オバサンの親戚はS級冒険者だった 4
レストランの個室に通されて五分もしないうちに、ユーインを乗せた馬車の御者が戻ってきた。
「店はわかるので、転移で移動するから帰ってくれと言われました」
親戚とはいえ初対面の相手の寄越した馬車に乗って、相手の指定した店にほいほいやってくるような人がS級冒険者になれるわけがないわよね。
うちではなくてアシュベリーに顔を出したという時点で、前もって私たちのことを調べもしないで動いたの? って驚いていたから、むしろほっとしたわよ。
それから四十分くらいは待ったかしら。
これはね、たぶんそうなるなとは思っていたので問題なし。
前もって約束していない突然の話だから、家族でどうするか話し合う必要があるでしょうし、奥様も一緒にくる場合、準備に時間がかかるでしょう。
それにたぶん、奥様やユーインを連れてくる前に店や周辺の様子をチェックする時間もいるもんね。
私ならそうするわ。
お茶だけ先にいただきながら、雑談して待っていた私たちの前に現れたユーインとその両親は、平民には見えないお金のかかったきちんとした身なりをしていた。
ユーインもしっかり着替えてきていて、なんとなく子供の面接に来た家族のように見えなくもない。
「お待たせしました」
「急だったのに、むしろ早いほうだよ。会いに来てくれて嬉しいよ」
「こちらこそ会って下さってありがとうございます。バイロンと言います」
私とユーインがかなり似ているから、お父様たちも似ているのかと思っていたのに、立ち上がって出迎えたお父様とユーインのお父様のバイロンさんは、まったく似ていなかった。
どちらかというとお父様は優男風のタイプで戦闘能力は皆無だから、鍛え上げたS級冒険者とは面構えから違うのは仕方ない。
バイロンさんは背が高くて胸板が厚くて、貴族風の服を着ていても堅気には見えないというか……まずこんな日に焼けた貴族はいないわ。
髪も日に焼けていて色の薄い金髪で、知り合いでなかったら怖くて話しかけられないかもしれないくらいに目つきが鋭い。
でも私の存在に気付いてこちらを見た時に、少しだけ目つきが和らいだのよ。
子供は好きなのかもしれないわ。
「私たちは従兄弟なんだ。敬語なんて使わないでくれ。ユーインくんに会った時は驚いたよ。うちのシェリルによく似ている」
「俺もユーインから先程話しを聞いてはいたんだが、まさかこんなに似ているとは……」
お父様が気さくに話しかけても、バイロンさんの警戒心はそう簡単には解けないみたいだ。
笑顔でも目は笑っていないって、こういう表情のことよね。
「シェリル、こっちに来てご挨拶しなさい」
「はい」
子供らしく返事をして立ち上がり、お父様のすぐ横まで駆け寄り、スカートを摘まんで膝を折った。
「シェリル・アッシュフィールドです」
「アッシュ……ああ、準男爵になったんだったね」
「はい」
「はじめまして。バイロンです。学園ではユーインによくしてくれたみたいだね。ありがとう」
やっぱり私に話しかける時は、優しい表情になるのね。
奥さんのほうも、さっきからちらちらと私を気にしていて、目が合ったら微笑んでくれた。
「助けてもらったんだから、お礼を言うのは私です。ユーインは人気者になってましたよ」
あそこでローズマリー様が冒険者だってことを話していたのは、アードモア訛りのある平民のユーインが受験生たちに受け入れられるように考えてくれていたのよ。
冒険者とかコアハンターとか呼び方はいろいろだけど、男の子の憧れの職業のひとつだとは知らなかったわ。
S級冒険者はヒーローよ。
依頼をこなして名が売れれば、貴族になれることもあるんですって。
バイロンさんもS級冒険者なら貴族になる機会もあったんでしょうけど、そうなっていたら冒険者をやめられなかったかもしれないし、バルナモアに避難しにくくなっていたでしょうね。
「彼女が妻のフィオナです」
「よろしくお願いします」
奥様はほっそりとした色素の薄い感じの美人さんだ。
銀色の髪に薄青の瞳、肌も白くて透き通るようで、物寂し気なミステリアスな雰囲気がある。
いかにも強そうなバイロンさんの隣にいると、対比がすごいわ。
「よろしく。会えて嬉しいよ。あとで私の妻も紹介させてほしい。困ったことがあったら彼女に相談するといいよ」
「ありがとうございます」
「そして、彼はレイフ・イーガン子爵だ。ユーインくんから話は聞いているんだろう?」
「いちおうは……」
レイフ様だけ、このメンツの中では異質な立場だからね。
バイロンさんの表情が微かに強張っている。
「ご親戚の集まりに紛れ込んでしまって申し訳ない。王弟殿下の側近をしていて、シェリルとは同僚なんです」
「同僚……」
マジかよって顔をしているバイロンさんに、得意げに胸を張ってみせた。
フォースター伯爵夫妻の時のように、怖がられてしまったら困るのよ。
「王弟殿下がなぜ俺たちに力を貸してくださるんでしょう」
「シェリルの親戚で、S級冒険者で、アードモア国王には迷惑をかけられているからでしょうね。ヘンリエッタ王女の話はご存知ですか?」
レイフに聞かれてバイロンさんは眉を寄せて首を捻った。
「聡明で優秀な少女という噂の割には、具体的な行動の話が出てこないとは聞いています。それと……あまりよくない噂も」
「ほお」
「光魔法を治癒には使わずに、貴族の御婦人方の美容に使って金儲けをしていると」
「ああ、なるほど。実は彼女はシェリルが光魔法を使えると嘘をついて、自分と交換留学という建前でアードモアに呼んで、ダンジョンで働かせようとしたんですよ」
間違ってはいないけども、細かいことを省いて説明すると、最初から計画的にヘンリエッタが詐欺行為をしたみたいに聞こえるわね。
「はあ? なんでそんなことを?」
「わかりません。そもそもシェリルは光魔法を使えませんから。しかもその時にアードモア国王がかなり無礼な態度でしたので、国王陛下も王弟殿下もかなりお怒りなんです。そしてまた、冒険者をやめて静かに暮らしたいと希望しているというのに家族を盾に脅すようなことをしていると聞いて、あなた方の力になろうと考えたんです」
「レイフ、食事をしながら話そう」
「ああ、そうですね」
やっと食事だと聞いて、私は一番に椅子に腰を下ろしたわよ。
ユーインもフィオナさんの手を取って、テーブルまで引っ張るようにして移動していた。
貴族ばかりがいる中で、フィオナさんはだいぶ緊張しているみたい。
「聞いてもいいですか? どうしてクロウリーではなくアシュベリーに連絡を入れたんです?」
レイフ様もバイロンさんがどんな人か見極めたくて、いつもより事務的な話し方になっている。
お互いに腹の探り合いになっているのはしかたないけど、微妙な空気なのよ。
お父様とバイロンさんも距離の取り方を迷っている感じだわ。
「まさかなにも調べないで行動したりはしていないでしょう? クロウリー子爵家は商売も領地経営もうまくいっている評判のいい子爵家ですよ。普通はクロウリーに連絡しませんか?」
「それはあなたが貴族だから言えるんですよ」
それぞれ椅子に座ってスープが届けられても、誰も口をつけようとしない。
大事な話だから私も聞きたいけど、空腹でお腹が鳴りそう。
「順風満帆で高位貴族にも気に入られていて、評判のいい貴族からしたら、突然隣国から親戚だといって冒険者が尋ねてきたら迷惑でしょう。それにアードモア国王が追っ手を向けてこないとも限らない。巻き込むのは申し訳ないと思ったんだ」
おおおお、それでうちに来るのは遠慮したんだ。
アシュベリーなら失う物よりも、S級冒険者と手を組んだほうが得るものが多いから取引できると考えたのか。
「大変だったのに私たちに気を遣ってくれたんだね。でも大丈夫だ。バルナモア王宮には力を貸してくれる人がたくさんいる。きみたちの身の安全を守るために動き始めているそうだよ」
バイロンさんもフィオナさんも驚いた顔で顔を見合わせた。
まさか無関係の貴族たちまで力を貸してくれるとは思っていなかったんだろう。
「まずはクロウリーの方々に会いたいでしょうから、明日以降、出来るだけ早めに王弟殿下と会って下さい」
「それはもちろん……ですが、国に雇われるというのは、その……」
「ああ、そんなことは考えていませんよ。王弟殿下は近々大公になるので大公領に拠点を置いてはいただくことになりますが、それ以外はお好きなように我が国で過ごしてください。S級冒険者がいるというだけで充分なんですよ」
「大公領ですか」
「住むのは他所でも構いませんよ。でもいざという時に大公領内であれば、我々が守れます。まあ、具体的な話は殿下とお話していただいたほうがいいでしょう」
男性三人の話はまだ続いているけど、それよりも食事よ。
誰かが口をつけなくちゃ、食事が始まらないんだからもう食べちゃおう。
ほら、私が食べ始めたらユーインが嬉しそうにスープを飲み始めたわ。
育ち盛りの子供に、目の前に美味しそうな料理があるのに我慢しろっていうのはひどいわよ。
「美味しいですよ。食べてみてください」
会話に入るわけでもなく、どうしたらいいか迷っている様子のフィオナさんにも声をかけた。
難しい話はまかせちゃいましょう。
「え? あ、そうですね」
「私に敬語なんてやめてください。叔母さまって呼ぶのはどうかと思うので、フィオナさんって呼んでいいですか? 私はシェリルって呼んでください」
「でも、あの、いいのかしら」
「いいんです! お父様たちもお話も大事ですけど、ご飯も食べなくちゃ駄目ですよ。せっかく作ってもらったのにもったいないです。あ、ユーイン。そこのパンは好きなだけ食べていいのよ」
「どれだけ食べ物が出てくるんだろう」
「いーっぱい出てくる」
「じゃあ、一個だけ食べる」
男の子が何を言っているんだ。
どんどん食べないと大きくなれないわよ。
「S級冒険者でも家族を守るために他国にまで来た人だよ? それなのにアシュベリーはひどい態度だったんだろう? 気の毒じゃないか」
メイン料理のお肉に取り掛かった時に、お父様の声が耳に飛び込んできた。
「いや、俺も彼なら利用しても心が痛まないだろうという打算があって近付いたんで、あまり人のことは言えないんだ。でも、あんなに話の通じない救いようのないやつだとは思わなかった」
思い出すとまだ怒りがこみ上げるようで、バイロンさんはスプーンを持つ手に力を込めている。
ユーインも口をへの字に曲げているわ。
「そんなにひどかったのか」
「おまえたちは、半分は貴族の血がはいっているからまあいい。冒険者は人気があるからアシュベリー家のために働いてもらう。だがフィオナは平民だから本邸で生活はさせられないと、別邸という名の小屋に押しやったんだ。そんなことを言うやつとは一緒にいられないから出て行こうとしたんだが、アードモアから移動した疲れもあるし、宿を取っていないし、今夜だけはここに泊まろうとフィオナが言うんで、俺とユーインも案内された部屋には泊まらずに、フィオナのいる小屋で寝ることにしたんだよ」
ユーインは自分の娘と結婚したら跡継ぎにしてやるって言っておいて、彼のお母さんは小屋に追いやるってなに?
私はアシュベリーに会ったことがないのよね。
あれは関わってはいけない人間だって言われてるの。
「そうしたらあの男、夜中に小屋にひとりでのこのことやって来やがったんだ」
「はあ!?」
「バイロン、子供の前でそういう話は……」
「あ」
肉の塊をパクっと咥えたところで動きを止め、視線を感じて顔をあげたら全員が私を見ていたので、そのまま首を傾げてみせた。
「シェリル、おいしいかい?」
口の中が食べ物でいっぱいなので、無言のままうんうんと縦に首を振る。
お父様もバイロンさんもフィオナさんまで、ほんわかと和んだ表情になったのに、レイフ様とユーインのその顔は何よ。
こわいものでも見たような目で、慌てて視線をそらさないでよ。
しっかしアシュベリーってくずね。
つまりフィオナさんをひとりにして襲おうとしたってことでしょ?
そういう男は二度とそんな気を起こせないように、ちょん切るべきよ!




