで用件を言って王弟殿下の許可が出ないと中にははいれない。

 前回は打ち合わせ用の部屋を使用したので、ここに来るのは初めてよ。


 衝立の向こうは天井の高い「ザ男の書斎巨大版」というのが一番わかりやすい説明の部屋があった。

 黒と茶色と濃青が使用されていて、床はウッドのヘリンボーン貼りで、窓以外の壁は本棚で埋め尽くされている。

 手前に補佐官たちの机が並び、一番奥にひときわ大きなデスクが置かれていた。


 私の机もここにあるのかな。

 女の人をまったく見かけないのは、実は王弟殿下って女嫌い?


「……やったな」


 朝の挨拶をする前から、頬杖をついた状態で意味深なまなざしで見上げてこないでほしいわ。

 私が何をやったって言うのよ。


「そろばんは持ってきたか? 一個はそこの事務官の部屋に持っていく。他は財務大臣が来るそうだから、会議室に持っていってくれ」

「おはようございます。本日よりこちらで働くことになりました。よろしくお願いいたします」


 王弟殿下の言葉を無視して丁寧に挨拶をしたら、片眉をあげてしばらく私の顔を見た後、姿勢を正して座り直した。


「おう、おはよう。おまえの机はそこだ。さっそく仕事をしてもらおうと思ったんだが、そろばんの評判がよくてな。欲しいと言い出す人間が大量に出ている。特に財務省は計算が必要な仕事が多い関係上、取り合いになっているそうだ」


 うへえ。そんな人気になっているの?

 大伯父様を交えて、商会でいろいろと話し合いをしてきてよかった。


「財務大臣に説明をすればいいのですね。承知しました」

「……子供らしさは諦めたのか」

「仕事をするのに子供らしさは必要ありません。天才少女といわれているのなら、ジョシュア様と同じような話し方をしても問題ありませんよね?」

「ああ、それでいい。子供だと思って舐めてくる奴はばっさりやってやれ。俺が許す」


 ……何かあったのかな。

 本当に八歳の少女が作ったんですか?

 話題作りで、王弟殿下がギルモア侯爵家と何か始めたんじゃないんですか?

 とか言われていたりして。


「楽しそうな顔をするな」

「あらいやだわ。私ってば顔に出ていました?」

「……クロウリー男爵夫人の真似か?」


 いけない。

 警備の騎士たちや補佐官が驚いた顔で見ている。

 グレアム伯爵もいるんだった。


「母は怒った時はもっと怖いです」

「本当に怒ったご夫人は、たいてい怖い」

「まあ、女性に苦労なさっているんですか? あまり気苦労が続くと将来頭髪に影響が出かねません。血行のよくなるお茶をご用意しましょうか?」

「余計なお世話だ。何が悲しくて十四で髪の心配をしなくちゃいけないんだ」

「それはいいですね。いただいてみたいです」


 ぼそっとグレアム伯爵が言ったので、思わず髪に注目してしまった。

 ふさふさのアッシュブロンドよ。


「この年になりますと健康が気になるものです」

「それでしたらぜひ飲んでみてください。冷え性にも効果があるので御婦人方にもお勧めのお茶なんです。次に来るときに……」

「持ってます」


 どーんと効果音がしそうな勢いで、アレクシアがお茶の入った容器を高々と掲げた。


「さっそく淹れてまいりましょう」


 あの子の空間収納は、某猫型ロボットのポケットみたいね。

 ちゃんと整理整頓しているのかしら。


「失礼します。財務省の方がお見えになりました」


 補佐官のひとりが控えめに声をかけてきたけど、表情も声も笑いが混じってしまっている。

 私たちの会話を聞いていたわね。


「キリンガム公爵の分もお茶を淹れてやれ。彼もけっこうな年だ」


 やっぱり国の財政を任されている人は身分が高いのか。

 私の周りに高位貴族のおじさんとおじいさんが増殖しているな。

 

 自分の机に腰を下ろす暇もなく、さっそく会議室に移動することになってしまった。

 今回は王弟殿下の執務室内の会議室なので近いんだけど、初日から忙しいわね。

 王弟殿下を先頭に私たちが室内に入ると、中にいた人たちが全員立ち上がり王弟殿下を出迎えた。


「早いな」

「急ぎの用件でしたので」


 王弟殿下に答えながらも、キリンガム公爵と隣にいる中年の男性がちらちらとこちらを見ていた。

 座らないで立っている人が三人もいるのはなんなんだろう。

 こっちも王弟殿下と補佐官がひとり、そこに私とグレアム伯爵とアレクシアという顔ぶれなので、けっこうな人数になっている。


 そういえば今日はレイフ様はいないのね。

 彼は別の仕事かな?

 休みがもらえているならいいな。


「彼女がそろばんの発明者だ」

「シェリル・クロウリーと申します」


 私の挨拶にどういう反応を返せばいいのか、キリンガム公爵は反応に困っているようだ。

 子供と仕事の話なんてしたことがないだろうし、身分的にはかなり格下だけど大物の保護者がついている。

 扱いにくい子供なんだろうな。


「財務省でいただいたそろばんを試したところ、非常に評判がよく、また効率も少しですがあがっています。慣れればもっと早く計算が出来そうだということで、月末の決済より前に出来るだけ多くのそろばんを用意していただきたいのです」


 当然キリンガム公爵は王弟殿下に話しかける。

 でも王弟殿下は腕を組んで座ったまま、ちらっと私を見て、答えろと言うように顎をしゃくってみせた。


「まず本日納品する分のそろばんをお渡しします。納品書と請求書がこちらです」


 書類入れの中から必要な書類を渡し、アレクシアが空間から取り出したそろばんをテーブルに置いた。

 ひとつは王弟殿下の執務室で使うということだったので、机の上には七つのそろばんが置かれている。


「これだけ? 少なすぎる」


 キリンガム公爵の隣にいた赤髪の中年男性が不満気に私を睨みつけた。

 

「少ない? 三日で七つも用意したんですよ?」

「王宮は優先してそろばんを用意……」


 途中で言葉を切って、赤髪の彼が顔を青くして黙り込んだので隣を見たら、王弟殿下がこわい目で睨みつけていた。

 会議中に脅すのは駄目でしょう。

 誰もがちゃんと発言できる場にしましょうよ。


「このそろばんをご覧ください」


 テーブルは大きいし、椅子も高いので仕方ない。

 座面の上に正座してそろばんをケースからだし、膝立ちになって身を乗り出してテーブルの中央にそろばんを置いた。


「そろばんが今までの道具に比べて使いやすいのは、発明した私ではなく優れた職人の丁寧な仕事のおかげなんです。見てください。この珠は全部同じ大きさで、すべすべに磨かれているんです。いろんな道具を使用してはいても、全て手作りですから短時間では作れません。もうそろばんはさわってみましたか?」

「いや、まだ」

「どうぞ触れてみてください」


 そろばんを赤髪の男性に渡し、もう一つケースから出してキリンガム公爵にも手渡した。


「大事に使っていただければ何十年と使える道具です。特に王宮に納品している物は一流の素材を使用した一級品ばかりです。ご覧ください。ここに小さなマークとロゴがあります。これはうちの商会を中心にギルモア侯爵家とフェネリー伯爵家が出資して作った、新しいブランドのロゴです。このロゴがある商品には五年の保証書をお付けします」

「ブランド?」


 王弟殿下がさっと腕を伸ばしてそろばんを取り、マークを確認した。


「どうやらいろいろと考えているようだな」

「当然ですわ。私は商会の業務には関わらなくなったので、後日、商会の人間と納品計画を作成していただきたいです。それで……」

「失礼します」


 控えめなノックと共に扉が少しだけ開かれたので、補佐官が立ち上がり話を聞きに廊下に出て行った。


「商会の仕事はやめたのか?」

 

 王弟殿下、それは今ここで確認する必要ないですよね。


「はい。王宮の仕事をするのに商会のほうも関わると、後々問題が出てくるかもしれません。今は週に二回でも増える可能性もありますよね?」

「ある。そうか、一日増やせるか」

「今は、まだ、子供なので。働きすぎはよくないと思います」

「賛成です」


 ありがとう、グレアム伯爵。

 まだあまり話せてないけど、あなたのことはどんどん好きになっているわ。


「王弟殿下、ギルモア侯爵様がおみえだそうです」

「は?」


 声をあげてから、まずいと思って両手で口を押えた。

 なんで保護者がでてくるのよ。

 それも一番力のある保護者が先頭切って出てきたわよ。


 仕事の初日に保護者が来るなんて、子供じゃあるまいし恥ずかしいでしょう。

 ……いえ、子供でした。

 恥ずかしがる歳でもありませんでした。


「そろばんについての話を進められるように同席させてくれとおっしゃっています。財務大臣がいらしているのなら、自分がご挨拶するべきだと」

「はあ。ひ孫可愛さによく動くな。そんな働き者だったか? 通していいぞ。駄目だと言ったら暴れそうだ」


 王弟殿下はため息で済んでいるけど、キリンガム公爵御一行様は驚きに目玉が落ちそうになっている。


「あの方が動くとは……」

「そんなにこの子を?」

「あの御老人がわざわざここまで出向くだと!?」


 私のひいお爺様は、マジで力のある人みたい。

 王弟殿下とキリンガム公爵が諦めモードに入っているわよ。






感想への返事が遅れ気味ですみません。

小説を書くのを優先させていただいてます。

大変嬉しく思いながら読んでますし、返事も書くのでもう少しお待ちください。

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王弟殿下まだ若いのに大丈夫? あと十年もしたら早い人は…ねぇ。 気を付けて……!!
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