オバサンは図太い 4
「商会の近くのお店でケーキを買ってきたので、講義が終わってから一緒に食べましょう。たくさん買ってきたので、みなさんで分けてくださいね。美味しいお店なので、きっとすぐに有名になってしまいますよ」
と言うと、ローズマリー様と侍女たちの顔つきが一気に明るくなった。
「今、食べましょうよ」
「もうすぐお昼なのに? ご飯はちゃんと食べないと駄目ですよ」
女性に好かれるには、甘い物を差し入れるのがポイント高いわよ。
突然の注文だったけど、ワディンガム公爵家へのお土産にすると言ったら、午前中の営業をやめてまでケーキを用意してくれたの。
「シェリルはお母様みたいなことばかり言うのね」
え? オバサンがはみ出してました?
「では私たちは荷物の片づけに行きましょう」
侍女長がドナに話しかけたので、まだ紹介していないことを思い出した。
「私の専属の侍女のドナです。よろしくお願いしますわ」
「よろしくお願いします」
ドナって動きがシャープだからか体育会系の印象が強くて、侍女としてお世話になるというより、これから弟子入りする雰囲気よ。
「ひとりだけ違う制服だと目立ちますから、こちらにいる間はワディンガム公爵家の侍女の制服を着ていただきます」
「はい」
「では、着替えて荷解きをいたしましょう」
「はい!」
返事の声が大きいなあ。緊張しているのかしら。
荷解きが終わるまではふたりでお話をするからとローズマリー様に言われて、次々と侍女が廊下に出ていく。
ふたりだけになると、広い部屋が余計に広く感じられた。
「あなた、子供の振りはやめたの?」
振りって、私は正真正銘の子供ですけど。
「八歳どころか十代とも思えない話し方だったわよ」
「そんなに!?」
「そのおかげで、侍女たちはあなたが話し相手に選ばれたのは、こういう子だからかと納得したみたいだけどね」
「では、結果オーライということで」
「もうちょっと慎重になりなさいよ」
娘たちにもよくこんな感じで怒られていたのよね。懐かしい。
そういえば今までずっと、私もローズマリー様も立ったままで話していたわ。
指示されたソファーに腰を下ろしたら、ローズマリー様が当たり前のように隣に座ってきた。
これは大丈夫なのかしら。
侍女たちにお嬢様になれなれしい態度で生意気とか言われない?
「屋敷にいる主だった使用人たちと侍女たちには、あなたがポロック伯爵に結婚を迫られていることは話してあるの。勝手に話したことは申し訳ないけど、事情を知らない人間のせいであなたが危険にあってはいけないし、侍女の情報網ってけっこうすごいのよ」
それは母親も言っていた。
最新の化粧法からいろんな貴族の財政状況まで、集めようとすればいろんな情報が集まるらしい。
もちろんしっかりした侍女たちは主人の情報を流したりはしないわよ。
でもいつもと違う人とデートしていたとか、今まで購入していた物よりランクの低い物を買うようになったとか、平民街では特に貴族は目立つから、何かと話題にされやすいの。
「ポロック伯爵の幼女趣味ってかなり有名みたいよ。今までは平民の子を狙っていたみたい。幸いなことに奥様が気付いて少女を家に帰したんだけど、それで怒り狂ってね、自分の娘のベッドにもぐりこもうとしたんですって」
「うへえ」
我が子にまで手を出すって、最悪じゃない。
そんな男がどうして野放しになっているのよ。
「乳母が心配して見張っていたせいで気付いて、屋敷は大騒ぎになったらしいわ。奥様はその場で離婚を言い渡して娘を連れて実家に帰ったそうよ」
「男の子はどうなったの?」
「跡継ぎだから渡さないって言われて、泣く泣く諦めたって聞いたわ」
残された男の子が心配だわ。
母親に捨てられたなんて思っていなければいいんだけど。
本当に最悪。
そんな男が私と結婚したがっているなんて、気持ち悪くて吐き気がするわ。
「お兄様が王弟殿下に報告に行っているの。お父様も王宮に行った時にバークリー侯爵と話してくれるそうよ。だから、心配しないで」
「はい。ありがとうございます。ローズマリー様と一緒に勉強出来るんですもの。暗くならないで頑張りますわ」
「勉強ねえ……」
「さっそくアードモア語で話します?」
「今日はいいでしょ」
でも、そのうちって思っていたらいつになっても出来ないのよ。
前世ではそれで、たくさんのことを出来ないままで終わらせてしまったわ。
「日本にいる時、バイリンガルの人を格好いいなとずっと思っていました。海外旅行に行くのにも自分で話せると安心感が違うじゃないですか。インターナショナルスクールに通ったり親の仕事の関係で外国生活した経験があったりする人を、羨ましいと思っていたんです。今回は学ぶ機会があるんですから、やらなくては損ですよ」
「うん……やらないと駄目だしね。社交の場には外国の大使や外交官も来るから必要ではあるのよ。わかったから、目をキラキラさせて笑顔で迫ってこないで。明日から試しにやってみましょう」
そうして習慣化すれば、こっちのもんですよ。
子供の時からしっかり学んで、ネイティブと間違えられるような発音で会話したいわ。
「歴史も嫌いなんですか?」
「なんとなく流れがわかればいいじゃない。教養として知っていなくてはいけないことだけ抑えとけばいいんじゃないのかしら」
「今日はどの時代の講義ですか?」
「三国同盟よ」
ああ、それは素敵。
「知ってます? その時代の我が国の王子とアードモア王国の王子は、同じ時期にフリューア公国に留学していて親友だったんですよ」
「そうなの!?」
興味のあることは覚えられるのは誰でも一緒。
好きなアイドルグループの全員の名前と生年月日と血液型を全部暗記している人なんて、たくさんいるでしょ?
でも全く興味のない人間が何をしたかなんて覚えたくもないものよね。
歴史上の人物だって、ゲームに登場したりドラマを観て興味を持って好きになったら、もっと知りたくなって調べるじゃない?
それで本で仕入れた話をしてみたんだけど、異様に食いつきがいいわね。
「ふたりとも同じ女性を好きになって」
「……ふうん」
「でも結局ふたりとも、女性に気持ちを明かさないままに帰国したんです。ふたりとも王子ですから好きになったからって結婚できないですし、女性問題で仲違いしたくなかったんでしょうね」
「女性より親友を選んだのね」
興味を持つ点が非常にわかりやすいわね。
「あの、もしかしてお腐れ様をたしなんでいらっしゃいます?」
「まあ、それほどのものではございませんことよ」
意味がわからないわよ。
でも否定はしていないわよね。
「……ジョシュア様とコーニリアス様で妄想したりは……」
「いいえ。コーニリアス攻めです」
ああ、手遅れだった。
「それで、帰国してからどうなったの?」
「それは講義で聞いてください」
「えええ。そこからが大事なんじゃない」
今までこういう会話が出来なくて飢えていたんだろうけど、他の人の前では気をつけないと。
十九歳の女子大生の頃に戻ってしまったような話し方になっている。
「シェリルの周りには腐女子はいなかったの? 昔は腐女子とは言わなかったんでしょうけど」
「いましたよ。半世紀前から日本にはその手の少女漫画の名作がありましたから。でも昔は隠して仲間同士でひっそりと嗜むものだったので、誰がそうかはわかりませんでした」
「そうなのね。うちの母はけっこう好きで、私が同人誌を貸してあげていたわ」
「……ローズマリー様の前世のお母様はおいくつだったんですか?」
「私が死んだときは四十三」
「ぐふっ」
やっぱり私より年下よね。
「私は長女だったしね。でもシェリルのほうが若々しい気がするわ。お母様や侍女長よりも若く感じるわよ」
「それは見た目と声が八歳だからじゃないですか?」
「……たしかに」
ローズマリー様を心配するより、自分のことが先ね。
他の人の前では、もう少し子供らしさを演出しなくてはいけないわ。
前世を思い出す前の私も年齢よりだいぶ落ち着いていたようだから、元からこういう性格なのかもしれないけど、家族やローズマリー様が大丈夫だからと言って油断しては危険よ。
楽しくお話していると時間が経つのはあっという間で、準備が出来たと知らされて案内された部屋が、自宅の自分の部屋より広いことに驚いた。
客用の別邸があるのに、本邸にもこんなに広い客室が用意されているのね。
物珍しくて室内を探検してからドナとふたりでランチをいただくと、すぐに講義の時間になった。
「現代まで続く三国同盟が締結されたのは……」
「先生、その頃のバルナモア王国とアードモア王国の王子が親友で、同じ女性を愛してしまったと聞いたんですけど」
「まあ、よく御存じですね。近年になって手紙が発見されたんですよ」
歴史の先生は、いかにもな感じの眼鏡をかけ髪をお団子にして結い上げた女性だった。
細い体に灰色の地味なドレスを着て、顎をあげて話す様子を見て怖そうだなと思ったのは一瞬だけ。
ローズマリー様が興味津々に話し始めると、表情がぱあっと輝いた。
「シェリルが教えてくれたんですの。歴史が好きで、たくさん本を読んでいるそうですわ」
「歴史書は難しい本が多いのに、素晴らしいですわ」
「いえ、あの、うちの商会のすぐ近くに古本屋があるんです。歴史書は……安くて……」
貴族の屋敷や図書館に並べられている新しい歴史書は高いのよ。
貴族は古本なんて買わないからね。
でも平民は歴史書なんて読まないから売れないの。
「本屋に行くといろんな本を買いたくなりますし、家にあった歴史書より、もっと詳しく書かれた本が読みたかったんです」
お金はあるけど、だからって無駄遣いはしたくないと記憶が戻る前から考えていた私ってば、根っからの庶民よ。
「それで国に帰ってからも友情は続いたんですよね?」
早く続きを聞きたいローズマリー様が、私たちの会話を遮って言った。
「それが、国に帰って三年後にアードモア王国の王子は病気で亡くなったんです」
「えええ」
アードモア王国は我が国とは違って獰猛な魔獣が生息する国で、コアハンターも多く、珍しい素材が高値で取引されるおかげで裕福だけど、国家が安定しない国でもあった。
それなのに唯一の王子が亡くなってしまって、王冠を巡って争いが起こってしまったの。
ちゃんと八歳の私は隣国のことを学んでいたのに、記憶を取り戻したばかりの時はオバサンの意識が強くて、この世界のことが何もわからなくてジョシュア様に呆れられたのよね。
貴族限定かもしれないけど、この国の子供の教育水準はかなり高いわよ。
もちろん科学や化学なんてないけどね。
代わりに錬金術と魔法があるわ。
「それでバルナモア王子が親友の妹王女と結婚し、アードモアの国王となって国を安定させ三国同盟に導いたんですのよ」
「まあ、親友の意志を継いだんですね」
「そうなんです。アードモアとしてはバルナモアの王子が国王になれば属国扱いにされるかもしれないという懸念もあったのですが、内戦を避けるためには仕方がなかったんですね。でも、親友の意志を継いだ王子はなによりもアードモア国民のことを考えて、バルナモアと対等な同盟を結んだんです」
本当は、私はそんなには歴史が好きなわけではない。
多少は興味があるし歴史小説は好きだけど、三国同盟の話だけで二時間半も盛り上がるとは思わなかった。
この先生は、実は腐女子系歴女かもしれない。
いえ、ローズマリー様が積極的に学ぼうとする姿勢に感動しているだけよ。
「次の講義では三国同盟に参加した華やかな文化の国、フリューア公国側のお話をしましょう。大公と彼を守り続けた騎士団長のお話です」
「楽しみですわ」
同志を見つけたと思っていないわよね。
変な方向に突き進んでしまったら、私がジョシュア様に殺されてしまう気がする。




