アードモアの転生者たち 4
「シェリル、王族にとっては親子の情より国を守ることのほうが重要なんだ。そうじゃなかったら国を治めるなんて出来ないんだよ」
王弟殿下に言われると重みが違う。
殿下も国王陛下との関係には、きっと今でも気を使っているんだろう。
互いに相手を大事に思う兄弟でも、周囲の貴族たちの思惑が絡んで何が起こるかわからないから。
だから大公になって、ひとりで遠い領地に行くんだもんね。
私ったら、そんな殿下に王宮の仕事のほうがいいから部署異動してくれなんて言ってしまったんだわ。
でも……国家公務員は捨てきれない。
「まあ、彼女の性格はもともと自分本位ではあったんだろうな。結局最後まで、みんなに迷惑をかけたことへの詫びの言葉はなかったよ。自分のことで精いっぱいなのかもしれないが……ああいうところはもう変わらないんだろうな」
やりきれないなあ。
せめて今、周りで彼女のために動いてくれている人たちに、感謝の気持ちを持ってくれるといいのに。
もしかしたらこれから新薬が出来たり、光魔法が役立って新しい薬草が育ったりするかもしれない。
もしかしたら素敵な男性に出会うかもしれない。
そしたら少しはこの世界を好きになれるのかな。
「ヘンリエッタの話はひとまずこれでおしまいだ。あとは食べながら話そうか。……それにしても美味しい食事というのは強いな。おかげでヘンリエッタは記憶を取り戻せたんだからな」
クロフはそう言うなり料理を小皿に取り分け始めた。
それを見て、みんなもいっせいにフォークを手に持っている。
いい匂いがしていたもんね。
「日本人だからでしょう」
餃子をフォークで突き刺しながらレイフ様が言った。
「知ってますか? 世界のいろんな国の人に一番幸せを感じる時間はどんな時かってアンケートを取ったら、日本人だけが美味しいものを食べた時だったそうですよ」
「食べ物に対するこだわりが強いというのは聞いたことがあるよ」
今までおとなしく話を聞いていたノアも、話がいち段落してほっとしたのか笑顔で言いながら料理に手を伸ばしている。
胃袋を掴むというのは日本人に有効なだけで、世界共通ではないのかしら?
「そうだ。シェリル、食べながらでいいからホリーの話を聞いてやってくれ」
私も食べようとフォークを握ったところで名指しされてしまった。
そうよね。彼女だけクロフと一緒にここに来たんだから、何か話があったのよね。
「では僕は米を炊いてきます。炊き込みご飯もレシピがあるので出来るでしょう」
クリスタルが立ち上がった。
せっかくクロフがいるのに、キッチンに引っ込まなくてもいいじゃない。
それとも十代後半の男の子としては、父親代わりとの会話を仲間に聞かれるのは恥ずかしいとか?
「私に話ってなにかしら?」
せっかく来てくれたのだから話は聞かなくては。
フォークを置いて居住まいを正して聞いてみた。
「実は私、昭和生まれなんです」
「あら? 私以外にも昭和生まれがいたのね」
「……」
「……」
ん? この沈黙は何? 反応が悪かった?
なんでホリーはそんな深刻そうな顔をしているの?
昭和生まれって、そんな重要な問題?
「転生者に昭和生まれはシェリルしかいないって聞いていたような気がするんだけど」
ローズマリー様に言われて思い出した。
そういえばそんな話を聞いたわ。
「嘘をついていたんです。オバサンだって思われたくなかった」
あ……なるほど。年を気にするタイプの人なのね。
やっぱりアードモアってヘンリエッタ以外は、いろんなことを気にしてしまう人ばかり集まったんだなあ。
今の年齢じゃないのよ? 前世よ? そんなに気にすること?
「結婚するのが遅かったのもあって、参観日でも周りは年下ばかりで、下の子の時には平成生まれのお母さんもいて……それに病気になったせいで余計に老け込んでしまって。娘たちは気にしないって言ってくれていたんだけど、どうせなら綺麗なお母さんのほうがいいじゃない。転生しても周りは若い人ばかりで気になってしまって……ごめんなさい」
いや、わかるのよ。
自分の年齢を隠したい人はたくさんいるわよ。
私だってぼかしてはっきりした年は話していないからね。
「なにも謝ってもらうようなことじゃないでしょう? 私にとっては割とどうでもいいのよ、前世の年齢なんて。この世界に生まれてもう十年以上経っているんだもの。前世のことをあまり気にしないほうがいいんじゃない? あなたは明るくて可愛くて、話しやすい素敵なお嬢さんだと思うわ。そっちのほうが重要でしょ?」
「でも、あなただけお婆さん扱いしてしまったし、先生みたいだとかお母さんみたいだとか」
「実際そうでしょう?」
ホリーにとっては先生やお母さんみたいだと言われるのは、マイナス要素なのね。
私はなんとも思っていなかったわ。
「……強いんですね」
え? 強さは関係ないでしょ?
私が年上だからって馬鹿にする人が誰もいないから、気にしないでいられたのよ。
まあ、前世の年齢で私を馬鹿にしたり、嫌なからかい方をする人がいたら、こちらからお付き合いをやめさせていただくだけだけどね。
そんなやつと付き合う必要はないわ。
「あのな、俺たちはシェリルの前世の年齢をマイナスに考えたことなんてないぞ」
殿下はお行儀悪くテーブルに肘をついて、手に持ったフォークを揺らしながら言った。
「それにシェリル本人もまったく気にしていなくて、言動があまりにオバサンぽいことがあって、周りがハラハラしている」
「そう? 私は最近、それも個性だと思ってきて気にならなくなったわ。可愛いじゃない」
「ローズマリー様、ありがとうございます」
「むしろその敬語をどうにかしてほしいわ。アレクシアとは仲良く話しているのに」
「ふふん」
そこで得意げな顔をアレクシアがするから、余計にローズマリー様が向きになるんでしょう。
そういうところはふたりともお子様なんだから。
「俺はむしろ経験豊かな人がいてくれてありがたいけどな。出会って何年も経ったらさ、前世のことよりこの世界で話したこととか、一緒にやったこととか、そっちのほうが重要だよ」
「ノアってばいいことを言うじゃない」
「当たり前だろ。俺だってもう八歳なんだからな」
「え? なに? 可愛い」
「ほんと。今の可愛かった」
「そこは可愛いって言うところじゃないだろ!」
ローズマリー様とアレクシアに可愛いと言われて、ノアは真っ赤になっている。
いつのまにかすっかり仲良しになったよね。
前世での経験も年齢も、今の境遇も性格もバラバラなのに、仲間意識がしっかり芽生えている。
「ホリーはさ、私と同じようにしなくていいのよ? 気になるのなら言わなくたっていいし、話したくなったら話せばいい。価値観は人それぞれだから、無理をしないのが一番よ」
「そう……ですよね。ありがとう。そう言ってもらって心が軽くなった気がする」
「転生者といい関係を作るのだって無理する必要はないわ。それより両親とか友人との関係を大事にするほうがいいわよ。もちろん転生者と友達になれたら、その人も大事にしなくちゃだけど」
これもまた私の価値観か。
でも前世を覚えている自分は特別で、この世界の人とは違うんだなんて思うようにはなりたくないじゃない?
今の私はシェリルなの。
素敵な両親と弟と妹がいて、親戚とも仲良くやっていて、彼らがとても大切なの。
転生組も大好きよ。
でもそれは彼らが転生者だからじゃなくて、彼らの性格や生き方や今までのやり取りの積み重ねで好きになったの。
「無理はしていないわ。貴族のふたりとは滅多に会えないけど、うちも四人で集まって食事会をしようって話になったの。その時は私が料理しようと思ってる」
「そう。それならよかった」
わざわざ謝りにきてくれるなんて律儀ね。
戦時中生まれだって言ってしまったことを気にしていたのかも。
びっくりはしたけど、むしろ笑ってしまうような話でしょ。
「夏には受験なのよね?」
「そうなの。ホリーは? 学校には行っているの?」
「行っていないわ。お金がかかるでしょ? うちは宿を改装したばかりで人を雇う余裕がないから、私が働かなくちゃ」
「十三で?」
「平民なら当たり前の話よ」
でも平民用の学校もあって、基礎的なことは無料で学べるはず……バルナモアはね。
アードモアはどうなんだろう。
……確かバルナモアも、学校制度は今の国王陛下になってから出来たんだわ。
国王陛下と王弟殿下が国民に学ぶ機会を与えようとして、貴族たちの反対もあったのに一年だけ無料で学べる場所を作ったのよ。
まずはそれが第一歩。
少しずつ国民の学力をあげていく方向で動いているはず。
他国はまだそういうことには興味がないのかもしれないわね。
だとしたら、ホリーが学校に通うのは難しいのかな。
「でもユーインは、この間のあなたの話を聞いて学校に通いたいと思っているみたい」
「私の話?」
「たくさん学んで世界を広げれば、自分はどうすればいいか、何が出来るのかがわかるってヘンリエッタに話していたでしょ」
「ああ、はいはい。話したわ」
「冒険者になるのをやめたら、自分は何がしたいのか何が出来るのかわからないから学びたいって」
「いいじゃない? やりたいことが出来たんだから」
アレクシアに言われて、ホリーはふっと微笑んで目を伏せた。
「彼の親はお金を持っているから、ひとり息子がそう言うのならばと貴族も通う学校に通わせる気でいるみたい。前世の記憶があるし、彼はシェリルと同じくらいに頭がいいはずだから受かるでしょ」
「そうかもね?」
ホリーが何を言いたいかわからずに首を傾げた。
本当は彼女も学校に行きたいのかしら。
「ユーインなら貴族の子息とも仲良くなれるんじゃないかしら。ウォルトやリンジーも護衛として家で働く気はないかって誘っていたし、そうしたら宿の手伝いよりそっちのほうがお金になるし……」
ぼそぼそと話すホリーは、その話を私にしてなんて言ってもらいたいの?
そんなことないよ。宿の手伝いをやめたりしないよなんて言えないわよ?
「ホリーはユーインが好きなの?」
「え?」
ローズマリー様がドストレートに聞いたので、ホリーも驚いていたけど私もびっくりよ。
そういう話?
だったら余計に、なんで私に話したの?
「そんなことないわよ。私は中身オバサンだし、今も年上だし」
「そんなのまったく関係ないじゃない。でも、あなたのためにユーインの未来を狭めるようなことをしないほうがいいんじゃない?」
か、かっこいい。
ローズマリー様のほうがヒロインにふさわしいんじゃない? って思うのはこういう時よ。
自分の力で運命を変えた人の言葉は強いわ。
「……そんなつもりじゃないわ。ちょっと愚痴りたくなっただけよ。だって彼は……」
ホリーは私のほうをちらっと見て、すぐに目をそらして、フォークを手に料理を自分の皿に盛り始めた。
「彼はなに?」
「なんでもないわ」
えーー、気になる言い方をしておいて話さないって、一番気に障る話し方よ。
わざわざバルナモアまで来て、いったい何がしたかったの?
年齢の話ってそんなに重要?
ともかくヘンリエッタの問題は、ひとまず解決したと思っていいのよね?
彼女はもう私たちに関わる気がないようだし、また何かやらかしそうなら記憶を消されるんだから。
ホリーの話は、結局なんでわざわざあんな話をしに来たのかよくわからなかった。
年齢を隠したいなら隠せばいいし、ユーインが学びたいと考えたのなら応援してあげればいいじゃない。
S級の冒険者はとんでもなく稼げるって聞いているから、ユーインを学校に行かせるくらい問題ないでしょ。
それに、私は他人の心配をしている場合ではないのよ。
一年で卒業すると言っている私が、受験で失敗するわけにはいかないんだから。
二章はこれで終わりです。
三章は学園編です。




