第334話 こっちの娘は
カラスの濡れ羽色した髪と、黒曜石のような大きな目。おもわずドキリとしてしまうほど美しく整い、なぜか色気のようなものまで漂わせている赤子が、母親に抱かれてその胸に吸い付いている。
「お腹いっぱいになったかな、ルリ」
その母親も、黒曜石の目を優しく緩め、我が子の成長をかみしめているようだ。黒い瞳と髪は闇一族のシンボルのようなものだが、彼女のそれは他の者とは違う、吸い込まれそうな真の黒だ。そう、昨年の初夏に産まれた我が子を抱いているのは、うやむやのうちに俺の護衛兼愛人におさまっている、アゲハなのだ。
「また可愛くなったな」
「とーたま」
おおっ、ついに俺を父と呼んでくれるようになったか。まあ、この子もあと二ケ月もすると一歳……俺の種で生まれた子たちの言語能力が異常に早いのは今更だ、これでもカオリなんかに比べたら、まだ普通っぽい成長具合だろう。
「本当に、私に似てきました……ルッツ様に似てくれれば、もっと嬉しかったのですが……それは贅沢というものでしょうね」
そんな可愛いことを言ってくれるアゲハ。ま、母親の容貌をまんま引き継ぐ俺のチートは、ここでも安定だ。外したのはクラーラの子と、ベアトの子だけ。まあ「クールで怖ぁい」とニコルさんに評される俺の顔に似るよりは、まさに傾城の美女であるアゲハに似た方が、この子の人生は幸せだろうよ。
「そして、夢のようなAクラスの闇属性魔力……これでこの子は『闇の蝶』にならずとも、一族の役に立つことができるでしょう。母としては、それが一番の喜びです」
そうなるか。Eクラスという実戦にはほぼ役に立たない魔力しか持たないのに、天賦の美質だけを授かった彼女は「闇の蝶」として、女を切り売りすることで生きていくしかなかった……彼女の意思など関係なく。
だが俺の種を受けることで一気にAクラスになった魔力は、彼女を一族で二番目に強い闇魔法使いに押し上げ……「闇の蝶」名簿から、アゲハの名は外された。アゲハの中で俺に対する忠誠度が爆上がりになったのは、ゆえなきことではないが……彼女が俺の個人護衛に就くことを熱望したと聞いた時には、少しだけ当惑した。
どうもアゲハが俺に向ける目は、感謝や敬愛とかいうソフトなものじゃなく、どうもツェリやクラーラが向けてくるそれと、同じ匂いがするんだよなあ。なんかストーカーチックというか何というか。
「あのさ、アゲハ。君には必要以上に、俺個人に恩だの何だのを感じる必要はないんだよ。むしろせっかく強くなったんだからその力を活かして、俺の護衛なんかじゃなく、自分の望む仕事をして欲しいっていうか……」
そんな俺のちょっと腰の引けた台詞に、アゲハが緩んでいた表情をキリっと改めた。
「ルッツ様は、ご理解されていません。私は苦界に落ちるべき身を救っていただいただけの理由で、貴方様をお慕いしているのではありませんよ」
「そ、そうなの……?」
「私はルッツ様のお姿を初めて見た瞬間に、魂が震えました。このお方こそ生涯をかけて尽くすべき存在だと、何か見えない存在が命じたのです。あれはヒノカグツチ様の天啓だったに違いありません」
うっ、やはりアゲハの想いは、そういう宗教的なアレだったか。だけど俺、彼女をビンビン惚れさせるようなカッコいいところ、見せた覚えがないのだが。まあそこをつつくのは野暮というものだ、アゲハが幸せを感じるように振る舞ってくれればいい……但し、アヤカさんを悲しませない程度に。
「この子もきっと娘になる頃には、ルッツ様にお仕えすることになるでしょう。その時にお役に立てるよう、鍛えないといけませんね」
おいおい、なんでまた、俺に仕えさせる前提なんだよ。まさか親子丼推奨……いやいや、さすがに自分の子供とするのは、この世界に来てからいささか倫理観がマヒしてきている俺でも、さすがにないわ~。
「いや、ほら、きっとこの子にもやりたいことができるだろうし、何も護衛に決めなくても……」
あえて「護衛」と強調する俺だ。アゲハの「仕える」って表現、どう見ても色っぽいニュアンスで使っているから、怖いんだよ。
「いいえ、ルリも年頃になれば、魂が叫びだすはずです。このお方に、すべてを捧げよと……」
いよいよ新興宗教モードになったアゲハの黒い瞳には、妖しい光が宿っている。いやいや俺、実の娘に「すべてを捧げ」られても、めちゃくちゃ困るんだけど!
「ねえ、じゃあさ、ルリが大きくなったら、ハルトの護衛を務めてもらうのなんか、どうかな。齢も近いし、きっといい友達になれると思うんだ」
うん、我ながら、いい提案じゃないか。我が子ラインハルトは、すでに魔力モバイルバッテリー能力を発現していて……思春期になったら「神の種」後継種馬としてその身を狙われることは間違いない。その時にハルトを守ってくれる女性の一人や二人、予約しておいてもいいよな。
「……確かに、そういう考え方もございますね。今は、そういうことにしておきましょう」
いや、だからその不気味なニュアンスの発言、やめてくんない?




