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オバサンは図太い  1

 その日は夕食を終えて入浴している最中に、うつらうつらと半分眠ってしまうくらいに疲れていた。

 前世の記憶を思い出してすぐに公爵家でいろいろあったんだから、そりゃあ疲れるわ。


 早く寝たので翌日はすっきりと起きれるだろうと思っていたんだけど、そういえば子供は早起きって苦手だったわね。

 早朝から起き出すのは老人だった。

 私は前世でもさすがにそこまでの年じゃなかったわよ。


「お嬢様、起きるお時間ですよ」

「うーーーん」

「ミルクティーをお持ちしました」


 侍女に優しく起こされて、朝日の当たる窓際の席でミルクティーをいただく八歳の美幼女。

 優しい甘さと暖かさにほっこりしているうちに、髪を梳かしてもらい、着替えが何種類かコーディネイトされて並べられる。

 なんていう贅沢な朝の時間だろう。


 そしてなにより、体の調子が最高にいい。どこも痛くないしだるくないのよ。

 このまま全速力で走れそうなほどに朝から元気でいられるなんて、子供ってすごいわ。


 パーティーの時以外はパニエでスカートを膨らませなくていいのは、さすが元はゲームの世界。

 ただしレースの多いひらひらの可愛い服装になってしまうのは、ゲームをするのは男性が多いから、女の子にはそういう服を着せたいって願望が働いているんでしょうね。


「お嬢様、ギルバート様がこれからお伺いしたいそうなんですが、お時間は大丈夫でしょうか」


 これから朝食だというのに、弟の侍女が言伝(ことづて)を持ってきた。

 姉弟で会うのにも、まず侍女が都合を聞きにくるものなの?

 そりゃたしかに屋敷が広いから、部屋まで行ったのにいなかったら、だいぶ時間を無駄にすることになるけど。


「どうせ食堂で会うのに?」

「はい。その前にお話したいことがあるそうです」

「そう。かまわないわ。来てもらって」


 ひとつしか年が変わらない弟は、お父様と同じ銀色の髪に母や私と同じマリーゴールドの瞳をしていて、ほんわかした系統の顔が多いうちの家族の中では珍しく、性格がきつそうな目元がきりっとした顔をしている。

 話し方がぶっきらぼうなところもあって、同世代の子にはこわいと思われがちだけど実は優しい子で、頭の良さではシェリルにだって負けていない。

 うちの家族って、全体的にスペックが高いのよ。


「悪いけど席を外してくれ」


 部屋にはいってきたギルバートはふたりきりで話したかったようで、すぐに侍女たちを遠ざけた。

 そうか。ひとりになりたい時には、遠慮しないで部屋から出ていってもらえばよかったのね。

 昨日ずっと部屋に誰かいるので落ち着かなくて、寝る時にようやくひとりになれてほっとしたのよ。


 弟を出迎えるために部屋の入り口近くに立っていたのに、ギルバートは私の横を素通りして遠慮なくソファーに腰を下ろした。

 姉弟では気を遣うなんてしないだろうから、ギルバートの態度が多少冷たくても気にすることはない。

 いつもこんな感じだし、今の私は多少のことではびくともしないわよ。


「話って?」


 ソファーは二人掛けだったので、隣に腰を下ろして近くからまじまじと顔を見たら、ギルバートは目を丸くしてひじ掛けを掴んで仰け反った。

 ああ、瞳の色が薄くなった。

 私の瞳も驚いた時には、同じような色になるのかも。


 私の子供は娘がふたりだったし、孫は私が生きていた時はまだ赤ん坊だったから、男の子に接する機会があまりなかったのよ。

 しかもこんなに格好いい男の子が弟なんて嬉しいじゃない。


 ギルバートはテーブルの向こうにあるひとり掛けの椅子を見て、私を見て、怪訝そうに眉を寄せた。

 子供がそんな顔をしちゃ駄目よ。

 将来皺になるわよ。


「えええ?」


 あ、つい手を伸ばして眉間を撫でちゃった。


「何!?」

「難しい顔をしているなあと思って」


 そんな驚かれるようなことかしら。

 仲は悪くなかったはずなんだけど。


「なんで今日は隣に座ったのさ」

「話を聞かれたくないんでしょ? 近くに座ったほうが小さい声で話せるじゃない?」

「侍女はもういなくなっただろう」

「でも壁に耳あり障子にメアリーって言うでしょ?」

「メアリー?」


 こっちの世界ではそういう(ことわざ)はないのかしら。

 それにこの言い方は古いわよね。ローズマリー様にも通じないかもしれないわ。

 異世界というだけじゃなくて、世代の壁もあるから会話には気をつけなくちゃ。


「話を盗み聞きできる魔法ってないの?」

「知らないよ。メアリーって魔法使い?」

「……まあそんなものよ」

「姉上は頭が良すぎるせいか、ちょっと人と違うというか、変なことを言うことがあるから気を付けたほうがいいよ」


 どうも私は、家族にまで変人だと思われているようね。


「そんなに変かしら」

「気にするほどじゃないよ。それより、姉上にひどいことを言っていた使用人や商会の人間がいたんだって? なんでもっと早く教えてくれなかったの?」

「どうしてそれを?」

「父上が昨日の夕食後に使用人を集めて、誰がそういう態度を取っていたのか聞いたんだよ。姉上の侍女たちが今までどんなことがあったのか全部暴露していたよ」


 仕事が早い。

 馬車で話をしたその日のうちに、行動に移してくれていたんだ。


「なんで侍女に馬鹿にされて黙っていたんだよ」

「本当のことだったから……」

「はあ? 確かに姉上はおっとりしているし、勉強や商会の仕事以外では駄目な時もあるけどさ」


 駄目?


「そんなのまったく問題ないよ。ローズマリー様と友達になったんだろう? 社会性はこれから学べるさ」


 社会性がないって、そんなふうに思われていたの?

 数字が好きで、たまに変なことを言って、社会性に問題ありって、確かに変人だわ。


「社会性は……それほどひどくは……」

「姉上さ、ひどいことを言っていた侍女が、もう何日も前にクビになっていたのに気付いていなかっただろ?」

「クビ?」

「彼女、変態から金をもらっていたんだよ」

「変態?」

「あ、ごめんなさい。女の子の前で汚い言葉を使ってしまって」


 おお、紳士だわ。

 でも私としてはそんな言葉より、ずけずけと突き刺さる言葉をいくつも聞いた気がするんだけどね。


「ポロック伯爵のことね。侍女は変態親父からお金をもらって情報を流していたの?」

「………え? 姉上……今、なんて……」


 貴族の御令嬢はお下品な言葉は使ってはいけないのよね。

 でも弟と話す時くらいは平気でしょ?

 今までの会話の雰囲気からして、ギルバートは私を嫌ってはいないと思うし。


「私ね、吹っ切れたの。昨日、転んで階段に額をぶつけたのよ。その時に意識が遠くなって、死ぬってこんな感じかなって思ったの。後ろによろめいていたら死んでいたかもしれないでしょ? それでね、言いたいことをちゃんと言わないまま死んだら後悔するなって思ったの」

「死ぬなんて考えるなよ」

「でも、会えなくなる危険はあるでしょう?」


 変態親父の件は王族が動いてくれるから大丈夫だとしても、今後もなにがあるかわからないじゃない。

 この世界は命の価値が軽いし、事故も多いのよ?


「何言っているんだよ。すぐに帰って来られるさ。まさかずっとワディンガム公爵家で生活することになったわけじゃないんだろう?」

「違うけど、ポロック伯爵をどうにかしないといけないでしょ? 何か月もかかるかもしれないわ」

「そんなに!? あのジジイ! 姉上が早く帰って来られるように、僕も父上に協力するから大丈夫だよ」

「ギルバート……ありがとう。嬉しい」

「えええええ」


 感激して抱きしめたら、振りほどかれてソファーのひじ掛けを飛び越えて逃げられたんですけど。

 すごい身体能力だと感心するべき?

 それとも逃げられたことに傷つくべき?


「と、突然、なに!?」

「嫌だった?」

「嫌じゃないけどさ……驚くだろ」


 うわ、顔が真っ赤だ。かわいい!


「ごめん。嬉しくてつい」

「謝ることじゃない。ただ、今までそんなことしなかったから」

「昨日、ジョシュア様がローズマリー様を抱きしめたり、手を繋いだりしているのを見て、私もしたいなって思ったの。姉弟だもの」


 本当は抱きしめているのを見たわけじゃないけど、ジョシュア様なら絶対にやっているはず。だいぶシスコン気味だから。

 私も今は、その気持ちがわかるわよ。

 こんなかわいい弟がいたら、かまい倒したくなっちゃうじゃない?


「まあ、普通はそうだよな」

「そうよね。でも嫌ならそう言って。べつに他所(よそ)と同じにしなくてもいいじゃない? うちにはうちの付き合い方があるわよ」


 やりすぎると嫌われちゃうからね。


「え? いや、べつに」

「だから逃げないでよ。ほら、こっちに来て座って。話はもう終わったの?」

「なんか、今日は別人みたいだな」

「こんな姉は嫌?」

「話しやすくていいんじゃない?」


 言われたとおりに隣に戻ってきたギルバートは、私がニコニコしているのを見てさっと顔をそむけた。

 あんたねえ、私だから照れるなんて可愛いじゃないかって思えるけど、歳が近い女の子だったら嫌われているって誤解するわよ。


「あのさ、ちょうどいい機会だから聞くけど」

「なに?」


 子供らしい可愛さもあるくせに、話し方はずいぶんと大人びているのね。

 お父様に連れられて領地の職人たちの元を訪れたり、商会に顔を出したりしているせいかしら。

 

「姉上は男爵家を継ぎたいと思ったり……」

「しない」

「即答?」

「むしろ嫌」


 目を丸くして、口も半開きで心底驚いているってことは、誰かが彼に変なことを吹き込んだってことよね。

 余計なことをしてくれるわね。


「社交性がないって、あなたが今言ったばかりでしょう? 男爵家を継いだら社交界にも顔を出さないといけないじゃない」

「継がなくても出さないと駄目だよ」

「そんな突込みは今はいらないの。私は自由にやりたいの。商会の仕事も事務仕事以外はやりたくないの」


 私は商売に興味なんかないのよ。

 計算がしたいから、帳簿整理をしているの。


「……変わってるな」

「そんなくだらないことを言っているのは誰?」

「もう父上に報告してあるから心配しないで。僕はただ、念のために姉上に答えてほしかっただけだ」


 そうね。私がはっきり違うと言うのが、一番安心させてあげられるわね。

 


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