オバサン、おじさん(?)と出会う 4
「突然大地震に襲われて地割れに呑み込まれて、これは死んだと思ったら不思議な空間で神と名乗る複数の存在に囲まれていた状況を考えてみろ。相手は俺たちより巨大で、喧嘩しただけで世界に影響が出る存在なんだぞ」
「大変だなって思っただけですよ。日本の会社は借金なんかは」
「ない!」
「僕でも知っている優良企業だったんですよ。会社経営はうまくいっていたんです」
「他はうまくいっていないみたいに言うな!」
ああ、王弟殿下っていい人だわ。
衝撃的な状況の中にいたからこそ、自分と同じように巻き込まれた転生者のことを考えてくれちゃったんだ。
「そして俺が五歳の時に再び神が現れて、兄上にも転生者の話をしてくれた。ゲーム内の物語はほとんど我が国で起こることだからな。転生者によって戦争が起こったりしないように、兄弟で協力できるように事情を説明し、豊穣の神が国を守護してくれることになった」
「アフターフォロー完璧ですね。……あ」
どうして私は、余計なことを言ってしまうんだろう。
相手は王弟殿下なの。
気さくで話しやすいからといって、調子に乗ると痛い目にあうわ。
でも神様もそこはさすがね。
転生して豊富な知識がある王弟殿下を、兄が疎んじて争いになってしまったら大変だわ。
ふたりが協力できるようにしてくれたのね。
「面白い子ですね」
「中身は俺らより年上の女性だぞ」
「年齢の話は駄目ですよ」
聞こえていますから!
「五人のうちひとりは隣国アードモアの王女になり、もうひとりはフリューア公国で神官をしている。一番年上のひとりは、三国にいる転生者の様子を観察し、我々が連絡を取りやすいようにと大きな情報組織を作り上げた。彼はいろいろと謎な人だ。神にも気に入られてときおり話しかけてくると言っていた。元の世界で何をしていたかは不明だし聞きたくないな」
どんだけ有能な人なのよ。
異世界で情報組織ですって。
「そういうキャラになったんですか?」
「そうだ。もともと組織の内部で生まれた子供という設定だった。それを自分のものにしたんだな」
敵に回したくないし、会わずに済むならそうしたい。
「あれ? 今の情報屋さんで四人ですよね」
「そうだ。あとのひとりは二十代前半の若者で婚約が決まった矢先に巻き込まれてしまった」
「うわ……お気の毒」
「それで自棄になっていて、神の話を聞くどころが暴走して怒りを買って、モブに転生させられた」
「モブ?」
「ゲームには登場しない普通の人間だ」
え? それはよかったんじゃない?
自分自身として迷いなく生活出来そうよ。
「彼が記憶を取り戻したのが二年前。再び自棄になり、親に魔法で攻撃して騒ぎになり、今ではヒキニートだ」
「ヒキニート……。いくつなんですか?」
「五歳だ」
五歳のヒキニートって何よ。
何も知らない今の両親たちが気の毒だわ。
愛する人と二度と会えないというのはつらいとはいっても、引き篭もっていても何も変わらないのに……。
「しかたないので家で預かっています」
レイフがにこやかに言った。
「乱暴なことを言う代わりに、こちらが同じようにずけずけと話しても気にしていないようですし、実は本人もいつまでもこうしているわけにはいかないとわかっていそうなんです」
見捨てないで、引き取ったの? 同じ転生者だから?
王弟殿下とレイフ様ってお人好しコンビ? 世話好きなの?
それで面倒な仕事が増えて寝不足になっていては駄目じゃない。
このふたり、本当に有能なんでしょうね。
この国は大丈夫?
「俺についての話はこんなものだな」
まだ本題に入っていないのに、もうお腹いっぱいよ。
これ以上どんな話が出てくるの?
「あのジョシュアが一度の会合できみを認め、ずいぶんと親しみを感じていたようだから、俺たちはきみに何かしらの能力があるのではないかと疑った」
魅了があるのではって話ね。
「実際に今日話をしてみて、レイフ、おまえはどう思う?」
「私はすっかり彼女を気に入っていますよ。さりげなく突っ込みを入れたり面白いことを言ったり、会話をしていて楽しいです。こんなに短時間でここまで気にいるなんて今まではありませんでしたね」
「おれもけっこう気に入っている。予定通り仕事を手伝ってもらえたら、だいぶ楽になるし楽しそうだ」
「彼女は魔法を使っていませんね。それに我々は彼女に恋愛感情を持ってはいない」
「持つわけがないだろう。相手は八歳だぞ」
本人を前にして、何を言っているんですか。
私はあなたたちみたいにお人好しじゃないですからね。
仕事を手伝うというのなら、それ相応の報酬をいただきますよ。
でも友人知人に好かれやすい能力って便利ではあるわよね。
生きていくのがだいぶ楽になりそう。
「人たらしと言われる人たちがいるだろう? 何かしてもあいつならしょうがないと笑って許されたり、なぜか放っておけなくて助けたくなってしまったりというタイプの人間だ。あれの強力版ではないか?」
「彼女はしっかり者のようですし、どちらかというと周りを助けようとして懐かれるタイプのようですよ」
「だから余計に周りが手を貸したくなるんだろう」
「なるほど。しかし不安は残りますね。今はまだ子供だからそれで済んでいるだけで、年頃になるにつれて好きが愛に代わる危険はあります」
「たしかにそうだな。ジョシュアの報告書によると、きみは恋愛に興味がないそうだな」
王弟殿下に聞かれて、私はしっかりと頷いた。
「夫が不貞を働いて離婚。苦労したので男は信用できない……か」
「ひどい男ばかりじゃないというのは理解しています。娘の夫はふたりとも、とても素敵な人たちでしたし、仕事上で助けていただいたり相談に乗ってくださったりした人もいます。でも私は何があっても苦労しないように、仕事をして自分で稼げるようになりたいんです」
せっかく賢い子供として生まれたんだ。
この幸運を無駄にしてはいけないわ。
「なるほど。そうして話し始めるとやっぱり中身は大人だと感じるな。それにきみは気に入られるだけではなく、相手にもいい影響を与えているようだ。ローズマリーがすっかり明るく元気な子になったとワディンガム公爵が喜んでいたよ」
「アレクシアもあんなに可愛くなって帰ってきて、すっかり明るくなっていましたね」
「そうだ。どうしておふたりは彼女を放置していたんですか? あのままだったら間違いなく倒れていました。今度は彼女が過労死していたかもしれません」
「いや、そこまでひどいとは知らなかった。きみの様子の確認も手紙で指示したんだ」
それは上司としてどうなんでしょう。
転生者の監視をしていると言っておいて、無害そうだと判断したら放置?
「いやあ、ゲームの彼女が化粧ばっちりの色っぽいお姉さんだったので、今はああでも少しずつ化粧が上手くなって、魔法も強くなって覚醒するのかと思っていました」
「は?」
やっぱりローズマリー様の言う通り。
レイフ様は駄目だ。
「セクハラや仕事の押しつけもご存知だったんですか?」
「それはちゃんと対応しています。魔道省の問題のあぶり出しも終わったので、上層部も含めて何人か首が飛びますし、嫌がらせをしていた者達は北の国境警備に回されます」
じゃあ、もうアレクシアさんは嫌がらせに悩まされることはないのね。
よかった。よかったけど。
「十四歳であんなに働かなくてはいけないほど、わが国は人材が乏しいのでしょうか」
「それもゲームの影響ではないかと思っている」
王弟殿下がくしゃっと前髪をあげながら、深いため息をついた。
「ゲームはヒロインが十六歳の時にスタートする。その時に周りにいる者はほとんどが若くて身分の高い者たちだ。その時点で亡くなっている人たちは、ほとんどがもう亡くなっているんだ。亡くなる時期や理由にいっさいゲームでは触れられていないために防ぎようがないんだよ」
背筋が寒くなった。
日本で地震が起こったように、こちらの世界でも影響が出ていたのね。
言われてみれば当たり前だけど、でもこわいと思ってしまう。
「父である前国王が崩御したのは、俺が三歳の時だった。視察先で大規模ながけ崩れがあり国王夫妻と前ワディンガム公爵夫妻が亡くなったんだ。同じ時期に国王になった兄と公爵になったワディンガムは、境遇が似ていたせいか親しくなった。それもあってワディンガムは強力な現国王派なんだ」
それで王弟殿下に対しては思うところがあるのね。
陛下が王弟殿下を信頼して、いろいろと任せるのも気に入らないのかもしれない。
「そういえば、おふたりの現在の年齢を聞いていませんでした。お伺いしてもよろしいのでしょうか」
「十六だよ」
レイフさんが軽い調子で応えてくれた年齢を聞いて、ひっくり返りそうになった。
「俺は十四だ」
「…………アレクシアさんと同じ年?」
この世界の人は老けすぎじゃありませんか?
転生者だけ?
内面が滲み出ているせい?
「いくつだと思ったんだ?」
「い、いえ特には……何も……」
言えない。
二十代半ばだと思っていたとは口が裂けても言えない。
これは墓まで持っていく事案だわ。
「えっと、あの、おふたりは前世で結婚していたんですか?」
仲良くふたりとも首を横に振った。
「恋人は?」
「いたこともあったよ」
「忙しかったので恋愛している余裕がなかっただけです」
「恋愛が長続きしないタイプですね」
「…………」
「よくわかりますね」
レイフさん、そこは楽しそうに答えるところではありません。
殿下は黙り込まないでください。
「おふたりとも女性経験がなさ過ぎて、まったく頼りになりません。アレクシアさんのことはローズマリー様と私にお任せください」
「いや、しかし」
「まずは自分の食事と睡眠に気を付けてください。寝不足では頭が回らず、ミスをしやすくなり効率が悪いです。今回も早死にするおつもりですか?」
「シェリル嬢、母上か乳母みたいですよ」
レイフさんみたいな息子を産んだ覚えはありません!
「八歳の子の口から、こんな台詞が出てくるとは、違和感しかないな」
拳を口元に当てて笑ってしまっている殿下を睨んでから、はっとした。
いけない。
おとなしく、下手なことは言わないように黙っていようとしたのに。
言わずにいられないオバサンの性に負けた。




