オバサンはシスコン気味? 2
来客用の食堂にはすでに美味しそうな香りが漂っていた。
左右に分かれてそれぞれの家族が座り、うちは両親、セリーナ、私、ギルバートの順で座った。
そうなると、ちょうどノアの正面がセリーナの席なのよ。
大人たちの会話にそつなく混ざりながらも、ノアはあいかわらずちらちらセリーナを見ているんだけど、それがまたわかりやすいんだ。
気をつけろって言ったのに、バレるでしょそれは。
あなたの両親は隣に座っているから気付かないかもしれないけど、正面に座っているうちの家族からは丸見えよ。
気付いていないのは、美味しそうにぶどうジュースを飲んでいるセリーナ本人くらいよ。
「お礼はいらないと言われたが、やはり感謝は伝えたい。あの日のシェリル嬢の言葉で我々は勇気を持てたんだ」
「本当にありがとう。あの時あなたが多少強引にでもノアに会わせてくれなかったら、私は一歩を踏み出せなかったわ」
「強引? 娘が何か無茶なことを?」
「すみません。シェリルはとてもいい子なんですけど、時々驚くようなことを仕出かすんです」
あれえ? 両親の私への評価ってどうなってるの?
あちらの御両親は感謝の言葉を述べてくれているのよ。
そこは素直に受け取っていいんじゃない?
「姉上……」
ギルバートまで呆れた顔をするんじゃないわよ。
「そんなとんでもない。シェリルさんは素敵なお嬢さんですわ。会ってみなくては何も進まないと、私たちの背中を押してくださったんです」
「お姉様はすごいのね」
どうもセリーナは私をとってもすごい人だと思っているみたいで、私がするとどんなことでも尊敬のまなざしを向けてくれてしまう。
嬉しいけど、いつかがっかりさせちゃいそうで心配だわ。
「うーん。でもちょっと無茶をしちゃったかも」
「お礼を言ってくださってるのに?」
セリーナの言葉にはっとしてフォースター伯爵夫妻に視線を向けたら、優しいまなざしと微笑みが向けられていた。
「そうね。結果的にノアが家族と幸せに暮らせているんだから、よかったのよね」
「うん。お姉様はすごいわ」
ああ、セリーナの純粋な笑顔が眩しい。
これはノアが惚れてしまうのも仕方ないわ。
「ノア? どうしたの? あまり食べていないわね」
「え? あ、そんなことないよ」
だからそこで、真っ赤な顔でセリーナに視線を向けるんじゃないわよ。
駄目だ。初めて女の子を好きになって、舞い上がっている八歳児になってしまっている。
そういえば、ローズマリー様も第一王子と婚約したくないからとはいえ、まだ七歳くらいのコーニリアス様と婚約したのよね。
ゲームをしていた頃から彼が好きだったとしても、目の前にいるのは子供なのよ?
でも現実の子供のコーニリアス様も大好きだって言っていたわ。
もしかして、恋愛に関しては実年齢に影響されるの?
それってこわいんだけど。
「あら?」
「うん? どうしたんだい?」
「まあノアったら、可愛い女の子がいるので緊張しているみたい」
「ほう? そうなのかい?」
「そ、そんなんじゃないよ」
それはそうだって言っているのと同じよ。
「今までは同世代の子に会っても、いつもつまらなそうにしていたのに、そんなにセリーナ嬢が気に入ったのかい?」
「ノアったら、面食いさんなのね」
うわあ。盛り上がっているフォースター伯爵家とは対照に、お父様とギルバートの顔が険しくなっている。
名門伯爵家の嫡男に好かれるって、セリーナにとってはいい事なんだけども、うちの家族にとっては初対面の子供だからな。
「あ、いえ、あのギルバートくんやセリーナさんともお友達になりたいなって。シェリルには……よくしてもらっているし」
やばいって顔で、私を見るのはやめなさい。
感情がすぐに顔に出るのは、貴族としてはまずいわよ。
「そうだね。同年代のお友達はいたほうがいい」
「はい」
「クロウリー子爵、セリーナ嬢はもう婚約者がいたりは」
「父上!」
ノアの声が半分悲鳴になっている。
それにしても、この短時間で婚約なんて単語が出るなんてびっくりだわ。
「今すぐにどうこうという話じゃないよ。それはさすがにクロウリー子爵が許可してくれるわけがないじゃないか。大事な末っ子のお嬢さんだ、まだ結婚なんて考えたくはないでしょう」
「はい。まだまだ早すぎます」
「わかります。うちにも娘がいますから。でももうそういう話が出ているのではないですか?」
「それは……そうですね。三人共、いろいろなお話をいただいております。しかしギルモア侯爵が孫のように可愛がってくださっておりまして、そういうお話はギルモアを通すようにとおっしゃっておりますので」
「ああ、心配なさらないでください。今すぐどうこうという話ではないのです。ノアは嫡男ですので、素敵なお嬢さんがいるとついついいろいろ聞いてしまうだけなんですよ。まだ子供ですので、お友達になっていただければ」
そう言いながらも積極的よね。
やばいな。
最近は社交界でジョナスの件が話題の中心になっているし、高位貴族の奥様方とのお食事会やお茶会のおかげで、また私は噂の的になっている。
お母様も一緒に参加するので知り合いが増えて、徐々に影響力が出てきているらしいわ。
そりゃギルバートにもセリーナにも縁談はくるよね。
私はわかりやすく王族に囲われているし、大人顔負けの天才少女って嫁にするには不安があるんじゃない?
だったらセリーナのほうが可愛いし素直そうだしで大人気になりそうよ。
「お父様、お母様、フォースター伯爵家の方々にも私の誕生日会に出席していただいてはどうでしょう」
両親たちの会話を聞いていなかったかのように、唐突に会話に割って入った。
「え?」
「ギルモアの大伯父様夫妻も来てくださるんですよ? いい機会ではないでしょうか」
にこやかに微笑んで言ったら、フォースター伯爵の顔が強張った。
「これは……誤解をされてしまったかな。私はそんなつもりで言ったのではないんだよ?」
「誤解? あ、五日前では突然すぎましたよね。ノアとは何回か会ってはいたんですけど、今まで伯爵夫妻にはお会いできなかったので、招待状を送っていいのか迷っていたんです」
「そう……なんだね」
なんで夫婦揃って額に汗を浮かべているのかしら?
変なやつらが近付いてくるよりは、具体的な話は早すぎるけどノアを虫よけにするのはありじゃない? って思っただけよ?
「お父様とフォースター伯爵はお友達になったんですよね? でしたら、みなさんにも誕生日会に来てほしいなって……ご迷惑でしょうか」
「とんでもない。とてもありがたいお誘いだよ」
「今回は高位貴族の方々がいらしてくださることになっているんだ」
お父様、そこでため息をつかないで。
「娘の交友関係の広さと顔ぶれに今から胃が痛いくらいなんですが、人脈を広げるいい機会にはなるよ」
「それは……素晴らしい事ではあるけど大変だね」
私だって、知り合いだから礼儀的に招待状を送っておけとギルモア大伯父様に言われなかったら、招待しなかったわよ。
それにまさか、公爵方が来るって言い出すとは思わないじゃない。
一番びっくりしているのは私なんだから。
「ごめん。父上は少し焦っているんだ」
食事が終わり、子供は中庭で遊んでおいでと言われて、私とノアはテラスのベンチでのんびり風に当たっていた。
さっきまではセリーナとギルバートも一緒に話をしていたんだけど、ずっと座って話すだけではつまらないセリーナが犬と遊ぶと言い出したので、ギルバートが一緒に遊んであげているの。
うちには犬がいるのよ。
ギルバートが飼いだしたのは聞いていたんだけど、屋敷も中庭も広いから滅多にお目にかかれないのよ。
あれはなんていう種類の犬なのかしら。
まだ子犬だから小さいけど、すぐに大きくなりそうな茶色のもふもふした犬よ。
私は仕事で出かけることが多いし、屋敷にいる時間は部屋で勉強しているからなあ。
犬のほうも、たまに子供が一匹多いなくらいにしか思っていないんじゃないかしら。
「今までは由緒正しいとは言っても、特に目立つところもない伯爵家だっただろ? だから伯爵家を継いでも、それほど揉めることはなかったんだよ」
「鉱山があるのに?」
「たいした埋蔵量もない小さな鉱山なんだ。うちの領地の収入の中で鉱山の収入なんて今まではたいしたことがなかったんだよ。でも王家がうちの鉱山に注目したという話が広がって、これは何かあるんじゃないかと急に周りが騒ぎ出したんだ」
「なるほどねえ」
こんな話ばかりしていたら、セリーナがつまらないというのは当たり前ね。
「話すとやっぱり子供なんだよなあ」
犬と一緒に駆けまわって笑い転げている子供らしいセリーナを見ながら、ノアがぼそっと言った。
「がっかりした?」
「いや、だったらよかったんだよ。子供だし話は合わないしで、一緒にいても互いに退屈するのはわかっているんだ。それなのに、セリーナを見ていると胸がドキドキするんだよ。今まで何も主張しなかったくせに、こんなところで八歳の子供の感情が主張してくるとは思わなかった」
テーブルに突っ伏して、両手で髪をくしゃくしゃにしながら呻いているノアは、とっても真面目に悩んでいるんだろうけど、恋愛ってそんなものなのかなとも思ってきたわ。
なんで好きになったのかわからないけど、気付いていたら恋していたなんてよくあることなんじゃない?
「私はそうはなりたくないわね」
「うーーー、他人事だと思いやがって」
「何を呻いているんだ?」
ギルバートだけ戻ってきた。
セリーナはまだ犬と戯れているけど、侍女が見ているから平気そうね。
「会話が続かないのに、どうしてセリーナを好きになったのかわからないんですって」
「可愛いからだろ?」
ギルバートくん、それを言っちゃあおしまいよ。
でもまあそうよね。顔に惚れたってことよね。
「でもさあ、むかつくけど悪い話じゃないんだよな。これでコアの核になる素材がフォースター伯爵家の鉱山から見つかったら、将来安泰だろう?」
「素材が採れなくなるまではな」
隣の席に腰を下ろしたギルバートに、ノアは突っ伏したまま顔だけあげて答えた
「それに、素材が見つかるかどうかもわからない。それなのにもうお祭り騒ぎになっているやつらが多くて、いい迷惑だ」
「どこにでもそういうやつはいるんだな」
魔道省はそのまま組織として残して、魔道具制作部門と人工コア開発部門、そして王宮魔道士として近衛や国軍に所属する魔道士たちの部門を束ねるんだそうだ。
その中でも重要なのが人工コアの開発なのよ。
今ある人工コアは、ダンジョン産のくずコアと言われるような質の悪い物しか作れない。
それは平民が家庭用に使う魔道灯やコンロなどの消耗品にしか使えないから、貴族たちは隣国から輸入した高いコアを買うしかないの。
「あのさ、フォースター伯爵家は素材を魔道省に渡しているだけなの?」
「え?」
「姉上、また変なことを言いだす気じゃないですよね?」
ギルバートってば失礼ね。
ちょっと質問しただけじゃない。
「変なことって何よ。ただ核になる素材が見つかっても、それって他の鉱山にもあるかもしれないじゃない? たいした儲けにならない危険もあるんじゃないの?」
「それはそうかもな」
「ノアって魔法を暴走させるくらいなんだから、才能があるのよね?」
「そりゃ、王宮魔道士になろうと思っているくらいだからな」
「じゃあさ、なんで自分で核になる素材を探そうとしないの?」
「……」
「ついでに人工コアも作っちゃえばいいじゃない」
「…………」
おーい、何か言いなさいよ。
「その発想はなかった」
若者のくせに、頭が固いなあ。