ヘンリエッタ王女と光魔法 1
ヘンリエッタ王女関係で、説明が重複していた箇所を修復しました。
また、ヘンリエッタ王女が光魔法の使い手だという説明が抜けてしまっていたので、105.106話を修正しました。
その夜は両親の帰りが遅かったため、私の留学問題がどうなったかの説明を聞くことが出来たのは、翌日の朝食の席で家族全員が揃った時だった。
もうセリーナも八歳になったので、こういう話にもしっかり参加するようになった。
子供の成長って早いのよね。
私が隣国に行ってしまうかもしれないと聞いて心配していたセリーナは、食事をしながら眉を寄せて真剣な顔で話を聞いていた。
「昨日、さっそく陛下があちらの国王に、魔道具を使用して連絡を取ってくださったところによると、あちらの国王は何も知らなかったそうなんだよ」
もう連絡を取ったの!?
たかだか子爵家の準男爵のために!?
陛下がそんなに早く動いてくださるなんて……大丈夫?
大きな借りを作ってしまった気がする。
あ……謁見の時の貸しが全て帳消しになっちゃったんじゃない?
「ギルモア侯爵だけではそうはいかなかったんだろうが、あの場にはほとんどの公爵家の方々がいらしただろう? 陛下が王宮で働いてもらいたいとお考えになり直接お声をかけるほど優秀な人材を、王族や保護者への説明もなしに、隣国の王女が自国に引き抜こうとするというのは、我が国をずいぶんと軽く見ているのではと、みなさんたいそうお怒りでね」
あああ、どんどん問題が大きくなっている気がする。
急に食欲がなくなってきたわ。
「シェリルはヘンリエッタ王女のことを、どのくらい知っているんだい?」
「講義で習ったくらいは知っています」
「そうか。昨日は、つい先月までアードモアに駐留していた外交官が、向こうの様子の説明をしてくれたんだよ。ヘンリエッタ王女は優れた光魔法の使い手で、王宮での人気が高く、優しくて思いやりのある王女だと大人気なんだそうだ」
殿下やアレクシアの話から受ける印象とは、だいぶ違うわね。
普段は王女として、周りの目を気にして行動しているのか、殿下への恋愛感情が絡む時だけ非常識になるのか、どっちなんだろう。
「アードモアの国王としては、ヘンリエッタ王女から友達になりたいと連絡がきたのなら、感動して是非お願いしますと即答するのが、下位貴族の娘としては当然の反応だろうという考えのようでね」
「……は?」
「それでギルモア一族の娘で、ギルモア侯爵が溺愛していること。ほとんどの公爵がシェリルを気に入り、王宮で働く日を楽しみにしていること。王弟殿下がシェリルの才能にいち早く気づき、今では国王陛下もシェリルを高く評価していることを説明したら、ようやくまずいと思ってくれたんだ」
相手は王女だもんね。確かに感激するべきところだったわ。
普段、公爵や王族と接する機会が多くて麻痺しちゃってた。
留学する気はないし、王女とお友達なんて無理でしかないけど。
「それは申し訳なかった。そんな特別な御令嬢とは知らなかった。娘にどういうことかすぐに確認して明日、今日だね、昼までに連絡をすると言ってくださった。でも、ヘンリエッタ王女の友人になれるチャンスを棒に振るなんてと、最後までぶつぶつ言っていたよ」
「そんなにヘンリエッタ王女はすごい人なんですか?」
ギルバートはかなり不満そうだけど、アードモア国王にとっては可愛い娘なのよ?
王位継承問題が出てくるほど優秀な娘よ?
「ギルバートは、光魔法は知っているよね」
光魔法。
昨日から急に何度も聞くようになったわね。
「もちろんです。癒し魔法が使えるから、近衛でも魔道省でも活躍していますし、平民が怪我をした時に駆け込む治療所にもいますよね。国が給金を支払ってくれるので、安定したいい職業だと聞きました」
「そうなんだ。我が国ではそういう認識なんだ。でもダンジョンのあるアードモアでは、非常に優遇されている存在なんだそうだ。回復だけではなく攻撃や防御の魔法も使えるために、優秀なコアハンターにも光魔法持ちは多数いるようでね。魔獣との戦闘を生業とする者が多くいるということは、怪我人も多くなる。それでどこでも引っ張りだこなんだそうだよ」
「へえ」
お父様の説明を聞いて、ようやく納得した。
それはアードモアで人気になるはずだわ。
平和な我が国と、ダンジョン産の魔獣の素材やコアが重要な資金源になっているアードモアとの違いか。
今まで考えたことがなかったわ。
「じゃあ、光魔法の使えるヘンリエッタ王女はそれで大人気なんですね?」
私が聞くと、お父様は苦笑いしながら首を横に振った。
「いや、王女がダンジョンまで行ってコアハンターの治療をするわけにはいかないだろう?」
え? いかないの?
いや、たまにでいいから行くべきでしょう。
ダンジョンの中じゃなくて入り口までとか、近くに怪我人が運び込まれる場所があるのなら、せめてそこに行くとか。
「彼女が治したのは貴族だけだ。ただかなり優秀なようで、古傷や普通の光魔法では直せないような傷も治せるらしい」
「昨日の外交官の方がね」
お母様が苦笑いを浮かべているわ。
お父様もさっきから、なんとも言えない表情なのよ。
どうしたのかしら。
「ヘンリエッタ王女は光魔法を美容に活かしているって話していらしたの」
「は!?」
「魔法で髪がつやつやになったり、ニキビ痕やシミが消えるんですって。それに美容液やクリームに魔法をかけてもらうと、効果がアップするそうで、王女様のお茶会に呼ばれたいという人がたくさんいるそうよ」
……ああ、そりゃあ苦笑いになるわ。
でもせっかくの魔法なんだから、使わないよりは有効活用して喜ばれるほうがいいのかもしれない。
いやでも、その魔法で救われる命もあるのよね。
これは複雑な気持ちになるわね。
「怪我を治してもらった貴族たちは、陛下にも感謝するだろう? ヘンリエッタ王女だけではなくて王族への忠誠心が高くなる。美容にしたって同じさ。だから、そんな大人気の王女様が、友達になろうと言ってくれたのに準男爵風情が嫌がるなんて思いもしなかったようなんだ」
だって、そんな話知らないし。
知っていても、興味ないし。
「しかし、シェリルの王宮での人気や、陛下が囲い込む……ごほごほっ、王宮ですぐにでも活躍してほしいと考えていたという話を聞いて、急いで王女と話してくれるということになったんだよ」
お父様、囲い込むと言いましたね。
誤魔化せていないわよ。
「明日、また王宮に行くことになっているから、その時にどうなったかわかるはずだ」
「私も明日は王宮でお仕事がありますので、そこで殿下からお話があるかもしれませんね」
光魔法を美容に活用するというのはびっくりだけど、それもまたアイデアのひとつではあるわね。
常識を覆した新しい発想で、女性たちの人気を掴むなんてなかなかやるじゃない。
そんな彼女が、今回のことをどう説明するのかしら。
なんで私をアードモアに招こうと思ったのかもわかるといいな。
翌日、私はいつも通りにアレクシアに護衛をしてもらって王宮に向かった。
アレクシアは私の話を聞いて驚いていたし呆れてもいたけど、同時に警戒もしているようだった。
「これは侮れないかもしれないわね。彼女に会ったのはもう五年も前だから、それからいろいろ変わっているのかもしれないわ」
「そうね。アレクシアだって変わっているから、今のあなたを見たらヘンリエッタ王女はびっくりするでしょうね」
「あなたとローズマリーのおかげよ」
相手によって違う顔を使い分けていそうなヘンリエッタ王女は、かなりしたたかなタイプなんだろう。
それに、聡明だという評価を何度も聞いたから、頭もいいんでしょう。
だったら、王弟という立場の殿下が隣国の王女と結婚したら、王位継承問題が起こりかねないって、ちょっと考えればわかるわよね?
でも、そんなことは無視するほど殿下を好きなんだとしたら、今回のことでおとなしく諦めるとは思えないんだよなあ。
うーーん。五年前に転生した姿を見て、それからは魔道具での会話しかしていないのに、そんなに好きになれるものなのかしら。
会えない時間が愛を育てるってやつ?
王宮についてアレクシアと別れ、私はいつも通りお仕事を始めた。
もう留学のことを知っている人もいて、この何日かで隣国の王女のイメージが王宮で急下降しているみたい。
やっぱり私では断れないくらいに身分の高いヘンリエッタ王女が、まだ十一歳の子供に直接、留学しろと誘いをかけたというのは印象が悪いんだろうな。
私が留学したがっていたというなら話は別だけど、一年で王立の学園を卒業するぞって意気込んで勉強していることは有名だったしね。
「アッシュフィールド第二級事務官、国王陛下の執務室より補佐官が見えています。第五会議室で話をしますよ」
一時間ほど仕事をしていたら、レイフ様が呼びに来てくれた。
留学の話よね。
気になっていたから急いで立ち上がって、レイフ様と一緒に会議室に向かった。
「やあ、こんにちは」
会議室で優雅にお茶を飲みながら待っていたのは、ジョシュア様だった。
「え? どういうことですか?」
入り口で足を止めてしまった私の肩を、レイフ様がそっと部屋の中に押して扉を閉め、ジョシュア様が話が外に漏れないように魔法をかけた。
「僕は転生者の事情も知っているからね。説明するのに適任だろうと陛下に任されたんだよ」
「まあ、そうなんですね。わざわざありがとうございます」
第五会議室は四人が座る分の椅子しかない小さな会議室で、廊下の端にあるので用事のない人が近付かない使いやすい部屋よ。
会議室というよりは応接室と呼びたくなるような什器が揃っていて、ソファーに腰をおろしたら深く沈みこんでしまって、横に転がりそうになった。
「陛下が最初にアードモア国王に苦情を入れた時の話は、クロウリー子爵から聞いているんだよね」
「はい。聞いています」
「じゃあその後の話をするね」
レイフ様もまだ話を聞いていなかったようで、真剣な表情で頷いていた。
「ヘンリエッタ王女は国を通すような大きな話をする前に、クロウリー子爵家の意向を知りたいからカードを送った。まさかこんな大事にされるとは思わなかった、と悲しんでいたそうだ」
「ほお」
まあ、そうするしかないわよね。
私が悪いんだってことにしたいんでしょう。
「しかしなにしろ、我が国の王族も高位貴族も怒っているからね。転生者の話は他所では出来ないけど、ヘンリエッタは王弟殿下にシェリルの留学を打診して断られているのに、勝手に行動したわけだ。国王陛下もその経緯を知っているもんだから、そんな言い訳で納得はしないよ」
「ますます殿下に嫌われるだけなのに、何をやっているんでしょう」
「さあ? それよりここからが問題でね」
「はあ」
ジョシュア様が声を潜めてテーブルに身を乗り出したので、私とレイフ様も同じように身を乗り出した。
「今回の話は、シェリルが我が国でそんな注目されているのも、ギルモア侯爵の関係者なのも知らなかった時の話なので、今では無理があるとわかっていると前置きをしながら、ヘンリエッタ王女がとんでもない提案をしてきたんだ」
効果を狙っているのか、ジョシュア様は言葉を切り、私とレイフ様の顔を交互に見た。
「シェリルは光魔法も使える上に天才少女なのだから、こっちの学園にもすぐに慣れるだろう。それに、準男爵なら貴族と言ってもほとんど平民と変わらない。コアハンターの怪我の治療にも大活躍できるのではないか。そうやって経験を積むのはシェリルのためになるだろう」
「はあ?」
……ん? 光魔法が使える?
「そうしたら交換留学ということで、自分がバルナモアに留学して光魔法の新しい使い方を広めたら喜ばれるのではないか。私は王位を継ぐ気なんてないのに周りにうるさい貴族たちがいるので、しばらく国を離れたほうがいいだろうと」
「友達になれるのではと言っておきながら、シェリルをコアハンターの治療に当たらせて、自分は交換留学? 殿下に会いたいだけじゃないですか」
「ね? いやあ、笑っちゃうほど王族と高位貴族の方々が、ヘンリエッタ王女を嫌うようになっていたよ。この馬鹿な王女は何を考えているんだ。絶対に我が国に来させるなって」
そりゃ怒るわよ。
捉えようによっては、私を騙してアードモアで働かせてようとしていたって言っているのと同じでしょ。
王女だからとコアハンターの治療に来ないくせに、その魔法を貴族相手の美容に使っていたなんて平民に知られたら、後々問題になりそうなヘンリエッタ王女は安全な我が国に避難しようって話でしょ?
そしてたぶん、美容で人気を得て、王弟殿下との結婚を認めさせようって魂胆よ。
……やるな。
私がびっくりするほど高位貴族の保護者のいる少女じゃなかったら、アードモアに行かなくてはいけなくなっていたかも……いいえ、それより盛大な勘違いをどうにかしなくては。
「ジョシュア様」
「なに?」
「なんで私、光魔法が使えることになっているんでしょう」
「……え?」
「……は?」
そこでジョシュア様とレイフ様にそんなに驚かれるとは思わなかったわ。




