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第330話 成長したレーア

「はっ!」


 大剣サイズの木剣が描く鋭い軌道を、俺はギリギリ飛びのいてかわす。


 剣の主は空振りの慣性にたたらを踏むこともなく、ぐっと足を踏ん張って素早く体勢を立て直す、実に見事な身のこなしだ。あれは木剣といえど、本物に近い重さに造ってあるはずなんだけど……子供の体力でどうやったら、あんな自由に振り回せるんだろう。


 俺が無言で中剣を上段から振り下ろすと、彼女は大剣を水平にしてがっちりと斬撃を受け止め、その姿勢は揺らぐこともない。なんだろうなあ、この腕力とそれを支える体幹、そして安定した下半身。とても子供のものとは思えないわな。


「えいっ!」


 短い気合とともに大剣が俺の剣を押し返してきたかと思うと、次の瞬間には横薙ぎに振るわれてくる。とっさに剣を立てて防いだけれど、衝撃で手がしびれそう……何という剛力だ。


「よし、今日はここまでにしようか。本当に強くなったな、レーア」


「はい、母上と父上に、鍛えていただきましたから!」


 満面の笑みで応える少女の頭には、ピンクの三角耳が二つ。そう、俺は養子にしたレーアとの鍛錬で、大汗をかかされているってわけだ。


 その体格は、普通の子ならもう十歳過ぎかと思われるもの。すでにその胸は、うっすらとふくらみ始めている。父親であるオークジェネラルの血が、彼女の身体成長を恐ろしく早めているのだ。いやはや、グレーテルがみっちりしつけて、素直で優しい子に育ってくれているからいいけど、そうじゃなかったら末恐ろしいことになっていたかもしれないなあ。


 グレーテルは、いつもの粗暴な彼女に似ず、周到にレーアを育ててきた。本当の子であるヴィーやハルトに対してよりも、間違いなく多くの時間を割いてきただろう。それは、本来ならその場で葬り去るべき魔物の子を引き取り、人間社会で生きさせる決断をしたことに対する責任感も、あったのだろうな。


 レーアが他の子よりも優れた身体能力を示し始めると、グレーテルは早々に木剣を握らせ、自ら鍛錬した。それも容赦なくふっとばし、地面にはいつくばらせる苛烈さで……それでもケガをさせない絶妙な手加減ぶりは、殺さない程度に俺をいたぶりまくった何年か前の経験が活かされたのかなあ。喜んでいいことなのか、悲しんでいいことなのか。


 そして完膚なきまでに叩きのめしたその小さい身体をふわりと優しく抱きしめ、慈しみの言葉をささやき、強き者のあるべき心得を諄々と説くのだ。お前の持てるすばらしい力は、だれかを守るためにあるのだ……愛する者、弱き者のためにその力を振るいなさいと。


 そんなアメとムチ的なグレーテルのブートキャンプを連日浴びていたレーアは、期待通りなのか何なのか、心優しく忠実な騎士に育っていこうとしている。どうやらその忠誠は、一番近くにいて一番「弱き者」ハルトに向けられているものらしいが。


 レーアが「いい子」になったのを見届けたグレーテルは、自分のしつけは終わったとばかりに、以降の教育や鍛錬を俺に丸投げしてきた。まあ俺は、子供が可愛くて仕方ない甘やかし派だ……グレーテルの深いけれど厳しい愛を理解したあとで、無償でどばどば注がれる甘い父親の愛を与えるとは、なかなか俺の幼馴染はよく考えたもんだなあ。


 まあ、レーアがいくら普通の子と比べて異常に優れていたとしても、戦闘の練習相手としちゃあ、グレーテルは過剰戦力と言わざるを得ないだろう。それよりは、身体能力は劣るけどきちんと剣術の基礎を学んでいる俺と手合わせした方が伸びるという判断は、まさに適切だよなあ。もっとも、このままいくと半年後くらいには、俺がレーアに打ち据えられている未来図が、容易に想像できるのだが。


「父上、何を考えておられるのですか?」


 急に無言になった俺の目を、オレンジ色の瞳が覗き込んでくる。身体だけではなく精神の成長までチートを持っているらしいレーアは、言葉遣いまで、急に大人びてきた。


 そう、すでに彼女は、俺のあまたいる子供たちと自分が「違う」ことを正しく認識し、それをひがんだり嘆いたりすることなく「父上のお子を守るのが私の役目なのだ」と思い定めている。


 その獣耳を見れば出生の事情を推察するのは容易だから……冒険者や下っ端兵士に心ない言葉を浴びせられることもしばしばあると、ひそかに見守る闇一族の者から聞いてる。だけど彼女はそんな奴らに牙をむくことはなく、にこりと微笑みを浮かべてやり過ごしているのだという。


 まだ二歳とちょっとなのに……いい子過ぎて、ちょっと涙が出そうだ。照れ隠しに、彼女の上半身をぎゅうっと抱いて、その髪に満ちているひなたの香りを思いっきり吸い込む。


「そうだね、レーアはどんどん強くなる。もうすぐ、お父さんなんか練習相手にもならなくなっちゃうんだろうなって」


「強くても弱くても、レーアは父上が大好き。父上が弱くなったら、私が守って差し上げます!」


 そうか、その日を楽しみにしているよ。俺は彼女を抱きしめる両腕に、ぐっと力を込めた。


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