オバサンは十一歳になりました 2
「ヘンリエッタ王女は何歳なの?」
「十三歳」
「まだ子供じゃない」
「中身はアラサーよ」
会場に戻るために足早に廊下を進みながら、ちらっと隣を歩くアレクシアを見上げた。
「あなた、王女が嫌いなのね」
「そうね。自分から王女になると決めたくせに、甘えまくっているあの女が嫌い。殿下にしつこく個人的な愚痴や相談をしている一方で、クリスタルやレイフに自分の側近にならないかって誘いをかけたのよ。それで好かれると思っているんだから神経を疑うわ」
ヘンリエッタ王女も王弟殿下やノアと同じで、地割れに呑み込まれた五人のうちのひとりだったのよね?
それで転生するキャラが選べたとしても、一緒にこちらの世界に来た人たちとは別々の国に転生しなくてはいけないのは不安よね。
それでも側近や執事を引き抜こうとされたら、さすがに王弟殿下も怒るってことくらいはわかるでしょ?
せめてもっと違うキャラを選べばよかったのに。
それこそヒロインに転生すればよかったんじゃないの?
今はもう家族のことが大好きだからシェリルに転生できてよかったし、その子がヒロインを選ばないでくれたことに感謝しちゃうけど、私だったら王族は選ばないな。
それにアードモア王国にも転生者がいるのよね?
その人たちとは協力していないのかしら。
「この話は誕生日会が終わったら改めてしましょう。今はお客様とお話しなくちゃ」
「隣国の情報を整理しておくわ」
「そこまでするほどのこと? 男性に甘えるのが好きな人なら、本気で私を勧誘なんてしないんじゃない?」
「あなたはいい加減、自分の異常さと注目度を自覚して」
さすがに私だって、今はもう自覚しているわよ。
だからこそ、ヘンリエッタ王女が私を傍に呼ぼうとするのが信じられないんじゃない。
話を聞いた感じだと、自分より私が注目されて許せるタイプだとは思えないのに、ヒロインを呼び寄せてどうする気なの?
いえ、いくらそんなことを考えたって答えなんて出ないわ。
後日、王弟殿下も交えて話をしましょう。
それより今は誕生日会を無事に乗り切らなくちゃ。
挨拶しそびれた人たちに声をかけながら急いで両親の元に帰ると、ちょうど身分の高い方々が到着し始める時間だった。
アレクシアに言われるまでもなく、さすがに自分の置かれている環境の異常さは自覚しているわよ。
続々と正面玄関前に到着する立派な馬車には、我が国有数の大貴族の紋章がついているんだから。
本来なら雲の上の立場の人達ばかりで、気安く会話するなんて考えられない相手なのだけど、高位貴族の方達って余裕があるというか、度量が大きいというか、とてもお話ししやすい方が多いの。
子供相手だからそういう顔だけを見せているのかもしれないけど、そこまでする必要はないのに、保護者のようにいろいろと助けてくれる方ばかりだもの。
私は素直にその好意を受け取って、仕事で返していきたいわ。
ありがたいことに今日もギルモアの大伯父様が両親と私の傍にずっといてくれるのもあって、失礼な態度の方はひとりもいなくて、王宮で何度もお話している方たちとは、親戚の子供のお祝いに来てくれたようなほのぼのとした雰囲気で挨拶が出来たわ。
私にとって大変なのはこれからよ。
大人の人達は室内で軽くお酒を楽しみながらお話をするので、子供の私はテラスに用意された子供用の席に行かなくちゃいけない。
「お友達を作る絶好の機会よ」
「頑張れ」
行かなくちゃいけないなんて言っては駄目ね。
私にお友達が出来ることを望んでいる両親を、がっかりさせたくはないわ。
気合を入れて、十一歳の子供らしさを忘れずに、ばんばん話しかけていくわよ!
庭は親とは離れて自由に過ごせるおかげで子供たちは楽しそうだけど、お供の侍女や侍従は気が抜けなくて、大事な子供たちの傍で互いをけん制し合いながら待機している。
主の身分で従者の上下関係も決まるのは当然で、よりよい場所を確保して誇らしげな顔で立っている従者もいれば、走り回っている子供を必死に捕まえている人もいて、社会の縮図を見ているような……いえ、保育園かな?
上は十五歳から下は五歳までだったかしら。
いくらなんでも、こんなに呼ばなくてもよかったのではない?
男女が分かれているテーブルが多くて、どこから話しかけようか迷ってしまう。
身分の高い家の子供から先に挨拶して、近い身分の子のいる席に座ればいいのよね?
……でも、準男爵の私と近い身分の子供って誰なんだろう。
「何をぼうっとしているの? 席を開けておいたわよ」
ローズマリー様に声をかけられてしまっては、ご一緒しないわけにはいかないわ。
どちらにしても最初に彼女に話しかけようとは思っていたしね。
ただ、そのテーブルの顔ぶれがすごいのよ。
「王族派と貴族派の代表の家を、ひとつずつ誘うとはなかなか考えたわね」
冷めた表情で、でもあんことバニラアイスを一緒に口に運んだ時だけ嬉しそうに笑みを浮かべるのは、財務大臣のお孫さんのプリシラ・キリンガム公爵令嬢よ。
ブルーバイオレットの髪のぱっちりとした大きな目が印象的な、前世の世界だったらアイドルになれそうな可愛いお嬢さんだ。
「ねえ、これ美味しいわ」
「私は豆が甘いのは無理。こっちの栗のクリームのほうが美味しいわ」
プリシラ様に話しかけられたのは、海運王トールマン公爵の御令嬢のナタリア・コールマン公爵令嬢だ。
こちらは黒髪に黒い瞳の長身のお嬢さんで、雰囲気が少しボーイッシュって言うのかしら。シャープな印象だわ。
ふたりは幼馴染なんですって。
「でも意外ね。カルデコット侯爵が顔を出すとは思わなかったわ。ワディンガム公爵は来なかったじゃない」
「プリシラ、触れないほうがいい事もあるものよ」
「あら、夫人とジョシュア様まで来ているのにワディンガム公爵だけいないなんて、何かあったのかしらって思うでしょう?」
「父は祝賀会に顔を出したのだから、誕生日会にまでは行かなくていいという考えなのよ。でも私たちが参加することには文句を言わなかったわよ」
ローズマリー様もケーキを口に運びながら淡々と話しをしている。
公爵令嬢同士は仲が悪いのかしら。
でもそれなら別のテーブルに座るわよね。
「例の誘拐事件のわだかまりがまだあるのかと思ったわ」
「わかっているのなら、わざわざ聞かないでよ。子供ね」
「はあ。そんな煽りに乗ってあげる気はないのよ。私はなんで夫人やジョシュア様までが参加したのか知りたかっただけよ」
「シェリルを気に入っていて、仲がいいからに決まっているでしょう?」
「ジョシュア様が? 気に入っている!?」
うわあ、注目を浴びてしまって居心地悪い。
「あなたよく、あんな歪んだ性格の男と仲良くなれたわね」
「プリシラ、私はいちおうその歪んだ性格の男の妹なんだけど?」
あ、ローズマリー様ったら笑ってしまっている。
「だって、全く愛想がなくて、わざと難しい話をして女の子を遠ざけようとするじゃない」
「思春期の男の子はそんなものよ」
「そんなこと言って、気になっているんじゃないの?」
「ローズマリーには悪いけど、王族派との結婚はないわ。それに私は、ああいう相手を見下したような顔をする男は嫌いなの」
憧れの的だと言われているジョシュア様が、まさかのひどい言われよう。
「会話するのに疲れる相手とは生活できないわよ」
「それは重要ですよね。結婚したら何十年も一緒に生活するんですから」
いけない。思わず話に割り込んでしまった。
「へえ、あなたはどうなの? 天才少女だって恋愛には興味あるでしょう?」
「ありません。私は一生仕事に生きたいんです」
「……本気?」
あれ? 引かれてる?
「幸いなことに爵位もいただけたことですし、これで迷うことなく仕事に打ち込めます。そして引退したら小さな屋敷を買って、商売をしつつスローライフを送るのが夢なんです」
「あなたの商売とスローライフはかけ離れているわよ」
ローズマリー様に突っ込まれてしまった。
まあ、お金はもうだいぶ溜まっているから働かなくても食べていけるだろうけど、何もしないって落ち着かないのよ。
仕事を辞めたら何をして過ごせばいいの?
ああ、いけない。
アリス様が取り残されてしまっている。
「アリス様、いらしてくださってありがとうございます。お友達になってくださると言っていただけたので、勇気を出して招待状を送ってしまいました」
「むしろ私がお礼を言いたいわ。うちはほら、ビヴァリーがやらかしてくれたでしょう? それで王弟殿下もギルモア侯爵も大変お怒りだったのに、誕生日会に招待状を送ってくださったんですもの。家族もとても喜んでいましたのよ」
アリス様も初対面の時の可愛らしい雰囲気が嘘のように、他のお嬢さんに決して負けないで余裕の表情でお話しているわ。
というか、みんなかなりぶっちゃけて話しているわよね?
この子たち、最年長が十五歳なのよ?
誰ひとりとして子供らしくなんてないわよ?
あれ? 私って意外と年相応なんじゃない?
「そういう事情がなくても、シェリル様とはまたこうしてお話したいと思っていたんです」
笑顔で少し恥ずかしそうに話すアリス様は、初対面の時と同じように可愛らしい。
これが演技だとしたらだいぶ怖いけど、でも私も人のことは言えないわ。
うちは中立派だから王族派のローズマリー様を招待するためには、貴族派の方も招待しないとまずくて、だったらカルデコット侯爵家がいいだろうということで招待状を送ったんですもの。
お友達になるって話は祝賀会での社交辞令っていうやつで、きっと来ないだろうなと思っていたから、家族みんなで参加するという返事にとても驚いたのよ。
彼女にはふたりの兄がいるんだけど、その人たちも来ていて、今は大人たちと一緒に室内で話をしているはずよ。
「私のほうが年下ですし、様なんていりませんよ。シェリルとお呼びください」
「じゃあ私もアリスって呼んでね。私、本当にこの場にいられるのが嬉しいのよ。普段は会えないみなさんとお会いできたんですもの」
ピンク色の髪の優しげな笑顔の素敵なお嬢さんは、この中では最年長の十五歳とはいえ、度胸が並大抵ではないのがわかったわ。
私、そういう子は好きよ。
本当にお友達になりたいわ。
「あら、私たちに会いたいと思っていたの? 意外ね」
「まあ、プリシラ様にそのように言われるなんて悲しいですわ。中立派の方々と親しくなることにはなにも問題ありませんし、たとえ王族派の家の御令嬢だとしても、お友達になれないなんてことはないでしょう?」
「まあ、そうね。政治的なことに私達が振り回される必要はないわね」
「ですから、ローズマリー様ともお話したいと思っていたんですよ? シェリルと親しいのでしょう?」
「そうね」
「あら、シェリル嬢を取られそうでやきもちを焼いているの?」
「ナタリア、余計なことを言わないで」
ああ、たぶんこの子たち、仲がいいんだ。
たぶんこんなふうに言い合える相手が他所にはいないのね。




