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【書籍三巻7/30】定年後は異世界で種馬生活  作者: 街のぶーらんじぇりー
第一章 定年おじさんは天才種馬
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第43話 アヤカさんの報告

「結論として、ルッツはその妹一族が、スザンナの家族を殺したと疑っているんだな」


「うん、まだ何も証拠はないけど」


 今日のベアトは、いつもの陶器人形モードではない。翡翠色した瞳の奥に怒りの炎を燃やし、桜色の下唇は噛み締められて白く変わっている。本当にスザンナさんは特別な人なんだな。


「確かに、アルトナー商会は有数の豪商。乗っ取れるなら多少のリスクをとるだろう」


「だけど、野盗もどきの調査なんか俺じゃあ、できないしなあ」


「そういうことが専門の者たちがいるだろう。特に、ルッツ大好きな女が」


「……アヤカさんか」


 確かに「闇の一族」であれば、そういう後ろ暗い裏仕事の情報にも触れることができるだろう。だけど、個人的理由でアヤカさんの一族を危険にさらすのは、どうかと思うんだよな。


「ルッツは気乗りしないか。では私が『闇の一族』に依頼しよう」


「いや、ま、ちょっと待って、俺が頼むから」


 王室依頼になったら、もっと大ごとになっちゃうじゃないか。これはまだ、俺の妄想なのに。俺は慌ててベアトを止めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日の夜はお楽しみ、アヤカさんとの密会デー。いつもの宿屋にいそいそと向かえば、彼女は先に着いていて、お茶の準備などをして待っていてくれた。


 アヤカさんの淹れるお茶は、東国では一般的だという緑茶だ。元日本人の俺としては、心が落ち着いて大変結構なのだけれど……この国の菓子とは合わないんだよなあ。そう思っていたら、思いがけないお茶請けが出てきた。


「これは……羊羹?」


「ヨーカンをご存じなのですか? 私たちの来た東国特有の菓子だと思いますが……」


 しまった、俺が和菓子なんか知っていたらおかしいのだった。俺が異世界人だって言うことは、奥さんになる人たちにはいずれ話さなきゃいけないだろうけれど、その時は今じゃない。


「いや、あの……ちょっと本で読んでね」


「そうなのですか、ルッツ様は博識でいらっしゃいます」


 常に男を立てることを美徳としているアヤカさんはそれ以上追い込んでこなかったけど、明らかに俺の様子をおかしいと思ってる雰囲気が伝わってくる。う~む、これから言動には気を付けないと。


 もの問いたげなアヤカさんと視線を合わせないように努力しつつヨーカンを口に含めば、なんだか懐かしい味がする。この世界に来てからゼリー菓子はさんざん食ったけど、やっぱり小豆と寒天は、間違いないベストマッチングだよな。


「……ルッツ様が時々、私たちと同じ東国の人に見えることがあります。お姿は西国の方そのものですのに」


「そうか? 遠い先祖が、何か関係しているのかもね」


 ほら、やっぱり疑われてる。あんまり長く隠せそうもないなあ……ベアトとアヤカさんには、早めにゲロっちゃわないとマズいかな。俺は話題を逸らす意味もあって、アルトナー商会に関する疑惑を口にしてみた。


「私が思うに、ほぼルッツ様の想像された通りではないかと」


「やっぱりそうなのか」


「そういうことをやりそうなグループに、幾つか心当たりがあります。一族の者に探らせましょう」


「ヤバくないか? あまり危ない橋を渡って欲しくないんだけど」


 ちょっと遠慮がちに言う俺に、アヤカさんはとってもいい笑顔を向けた。


「すでにルッツ様は危ない橋のど真ん中に立たれているではありませんか。滅びゆく一族に希望を与えてくれた私の大切な旦那様が危地にあるというのに、手を出さない選択肢はありませんよ」


「え? 危ないのは俺なの?」 


「いいですか、ルッツ様。敵は、スザンナ様が子供を産んでは困る……ならば、スザンナ様を殺すか、『種馬』たるルッツ様を亡き者にするか、どちらかに動かないわけはありませんでしょう」


 言われてみれば、確かにそうだ。野盗を装って殺人をするような連中だ、商会乗っ取りと言う目的のためには、手段は選ばないだろうな。


 そう考えると俺、かなり不用心だったってことだよな。この宿屋までだって、執事一人を連れてきただけだし……夜道で襲われればひとたまりもなかったと思うと、背筋が寒くなる。俺の表情がこわばったのを見たアヤカさんが、顔をほころばせた。


「大丈夫です。ルッツ様の身辺には、昨日から常に手の者が三名、ついておりますから」


「え? だってこの話、たった今したばかりで……」


「昨晩、王宮から急使が参りました。ベアトリクス殿下より『ルッツが危ない、一族の全力を挙げて守れ』とのご命令です、事情はその時から存じております。もちろんアルトナー商会も、すでに一族の監視下に置きました」


 そうか、ベアトが早速動いてくれたのか……平和ボケした日本人マインドの俺は止めたけど、彼女は俺が首を突っ込んだこの話のヤバさを鋭敏に察知して、闇の一族を動員することにしてくれたんだ。やっぱりベアトの判断は的確だ、これでまた頭が上がらなくなりそうだなあ。


「恩義ある王室からの依頼は、必ず果たさねばなりません、そして……」


 惹き込まれそうな黒い瞳を真っすぐ俺に向けながら、左手をお腹に当てるアヤカさん。


「この子を『父のない子』にしないためにも、私たちはその連中を、闇に葬ります」


「そ、それって、もしかして……」


「はい、二人目が、できました」


 ほの暗いランプの灯りに照らされた彼女の頬は、紅く染まっていた。




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