アードモアの転生者たち 1
床にしゃがみこんだまま立ち上がろうとしないヘンリエッタから離れ、彼女の分の料理をもらってくることにした。
せっかくだから食べてもらいたいじゃない。
この場にいない人の分も用意したから、教皇に渡すためにレイフ様が大きなカバンを用意していて、宅配のお兄さんみたいになっている。
「こっちがハンバーガーでこっちが照り焼きチキンバーガーだ」
「王族からもらってしまった」
「おまえだって公爵家の人間だろう」
「王族と公爵では大きな差があるでしょう。いまだにレオンさんに連絡を入れる時はドキドキですよ」
殿下とウォルトはなごやかだなあ。
というか、あれが普通のやりとりよね。
「おお、玉子サンドだ」
「醤油の匂いがする」
マガリッジ風料理として王都の店で販売しているメニューだから、バルナモアのメンバーはすっかりお馴染みで当たり前のように手渡しているけど、他の国の転生者にとってはこの世界で初めて食べる懐かしい料理だ。
ハンバーガーはあるけど、でも厚切りトマトにキュウリにベーコンも入っていて、気をつけて食べないとソースが溢れそうな豪華なハンバーガーよ。
さて……ヘンリエッタは食べるかしら。
拒否られたとしても、ぽつんとひとりでいる子供を放置してはいけないわ。
たとえそれが問題児で、本当はもう私が話しかけても無駄だとわかっていてもね。
たぶんここにいる転生者の中で、子供を育てた経験があるのは私だけなんだもの。
「はい。あなたも食べてみて。バリーソースを使った照り焼きハンバーガーと玉子サンドよ」
「……いらない」
口を真一文字にして横を向く様子は、拗ねた子供のようだ。
「本当に? もう二度と食べられないかもしれないのに?」
「……」
「ほら立って。そっちの椅子に座って。女の子が床に座っていては駄目よ」
引っ込みがつかなくなっているだけでしょ?
自分のやったことに恥ずかしくなってくれるくらいの理性があるといいんだけどな。
「ここのテーブルに置くわよ。飲み物を取ってくるから」
ヘンリエッタは人慣れしていない猫のように、私がみんなのいるほうに戻ってからやっと立ち上がり、私に言われた椅子に座って照り焼きチキンバーガーに手を伸ばした。
それでもまだ迷いがあるのか、じっとバーガーを眺めていたけど、
「……ああ、懐かしい味だ」
教皇がしみじみと呟き、
「うわーん、泣きそう。美味しい」
「うま……これ……」
ホリーとユーインが夢中で齧り付いている様子をみて、なかばやけくそのように大きな口を開けて齧り付いた。
もぐもぐと口を動かして咀嚼して、ごくんと飲み込む。
ヘンリエッタがまた動きを止めたので大丈夫かと心配になって近付いたら、涙が一筋、彼女の頬に伝うのが見えた。
「ずるいわ。醤油の作り方なんて普通は知らないじゃない」
「そうね。私も知らないわ」
彼女の前にお茶の入ったカップを置く。
「それは醤油じゃなくてバリーソースよ。この世界の調味料や香辛料を集めて味見して、それを全部覚えて組み合わせて作ったの」
「そんなこと出来るわけがないわ」
「プロの料理人を舐めてるの? でも簡単じゃなかったわよ。覚えるのにも苦労したんだから。何度吐きそうになったことか」
彼女の悪いところをもうひとつ見つけたわ。
なんでも否定から入るところよ。
やる前に出来ないって言ってしまったら、そこで話が終わってしまうでしょ。
本当にできないことを無理にやろうとするのは愚かよ?
それをやろうとして周りに迷惑をかけるのは駄目だけど、なんでもかんでも否定したら何も出来ないわ。
「シェリルの言っていることが本当だという証拠があるわよ。これを食べてみて」
アレクシアが言う前から彼女が何を運んできたかは匂いでわかった。
バルナモアの転生仲間に好評だった、例の世界的なバーガーチェーンのポテトだ。
実はこれも王都の店で売っていて大人気なのよ。
「ポテトフライはこの世界にもあるよ」
ユーインが匂いに釣られて近付いてきた。
「あなたも食べてみなさいよ。ほら」
アレクシアにポテトを差し出されて、手で受け取らないで大きく口を開けるって、こいつはどういうやつなのよ。
そこに迷わずにポテトを突っ込むアレクシアもすごいな。
「うっ……」
ユーインは目を大きく見開きもぐもぐと口を動かしながら、バーガーを持っていないほうの手で皿に盛られているポテトをがっつり掴んだ。
「これ、ほらあれ、なんだっけ。あそこのポテトフライの味がする!」
「食べながらしゃべらない。まずは口の中の物を飲み込みなさい」
「はい。すみません」
私に怒られて素直に謝りながらもポテトを頬張っているわ。
「なによ……ん!」
えー、照り焼きチキンよりポテトのほうが反応が大きいってどうなの?
ヘンリエッタもリスみたいに口を動かして、ポテトをものすごい速さで食べている。
「これが王都とマガリッジで食べられるのか。引っ越すか」
教皇が何を言ってるんですか。
引っ越せるわけがないでしょう。
「ああ、ここにある味の料理はもうバルナモアに来ても食べられませんよ」
「「「え!!」」」
いっせいに驚きの声が返ってきて、レイフ様は苦笑いを浮かべている。
「日本でも外国の料理を日本人に合うように魔改造していたでしょう? ここでもそうなんですよ。バルナモアの人達に店を任せて試作品を作っているうちに、どんどん本当にマガリッジ風料理になっていったんです。こっちの人たちにとってはその味付けのほうが美味しいと感じるみたいで、純粋な日本料理を食べたい時にはシェリルかクリスタルにたのむしかないんですよ」
殿下とレイフ様は前世の味付けの料理が食べたいらしくて、定期の顔合わせがいつの間にか食事会になっているのよね。
でもジョシュア様やローズマリー様、アレクシアは、毎日食べるとしたらマガリッジ風に改変された味付けのほうが好き派なの。
なぜかコーニリアス様は和風が好きで、ノアと私は料理によるって感じね。
「食べ比べしてえ」
「バリーソースはバルナモアに行けば買えるんでしょう? 自分で作ればいいのよ」
お、ホリーは料理ができる?
「ホリー、よければバリーソースあげるわよ」
「え? いいの?」
「うまくごまかせる? バルナモアに行った商人から買ったとか、もらったとか」
「クロフに紹介してもらったって言うわ。うちね、宿屋なのよ。一階が食堂で上に部屋がある宿屋ってファンタジーでよくあるでしょ?」
「へえ」
「確かゲームでは、宿屋が潰れて踊り子になったのよね」
アレクシアにそうそうって明るい笑顔で答えながら頷いて、ホリーはポンッと自分の胸を叩いた。
「潰れないように頑張ったわよ。うちの親は純粋で騙されやすくてさ、子供の私がしっかりしなくちゃね。それにユーインが顔を出してくれたおかげで、彼の両親が詐欺師を撃退してくれたの」
「やるじゃない」
アレクシアに褒められてユーインは照れくさそうに笑いながら、それでもポテトに手を伸ばそうとしてべしっと手を叩かれていた。
「これはみんなの分もあるんだから駄目。玉子サンドも食べてよ。今日は特別な玉子で作ったんだから」
「おー食べる食べる」
美味しいものを食べながらだと、話が弾むのは世界共通よ。
懐かしい味を分かち合いながらだから余計にね。
「それにリンジーが後ろ盾になってくれたの。伯爵家がバックにいるってわかったら、誰も手を出して来なくなったわ」
「ああ、私が戦時中生まれだと言っていたやつね」
「ちょっと抜けているのよね」
なんだ。
アードモアの転生者はバラバラなのかと思っていたら、ちゃんと助け合っていたんじゃない。
……ヘンリエッタだけが王女という立場的に動けなくて、孤立してしまったのかな。
いやでも転移魔法を使えるのよね?
だったら変装して会いに行くぐらいは出来なかったの?
宿屋の一室を年契約で借りて、そこを拠点にして動けばいいのに。
いえ、お嬢様はそういうことは考えつかないのかもしれない。
私は行動力がありすぎで、こういうことは楽しくなっちゃっていろいろと考えるから思いついてしまうのかも。
それにたぶん、私がどこかの宿屋を拠点にして平民の振りをして町に出ているなんて話したら、転生者仲間にめちゃくちゃ怒られるわ。
「バリーソースとマヨソース、僕にもくれないか?」
「教皇も料理が出来るんですか?」
「出来るよ。前世でひとり住まいして自炊していたからね」
「そんなになんでもできるなんて素晴らしいわ」
「なんでもは出来ないよ」
教皇はいくらでも誤魔化せる立場なので、持ってきている分だけ渡すことにした。
でも、きっと彼なら私と同じように調味料の味を覚えて、自分で醤油を作るんじゃない? って言ったら、
「取引しようよ。ちゃんと輸入するからさ、商売しないと」
またまた感心してしまうようなことを言ってくれた。
自分で作ったほうが安上がりだし、自国で商売だって出来るかもしれないのに、こちらの利益まで考えてくれるなんて本当に素敵な人だわ。
この若さで教皇をやっているだけのことはあるわね。
「クロフ、帰りたいの」
ふとヘンリエッタの声が聞こえてきたので振り返ったら、いつの間にか彼女は立ち上がってクロフに話しかけていた。
疲れたのかどこかぼんやりしているように見える。
照り焼きチキンも玉子サンドもしっかり食べきってはいるから、体調は悪くはないのよね。
「そうか」
クロフは何も聞かずにヘンリエッタを連れて転移した。
……え? 転移したの? 他国まで?
そんな距離を転移で移動できるものなの?
「振り返りもしなかったわね」
アレクシアがぼそっと呟いた。
「せめてひとことだけでもあれば、だいぶ印象が変わるのに。あの子、本当に前世でアラサーだったの?」
ローズマリー様も、もうすっかりヘンリエッタを嫌いになってしまったみたい。
懐かしい料理を食べて静かに涙を流していた彼女は、すっかり身体から力が抜けて雰囲気が変わっていたんだけど……誰も彼女に手を差し伸べなかったせいで、自分が孤立していることにようやく気付いたのかしら。




