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見た目は幼女、中身はオバサン  2

 王都の貴族街にあるうちの屋敷から、ワディンガム公爵家までは馬車で十分くらいかかる。

 同じ貴族街でも、公爵のお屋敷は王城に近い場所にあって、うちのような新興貴族は貴族街のはずれの一般市民が暮らす区域に近い側にあるから、けっこう離れているのよ。


 窓から見た街並みは、ヨーロッパの田舎町の昔ながらの佇まいに似ている。

 石畳の道を行く人々はあまり飾り気のない、でも清潔な服を着ていた。

 この街並みもどこかで見かけたような雰囲気ね。

 まったく同じ場所を知っているとかではなくて、似たような雰囲気の風景をどこかで見たことがある気がした。


「ここがワディンガム公爵邸だよ」


 辿り着いた屋敷は、本当にお城だった。

 テレビや写真で見たことのある西洋のお城のままよ。

 屋敷の端から端まで歩くのに、五分以上かかるんじゃない?

 内装の豪華さはうちも負けてはいないけど、格式の違いは明らかだわ。


 あそこの置物の猫なんて目に宝石がはまっているし、あっちの置時計も文字盤に宝石がちりばめられている。

 よく見たら周りにいる女性全員が、お高そうなアクセサリーをいくつもつけているわ。


 置物を一個壊したら、賠償金はいくらくらいするのかな?

 こわくて壁際を歩けない。

 スーパーのチラシを見比べて、休みに何か所も回ってまとめ買いしていた主婦には別世界すぎるわ。


 ちょっと待って。

 私の髪留めも、アクセサリーも、宝石がついてなかった?

 八歳の子にほんまもんの宝石のついたアクセサリーを与えるって、金持ちってこわい。


 たぶんこの国では年齢が高くなるのに比例して、スカート丈が長くなるのね。

 その分、膝から下は透ける素材にしたり、お母様のように上着を長くしてカバーすることでおしゃれするんだわ。

 マーメイドラインのドレスの人もいて、後ろスリットにレースをつけて生足が見えないように工夫していた。


「シェリル、こっちだよ」

「はい」


 今日は広い中庭でのビュッフェスタイルのパーティーなんだそうだ。

 そうよね。今日は十歳以下の子供がたくさんいるんだから、お宝の並んでいる室内では過ごせないわよ。

 庭で勝手に遊ばせるほうが……て、なにこれ。ゴルフ場か何か?


 季節の花が咲き誇る庭がもう、すっごいのよ。

 テーブルが並んでいる場所だけでもかなりの広さなのに、その先は緩やかな斜面になっていて、敷地の境界線の塀なんて遠近法でかなり小さく見えている。

 木の配置も考えられているんだろうな。

 どこで写真を撮っても絵になる風景だ。


 なによりも、ここが王都の一等地なんだってことが驚きよ。

 王宮がご近所さんだから、日本でいうと皇居と帝国劇場のある場所くらいの位置関係じゃない?

 いや、この世界の王宮は政治の中心だから、ここは霞が関の一等地みたいなものよ。


 丸の内と霞が関とどっちが地価が高いんだっけ?

 どっちもとんでもなく高いわ! 

 そこに広大な土地を持っているって、税金やばいんじゃないの?

 この世界でも固定資産税ってあるのよね?


「シェリル? そろそろ私たちの順番だから並ぶよ」

「あ、はい」


 いけない。税金の心配をしている場合じゃない。

 これからワディンガム公爵家の人たちに挨拶しなくちゃいけないんだ。

 ローズマリー様と仲良くしなくちゃいけないんだから、第一印象は重要よ。 


 列の最後に並んで順番を待ちながら、ワディンガム公爵家の人たちを観察した。

 一言で言うと、ゴージャス。

 いやあ、美形家族だわ。


 全員が輝くようなブロンドで、薄いガラス玉のような瞳と整いすぎた顔のせいで、人形のように見えなくもない。

 特にローズマリー様の兄にあたるジョシュア様は、ほとんど表情を変えないせいか人間らしさを感じられなくて、不気味ささえ醸し出しているように見えるわ。


 確か十二歳だよね。

 ないわー。子供らしさが微塵も感じられない。

 まあ、人のことは言えないわね。

 あ、目が合った。

 瞬きしないでこっちを見るのはやめなさいよ。こわいって。

 でもローズマリー様を見るときだけは、幾分優しい表情になるのね。


 ローズマリー様は、はっきりとした顔立ちの美人さんだ。

 目尻が少し上がっている猫のような目のせいで、気が強そうに見えるところを、どこか儚げな表情が和らげている。


 ……儚げって、私と年が同じはずだから八歳よね。

 なんであんなアンニュイな表情が出来るのよ。

 この兄妹、おかしくない?


 それにふたりの服装って、ゴスロリっぽいような……。

 黒ではないのよ。

 ローズマリー様はフリルのついた淡いブルーのブラウスを着ているんだけど、萌え袖にリボン付きよ?

 同色のスカートは私と同じようにボリュームアップパニエで膨らんでいて、裾から濃い青色のフリルが見えている。


 人形のように綺麗な子が着ているから、まるで二次元みたい。

 ジョシュア様もちょっと耽美な雰囲気だし、周りの人たちも全員が北欧風の容姿をしているせいで、私から見たら異世界みたい……いや異世界だった。

 だいぶ混乱しているな。


「そちらが天才と言われているお嬢様ですか」


 母親が繋いでいた手に少し力を込めたので振り返ったら、両親と話していた人たちが私に注目していた。

 話を聞いていなかったから、なんで注目されているかわからない。

 こういうときは、可愛いが正義よ。

 ちょっとあざとく上目遣いで首を傾げてみた。


「まあ、なんてかわいらしい」

「シェリルは数字に強いだけなんです。天才というのはジョシュア様のような方のことですよ」

「ああ、ワディンガムの御兄妹はふたりとも大人びていて、勉学もかなり進んでいるそうですね」

「でもそのせいで、いまだにお友達がいらっしゃらないそうよ。特にローズマリー様は気難しい方なんですって」


 気が重くなる情報をありがとう。

 そういえばさっきからふたりとも同じくらいの年の子が挨拶にいっても、まったく興味を示さないで大人の話を聞いているわ。

 お友達になってくるんだよって親に言われている子供もいるみたいで、一生懸命話しかけるんだけど、少し言葉を交わしただけで項垂(うなだ)れて親の元に帰っていく。

 これは私も駄目なんじゃない?


「次だよ」


 お父様に手を引かれて、公爵家の人たちの前に歩き出した。

 男爵家は挨拶できる順番が最後のほうなので、大勢の人と挨拶をしてきたワディンガム公爵家の人たちに疲れが見えている。

 特に子供たちはつらいだろうな。

 まだ八歳の子が、身じろぎもしないで姿勢正しく立っているのって、だいぶつらいはずよ。


「本日はお招きいただきありがとうございます。ローズマリー様、お誕生日おめでとうございます」

「……ありがとうございます」


 声がかすれている?

 じろじろ見ていると思われたらいやだから顔を伏せていたせいで、ローズマリー様の様子がわからなくて、少しだけ顔をあげたら震えている手が見えた。


 うちの両親もワディンガム公爵も気付いていないみたい。

 子供って身長が低いから、気を付けて下に視線を向けないと視界に入らないのよね。

 大丈夫かな?


「クロウリー男爵、そちらが自慢のお嬢さんだろう? 紹介してくれないのかい?」

「これは失礼しました。長女のシェリルです」

「初めまして。お目にかかれて光栄です」


 紹介されたらどうすればいいかさんざん練習してきたから、それなりに綺麗なカーテシーが出来たと思う。


「たしかロージーと年が同じだったね」


 ワディンガム公爵が話を振ってくれたので、不自然にならないように顔を見て驚いた。

 涙目になっていない?

 真っ青で震えている。

 このままじゃまずいでしょ。

 せっかくの誕生日に、こんなに大勢の前でリバースしちゃったらトラウマものよ。


「お父様、ローズマリー様がお辛そうです」

「これはいけない。ワディンガム公爵様、お嬢様の顔色が」

「ロージー!? 大丈夫かい?」

「は、はい。少し具合が悪くて……」

「パーティーどころではないな。すぐに医者を」

「待ってください。少し休めば平気です。お客様が楽しめなくなってしまいますわ」


 この子は何を言っているの?

 子供がそんな気を使わなくていいのよ。

 それは親の役目でしょ。


 この世界の子は大人になるのが早いみたいだけど、それにしてもしっかりしすぎだわ。

 子供の時にしかできないことはたくさんあるんだから、今はめいっぱい遊ぶのも、親に甘えるのも、人格形成のためには重要なことよ。


「父上、私が彼女を部屋で休ませます。それでも体調が戻らなかったら医者を呼びましょう」

「そうだな。ジョシュア、ロージーのことは頼む」


 ローズマリー様の肩を抱いて歩き出す瞬間、ちらっとジョシュア様が私を見た。

 観察するような、探るような、冷静なまなざしだった。


 なんで私を見たんだろう。

 私がかわいいからーって考えられるほど、頭の中がお花畑ではないんだ。

 気のせいかもしれないけど、かなり警戒されている気がするのよね。


「私たちはお仕事の話があるから、シェリルはお友達とお話しておいで」

「はい、お父様」


 って答えて、てくてくと歩き出したけど、お友達って誰?

 私の記憶の中に、ワディンガム公爵家の集まりに出席するような貴族令嬢のお友達はいないわよ?

 ということは、今からお友達を作らなくてはいけないってこと?

 私は保育園や幼稚園、小学校でどうやって友達を作ったっけ?

 そんな(いにしえ)の記憶はもうないわ。


 記憶が戻ったその日に、子供たちの中にひとりで飛び込むのはハードルが高すぎる。

 無理無理。失敗する前にここは戦略的撤退をしましょう。

 ほら、小説でもパーティーを抜け出して中庭で休むシーンってよくあるでしょう?

 家の中を徘徊するのはまずくても、ガーデンパーティーで庭を散策するのなら不審者には思われないはずよ。

 何か言われたら、お花が綺麗だったのでつい眺めていたら迷ってしまいましたって言えばいい。

 八歳の幼女にそれ以上の詮索(せんさく)をする人なんていないわよ。


 それに本当に花が綺麗。

 この広い庭園をここまで綺麗に管理するには、専用の庭師が必要よね。

 本当にこういう世界があるのね。

 自分で草むしりしなくていいのよ。


 どこからか水の音が聞こえてきた。

 これはたぶん噴水だわ。

 あそこに小さな水路があるから、あれを辿れば行けるはずよ。


「あれ? メモ帳?」


 花を眺めながら水路に沿ってしばらく歩いていると、テラコッタタイルの敷き詰められた道に小さなノートが落ちていた。

 この世界の規格ってどういうわけか日本と同じサイズだから、これはA 5サイズのノートだ。

 中を見るのは申し訳ないけど、名前だけは確認しないとね。

 あ、ノートを拾い上げたら間に挟まっていた紙が落ちた。


「桜?」


 記憶が戻ったばかりで混乱しているから、この世界に似た花があるのを知らないだけなのかもしれない。

 でも私にはこの花は桜に見えるし、横に描かれているのはどう見ても日本の有名なアニメキャラだった。



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