オバサンは十一歳になりました 1
ノアが人工コアを成功させたときに魔道省と敵対しないように、息子が自分も作ってみるんだって言って、いろんな石で遊んでいるって早めに話しておくようにだけはフォースター伯爵に伝えておいた。
先に核になる石を発見して人工コアを作る気だなんて思われたら、魔道省と敵対しちゃう可能性があるもんね。
「……はい。わかりました」
なぜ敬語?
「ノアくんに魔道省で務める気があるのなら、一緒に開発するくらいのほうがいいかもしれないね」
お父様がいろいろとアドバイスしていたから大丈夫でしょう。
なぜか私は少し距離を取られている気がしたので、それ以後は何も言わないことにしたわ。
セリーナの婚約者の話をぶった切ったのがまずかったのかしら。
でも、あんな積極的にうちと婚姻関係を持ちたいって言い出すのは、ギルモアをはじめとした高位貴族の方々との人脈狙いでしょ?
だから誕生日会に招待しただけよ?
って思っていたんだけど、実はそれが私を怖がる原因ではなかったらしい。
彼らが帰ったあとお父様に聞いたところによると、その話をした時の私の表情がとても十歳の子供には見えなくて、ひやりと背筋が寒くなるほどの衝撃を受けたんですって。
ずっとノアに子供らしさがなくて悩んでいたのが馬鹿らしくなるほど、私に比べたらノアは普通に子供らしいと思ったみたいよ。
いやあ、油断していたわ。
ノアで慣れているから大丈夫かと思って、すっかり子供らしさを捨てた顔で話をしちゃってた。
王宮でも商会でも、周りがすっかり慣れていて平気な顔をしているから、子供らしい演技なんてもうやっていなかったのよ。
「王宮で働いていますから、周りの大人たちの影響を受けるのではないでしょうか」
お父様はそう話してくれて、いちおうフォースター伯爵も納得してくれたみたいだけど、初対面の人がいる時には注意しなくちゃいけないわね。
でもさ、そんなに怖い顔をしていた? ちょっとショックだわ。
「すっかりそれが普通になっていたよ。年の近い友達もやっぱり必要だな」
フォースター伯爵夫妻の様子に衝撃を受けたうちの両親は、誕生日会で今度こそお友達を作れるようにと祈るような気持ちで今日という日を迎えているみたい。
私だってお友達がいないのはさすがにまずいから、目星だけでもつけたくて気合を入れて誕生日会に挑んだわよ。
主役は華やかなほうがいいと言われて、ワインレッドと白のコントラストが派手なドレスに靴まで赤くしたんだから。
「お嬢様、アードモア王国王家からプレゼントが届いています」
「は?」
部屋にはいってきた執事長のあまりに意外な言葉に、思わず間の抜けた声をだしてしまったわ。
それに、その場には家族が全員揃っていて、そろそろ誕生日会の会場になっているホールに移動しようとしていたところだったから、家族全員が執事長の手にした箱を凝視しちゃったわよ。
「アードモア王家?」
「はい。この紋章は間違いなくアードモア王家のものです」
執事長が言うんだから、たぶん間違いはないんでしょう。
でもなんでまったく接点のない隣国の王家から誕生日にプレゼントが届いたの?
……あ、確か隣国の王女は転生者なんだったわ。
「シェリル、隣国の王家に知り合いがいるの?」
お母様の言葉に首を横に振る。
「ギルモア侯爵が、国外にもシェリルの天才ぶりが届いているようだから、今後は今まで以上に気を付けるようにとおっしゃっていたんだ。もしかしてこれも、シェリルの気を引くためのものなのかもしれない」
お父様に言われても、まさかあって思っちゃったわ。
だって私が作ったのってそろばんに鉛筆よ?
そんな特別扱いされるようなものじゃないわよ。
「危険はないんですか? 爆発したりは?」
「ええ!? ギルバートってば大袈裟よ。殺されるようなことはしていないでしょ」
「そうだけど、急におかしいじゃないか」
「魔道具で調べたところ、高価なアクセサリーのセットだということがわかっております。おかしな仕掛けもありませんし、危険はないかと思われます」
さすが執事長、チェックした安全な物しか持ってこないわよね。
だとしても、どうしよう。
「王弟殿下に何か聞いていないのかい?」
「何も聞いていません」
「下手に開けたらまずいんじゃないですか?」
確かにギルバートの言う通りよね。
受け取ったんだからって、何か頼まれたら厄介だわ。
「こちらにカードがはさまっております」
誰も受け取らないもんだから、両手で箱を恭しく持ったままだった執事長が、箱をテーブルの上にそっと置いて、カードを抜いて渡してくれた。
「えーっと、何かいろいろと書いてあるんだけど」
転生者だって匂わすような文章を書かないでよ。
誤魔化すのが面倒でしょ。
「ヘンリエッタ王女って人からのプレゼントで、私の噂を聞いたらしいわ。我が国に留学する気はないかですって。あらためて使者を送るから会ってくれって」
「なんで今回は使者を送ってこなかったんだ? 来られても困るけども、突然プレゼントを送り付けてくるのは失礼だろう」
「王弟殿下はご存知なのかしら」
そりゃ親としては怒るわよね。
「おそらく最初は使者を送ろうとして、王弟殿下に断られたんじゃないかしら」
来年には学園を受験してしまうから、その前に勧誘しておきたいのかも。
「執事長、レイフ様が来たら教えてください。何か知っているかもしれませんし、王弟殿下に急いで報告してもらわなくては」
「かしこまりました」
レイフ様を使うのは申し訳ないけど、それが一番確実だわ。
「このプレゼントはそのまま返したいので、これも王弟殿下に聞いてみます」
「ああ、そうしよう。私たちのせいで国際問題になるのはまずいが、シェリルを隣国に行かせる気はないんだ。シェリルも行く気は……」
「ありません!」
なんで家族と離れて隣国に行かなくちゃいけないのよ。
こんなプレゼントで私が釣れるとでも思っているの?
「あなた、もうお客様のところへ行かなくては。シェリルも大丈夫?」
「はい。隣国なんて私には関係ないわ」
お願いだから、誕生日に家族を心配させないでほしい。
そうじゃなくても日頃から、何かと迷惑をかけているんだから。
「イーガン子爵がいらしていましたのでお部屋にお通ししております。マガリッジ男爵も一緒ですがかまいませんか?」
高位貴族の方は少し時間をずらして招待しているので、まずはいらしている方々にご挨拶をしていたら執事長が知らせてくれた。
今回もレイフ様がアレクシアをエスコートしているのね。
「かまわないわ。ありがとう。お父様、お母様、少しだけ行ってきますね」
両親に声をかけてから、プレゼントの包みを手に私は急いでレイフ様のいる部屋に向かった。
主役の私が、あまり長く会場から姿を消すのはまずいから急がないと。
「お待たせしました」
部屋に駆け込むと、ソファーに座って話をしていたふたりが驚いて立ち上がった。
「シェリルどうしたの?」
最近、アレクシアはどんどん綺麗になっている気がする。
今日もレイフ様の隣で光り輝いて見えるわ。
でもこのふたり、いまだに両片想いなのよ。
「ついさっきこれが届いたんです」
「これは?」
怪訝な顔で綺麗に梱包された箱を眺めるふたりに、同封されていたカードを広げてみせた。
「隣国のヘンリエッタ王女からのプレゼントです」
「え? どういうこと!?」
「なんだって!?」
急いでカードを受け取ったレイフ様は、ざっと文章に目を走らせるうちにどんどん険しい顔になっていった。
「あの王女、余計なことを」
言いながらアレクシアにカードを手渡す。
アレクシアも眉を寄せて険しい表情でカードを読み始めた。
「レイフ様、どうして突然こんなものが届いたのか知っていますか?」
「あなたの評判が隣国にも届いたんですよ。信じられないほどかわいい天才少女が、次々に功績をあげて準男爵に叙爵されたと。更にこの間の祝賀会でのあなたの様子を高位貴族たちがあちらこちらで褒めていたので、それも一緒に隣国にまで届いたんでしょう。それで自分の国にヒロインを呼びたくなったんです」
「そんな勝手だわ」
転生者でも王族になってしまうと、自国のことを優先しちゃうのは仕方ないけど、それにしてもあまりに突然だし、なにより私がほいほい留学するってどうして思えるんだろう。
「王弟殿下に打診はきていたようですよ。そしてきっぱり断られたのに、本人から話を聞かない限りは納得できないと言っているそうです。ゲームの中でヒロインは隣国にも行きますし、ヘンリエッタ王女と親友になるので好かれる自信があるのかもしれません」
「向こうにだってヒーローがいるじゃない」
「アレクシアはゲームをしたんだろう? 男主人公は平民の冒険者なんです。コアハンターとして活躍してSランクの冒険者になって、魔王と戦うというストーリーだった」
「そうね。男主人公はストーリーより戦闘重視だったわ」
「シェリルは十一歳でも大活躍しているけど、男主人公はゲームのストーリー通りにコアハンターとして毎日のようにダンジョンに潜っているんですよ。前世では十七歳で亡くなっているから、他にどうすればいいのかわからないのかもしれないですね」
十七歳か。高校生だもんな。
親に守られて青春を謳歌する年代よ。
そんな子に急に転生して主人公として活躍しろと言うほうが無茶よ。
「ともかく僕は、急いで王弟殿下に報告しに行ってきます」
「このプレゼントとカードも持って行ってください。受け取りたくありません」
「留学する気は全くないんですね?」
「当たり前ですよ。家族と離れて暮らすなんて嫌です。バリークレアの開発も気になるし、受験だって頑張っているのにこの国を離れる気はありません」
「それを聞いて安心ししました。王弟殿下もきっと喜びますよ」
心配していたんだとしたら、もっと早く話しなさいよ。
一年で卒業しろって王命は、この件も関係しているんじゃないの?
「あの王女、王弟殿下が好きなのよ」
レイフ様が大急ぎで王宮に向かうのを見送ってふたりだけになってすぐ、アレクシアが呟いた。
「情報のやり取りをしているうちに好きになったみたい。個人的なことまで何かと相談事をしてくるって王弟殿下はぼやいていたけど、彼女としてはそうして親しくなれば婚約の話が出るかもと期待したんじゃない? でも王弟殿下のほうには全くその気がなくて、距離が縮まらないうちにヒロインが記憶を取り戻して大活躍して、王弟殿下が目をかけているって噂が流れてきたんでしょ」
だから私を王弟殿下から離すってこと?
「あそこは女性でも即位できるから、王女と王子で継承権を争っているらしいわ。王弟殿下との結婚が無理なら、ヒロインを味方につけて女王になろうとしているんじゃない?」
「アレクシア、そろばんを作れても女王は作れないわ」
どうしてこう次から次へと問題がやってくるんだろう。
そっとしておいてくれないかしら。




