第438話 ガブリエラの洗礼
「ほら、早くしなさい!」
「そんな急がなくったって、教会は逃げないよ……」
「何言ってるの! 子供の洗礼に父親が遅刻なんかしたら、一生恨まれるわよ!」
幼馴染にして筆頭側室であるグレーテルに急かされつつ身じたくをする俺。そう、今日はもう何人目になるかわからなくなってきた我が娘……ミカエラの子ガブリエラが、遅ればせながら洗礼式を迎えるのだ。
ガブリエラが産まれたのは、森から魔物が一斉に襲来してきた七月。そして今は季節もすっかり冬景色の、十二月だ。ベルゼンブリュック貴族なら、娘が産まれたら一週間、どんなに悪くても十日のうちに洗礼を受けさせるのがならいなのだが……帝国出身のミカエラは、実にのんきなものだった。
「だって、魔力があったってなくったって、大切な我が子だってことは変わりませんからっ! そして、だ、大事な旦那様である、ルッツ様の……」
わずか二ケ月前に俺の正式な妻になったミカエラが、こんな可愛いことを弾むアニメ声で口にすれば、その口を俺の唇でふさぐ欲求に、逆らえるはずもない。そんなこんなでうやむやになっていた洗礼だけど、シュトゥットガルト教会の司祭を務めるツェリが、それを許してくれるはずもなかった。
「使徒様とその正式な側室様のお子を、洗礼も受けさせず放っておくなんて、至高神の恩寵に背くものですよ」
「正式な側室様」と口にしたあたりでヒンヤリとした空気が流れたのは、気のせいではないだろう。
そうなのだ。グレーテル、アヤカさん、フィオに続く四番目の側室としてミカエラを迎えたことは、俺の「愛人」たちの間にざわめきを起こした。
もともとベアトの婚約者に決まったとき「側室は三人までオーケー」という契約を王室と交わした俺だ。それは愛人たちの間にも知れ渡っており……空席だった三つ目の枠が森人の姫であるフィオに与えられた際には、少なからぬため息がもれたのだという。
そこに「三人枠」をぶち破って四人目の側室、正室のベアトを含めれば五人目の妻が出現したのだ。「それなら、六人目、七人目も……」と考える女性がいるのも、わからなくはない。こんなハーレムの主と結婚するのがそれほど嬉しいものなのかは疑問だけど、正式な「妻」というタイトルは、女性にとっては特別な意味をもつものであるらしい。
おっと、話がそれた。何だかそういう別の意味もこもっていそうなねっとりしたツェリの圧力がじわじわと加わって、とどめは幼馴染のこの命令だった。
「この子はシュトゥットガルト侯爵家の後継者有力候補なのよ。いつまでも魔力をうやむやにしておくわけにはいかないわ。さっさと済ませちゃいなさい」
まあ、そうなっちゃうか。俺の子供は種付け稼業のせいでめちゃくちゃ多いけど、正式な「妻」の子は八人だけ。
ベアトの子ファニーは魔法さえ使えるようになれば次期王太女が確定。フィオの子ナディアは森人一族の姫、順当にいけば次々期族長だ。グレーテルの長女ヴィーは実家ハノーファー家の後継に決定、ハルトはそもそも男という段階で世間の基準では当主候補から外れてしまう。そしてアヤカさんはそもそも結婚自体を公表しておらず、三人の娘は、闇一族として生きていく道しかない。
そうなると、正式に結婚した妻が産んだ子の中で、俺の後にシュトゥットガルト家を継いでも貴族社会から文句言われないのは、ミカエラの子ガブリエラくらいしかいないということになる。能天気なミカエラはそんな面倒なことを望んでいないだろうけれど、この状況でガブリエラの才能を明らかにしていないのは、魔法偏重のこの国の貴族として生きる者としては、グレーテルの指摘する通り、確かによろしくない。
そんなこんなで俺とミカエラを抜きにして着々と準備が整えられて……キリッと寒いけど快晴に恵まれたこの日、街の教会で洗礼を行う仕儀になったというわけだ。
グレーテルに再三急かされつつ教会に着けば、そこにはすでにミカエラが、ガブリエラを腕に抱いていた。生後五ケ月ともなるとすでに顔も整い髪も伸び、まさにミカエラそっくりの、まるで仔犬のように愛らしい赤子になりつつある。
「わう〜」
意味不明だけど、おしゃべり大好きのミカエラに似たのか、発語もやたらと早い。そういや俺の子供はみんな、精神の成長が異常に早いんだよな。カオリなんかはもう、闇一族のいろいろ後ろめたい仕事の話を、アヤカさんと普通に交わしているしなあ。
「このこは、おしゃべりなこに、なりそうでしゅね! はやくおおきくなって、ひとばんじゅうおはなししましょう!」
そんな明るい絡みを仕掛けているのは、もちろんファニーだ。ファニーは俺のまわりにいる女性たちの中でも、能天気……もとい天真爛漫仲間のミカエラが特にお気に入り。その彼女が産んだガブリエラを、すでに将来の妹分としてロックオンしているというわけだ。
ファニーだけではない。教会にはバーデンに住まう俺の愛人たちとその子がみんな集い、マックスをはじめとする領の文官、街の有力者たちもガン首を揃えている。「身内でささっとやりましょうっ!」というミカエラの意思は、もはや完全無視……ため息をつくしかない俺だ。
そして、キリっと聖職者モードのツェリが、しばし至高神に祈りを捧げた後、ミカエラに向き直る。その清冽極まる表情が俺の身体の下で美しくゆがむシーンを思い浮かべると、実にクるものがあるのだが……いかんいかん、そういう場面ではないのだった。
クールな表情を少しだけ優しげに緩め、ミカエラからその子を受け取ったツェリが、聖盆の前に立つ。
「八つの属性を司る女神よ、この幼子の力を示し、その未来を嘉したまえ!」




