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オバサン、おじさん(?)と出会う  2

 多少、乱暴な運転ではあったけど、ジェフはしっかりと指定された店まで私たちを届けてくれた。

 面会に指定された店は石造りの立派な建物で、階段を三段登ったところにある重厚な両開きの扉の存在感がすごかった。

 馬車から降りるのを見張っていたかのようにドアが開き、中から黒いスーツを着た若い男性と年配の女性が出てきた。


「ようこそいらっしゃいました」


 女性は丁寧に礼をして私たちを店の中に招き入れ、若い男性がジェフに店の裏手に馬車を停める場所があることを教えて、案内もしてくれるようだ。


「店?」


 扉の中はがらんとした広いホールだ。

 吹き抜けになっていて、弧を描いて階段が上に続いている。

 床も壁も石造りで、ホールの奥に扉が何個か並んでいるのが見えた。

 商品がいっさい並んでいないんだけど、なんの店なのかしら。


「宝石屋ですよ。完全予約制で個室で商品をお見せします。でもほとんどはお屋敷にお伺いしての商談になりますね」

「そうなんですね」


 商品が高すぎて、展示しておけないということかしら。

 それとも人気がありすぎて、展示する間もなく売れてしまうのかしら。

 どちらにしても王弟殿下が、高級な宝石を扱う店に関係があるなんて知らなかったわ。

 王弟殿下も商人の顔を持っているのね。


「こちらですよ」


 階段を上り、二階の一番奥の扉の前まで進む。

 女性はときおりちらちらと私のほうを見て、視線が合うとにっこりと微笑んでくる。

 孫に会えて喜んでいるみたいな反応よ。


「お待ちかねのお客様ですよ」


 薄暗かった廊下とは打って変わって、扉の奥は明るく居心地のよさそうな部屋だった。

 大きな窓から午後の日差しが差し込み、風に乗ってときおり外の喧騒が聞こえてくる。

 手前に応接セットがあり、中央には大きな四角いテーブルが置かれ、上に書類や本が積み上げられていた。


 高級宝石店であっても、お客様とは関係のない場所は小ざっぱりしているのね。

 私としては、こちらのほうが居心地がいいけど。


「おお、思っていたより小さくて可愛いですね」


 書類の束を手に大きなテーブルの横に立っていた長身の男性が、私を見て嬉しそうな笑顔で言った。

 コーヒー色の髪にローズグレイの瞳という変わった色合いをしている。

 眼鏡をかけて、黒いスーツを着こなしている様子は、仕事の出来る男という感じだ。


 人懐っこいその笑顔を抜きにすれば、眼鏡の敬語キャラで王弟殿下の側近という、割とよくあるキャラが思い浮かべられる容姿だ。

 ただ性格はだいぶ違うらしい。


「驚いた。本当にこんなかわいい子がいるんだな」


 部屋の一番奥、大きな机の向こうにいた男性が立ちあがって身を乗り出し、まじまじと私を見つめてきた。

 部屋にはふたりしかいないのだから、たぶん彼が王弟殿下ね。


 ひとことで言ってイケメンだ。

 側近の彼もイケメンなんだけど、こちらは私の好みのドストライクをついてきた。


 いやいや、待てよ。

 彼は王弟殿下でラスボスよ。

 年齢だってだいぶ離れているし、背中のチャックを開けたら、小太りのおじさんが中から出てくる可能性だってあるのよ。


 イケメンはあくまで目の保養。

 近付くと災難が降りかかるに決まっているわ。


 このお店の人なのかな?

 女性は私を案内してずんずんと部屋を横切っていく。

 てっきり入り口近くの応接セットで話をすると思っていたから、慌てて追いかけた。


 中央のテーブルが大きすぎて見えなかったけど、王弟殿下が座っている大企業の社長室にありそうな机の前に、ひとり掛けの椅子と小さなサイドテーブルが置かれていた。

 これはやっぱり面接だわ。

 左右に鍵付きの引き出しがたくさんついていそうな大きな机と、ノートを広げたらいっぱいになりそうなテーブルという対比がひどい。


「座れますか? 高すぎます?」


 女性は気の毒そうに私に問いかけてくれた。


「大丈夫です。ありがとうございます」

「まあ、しっかりしたお嬢さんね。こんな小さな女の子をひとりで来させて、こんな位置に座らせるなんて」


 王弟殿下を睨みながら言うけど、ドナがいるで……いない!?

 どうしたんだろうと入り口のほうを見たら、扉から今にも泣きそうな顔が見えた。

 部屋の中には入れてもらえないの?


「心配しないでください。あの子は私とお茶を飲んで待っていますから。あなたにもお茶とお菓子をお持ちしましょうね。甘い物は好きですか?」

「……特に好きというわけではありません」

「あら。ではあまり甘くないお菓子にしましょう」


 好みを聞いてくれて、椅子に座るのも手伝ってくれて、


「気が利かない男たちねえ」


 王弟殿下に文句を言える女性。

 古い付き合いで気さくに付き合える関係なのかしら。


 椅子に座ってぼんやりと室内を見回している間、ずーっと視線を感じて居心地が悪い。

 あの女性には聞かせたくない話なんだろうな。 

 ふたりとも口を開かずに私を観察している。


 入り口まで別の人がお茶やお菓子を持って来てくれていたようで、女性はすぐに戻ってきてサイドテーブルにお皿を置いてくれた。 

 これは見たことがあるお菓子だ。

 胡麻がついたビスケットで、捩じってスティック状になっている。

 こういうお菓子もこの世界にあるのは、ゲーム内で食事が何か意味があって豊富な種類の料理やお菓子が出てきたか、このふたりが作らせたかのどっちかね。


「食べてみてください。他のお菓子もありますよ」


 そう言われても、私だけお菓子を食べては失礼じゃない?

 不安でちらっと王弟殿下を見たら頷いてくれたので、摘まんで口に運んだ。

 ビスケットは固めで、齧るとカリッといい音がした。

 口の中に広がるほのかな甘さと胡麻の香り。紅茶よりもコーヒーか緑茶がほしくなるわ。


「美味しいです」

「そう、よかった。紅茶にミルクとお砂糖はいりますか?」

「ミルクを」

「はい」


 小さな女の子が、ひとりぼっちで王弟殿下の前に連れてこられている状況が、彼女には納得がいっていないらしい。

 普通は保護者が一緒に来るわよね。

 少しでも居心地よくしてあげたいと思ってくれているんでしょう。

 ありがたいし嬉しいし、そして申し訳ない。


 この子の中にはオバサンが入っているんですよ。

 たぶんあなたと同年代なんですよ。

 王弟殿下も側近も二十代よね?

 年齢的に息子みたいなもんなんですよ。


「さて、話を始めましょうか」


 女性が部屋を出て扉が閉まってしばらく経ってから、側近の男性が書類を置いて、椅子を片手に近付いてきた。


「はじめまして。僕はレイフ・イーガン子爵。王弟殿下の上級補佐官で転生者です」


 やっぱりこの人がレイフ様なのね。


「先日はすみませんでした。転生者の女性同士で話せば、ジョシュアとはまた違う意見が出るかもしれないと考えたんですが……ヒロインなら何か特別な能力が、たとえば魔道具程度では防げない魅了とかがあるかもしれないと私が言ったせいで、これはまずいと思ってしまったようで」


 睡眠不足で判断力が鈍っているところにそんな話を聞いたら、そりゃあそうなるわよ。


「今回はいろいろと反省してます。僕も殿下もね」


 背もたれを前にして跨って座るのって、映画で観たことあるじゃない?

 あれを現実でやると、うわ格好つけてる、恥ずかしいって思っちゃうところなんだけど、足の長いイケメンがやると許せるのね。


「我々はジョシュア・ワディンガムの作成した報告書に書いてあることしか、あなたについては知りません。ですので会話をしていく中で、必要だと思うことがあれば補足していただきたい」


 あれ? ドナが報告していたんじゃなかったの?

 

「意外そうですね。私たちがあなたに警護をつけているとローズマリーが話したからですか?」


 何も言っていないし、表情を動かしたつもりもないのに……。

 なつっこい表情に騙されては駄目ね。

 余計なことは言わない。聞かない。

 ここは黙って頷こう。


「確かに護衛はつけています。ひとりは一緒にいた侍女のドナですね。でも彼女は、自分が王弟殿下の指示であなたの侍女になったことは知りません。父親が騎士団に所属しているので、その関係者から警護も出来る侍女を探している家があると、遠回しに話を繋げたので彼女の父親も気付いていないと思いますよ」


 こわ。マジこわ。

 普通のオバサンに、こんな男の相手をさせないでよ。

 オバサンだからまだいいわよ。

 本当の八歳児だったら、ここでもう怖くて泣いているわ。


「あとから殿下がお話になるので、私は軽くしか話しませんが、我々は定期的にゲームの登場人物たちの動向を監視しています。でもこちらから接触はしません。記憶を戻さない者もいますし、記憶が戻ってもゲームを知っているとは限らない。ひっそりと普通の生活をしたい人もいるでしょう。ただ、あなたとローズマリーはそうはいかないでしょう?」


 そうでしょうね。

 ローズマリー様は悪役令嬢ですもの。

 記憶を取り戻した転生者が、敵役だからと攻撃してきたら大変だわ。

 私の場合は、ヒロインはゲーム内でも転生者だから、この世界がゲームのままだと知った転生者が突然接触してこないとも限らない。

 まともな人ならいいけど、変態親父みたいな人だってこともありえるわ。


「だから安心してください。あなたを守ることはあっても傷つけることはありませんから」


 えーー、嘘くさい。

 そんなふうに言われると余計に疑っちゃう。


「あなたのことだけ知っているのでは不公平ですから、まずは私の話をしましょう。私はシャノン伯爵家の次男ですが、王弟殿下付きの上級補佐官になったおりに子爵位を賜り、独立してイーガン子爵を名乗ることになりました」


 二十代で上級補佐官ってものすごい出世よね。しかも子爵。

 そんなほいほい爵位ってくれないでしょう?


 でも待って。上級補佐官で子爵?

 確か補佐官、執務官、事務官、他にもあるかもしれないけど同じ階級なら職によって上下はないって習ったわ。

 二級になったら準男爵に、一級になったら男爵になれるんじゃなかった?

 ただし二級から一級になれるのはごく一握りの人達で、上級は補佐官だけで十人くらいしかいないのよね。


 爵位がもらえる。

 騎士にはなりたくないので騎士爵は狙えない私は、王宮で働くことも視野に入れたほうがいいかもしれない。


「前世は議員秘書で、二十七歳の時に亡くなりました。ベッドに横になった記憶はあるので、寝ているうちに過労による突然死で起きられなかったんでしょうね」


 うっわ。


「……すごい顔になっていますよ」

「前世で過労死なさったのに、またそんな疲れた顔で書類の山を前にお仕事をなさっているなんて、同じことを繰り返しているんだなと思いまして」


 あ、いけない。

 余計なことを言ってしまった。


 でもアレクシアさんがあんな追い詰められているのに、レイフってやつと王弟殿下は気付かなかったの? って疑問に思っていたら、ふたりとも睡眠が足りていなそうな疲れた顔をしているんですもの。

 やっぱり王弟の仕事と、転生者のフォローの両立は大変なんじゃない?

 そこに不正の摘発までするなんて……いえ、それが王弟の仕事だったのかしら。

 それでもせめて人員を増やす必要はあるわよ。


 ……なんて言えませんけどね。

 身分を忘れては駄目よ。余計なことは言わないほうが身のためだわ。

 このおせっかいな性格は、早くどうにかしなくては。


「疲れて見えますか。確かに最近、睡眠時間はだいぶ少ないですね」


 レイフ様が、頬を撫でながらぼんやりいう様子を見ていると不安になってくる。

 また過労死なんてやめてよ。


「緑黄色野菜は食べていますか?」

「食べてますよ。庭で米も作っています」


 は? 米?

 庭に水田があるってこと?


「日本にいた頃は和食なんて食べていなかったのに、食べられないとなると食べたくなるんですよ。でもあいにくゲーム内に和食はなかったんです。そういうところだけ西洋風の異世界にこだわっていたんですかね。近い穀類を見つけたんですけど、もち米に近い食感なんですよ。でもないよりはましでしょう」

「おこわを作ればよろしいのでは?」

「鍋で米を炊けますか?」

「レイフ、そういう話はあとにしろ」

「あ……」


 気付いたら、いつの間にか親しげに話をしてしまっていた。

 レイフ様は相手との距離の縮め方が上手いのかしら。

 警戒して、あまり話さないようにしようと思っていたのに、政治をやる人って、味方を増やすのがうまいのかも。


「次は俺の話をしよう」


 頬杖をついて見下ろしてくる王弟殿下は、そこにいるだけで存在感がすごい。

 さすがはラスボスって感じよ。


 

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