オバサンは図太い 7
テーブルに並べられた料理は、あとでアレクシアさんが食べられるように取り分けられ、残りはパックして持ち帰られるようにした。
せっかく作った料理を無駄にしてはいけないわ。
美味しそうな香りのせいかお腹がすいてしまったので、私も少しだけ小皿に取り分けてもらった。
正直なところ、お高そうなケーキは毎日はいらないのよ。
たまに食べるから美味しいの。
出来ることなら、スーパーで売っているおせんべいやプリンが食べたいわ。
「話を始めてもいい?」
「はい。どうぞ」
浴室でエステシャンになっている侍女以外は退室したので、話を始めようとしたのに私が食事を始めたものだから、ローズマリー様は呆れてしまっているみたい。
「そんな小さいのによく食べるわね」
「育ち盛りですから。ローズマリー様もいかがですか?」
「私は甘い物がいいの……じゃなくて、アレクシアの話よ。マガリッジ子爵家は代々優秀な魔道士を輩出してきた家系で、父親も兄たちも全員が魔道省に勤めているの。でもまあまあ優秀だけどぱっとしないというか」
「職場が同じ……」
「父親や兄より優秀な三女の登場を家族は喜ばなかったのよ。跡継ぎの男子を差し置いて嫁に行く女が優秀でも意味がないって」
あら? 女性でも爵位が継げるし騎士や補佐官にもなれる国なのに、そんな男尊女卑な考えの人もいるのね。
「しかも王弟殿下に才能を見込まれて、史上最年少で魔道省入りしたでしょ。家族は断れって脅してきたらしいわ。断らないなら家を出て行けって。それでアレクシアはずっと寮で生活しているのよ」
新しい情報がたくさんあって、思わず食事の手が止まってしまった。
独身寮があるの?
王宮の敷地内なのかしら。それとも貴族街の中にあるのかしら。
それに子供が大抜擢されたのよ?
功績をあげたら家の評判も上がるんじゃないの?
脅してまで辞めさせたいなんて……。
「嫌なことを考えてしまったんですけど」
「なに?」
「兄や父親が裏で手を回して、アレクシアさんが辞めるように嫌がらせをさせていたりは……」
「ありえない話じゃないわね。殿下は動いてくださっているけど、実は面倒なことになっているのかもしれないわ」
家族だからこそ、憎しみがつのってしまうこともあるでしょう。
遠慮がないから、相手を傷つける言葉をぶつけてしまうこともあるかもしれない。
でも親が、まだ成人していない娘を脅すなんて、そんなひどいことをどうしてするの?
そう言えば、もっとひどいことをする変態親父がいたわね。
父親だけじゃない、子供に暴力をふるう母親だっているわ。
そんな辛い思いをして魔道省に勤めて、今度は同僚の嫌がらせと激務?
そんなのひどすぎるわ。
「アレクシアが記憶を取り戻したのは二年前なの」
「ローズマリー様と同じ時期ですね」
「そうなのよ。それで王弟殿下は私とアレクシアのフォローを平行にしなくてはいけなくて、大変だったわ」
王弟殿下は転生者の駆け込み寺でもしているのかしら。
権力のある人が協力してくださるのはありがたいわね。
「それまでのアレクシアは負けず嫌いでプライドも高くて、嫌がらせしてくる男たちを魔法で撃退して黙らせるような子だったのよ。派手な化粧と服を着て、大人になんて負けないって肩をいからせていたの」
見た目は今のアレクシアさんと変わらないでしょう?
やるんかポーズを取っている子猫にしか見えないと思うのだけど。
「でも前世のアレクシアは、普通のOLだったのよ。特に美人でもなく仕事が出来るわけでもない。本人が言うには収入を得るために、たのまれた仕事をこなすだけの生活だったんですって。たまに友人と飲みに行くことはあっても、ひとりで家でゲームをして過ごすのが好きなアラサー女子。そんな人が突然異世界転生して、アレクシアになって同じように行動しろと言われても困るでしょ?」
「それまでのアレクシアさん人格はどうしたんですか? もともとひとりの人間ですし、記憶が戻っただけで入れ替わったわけじゃないですよね?」
「家族から女のくせにと冷たくされて、職場では嫌がらせされて、それでも負けたくなくて必死に頑張っていたのに、今まで知らなかった世界では女性も自由に生きていて、そこでは自分がゲームのキャラで、色っぽいお姉さん魔道士って言われていたと知って、何もかもやる気をなくしてしまったみたい。引っ込んで出て来なくなったんですって」
王弟殿下や側近がこの世界のことを教えてくれて、相談に乗ってくれたらしいんだけど、周囲から特別扱いされていると余計に妬まれてしまったんだそうだ。
今までのアレクシアのように言い返すことなんて出来なくて、弱くなった彼女に仕事を押し付けたりセクハラしたり、好き勝手する男が何人かいるらしい。
さすがに彼女もあまりにひどくて追い詰められて、一度爆発して雷魔法を暴発させてしまって、相手もこれ以上はまずいというラインを作ってはいるみたいなんだけど。
「王弟殿下とレイフでしたっけ? 実はあまり優秀ではない?」
「シェリル? 他所で言っては駄目よ」
「三国同盟で優秀な王子が親友の妹と結婚して、隣国の婿養子になってしまったせいで、実は我が国って……」
「はいストップ。国王陛下も王弟殿下も優秀な方たちよ。しかもイケメン。高身長」
「その情報はいらないんですが」
「重要な情報でしょう? ともかくそれでアレクシアは苦労しているのよ」
本当に記憶が戻る前のアレクシアさんは引っ込んでいるのかしら。
今の私はほとんどオバサンだけど、八歳の私の影響をちゃんと受けているわよ。
前世の私はこんなに行動力はなかったし、今ほど他人に興味を持っていなかった。
自分のことで精いっぱいだったってこともあるけど、これは八歳の私の性格が融合したからだと思うのよ。
ゆっくりリラックスさせてあげてとローズマリー様が言ったので、アレクシアさんが浴室から出てきたのは二時間後だった。
その間にギルバートから手紙を受け取ったお母様が、商会の人間にたくさんの荷物を運ばせてきて、私の部屋に山積みにした。
中身はもちろんアレクシアさんが変身するために必要な物達よ。
「あら素敵。私がほしいくらいよ」
「でしたらこれはプレゼントしますわ。娘がお世話になっているのですもの。こちらとセットで受け取ってください」
ローズマリー様に商品を渡しているお母様は、男爵夫人ではなく商人の顔をしている。
周りではトルソーにドレスを着せたり、テーブルを出して化粧品を並べたり。
私の部屋が商会のサロンに大変身よ。
「お待たせしました」
素足のままガウンを着て出てきたアレクシアさんは、部屋の様子を見てびっくりしていた。
化粧を落として素顔になった彼女がそういう表情をすると、ぐっと幼い感じに見える。
少し眠ったのかすっきりした顔つきで、髪も肌もつやつやよ。
「いただいた胸当てがとてもいいわ。すっきりして見えるでしょう?」
「サイズは大丈夫ですか。色も三種類ありますよ」
「五枚買うわ」
「そちらはプレゼントしますから、四枚のお買い上げですね」
お母様ったらアレクシアさん相手に商売を始めたわよ。
私が頼んだのはそうじゃないのよ。
お金は私が払うから、よさそうなものをいくつか見繕ってってお願いしたのに。
「他にもいくつか種類がありますから、一緒にお入れしておきますわ」
ゲームに出てきた物はキャラだけではなく全てあるのがこの世界だ。
乗馬をするときに胸が揺れるのを嫌がる女性もいるし、騎士やコアハンターは戦う時に胸が邪魔になるそうで、補正下着の種類は多いのよ。
ウエストを細く見せたい。胸を大きく見せたいって女性のニーズにもお答えしているの。
「こちらの基礎化粧品のサンプルもどうぞ。乾燥肌向けの肌に優しいセットです。たくさん持ってきたので、みなさんも使ってみてください」
旅行に持っていけそうな小さなポーチに入ったセットは、貴族向けのけっこう高価な物よ。
それを配るなんて気合が入っているわね。
「あの……申し訳ないんだけど」
ゆったりとした椅子に腰を下ろして、前に置かれた大きな鏡で自分の顔を確かめて、壁際に並べられた洋服に視線を向けて、アレクシアさんは眉尻を下げて俯いた。
「化粧はしたいの。子供だと思われたくないし」
「でも子供ですよ?」
まさかは八歳児に言われるとは思わなかったんだろうな。
えっという顔をしてアレクシアさんは黙り込んでしまった。
「ああ、ごめんなさい。化粧はしましょう。きっとローズマリー様の侍女さんたちなら、アレクシアさんに似合う化粧をしてくれますわ。でも私は、むしろ十四歳だということは武器になると思うんです」
「私もシェリルの意見に賛成ですわ」
母が助け舟を出してくれた。
「先程少しだけアレクシア様の現状を娘から聞いたんです。職場の方たちは、あなたの年齢をご存知なんですか?」
「いいえ。ほとんど知らないと思うわ」
「でしたら、私はまだ十四歳なのにそんなことをオジサンに言われるなんて、こわい! って言えばいいんです。言い負かすのではなく、被害者なのだとアピールしましょう。実際に嫌がらせの被害者ですし」
化粧をしている間に、お母様のレクチャーが始まった。
でも涙は逆効果なのよね。職場で涙を見せる女は嫌われる。
冷静にいつどういう被害にあったのかをメモし、出来れば証拠を押さえて、そのうえで上司と王弟殿下に報告するのが一番よ。
離婚の時も弁護士さんに、冷静に証拠を集めるように言われたわ。
「眉はくっきり描きましょう。アイラインもしっかり描いたほうがいいのではないかしら」
一方、ローズマリー様と侍女たちは、化粧品選びに余念がない。
「そうですわね。アレクシア様は睫毛が長いのでマスカラはなしで、ビューラーでしっかり睫毛をあげましょう。忙しい朝に簡単にできる化粧がよろしいのでは?」
「大変ありがたいです」
大勢の人に囲まれて髪と爪の手入れもされてなすがままのアレクシアさんを、私はひとりで離れた位置から見物することにした。
オバサンはエイジングケア以外よく知らないのよ。
「どうです? お似合いでしょう?」
侍女が自信ありげに言うのも当然だ。
けっして厚化粧ではないのに、目元がきりっとしたアレクシアさんは意志の強そうな行動派の女性に見えた。
年齢より少しは年上に見えるけど、今までとは違って若くて魅力的で自信に溢れているようだ。
「魔道省では服は黒と決まっているのでしょうか」
「ないわ」
「では、こちらの紫紺色の服はいかがでしょう。上着の丈が短いので、ウエストの細さがしっかり見えますし、スカートもタイトすぎず動きやすいですよ」
「いいわね。試着させてみて。そちらのドレスもいいわ」
「これですね。黒でしたら、こちらの銀糸の刺繍が入ったドレスがお似合いですわ」
「全部買うから、アレクシアの部屋に届けてちょうだい。化粧品もね」
ローズマリー様が選んで買うの?
たしかにアレクシアさんよりセンスはいいんだけど、少しは彼女の意見も聞かないと。
「これが……私」
紫紺色のドレスを着たアレクシアさんは、鏡の中の自分に驚いているし意外と気に入っているみたいだ。
本人がいいのなら、ローズマリー様にお任せしたほうがよさそうね。
「お母様、化粧品とシャンプーのサンプルをアレクシアさんにたくさんあげてください。女性の同僚を味方につけるきっかけに使えます」
「わかったわ。あんなに可愛らしいお嬢さんが、仕事に追われて追い詰められているなんて、とんでもないことよ」
「いざとなったら魔道省をやめて、私の護衛として家に来てもらうの」
「あら素敵。住み込みで来てくれてもいいわよ。大歓迎だわ」
私とお母様の会話を聞いていたアレクシアさんは、初めて年相応の少し照れくさそうな笑顔を見せた。